鈴なりの白い珠 ガク片が成長し本物の実をつつむ
秋から冬にかけて実る草や木の果実は、赤や黄、紫色が多いのですが、白色に熟す少数派もいます。なかでも真っ白な実をつけるものがシラタマノキです。
山歩きを始めた頃 初めて山地でこの実を見つけて、こんな実もあるのかと驚いたのですが、その名もその姿そのまま。名前を知らない人でも、この実を見ると、ついシラタマノキと口にしてしまうのではないでしょうか。
シラタマノキの実を初めて見たのは、9月半ばの蔵王連峰の「大黒天」から「刈田岳」山頂に続く登山道でした。この古くからの登山道は、観光開発された蔵王連峰にあって、かつての蔵王の原風景とも思われる荒々しさや美しさを見せてくれるコースです。
山頂までの登山道の岩場の所々で、光沢のある緑の丸い葉の間から、珠のような白い実が枝に連なっていたのが、シラタマノキでした。茎は地をはい、斜上して高さは10~20㎝ほどの小低木の常緑樹です。
このときは刈田岳から熊野岳まで足を伸ばしたのですが、その途中でも見られ、特に熊野岳で見たシラタマノキの実は、ガンコウランの黒い実と一緒に並んでいて、自然界の白と黒の対照的な美しさが印象に残っています。
火山灰地の登山道 岩場で育つシラタマノキ ガンコウランの黒い実
白い珠を見たときこれはどんな花を咲かせるのだろうと気になりました。蔵王連峰には時々登る機会があったのですが、シラタマノキの花には出会うことができませんでした。
しばらくして、栗駒山の山麓に広がる湿地の一つに「泥炭地」があって、地元の人に「シラタマノキ湿原」とよばれていることを知りました。ここには、湿原にもかかわらず、シラタマノキの珍しい大群落があるというのです。
シラタマノキの花の季節になるという6月末に、その泥炭地を訪ねてみました。
栗原市花山の温湯温泉から国道398号線を車で走って秋田県側に入り、県道282号線に分かれて、全部で約一時間。須川湖の少し手前で「泥炭地」の標識を見つけました。駐車場に車をとめて歩道の入り口に向かうと、「熊に注意」の立て札。ちょっと身構えて、熊鈴を鳴らしながら、ブナの原生林のなかを5分ほど歩くと湿原の入り口でした。
「泥炭地」への道は、「熊に注意」。 湿原の入口に立つ説明板
湿原の入り口に説明板が立っていました。「泥炭地」の説明をみると、「この地域は標高1050mの高層湿原地で、植物の遺体が未分解なまま堆積して泥炭地を形成しています。この湿地の泥炭は、主に強酸性に強いウカミカマゴケという珍しいコケにより形成されています。泥炭の厚さは4m以上にも及び、1万5千年以上前の最終氷期から堆積した大変貴重な自然遺産として、現在も学術調査が行われています。」(秋田県自然保護課)とありました。
入り口から細い道を入ると目の前に小さな湿原が広がっていました。ワタスゲの白い穂がゆれています。泥炭の堆積した層がすぐ目につきました。泥炭層は鉄分を多く含むという特異なもので、かつて鉄の原料として採掘が行われていたということです。その層の断面が、高さ3mほどむき出しのまま残されていました。1万5千年以上の自然の歴史をまるごと目にしているのだという思いがして、不思議な感動におそわれました。
ワタスゲがゆれる湿原 1万5千年を超えて堆積した泥炭層
湿原には木道が整備されていて、ゆっくり歩いて20分ほどで一周できます。常緑の小さな楕円形の葉をたよりにシラタマノキを探すと、あちこちに群生しています。こんなに多く見られるのは初めてでした。花にはまだはやく、茎から伸びた花茎に小さなつぼみが出てきていました。
常緑の葉が美しいシラタマノキ 葉からのぞく小さなつぼみ
湿原には花の季節を迎えているものがいました。白に紅色を帯びたつぼ形のかわいい花を咲かせているのは、イワハゼです。ミズゴケの上を這い立ち上がり、そり返ったピンクの花びらをしているのがツルコケモモです。湿原を囲んでいる低木の、枝でゆれているのが、紅色でつぼ形のガクウラジロヨウラクの花です。湿原のスギゴケも黄色い胞子嚢を立ち上げていました。6月の湿原は色彩が鮮やかでした。
イワハゼ ツルコケモモ ガクウラジロヨウラク スギゴケの胞子嚢
7月末に再び湿原を尋ねて、ようやくシラタマノキの花に出会うことができました。白い花です。木道の両わき、陸化した湿地、泥炭が堆積してできた小山全体が花に覆われています。
白い花は、花柄に2~5輪ほどついて、下向きにスズランの花のようについています。先端がキュっとすぼめて浅く5裂していて、すぼめた先端部分のその奥におしべ、めしべが見えました。ハナアブたちが花のまわりを飛び回り、小さな入り口からもぐりこもうとしていました。
群生するシラタマノキの花 浅いつぼ形の白い花
花に集まるハナバチの仲間 歩道に落下した花
6月に湿原で花を咲かせていたイワハゼは真っ赤な実になっていました。イワハゼはシラタマノキの仲間です。蝋を取るハゼの実に似ているのでイワハゼの名がありますが、実が赤いので「アカモノ」ともいいます。「アカモノ」に対して、シラタマノキの実は「シロモノ」ともいい、「アカモノ」と「シロモノ」というように対にして呼ばれています。
小さな花だったツルコケモモも大きな淡紅色の実になっていました。湿地に小さな白い花を咲かせていたのは、モウセンゴケです。黄緑色の変わった花を咲かせるホソバノキソチドリという野生ランも姿を見せていました。
イワハゼの実 ツルコケモモの実 モウセンゴケの花 ホソバノキソチドリ
9月半ばになりました。ブナの林も黄葉を始め、シラタマノキの実が見られる季節です。湿原を訪れると、いたるところに鈴なりの白い実ができていました。湿地の草むらに、木道の両脇に、泥炭地の崖に、湿原にできた小山の上に、白い珠がつやつやと光っていました。
木道わきのシラタマノキの実 小山一面が白い実でおおわれていました。
泥炭層の崖の上を覆うシラタマノキの実 鈴なりの実
シラタマノキの実を見ると、先端の部分が割れています。この白い実は、花びら状のガク片が成長し覆いかぶさるようにしてできたものです。本当の実はそのガクの白い部分の内側にかくれています。白い部分をはずして、その実のなかをルーペで見ると、小さな種子がびっしりと入っていました。
花から実へ ガク片が成長して白い実になります。 本物の実と種子(中央)
10月になりました。湿原は、緑色から枯れ草の茶色に変わっていました。朝夕の気温の差は激しく、早朝には霜が降りたようです。常緑の葉でも古い葉は紅葉していて、ガラスのかけらのように霜がついています。
シラタマノキの実は、まだたくさん残っていて、真っ白だった実は、頬紅のようにわずかにピンク色を帯びて、霜につつまれ、氷のお菓子のように見えました。
日が昇り始めると、シラタマノキの実をくるんでいた霜が溶けていきました。
霜につつまれたシラタマノキの実 白い実はピンク色をおびています。
シラタマノキは、ツツジ科シラタマノキ属の常緑小低木で本州・中部地方の以北から北海道にかけて分布しています。主に山地から高山帯の乾燥した環境の、すき間の多いハイマツ群落やそのへり、冬でもむきだしになるような岩礫地に生えていることが多いようです。小低木のため、高山で光合成がさえぎられない環境を求めるとすれば、そのような厳しい環境を選択せざるを得ないのでしょう。
図鑑では「湿原の中などにはあまり入り込まない。」(「山の花」山と渓谷社)と書かれていますが、この「泥炭地」は、シラタマノキ湿原と呼ばれるほど群生しています。「泥炭地」の鉄分とシラタマノキの生存についての関係は不明ですが、適度な水分があって、十分な日当たりが確保されている「泥炭地」の環境が、シラタマノキの生育に適していたということは確かなのでしょう。
常緑の葉も紅葉し、白い実との対比が美しく感じられます。
シラタマノキの熟した実を口に含むと清涼感がありほのかに甘さも感じます。サロメチールという薬に似た香りがしてきます。この香りが鳥や動物を呼び寄せているのでしょうか。
北海道の高山では、エゾリスたちがこの実を食べることが観察されています。同じく北海道のカメラマンの川村伸司さんが配信するチャンネル(Shinji kawamura)には、ナキウサギがシラタマノキの実を夢中になって食べている映像が公開されています。他の野生動物たちも、初雪を前にして冬眠中の栄養を蓄えるために食べていると考えられます。シラタマノキの実は動物たちに食べられることで、糞に混じって散布され、各地に分布を広げていくのでしょう。
晩秋のシラタマノキ湿原は、独特の色彩に彩られます。
シラタマノキ湿原の実は晩秋まで残り続けていました。11月の遅くには、この湿原も真っ白な雪原へと変わります。
シラタマノキの種子は「自然種子散布においては、光と水分の条件が整えば積雪前でも発芽できる」(「北海道渡島駒ケ岳におけるシラタマノキ種子の散布と発芽」野村七重・露崎史朗・北大・環境科学院)ということです。多くの実はその場に落ちて、次の年の春までには発芽していきます。
湿原の環境が大きく変わらない限り、この「泥炭地」の湿原は、シラタマノキにとって最も適した環境として、その生存を支え続けていくことでしょう。(千)
◇昨年9月の「季節のたより」紹介の草花