mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより93 ツノハシバミ

 早春の小さな赤い花  木の実はヘーゼルナッツの仲間

 そろそろ咲いているかもしれないと、散歩の途中で傍らの小さな林に入り、冬の木々の枝先を一つひとつ確かめていきました。咲いていました。目をこらさないと気づかないほどの小さな赤い花。冬の林にかすかに春を感じて密かに咲き出すツノハシバミの雌花です。

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  枝先につく小さな花        アップで見るとこんな形です。

 初めてこの花に出会った時のことです。ちょこんと出ている雌しべの赤い柱頭が気に入った私は、写真に撮ろうとピント合わせに夢中になっていました。
「なにしているの?」と後ろでかわいい声がしたのでふり向くと、白い毛糸の帽子をかぶり、温かそうな赤いコートを着た4,5歳ほどの女の子が立っていました。そばにお母さんがいて、こちらに向かってお辞儀をしています。
「小さな花が咲いているよ。見てみる?」そっと枝をその子の背丈まで折り曲げ、手持ちのルーペで赤い柱頭に焦点を合うようにして見せてあげると、「きれい!小さなイソギンチャク」とにっこり。お母さんも一緒にのぞいて、「まだ冬と思ってたのに。それにしても、こんな小さな花が・・」と驚いたようす。
 親子は散歩の途中での小さな発見がとても嬉しそうでした。

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      ツノハシバミの雌花。小枝は軟毛におおわれています。

 ツノハシバミは、カバノキ科ハシバミ属の落葉低木です。同じ仲間のハシバミとともに日本に自生していて、全国の山林に分布し、県内でも丘陵地や山地の日当たりのよい林縁に見られます。一般にあまり知られていない木で、私もたまたま自宅付近の崖地で樹木の冬芽を眺めていたら、この小さな赤い雌花を見つけ、ツノハシバミとわかったのでした。木は灌木のなかに単独で生えていました。

 ツノハシバミは、形の異なる雌花と雄花を1本の枝につけています。雌花は芽鱗という鱗に包まれ、雌しべの柱頭だけのぞかせています。柱頭はきれいな赤色ですが、よほど近づいて見ないとこの花に気づく人はいないでしょう。もし早春に目がとまるとしたら、この雌花ではなく雄花かもしれません。雄花は前年の秋から準備され、葉のつけねに1~4個ほど、格子模様の短い棒のような形でついています。

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棒状のものが ツノハシバミの雄花   暖かになると、雄花が長く伸びてきます。

 暖かくなると、雄花は長さ3~13cmほどの房になり、しっぽのようにぶらんと垂れ下がります。1つの房には小さな雄花がたくさん集まっています。雄花の房が枝から一斉に垂れ下がると、遠くからでもよく見えます。冬の陽に照らされると金色に光り出すこともあって、その光景はちょっとした見ものです。

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 ツノハシバミの雄花の開花。冬の陽に照らされ、金色に光り出すことがあります。

 ツノハシバミは、風によって花粉を運んでもらう風媒花です。風媒花の花粉は、空気中の湿度80%以下になると飛び始めます。冬から春にかけての大気中の湿度は、地方によって差がありますが、平均50%前後です。ハンノキ、スギ、ヒノキなどの風媒花の樹木も、この季節に合わせて花を咲かせています。

 ツノハシバミの雄花が熟してくると、風の吹く日に花粉が一斉に舞い上がります。花粉は軽いので落下速度も遅く、空中に長く浮遊しながら遠くへと飛散していきます。でも、花粉の行先は風任せ、雌花の柱頭に確実に届くとは限りません。それを知ってかツノハシバミは、たくさんの雄花で大量の花粉を作り出し、その花粉を広く飛散させて受粉の確率を上げようとしています。

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 雄花が開き、見えるのは雄しべの葯。    花粉を飛散させたあとの雄花の姿。

 ツノハシバミの雌花は小さく、きれいな花びらも、いい香りもありません。見えるのは雌しべの柱頭だけ。風媒花は目立つ姿で虫たちを呼び寄せる必要がないので、その柱頭も地味な茶色や緑色をしています。ところが、ツノハシバミの雌花の柱頭は、きれいな赤色です。自然のあそび心なのか、おしゃれをしたい雌花の意志なのか、法則どおりでないのも、自然のおもしろいところです。

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    ツノハシバミの雌花の柱頭は、きれいな赤色。表情も豊かです。

 枝につく雌花と雄花を見ていて、おやっと思うことがありました。下の写真を見ると、枝の上の方に雌花があって雄花は下についています。風媒花なら、雄花が上で雌花が下方にあると、雄花が高いところから花粉を飛散させ、舞い降りる花粉を下の雌花で受け止めることができます。その方が受粉率も高くなるでしょう。そうでないのが不思議です。

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  雌花(上)と 雄花(下)    黄色い姿の雄花は、花粉を飛ばし終えているよう。

 ツノハシバミの花の咲き方を見ていると、雄花は先に咲き出し、雌花の柱頭は遅れて出てきます。雌花が成熟し受粉できる状態のときには、同じ枝の雄花はすでに花粉を飛ばし終えた姿をしています。やがて雄花全体が枝から脱落するように落ちていきますが、雌花はそのまま枝に残っているのです。
 どうやら雌花は同じ株の木での自家受粉を避けているようです。雌花と雄花の成熟期がずれているのも、雌花が雄花より枝の高い位置についているのも、他家受粉によって丈夫な子孫を残そうとするツノハシバミの知恵なのかもしれません。

 雌花の赤い柱頭は、葉の芽吹きが始まってからも残っていました。若葉の緑に赤色が映えて、開き始めのときより目立ちます。雌花の柱頭は、遠くから風で運ばれてくる雄花の花粉を、ひたすら待ち焦がれているかのようです。

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  葉の芽のなかに残る雌花     雌花は雄花の花粉を待っているのでしょうか。

 ツノハシバミは、花が咲いた後に葉が出てきます。早春に花開くハンノキやマンサクも同じです。先に花を咲かせて受粉をし、光合成ができる時期に合わせて葉を広げます。春から秋の落葉までの間、その葉でたっぷり栄養を蓄え、その栄養を使って早春にできた実を育て、翌春に芽吹く花芽と葉芽を、冬芽の姿で準備します。
                                                         
 一方、ヤマボウシクチナシサルスベリなどの、初夏を過ぎてから開花する木々は、花より先に葉が出ています。春遅くに芽吹いて葉を広げますが、すでに陽の光が強いので光合成が活発に行われ、短い期間に多くの栄養を蓄えることができます。その栄養で花芽を育て、花を咲かせ、受粉して実を結んでいきます。
 花が先か、葉が先か、それは季節のめぐりのなかに生きる植物たちの暮らし方と深く結びついています。

 ツノハシバミは雄花が散り始めると、葉の新芽が膨らみ始めます。やがて新葉があらわれ、春の光をいっぱい浴びて伸び伸びと葉を広げ若葉となっていきます。

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 花が咲いた後に、冬芽(葉芽)が開きます。    ツノハシバミの若葉

 さて、ハシバミの雌花はどうなっていったのでしょう。柱頭は枯れて茶色になったあと、緑の葉におおわれていきました。その後、雌花あとに変化が見られないのが気がかりでした。秋にツノハシバミの実を探してみましたが、実を結んでいるものは見つけられませんでした。単独の木で実を結ぶのは難しかったのでしょうか。

 ツノハシバミの実を図鑑で見ると、おもしろい形をしています。ふと、これはどこかで見たことがあるぞと思ったのです。以前に太白山の遊歩道を歩いていて見つけた木の実、あれかもしれないと写真を探したら、ありました。何の実かわからず、とりあえず撮っておいた写真に写っていたのは、ツノハシバミの実でした。皮をむいてみた写真もあって、未熟な白いドングリのようなものが写っていました。

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 ツノハシバミの実      長く角のように伸びた実     外側の皮を剝くと堅果

 ツノハシバミの実は細かな毛におおわれ、鳥の頭からくちばしが伸びたような形をしています。ハシバミの木の実も、図鑑で見ると同じ形をしています。
 ハシバミの語源を調べたら諸説あって、そのひとつに木の実が鳥の嘴(くちばし)に似ているので嘴榛(はしはり)という語が変化し、ハシバミとなったとの説がありました。ツノハシバミは、そのハシバミよりもさらに嘴が長いので「ツノ」がついているのでしょう。

 ツノハシバミの実は熟して茶色になると食べられるそうです。長野県の軽井沢で、地域のお年寄りに、子どもの頃の暮らしを聞き取り調査(「もう一度みたい!軽井沢の草原・湿原」)したところ、山林に自生していたハシバミ、ツノハシバミの実を拾い集めて食べていたという話をしています。食べ物が少なかった時代には、全国各地で同じように食べられていたのでしょう。今は和製ヘーゼルナッツと呼ばれ、あらためて見直されているようです。

 本場のヘーゼルナッツは、ヨーロッパ原産のセイヨウハシバミの木の実です。アーモンドやカシューナッツとともに世界3大ナッツの1つに数えられ、チョコレート菓子やケーキの材料に使われています。市販のミックスナッツの袋に、トルコ産のヘーゼルナッツが入っていたので、他のナッツと食べ比べたら、淡白ながら香ばしく独特の風味があります。和製ヘーゼルナッツはどんな味なのでしょう。

 ハシバミ(セイヨウハシバミ)といえば、シンデレラの話に登場してきます。シンデレラ物語のもとの話になっているのは、ハッピーエンドに終わる『ペロー童話集』とちょっと残酷な話が入る「グリム童話集」の二つですが、そのグリム版シンデレラの話(「灰かぶり」の話)では、亡くなった母親の墓に植えられたのが、このハシバミの木です。シンデレラにドレスや靴を与えて幸せを運んでくれるのは、魔法使いではなくハシバミの木です。
 ヨーロッパでは、ハシバミの木は生命を守る信仰の木として崇められていて、古代より人類の生活に深く関わりのある木であったようです。

 セイヨウハシバミは、寒さにも耐えられるため、国内でも栽培できます。長野県を中心に栽培され、ヘーゼルナッツの収穫も行われています。

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  「小さなイソギンチャク」という女の子の声が聞こえてくるようです。

 ツノハシバミの赤い花は、生育場所により開花時期に違いがあり、2月から4月頃まで見ることができます。会いたいと思うけれどもなかなか会えないのに、思いがけないときに、向こうから顔を見せてくれることがよくあります。花の姿をどこか心の隅に留めておくと、いつかその花が導いてくれる、そんな気が時々するのです。(千)

◇昨年2月の「季節のたより」紹介の草花