mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより102 イチヤクソウ

 森の林床に咲く花 光合成し菌類からも栄養を得る

 梅雨の晴れ間に治山の森を歩いて、林床に咲くイチヤクソウの花を見つけました。
 根もとに集まる丸い葉の間から花茎をのばし、その先に小さな笠をかぶったような白い花を咲かせています。
 森の林床に咲く早春の花たちは、森が暗くなる前に急いで花を咲かせ、実を結んで消えていくのに、イチヤクソウは木々が緑の葉を広げ、林床が暗くなる頃になぜか花を咲かせます。
 清楚な雰囲気の花ですが、目立つこともなくその名も知られていないのか、山道を歩く人も気づかずに通り過ぎる人が多いようです。山野草の好きな人は、見つけてもそっとしておいてくれるのでしょう。治山の森では、毎年同じ場所で花を咲かせています。


         森の林床にひっそり咲くイチヤクソウの花

 イチヤクソウはツツジ科イチヤクソウ属の常緑の多年草です。かつてはイチヤクソウ科とされましたが、旧イチヤクソウ科は新しいAPG植物分類体系ではツツジ科に含められています。
 日本では北海道、本州、四国、九州に分布し、県内でもこの季節に丘陵から低山のやや湿った林床に自生している姿を見ることができます。

 イチヤクソウは、漢字では「一薬草」と書きます。牧野富太郎著の『我が想ひ出』(北隆館)には、「イチヤクソウは薬草で、此の薬一つあれば、何でも効くと謂はれる。そして往々、其葉面に白斑の在るものも在って、これを、カッカフサウ(亀甲草)、或いはバイクワカウ(梅花甲)と謂はれる」とあります。
 一つの薬の草、つまりイチヤクソウひとつでさまざまな病気に効く万能薬という意味を持っていて、民間の薬草として頼りにされる存在だったようです。
 今もイチヤクソウは、ロクテイソウ(鹿蹄草)の名で全草を日陰干ししたものが、生薬として親しまれています。ロクテイソウ(鹿蹄草)とは、シカが踏み荒らしそうな林下に生えている野草という意味です。

 
     秋 葉は緑のままです。(11月)    春 花茎が伸びてきました。(4月) 

 英語の「Wintergreen」には、イチヤクソウという意味がありますが、これは冬でも常緑であることに由来したものです。
 イチヤクソウの葉は丸型からやや卵型で、厚みと艶があるので、鏡草(カガミソウ)という古名で呼ばれることもあります。
 葉は長い柄があって束になり地上から生えているように見えます。それでこのような葉を根出葉(こんしゅつよう)または根生葉(こんせいよう)と呼んでいますが、茎が無いわけではなく極端に短いのでそう見えるのです。タンポポ、ダイコンなどの葉も同じしくみになっています。

 緑の葉で冬を過ごしたイチヤクソウは、早春の花たちが咲き終えた頃に、花茎を伸ばします。その先に小さなつぼみをつけるのは、6月になってからです。

   
 つぼみがつく。(6月)   ガク片の長さが目立ちます。       膨らむつぼみ(6月末)

 スプリングエフェメラルといわれるカタクリニリンソウショウジョウバカマなどの早春の花たちは、森が明るいうちにいち早く花を咲かせ、受粉を終えて散っていきますが、対照的なのがイチヤクソウの花です。つぼみが膨らむ頃は、森はすっかり濃い緑に覆われます。林床に日の光が届かなくなってから、やっと花を咲かせるのです。

 イチヤクソウの花期は6~7月。まっすぐ伸びた花茎に白い花を数個つけ、下向きに咲きます。写真を撮ろうとしてカメラを構えると、背丈が低いので、写るのは花の後ろ姿だけですが、後ろ姿に風情がありウメの花に似ています。

 
上から見るイチヤクソウの花姿    ふっくらした花びらと緑色のガク片もよう

 花を正面から写そうとすると、思い切りカメラを低く構え、下から見上げるようにしなければなりません。以前は地面に寝転んで撮っていましたが、その後ローアングルファインダーで撮影でき、最近では可動式の液晶モニターで楽に撮影できるようになりました。でも地面に寝転んで撮影していたときの、大地や花との一体感が感じられません。便利さと引き換えに人間の感性はこのようにして失われていくのでしょうか。

 花を下から見上げると、花びらが5枚、雄しべが上に固まって10個、雌しべ1個がゾウの鼻のように飛び出しているのが見えます。このユーモラスな雌しべが、山地などでイチヤクソウの花を見分ける際の特徴になります。

 
 花は8~10個ほどつけるときも。   ゾウの鼻のように伸びるのが雌しべ

 イチヤクソウは低地に見られる花ですが、高山に自生する花の仲間もいます。
 蔵王連峰を歩いたとき、馬の背から熊野岳付近で、マット状に生えたガンコウランのなかに点々と咲く白い花を見つけました。花は少し赤味を帯びて、花数もイチヤクソウより多くついています。調べると、高山から亜高山帯の草地や瓦礫地に見られるというカラフトイチヤクソウの花でした。

 
 カラフトイチヤクソウ    ガンコウランのなかから立ち上がっています。

 同じく蔵王連峰の賽ノ磧で見つけたのがベニバナイチヤクソウです。ハイマツの下の草むらに小さな群落を作って咲いていました。その名のように花全体が紅色を帯びていて、イチヤクソウの仲間のなかでは華やかでよく目立ちます。
 ベニバナイチヤクソウは、深山から亜高山帯の腐植に富んだ樹林下で育ち、大きな群落をつくることが多いそうです。

 
  ハイマツの下に群生するベニバナイチヤクソウ     紅色が華やかです。

 多くの山野草が野山から姿を消して行く原因に、盗掘の被害がありますが、イチヤクソウの仲間も例外ではなく、年々その数を減らしています。
 イチヤクソウは共生菌の力をかりてそのいのちを維持しています。掘り返して持ち帰る人は、生息地から切り離された栽培環境では生きられない花であることを知っているのでしょうか。

 植物の約80%は地下の根や茎で菌類と共生し、光合成によって生産した栄養を菌類に分け与えて、代わりに窒素やリンをもらっているといわれています。
 植物のなかには、葉緑素を持たず、光合成をやめて、菌類から養分を奪って生きている植物もいます。身近に見られる代表的な植物が、ギンリョウソウ(季節のたより53)です。ギンリョウソウは栄養を完全に菌類に依存しているので、「菌従属栄養植物」と呼ばれています。
 イチヤクソウの仲間は、葉緑素のある葉で光合成しますが、その栄養の不足分を根に共生する菌類から吸収しています。完全に菌類に依存していないので、「部分的菌従属栄養植物」(又は混合栄養植物)と呼ばれます。

 イチヤクソウがつぼみから開花まで時間をかけるのは、この「部分的菌従属栄養植物」であるからなのでしょう。自分の葉で栄養をつくり、林床の菌類から栄養をもらって、花を咲かせるためのエネルギーをじっくり蓄えていると考えられます。

 イチヤクソウは花が終わると実をつけます。実は蒴果(さくか)といい、その実が乾燥すると裂けて種子を大量に放出するしくみになっています。種子は小さく軽く、細長い形の両側が羽のようになっていて(下右図)、わずかな風でも空中を浮遊しながら、どこまでも遠くに飛んでいきます。

   
  雌しべの形を残した  乾燥した実。微細種子といわれる  ベニバナイチヤクソウの種子・スケール  
  まま実を結びます。  小さい種子が入っています。    1㎜。「植物化学最前線」の橋本靖論文
                              の写真図からの引用です。

 内藤俊彦氏の論文「種子」には、舘美代子、石川茂雄両氏が、野生種457種の種子の重さを測定した記録が紹介されています。そのなかにベニバナイチヤクソウの種子の測定記録がありました。
 ベニバナイチヤクソウの種子の重さは、千粒で0.9ミリグラムで、測定した野生種のなかでは、寄生植物のナンバンギセル(千粒0.7ミリグラム)についで2番目に軽い種子という結果でした。(「種子」内藤俊彦 弘前大学教育学部紀要19-B)

 極限まで小さく軽くして大量に生産されたベニバナイチヤクソウの種子は、数十個の細胞からなる小さな胚と種皮のみで、発芽の際の栄養源となる子葉あるいは胚乳を持っていません。これらの種子が落ちた場所には多様な菌類が生息していますが、そのなかから相性のいい共生菌と出会い、栄養分を得ることができるかどうかが発芽のカギとなるようです。

 橋本靖氏(帯広畜産大学)は、同じくベニバナイチヤクソウの種子発芽の際に見られる共生菌の調査を行っています。
 フィルム写真のスライド用マウントに種子入りネットを挿んだものを、合計990パック作成、環境の違う土壌にそれぞれ埋めて発芽のようすを調査したところ、発芽が見られたのは74パックでした。その発芽実生のすべてから、ロウタケ科のごく近縁の菌だけが検出されました。この菌は、ベニバナイチヤクソウの親の根についている共生菌とは全く関係のない特異的な腐生菌でした。また、発芽できたベニバナイチヤクソウは、葉の成長に伴って菌を乗り換え、成熟個体では周囲の樹木が利用する多様な菌類と関係を結びながら、そのライフサイクルのなかで共生菌を変化させているようであるということです。(「部分的菌従属栄養植物ベニバナイチヤクソウの発芽生態から見た菌従属栄養植物の進化」橋本 靖 2014植物科学最前線5:120-129)
 ベニバナイチヤクソウは、発芽して成長し、花を咲かせて実を結ぶまで、多様な土壌の共生菌と巧みに関係を結びながら生きている姿が見えてきます。

 イチヤクソウの仲間は北半球に30種ほど知られています。
 レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」の日本版(上遠恵子訳)の新潮社版の表紙カバーは、赤くかわいい花の写真でデザインされています。写真説明には、この花はアメリメイン州に育つイチヤクソウの仲間とありました。
 撮影は写真家の森本二太郎さん。「センス・オブ・ワンダー」の舞台となるアメリカ北東部・メイン州の海岸沿いの森を撮影してきた方です。
 カーソンと甥のロジャーは、森の探検で、きっとこの花にも目をとめたのではないでしょうか。

 
      治山の森のイチヤクソウの花      メイン州のイチヤクソウの仲間 

 北半球に分布するイチヤクソウの仲間も、メイン州のイチヤクソウの仲間も、そして、治山の森、蔵王連峰に育つイチヤクソウの仲間も、森の林床や草原、瓦礫地などの、必ずしも良い生育環境とはいえないところに育つ植物です。
 かれらは、その地で生きて子孫を残すために、光合成で栄養をつくり、菌と共生し菌を利用して生きるという独自の進化の道を歩んでいるようです。
 森林土壌中では、異種の植物が菌糸によって繋がり,養分のやりとりが多様に行われ、それが地上の森林の姿を支えています。山野草の一輪の花も森の生態系のなかに存在しています。野の花は野に咲いてこそ美しいと思う感覚は、自然の摂理にかなうものなのです。(千)

◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花