mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

西からの風28(葦のそよぎ・雨の連休)

 五月の連休に、ぼくは二人のこどもを連れて、テントを肩にかつぎ南紀をまわった。紀伊半島を勝浦まで列車で南下し、そこから捕鯨の発祥地として有名な太地に遊覧船で渡り、そこでキャンプをはった。つぎの日、新宮から十津川をバスでさかのぼり熊野本宮に宿をとって、三日目、さらに十津川を奈良の五條までたどって大阪に帰った。こうしてぼくたちは紀伊半島のちょうど左半分を線でなぞる形でまわってきたのだ。

 が、このキャンプ旅行は生憎と雨にたたられた。一日目の夜から雨が降り出し、ぼくたちは浸水を恐れながら、万が一のことを考え電池の消耗を避けて懐中電灯の明かりも早々と消し、雨の夜を暗闇のテントのなかで過ごした。二日目は一日雨が降った。キャンプをする気力の失せたぼくたち親子三人は、急遽計画を変更し、熊野本宮の宿坊にかけ込んで宿をとった。

 とはいえ、実のところ、ぼくはこの雨をそれほど恨みはしなかった。父親に強引に連れ出された果てに雨に降られてすっかりふくれているこどもに、「しようと思ってもできるものじゃない、これもいい体験さ」と負け惜しみをいったぼくだが、負け惜しみばかりではなかったのだ。連休が終わって職場に出ていくと、同僚たちはぼくたちのこの旅行の話に、異口同音に「それは生憎のこと」といったが、それほどに「生憎」のことではないと、ひそかにぼくは思ったりもしたのだ。

 雨にけぶる十津川の情景は素晴らしかった。南紀の山は高くはない。だが、決してなだらかではなく、低いとはいえ垂直に切り立った山々が幾重にも折り重なって、激しく蛇行を重ねる十津川に沿って限りなく続いてゆくのだ。もやがかかり、雨空のしたに連なる山々の中腹には一筋また一筋と白雲がたなびき、その重畳する山なみを縫って十津川はさらに奥へ奥へと続いてゆく。三日目は嘘のように快晴となったが、ぼくにはこの雨の日の十津川のほうがはるかに美しく、印象的であった。

 この日の印象を記憶のなかにたどりながら、必ずしも「生憎」とは思わなかったそのぼくの気持ちの理由を振り返っていて、ふとぼくのなかに甦ってきたのは、「いっさいが美しくそして良い」という、かつてあるドイツの有名な女の革命家が述べた言葉であった。

 この言葉はそれを読んだとき以来ぼくの記憶を去ったことがない。革命家である彼女にとって、「いっさいが美しくそして良い」などということがありうるのだろうか。にもかかわらず、彼女はそういい切る。「私は本能的に、それが人生をうけとるただひとつの正しいしかたであると感じます」とつけくわえながら。ぼくはその彼女の世界感覚にひかれた。そこにはぼく自身を得心させるある何かがあった。と同時にぼくにはそれ以来、そうした世界感覚を人はどこから、どのようにして、手にすることになるのかということが気になった。

 この言葉が前後の脈絡もなく今ぼくのうちに甦ってきたのは、かの日の印象をたどっていて、万象としての自然にこそ「いっさいが美しくそして良い」という世界感覚は向けられているのだと、そうふと感じたからなのだ。またぼくはこうも感じた。「固有なもの」への愛着の情は万象としての自然においてはじめて成立しているのではないかと。

 たとえば、絶え入る直前の、たちまち夜へとすべり落ちてゆこうとしながらもその気配のなかに落日の残照をまだほのかに残している夕闇、そのなかにふと、すでにその半身を夜の闇に浸しながらもかすかに光りを放って浮かび上がっている道端の花々を認め、その光景にしばし帰宅に急ぐ足を止めること、それは偶然がもたらすかけがえのないひとつの喜びである。花は決して晴れの日にだけ、また明るい昼間の光りのもとでだけ美しいわけではないのだ。

 ぼくたちが自然の美しさにふとあらためて打たれ、それを享受するとき、ぼくたちはその美に打たれるだけではなく、同時に自然の美の無限とも思われるその多彩さに打たれ、美の体験とは常に対象の固有性の体験にほかならないことを再び心に刻むのではないだろうか。そしてこの場合、固有であるとは、古めかしい言葉づかいを用いれば、「一期一会」の出会いの固有性なのだ。夕闇に浮かび上がる花の美しさは、はや夜の情念をたたえだした空の暗い青、そこにまだその白さを消さずに浮かんでいる雲、あるいは人通りの途絶えた道に吹き出した夜風や、暗い影をかぶせ始める家並みのシルエットとの、一度かぎりの出会いがつくりだすひとつの全体、それが成立させる固有性なのだ。万象としての自然においてはいっさいが美しく、いっさいがその美しさに参与し、いっさいがその固有な美を許されている。こうした直観、それこそはぼくたちが自然を美として享受するときの根源に横たわる直観ではないだろうか。

 だが、そうであるならば、今のぼくたちの享受する感覚は余りにも人工化されている。気ぜわしげな観光見物は晴れの日以外に楽しみを見出さない。雑誌を飾るグラビアの大半は晴れの日の花しか写さない。美はただ晴れの日とだけむすびつき、なんの陰りも憂愁も暗い情念の光りも知らぬお菓子のような「幸福」のイメージとだけむすびつけられている。が、そのことによって美は、美だけがもつあの力、苦悩のただなかにあってさえ人間をして世界と和解せしめる力、「いっさいは美しくそして良い」と人間に言わせるあの力を失う。美は人間をコスモスへと解放せず、不機嫌にする。雨のなかに、雲の鬱屈のなかに、人は美を見つけにゆくのではなく、せっかくの金が無駄になったと不機嫌になる。固有なものは価値をもたない。むしろぼくたちの美はそれを駆逐する。かくてぼくたちは晴れやかな美のただなかで美を失う。別れ難い出会いをしながら、別れねばならぬことの痛切さが解体する。(清眞人)

季節のたより54 ツルアジサイ

 野生のアジサイ 山地の樹木に挑むクライマー

 梅雨の頃、雨にぬれて新緑が美しい森や林を歩くと、あちこちに白い花が目立ちます。そのなかで、樹木全体が真っ白に見えるほど、白い花を咲かせているものがありました。その樹木が花をつけているのではなく、樹木に絡みついたつるから出た細い枝に、白い花が咲いているのです。
 きれいな花は上の方に咲いていて、どんな花かよく見えません。いい具合に崖の下から立つ樹木につるが絡みついているのがあって、尾根道の方から近づくと見ることができました。アジサイの花に似ています。これは野生のアジサイの仲間、ツルアジサイという名のつる植物の花でした。

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       高い木にからみついたツルアジサイの花

 ツルアジサイは 家庭の庭や庭園で普通に見られるアジサイと同じ、アジサイアジサイ属の花です。最初にそのアジサイについてふれておきたいと思います。

 梅雨の季節に似合う花として親しまれているアジサイは、房総半島や伊豆半島などにもともと自生していたガクアジサイを改良してつくられたものです。
 鎌倉時代頃に園芸品種にされたといわれていますが、「あじさい」という名は、古くからあって、日本最古の和歌集『万葉集』では、「味狭藍」「安治佐為」、平安時代の辞典『和名類聚抄』では「阿豆佐為」という表記が見られます。
 その「あじさい」に「紫陽花」の漢字をあてたのは、平安時代中期の歌人・学者の源順(みなもとの したごう)でした。源順は、中国の白楽天の詩に登場する「紫陽花」の花の特徴から日本古来のガクアジサイと同じ花と考えました。
 「紫陽花」のあて字は、その後の学者にも受けつがれていきます。アジサイは日本原産なので、白楽天が詩に詠んだ花ではないというのが現在では有力な説です。
 勘違いとはいえ、「紫陽花」という表記の美しさが、アジサイのイメージと重なるのでしょう。今ではすっかり定着してしまっています。

 日本原産のアジサイは、幕末に長崎に滞在したドイツ人医師シーボルトによって欧州に紹介されます。海外に渡ったアジサイは、やがて華やかに品種改良され、大正時代に日本へ逆輸入されます。そのアジサイは丸く集まった手毬のような花です。白、青、紅、ピンクなど様々な色彩の花も多く、日本固有の「ガクアジサイ」の品種と区別して「西洋アジサイ」と呼ばれています。
 西洋アジサイは、家庭の庭や公園、寺院などに多く植えられ、馴染みの花として広く親しまれています。

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   日本原産のガクアジサイ       庭木として馴染みの西洋アジサイ

 アジサイの1つの花は、4枚の花びらがあるように見えます。でも、これはガク片なのです。その4枚のガク片に囲まれた真ん中に、小さな花があります。
 小さな花はおしべとめしべもあるのですが、花粉をつくり受粉する能力を持っていません。この花は虫たちを誘う「装飾花」と呼ばれています。

 西洋アジサイは花全体が装飾花でできています。目には美しいけれど、実を結ぶことができません。
 日本固有のガクアジサイは、装飾花がまわりをとり囲んでいて、その中に小さな花がびっしり集まっています。この小さな花は、おしべとめしべが花粉をつくり受粉して実を結ぶ能力を持っています。小さな花は両性花です。
 装飾花が小さな両性花をとり囲んで、額縁のように並んでいるので、ガクアジサイ(額紫陽花)と呼ばれているのです。

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     ガクアジサイの花もいろいろな色に改良されています。

 園芸品種のアジサイの原種となっているガクアジサイのほかに、もともと日本の野外に自生するアジサイがありました。
アジサイ科のアジサイ属に属するものは、ヤマアジサイ、エゾアジサイなどがありますが、別名ゴトウヅルともいわれるツルアジサイは、唯一つる植物のアジサイです。

 ツルアジサイは、森や山の高い樹木の幹に、つるを伸ばして「気根」と呼ばれる根を出し絡みつき這い登っていきます。時には高さ10mもこえてよじ登ることもあります。森の高木に挑戦するクライマーなのです。

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   ブナの木にからみつくツルアジサイ     鮮やかに目立つ白い花

 ツルアジサイの花は、ガクアジサイの花と同じように白い装飾花と多数の両性花でできています。花の季節にはよじ登る樹木の幹が見えなくなるほど真っ白に花をつけます。
 白い装飾花に囲まれ真ん中に集まる小さな両性花は、ごく小さな花びらが5枚あるのですが、先端がくっついたままで、花が咲くと同時に帽子を脱ぐように脱落します。おしべとめしべだけが際立って見えてきます。
 おしべは、他のアジサイより長く、数も多いので、近くで見るとパチパチ飛び散る線香花火を見ているようです。両性花は小さな花なのに、多く集まって、野生的で豪快な迫力を感じます。

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    大きな装飾花と小さい両性花(おしべとめしべが際立ちます。)

 ツルアジサイの白い装飾花は、新緑の緑に鮮やかに映えて遠くからでもよく見えます。虫たちをよぶ役割に専念し、小さな両性花が咲く前から咲き終わるまで美しさを保ち続け、花が枯れても散ることなくその姿を残し続けています。

 装飾花に誘われ、よくやってくるのはハナカミキリやハナムグリなどです。ツルアジサイの両性花は平らに集まっているので、飛ぶことの下手な甲虫類でもうまく着地できるのでしょう。
 虫たちのごちそうは花粉です。虫たちが花粉を求めて花の上を歩き回ると、腹や脚に花粉がついて運ばれるので受粉しやすくなります。小さな花がびっしり集まって咲いているのも、一度の虫の訪問のチャンスを逃がさず一気に受粉しようとするもくろみでしょうか。

 ツルアジサイの果実は、直径3mmほどの球体です。花の時期を終えた9~10月に熟します。この果実は「さく果」と呼ばれる形をしていて、乾燥すると果皮が裂けて種子が出てくるようになっています。

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 ツルアジサイの黄葉    花の後の果実の姿    雪原に落ちた枯れた花

 ツルアジサイとよく間違えられるのが、イワガラミという名のつる植物です。
 イワガラミは、山地の岩場に気根を多数出して張り付いて這い登るのでその名がありますが、樹木にも這い上がります。
 どちらもアジサイ科ですが、ツルアジサイアジサイ属で、イワガラミはイワガラミ属です。両者は近い関係にあります。
 ツルアジサイはやや高地に分布し、イワガラミは標高の低いところから分布していて、県内では丘陵地や山地の森や林で同じ時期に咲いているのが見られます。

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  ブナにからみついたイワガラミ       ガク片が一枚の装飾花

 ツルアジサイとイワガラミは、遠くから見ると本当に同じに見えます。
 花が咲いているときは、近くによって装飾花を見れば、すぐ区別できます。ツルアジサイの装飾花のガク片は4枚ですが、イワガラミは装飾花のガク片は1枚だけ(上の写真)です。花が咲いていないときは、葉のギザギザした鋸歯の粗いほうがイワガラミですが、両方の葉を比べないとわからないので、花の季節に見比べて覚えておくといいでしょう。

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  ツルアジサイは、よじ登る樹木の幹まわりに葉を広げて、花を咲かせます。

 山地の森には、樹木の性質を持つ木本性(もくほんせい)のつる植物が多く見られます。これらのつる植物は、幹を太らせる必要がないので、そのエネルギーを細くて長いつるを伸ばすことに注ぎます。自力で立ち上っている樹木に寄りかかり、日の当たるところめざしてすばやくつるを伸ばし、葉を広げて太陽の光を独り占めしていきます。巻きつかれた樹木は負けじと明るい方へと枝を伸ばしても、つる植物にはかなわずしだいに弱っていくのです。

 つる植物の最大の弱点は自分がよじ登っている樹木と運命をともにしなければならないことでしょう。
 したたかなのはヤマフジです。巻きついたつるが樹木の幹に食い込み枯死させて共に地上に倒れても、倒れ落ちた木を足場につるを伸ばして他の木を物色して這い上がっていきます。
 サルナシ、マタタビヤマブドウなどは、巻きついている木全体を覆いつくして枯死させてしまう状況になると、隣の樹木に乗り移って生きていきます。
 それに比べて、ツルアジサイやイワガラミは穏当かもしれません。よじ登ってもできるだけ樹木の幹まわりに葉を広げて樹木全体を覆うことをしません。樹木の倒れるのを防いでいるように見えます。

 その生き方はさまざまですが、つる植物は、よりかかる樹木に依存しなければ生きられません。一方、巻きつかれた樹木の方もなすがままに任せているわけではありません。光を求めて最期まで抵抗し、枯死する前にはたくさん花を咲かせ実を結んで種子を飛ばしています。自力で立つ樹木の仲間を増やしているのです。
 巻きつくものと巻き付かれるものが繰り広げるいのちの営み。それも森の生態系の一つ。そこには、人間が考える損得勘定ではとうてい推測できない自然の摂理が働いていると思われます。(千)

mkbkc.hatenablog.com

子どもは、いつ「大人」になるんだろう・・・

 仁さんのDiary「大人たちよ、『内なる子供』の声に耳を澄まして」を読みながら、この話の前提の「大人」とは、これ如何に? そんな思いが湧いてきて本棚から取り出したのは、野矢茂樹さんが編者となっている『子どもの難問』(中央公論新社)だ。
 哲学者が、子どもからの問いに応える形式で編まれている。その最初の質問が「ぼくはいつ大人になるの?」で、応えたのは熊野純彦さんと野矢さん本人。

 熊野さんは、「大人」とは何かについて「じぶんとおなじくらい大切なもの、かけがえのないこと、置きかえのできないひと、そうしたなにかを知ることが、おそらくは『大人』になる入口になるのでしょう」と語りはじめる。そして「ほんとうに『大人』になるためには、その大切ななにか、かけがえのない或るものを失うこと、大きななにかを諦めることが必要な気がします」と言う。
 皆さんどうですか、じぶんとおなじくらい大切なものやこと、かけがえのないひと、思い当たります? 熊野さんは同時に、そういうものを失ったとき諦めたときに、ひとは「切なさ」とか「懐かしさ」を覚えるのだとも。どうですかね? 胸に手を当ててみますか・・・。

 私は《熊野さん、うまいこと言うな!》と思う一方で、同時に、実はちょっとドキッとした。というのは「教育」について思ったから。一般に教育は学習を通じて知識や技術を獲得したり身につけたりすること(失うとか諦めるということとはベクトルが逆)。そしてまた、そうした学習を通じて大人になっていくと考えているから。親が「勉強しないと(立派な)大人になれないぞ」なんて言ったりするのも、そうだからでしょ。だけど熊野さんは、大人になることは、必ずしも学習することとイコールだなんて言ってない。確かにその通りと思うけど、しからば現実の教育や学校は、子どもたちに教育することを通じて何になることを強いている、求めていることになるのだろうか? 学習と大人になることとの関係は? それを教育と言っていいのかどうか? なんて多くの問いや疑問が浮かんでくる。

 ところで今の政治の世界は失うこと、諦めることのできないひとばかりのような気がする。そう思うのは私だけだろうか。政治的不祥事が起きるたびに責任は痛感するけどそれだけの首相とか、最近だと選挙でお金をばらまいて国会議員になったご夫婦とか。どちらも今の職を失いたくない、諦めない。諦めたら、大人になれるかもしれないのに。そもそもじぶんとおなじぐらいに大切ななにかが実はないのかも。大切なのはどこまでいっても自分自身なのかもしれない。そうだとしたら、やっぱり「子ども」のままなのかな・・・。そういう人たちは政治の世界だけでなく、実は身近にもいたりするけど。

 ちなみに私は、熊野さんの言われるような経験、ちゃんとありますよ。でも、どういうわけか「お前は子どもだ」と、未だによく言われます。それはどうしてですかね? あまり考えると頭が痛くなりそうなので、今日はこのへんで。野矢さんについては、またの機会に。(キヨ)

    

『達ちゃん先生』からの応援歌~コロナな日々をゆく~

 3か月ぶりの学校、子どもたちはどんな思いでこの休みを過ごし、どんな願いを胸に抱いて学校に通うだろう。私は、突然の休校後3月で再任用の終了。新年度の準備には立ち会えない残念さを感じながら、学校現場を去りました。

 もし私が学校にいて学級担任だったらどんなことを考え、どんなことをするだろう。皆さんと考えていきたいと思います。

◆まずは子どもの思いと願いを受けとめて
 子ども一人ひとりがどんな気持ちで過ごし、どんな願いをもって学校に来たのか。聴き合う時間をたっぷりとって、それをもとに「こんな学級をみんなで創っていこう」と学級目標につなげていく(学期はじめはあまり話してくれないかもしれません。私は、毎日帰りの会の前か後に時間をとり日記を書いてもらい、一人一人に返事を書いて子どもとのパイプにしました)。

 また子どもたちの「いいところ」をたくさん見つけるようにして、それをクラスみんなで共有する。目立たない子や課題のある子などには意識的に声をかけたりクラスの仕事をお願いしたりして関係をつくるのもいい。
 学年に応じて、朝の会では、日直の子から昨日のよかったと思ったことや、担任もよかった・心に残ったことを話したりして「やる気を引き出す工夫」をする。また帰りの会では「きょう学校に来てよかった」と思ったことなどを出し合い、それをもとにして「学級の歴史づくり」などはどうだろう。教室に『学級の歴史づくり』(学年に応じた名前と様式を考えての)コーナーをつくって、1日に何か一つは、良かったことを短冊に書いて教室に掲示していく。最初は教師から、そして子どもと教師、最後には子どもたちからの意見で続けていけたらいい。

 同時に、教科書と教材を確かめて、「みんなと話し合い考え合ったら、よくわかった」と感じられる教材を準備する。クラスのみんなで「学び合う」ことのおもしろさ、楽しさを体感させたい。

 生活も授業も何か問題があったらチャンス!みんなで話し合おう。子どもたちの意見、教師の意見を出し合って、みんなで合意することを通じてルールを創る。子どもの声を聴き合って、クラスや個人が否定的な状況でも、その中から肯定的な芽を見出し、うれしがり、教師の思いを伝えていく。

 それから最後になりますが、教師(親)の笑顔は最大の教育力です。先生の笑顔は、「それでいいんだよ」という肯定感と安心感、明るい未来と希望を子どもたちにもたらします。それが子どもたちに勇気と挑戦の心を育みます。(達)

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 この4月にセンター所長として就任した高橋達郎さん。つい3月まで学校現場にいただけに、コロナで学校現場や先生方が大変なとき、その場にいられないのがとても気がかりで歯痒いようです。自分が学校現場にいたらどうしただろう、どんなことをするだろうと、応援の思いを込めてdiary初の文章を書いてくれました。今後の『達ちゃん先生』のdiaryにご期待ください。

季節のたより53 ギンリョウソウ

  銀白の竜の姿 光合成をやめた森の植物

 6月は梅雨の季節。雨上がりの日などに森や林を歩いていて、薄暗い林床で、キノコのような、草花のような、全身が真っ白なものに出会ってびっくりしたことはないでしょうか。
 この不思議なものは、キノコではなく、日本全土に分布しているツツジ科のギンリョウソウ(銀竜草)という植物です。
 先端についているのが白い花。白い色は薄暗い森の中では銀色に見えて、下向きの白い花は頭を下げた竜のように見えるというのがその名の由来です。
 中国では、水晶のように見えるということでスイショウラン(水晶蘭)という華麗な名で呼ばれていますが、日本では夏の怪談話の幽霊を連想させるのか、ユウレイタケ(幽霊茸)との別名もあります。

f:id:mkbkc:20200610173719j:plain  薄暗い林床に咲くギンリョウソウ。初めて見る人は何を連想するでしょうか。

 ギンリョウソウは、5月末から8月頃、森や林の薄暗いところで普通に見られ、日本で目にする最も身近な腐生植物といわれるものです。
 全身が真っ白なのは、植物なのに、葉緑素クロロフィルを持たないからです。葉緑素を持たないので、当然、光を浴びて二酸化炭素と水とで栄養(炭水化物)を作り出すという、植物本来の光合成を行いません。
 特に光を必要としないので暗い森の中でも難なく暮らしているのですが、光合成をやめてしまって、どのように栄養をとっているのでしょうか。

 腐生植物というのは、その名前が示すように、以前はカビやキノコと同じように、腐った生きものを分解して栄養をとっている植物だと思われていました。昔の図鑑を開くと、腐生植物の根元を掘ると動物の遺骸が出てくるような説明がされていますが、腐生植物は、カビやキノコと同じような暮らしをしているのではなく、本当はカビやキノコを食べて暮らしていることが分かってきました。

 ギンリョウソウはベニタケ類の菌類に寄生し栄養を吸収しています。
 ギンリョウソウの根には、特殊な能力があって、この根の中にカビやキノコの菌糸が入り込んでくると、その侵入を逆手にとって、そこから栄養を抜き取ってしまうのです。
 腐生植物といわれる植物にはこのようにカビやキノコなどの菌糸から栄養をとっているものが多く、最近は「腐生植物」という呼び名は使われず、代わりに、その実態を正確に示す「菌従属栄養植物」という名が使われるようになっています。

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落ち葉の下から頭を出すギンリョウソウ  茎が伸びて、花を一輪咲かせます。

 ギンリョウソウが地上部に姿を現すと、約2か月間ほどで花を咲かせ実を結んで消えていきます。
 花の時期になると、落ち葉の下から白い頭がむっくり起き上がってきます。単独ではなく多数集っていることが多いようです。真っ白な茎が10cmほど伸びてきます。茎の部分はたっぷりと水を含んでいてプニプニとした感触。茎にはうろこのような葉がついていて、これも真っ白。全身が白いのは、特に白い色素があるわけではなく、細胞内の液胞に含まれる泡が白く見えるのです。

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  花の姿は円筒形、花びらやガクと思わ  中央にめしべ、そのまわりを取り巻く
  れるものもついています。       クリーム色のものがおしべの葯。

 ギンリョウソウは一つの茎に一輪の花を咲かせます。花はうつむきかげんで、子馬の横顔のよう。先端が広がっていて、正面から見ると、青紫色のめしべを10本のおしべが囲んでいて、おしべの先のクリーム色のやく(葯)が目立ちます。
 全身真っ白のギンリョウソウですが、めしべとおしべだけ色がついているのは、虫たちにその存在をアピールするためでしょう。花のつけねのふくらみ(距)にも蜜があってマルハナバチなどが集まってきます。
 虫たちを呼び寄せて受粉を行うしくみは、普通の植物たちとまったく同じです。

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  虫を誘う花の姿      受粉できた花の子房   膨らんできた子房(実)

 ギンリョウソウは花期が終わると地上の植物体は黒く変色し、枯れてやがて姿を消します。うまく受粉できた花は、ヒョウタンに似た実をつけます。こどもたちが見つけると、ゲゲゲの鬼太郎の「目玉おやじ」だと大喜び。この実(液果)にはとても小さい種子が入っています。

 ギンリョウソウは地下茎で株を増やすほか、種子繁殖でも増えますが、この種子の増え方について、2017年に研究者による2つの興味深い論文が発表されました。
 植物の種子散布にはさまざまの方法がありますが、食べられることで種子を運んでもらい、フンと一緒に排出される方法をとっているものがあります。主に鳥やけものたちが種子散布の運び屋をしていますが、昆虫ではアリがその運び屋になっています。ただ、アリの場合は、実を食べて体内で運ばれるわけではなく、種子をあごでくわえて巣まで持ちさられることで運ばれます。
 ところが、ギンリョウソウは、鳥やけものたちと同じように、森にすむゴキブリに実を食べてもらい、種子散布していることが発見されたのです。

 発見したのは、熊本大の杉浦直人准教授と大学院生の上原康弘さんでした。
 杉浦准教授らは熊本市内の大学近くの林にカメラを設置し、肉眼と合わせ約2年間で200時間にわたり、ギンリョウソウを観察。鳥やネズミなどは果実にまったく興味を示さなかったのに、森に広く生息している茶色のモリチャバネゴキブリがしきりに果肉を食べていることを発見しました。ギンリョウソウの実ができるのは、熊本では4月〜6月でモリチャバネの羽化期とほぼ同じ。ちょうどエサを必要とする時期に、腹をすかせたモリチャバネが、ギンリョウソウの実を食べていたのです。フンからは長さ約0.3ミリの種子が見つかりました。
 昆虫が植物の実を食べて種子を散布するケースが確認されたのは、世界初ということで話題になりました。( 2017. 7. 27 ロンドン・リンネ協会の植物学雑誌「Botanical Journal of the Linnean Society」に論文掲載 )

 さらに神戸大学の末次健司特命講師は、ギンリョウソウ、キバナノショウキランおよびキヨスミウツボという光合成をやめた植物3種の種子散布を調査。これらの植物がカマドウマというバッタの仲間の昆虫に種子を運んでもらっていることを明らかにしました。地上で生活する哺乳類がいる地域で、植物がバッタの仲間に種子散布を託す例の発見はこれも世界で初めてのものです。( 2017. 11. 10 国際誌「New Phytologist」オンライン論文 )
 ギンリョウソウは、北は北海道から南は沖縄まで分布していますが、モリチャバネゴキブリは北海道には生息していません。本州で見られるのは主に平地です。ギンリョウソウは、モリチャバネが全く生息しない地域にも多数存在していて、その地域ではカマドウマが種子を運んでいたということです。
 このことから考えると、ギンリョウソウは、その地域に生息している他の昆虫をも種子の運び手にしている可能性も出てきました。

 自然界の未知のできごとが、研究者の地道な研究で少しずつ明らかになっていく。明らかになっていくことで、また新しい問いが生まれて深められていく。
 2つの論文は、ものを学ぶということはどういうことか、未知のものを探求する楽しさやおもしろさを教えてくれているように思います。

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   幽霊に見えるギンリョウソウ。しだいに生活史が明らかになってきています。

 森や林を歩いていると、ちょうどギンリョウソウが見つかる時期に、もう一つの葉緑素を持たない植物が見つかります。それは、ホクリクムヨウランです。
 ホクリクムヨウランは、地面の色に似ていて枯れ木のような姿をしているので、最初は見つけにくいかもしれません。なれてくると、案外そこここに佇んでいるのが見えてきます。
 ホクリクムヨウランは北陸に多いムヨウランの意。ムヨウランとは無葉蘭と書き、葉のない蘭という意味です。葉緑素を持たないので光合成ができません。菌類に寄生し養分を取り入れて生活している「菌従属栄養植物」です。

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枯れ枝のようなホクリク  先端に花を咲かせます。  花は、趣のあるランの花
ムヨウラン                     です。

 ホクリクムヨウランはランと名がついているように、渋みのあるランの花を咲かせます。花後に果実ができて種子を飛ばしたあとも、ギンリョウソウのように消えることはなく、冬も立ち枯れた黒い花茎が残っています。種子を散布し終えた果実は独特の姿で目立ちます。花より見つけやすく、もし見つけたならその場所を覚えておくと、次の年にそこで花を見ることができます。

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ホクリクムヨウランの     立ち枯れた黒い花茎は、  種子を散布し終えた果実の
群落です。          冬まで残ったままです。  姿。自然の造形が美しい。

 森や林の木々は、茎や幹を高いところまで伸ばして葉を広げ、できるだけ多くの日の光をうけて光合成し栄養をつくります。その栄養で、花を咲かせ、実をつけて、次の世代を育てています。
 カビやキノコなどの菌類は、落ち葉や枯れ枝を分解、栄養をとったり、生きた樹木と協定を結んで、ミネラルを植物に供給する代わりに、樹から養分をもらったりして暮らしています。
 ギンリョウソウやホクリクムヨウランなどの「菌従属栄養植物」は、光合成をやめて、そのカビやキノコ類に寄生し栄養をちゃっかり横取りしているわけです。

 共生するわけではなく寄生するだけ。ずいぶんズルイ植物のように見えますが、自然界では、その多様な「存在」に意味があるのでしょう。彼らの自然界での役割が、これからの研究で明らかにされるのかもしれません。
 ともあれ、「菌従属栄養植物」たちが存在していることが森の豊かさの証のひとつであり、森が豊かでなければ彼らは見られない植物たちです。豊かな森は、いろんな生きものたちを包みこむおおらかさを持っているのです。

 森は、雨が降るととりわけ生き生きとして鮮やかに美しくなります。梅雨時の森の中は暗いですが、ふだん見ることのない動植物が姿を見せているときです。
 傘を差してゆっくり足下を確かめながら森や林を歩いてみてはどうでしょう。
 今まで気づかなかった発見や出会いがあり、あらためて自然の豊かさに気づかされることでしょう。(千)

◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花

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大人たちよ、「内なる子供」の声に耳を澄まして

 遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、
 遊ぶ子供の声きけば、我が身さへこそ動(ゆる)がるれ。

 よく知られた平安時代末期の歌謡集『梁塵秘抄』(巻二)に出てくる「今様」。蛇足ですが、「今様」は平安時代の七五調の四句で詠うはやり歌です。
 勉強不足の私がこの歌を知ったのは、国土社から出版された現代教育101選の中の一冊、『母と子の詩集』(周郷博 著・国土者)を手にしたときです。以来、学級通信や学級懇談会の場などで、たびたび紹介してきました。そして保護者の方たちと『子どもと教育』『子どもと遊び』『遊びの意義』などを共に考える機会をつくりました。同時に、それは子ども期を忘れようとしている私自身への戒めでもありました。

 この春、コロナ禍の中で、少子化と高齢化が進む私の住む団地ですが、今まで以上に、子どもの姿をみること珍しい日々が続きました。そして今月になって、ようやく学校が再開。我が家の前を通る子どもの姿をみるようになってきました。
 そんな時、昨日、2ヶ月ぶりに現職の先生の話を聞く機会がありました。学校再開とはいっても、コロナ対策で、休み時間も友達とくっついたり、大声のおしゃべりは禁止。楽しい給食の時間も全員、前方の黒板の方をみて、会話はなし。校庭での遊びも学年割り当てがあって、自由に遊べないなど、学校の様子は一変しているとのことでした。

 ところが今日の午後、所用があって車ででかけると、下校時の子どもたちを発見。4人組の男の子集団です。どうやら追いかけっこをしているみたいです。そして捕まえると肩を抱き合って、大声で笑って、またじゃんけんをして、オニを決めているようです。その後ろには、手を繋ぎ、おしゃべりしながら歩く女の子が二人。いずれも3,4年生と思われる子どもたちでしたが、そこにはソーシャルディスタンスはありません。窮屈(?)な学校から解放された子どもの姿がありました。私の中で止まっていた時間が動きだすのを感じました。

 国立成育医療センターが実施した『コロナ×こどもアンケート』を読みました。その中の調査項目の一つに「こどもたちの困りごと」がありました。第1位は「お友だちと会えない」2位が「学校へ行きたい」3位「外で遊べない」4位「勉強が心配」5位「体を動かして遊べない」とありました。ようするに子どもたちは、<お友達に会いに学校へ行き、校庭で思い切り体を動かして遊び、そして勉強もしたい>ということになります。

 「遊びをせんとや~」でもう一冊。高田宏の『子供誌』(新潮社)の中でもこの歌を取り上げています。以下、少し長くなりますが引用です。 

「遊ぶ子供の声」とは、どんな声だろうか。もちろんこの歌はどの遊びと特定の遊びを指しているわけではなく、何歳の子供と決めているわけでもなく、当時でも人さまざまに、「遊ぶ子供の声」を思い浮かべていたことだろうし、八百年ばかり後生のぼくたちにしも、人それぞれに、遊ぶ子供の情景と子供らの声とをイメージする(~略~)ぼくには、百人一首やトランプや、ましてファミコンゲームで遊んでいる声は重ね合わせることができない。石蹴り、じゃんけん、お手玉、まりつきなどで遊んでいる子供たちの声なら、聞いていて『梁塵秘抄』の歌を思うことがあるけども、野球やサッカーのゲームであげている子供たちの声からは、あの歌は浮かんでこない。

 さらに、高田宏はこの本のあとがきに次の文を寄せている。

ぼくたちは、子供から大人へと上昇してきたのだろうか。それとも、子供から大人へと堕ちてきたのだろうか。答はむつかしい。ただ言えることは、大人になるほど、かつて子供であったことを忘れがちになるということだ。
ぼくたちは誰でも子供であった。その子供は死んでしまったのだろうか。ぼくには、そうは思えない。大人のなかに、「内なる子供」が眠っているはずだと思う。もし、そんなことはないと言われると、とまどう、どころかひどく不安だ。子供であった自分と大人になった自分とが、全く別人だとすると、ぼくはいったい何者なのか。(中略)
大人はしばしば、金銭や権力や名声にあこがれるものだが、子供のなかにあるのはそういうものではなく、生きることそのものへのあこがれではないだろうか。それはたぶん、すべての生きものと共通するものだ。「内なる子供」は、ぼくたちの「内なる自然」だろう。と結んでいるのだ。

 冒頭の『母と子の詩集』でも、周郷は、梁塵秘抄の項を、「遊ぶ子供」の声をきいて、大人になってしまった者が、そこに若芽のような、河の澄んだ流れのようなものを感じて、「我が身さえ動く」思いをしている。アメリカの詩人ロングフェローの詩『子供たち』も同じで、人類はその一点で一つだと思う、と結んでいます。

 コロナ禍の中で、学校とは何かが問われている今、この「内なる子供」を思い出しながら、みんなで考え直すチャンスにしてはと願うのは、お節介なのだろうか。
                                <仁>

百聞は一見に如かず、教科書展示会に行ってみませんか!

 中学校の教科書採択に向け、
  教科書展示会がおこなわれます。

 この夏から秋にかけて、全国各地の教育委員会で、来年度から中学生たちが使う教科書の採択が行われます。その教育委員会での協議の前に、教科書検定を通った全ての教科書の展示会が県内各地で、地区によっては今週6月9日(火)から行われています(会場によって展示会の開催期間や時間は異なりますので気をつけて下さい)。

 中学生たちが、来年度からどのような教科書で学ぶのか。また各教科書会社による工夫や違いなども実際に見て確かめることのできる、またとない貴重な機会です。
 昨今では、文科省による教科書検定のもとで、教科書の記述が大幅に制限され、政府・文部省の見解が色濃く反映しているとの批判や意見も聞かれます。例えば、歴史では領土問題や日本の近現代における戦争の記述、公民では少し前に大きな議論を呼んだ安保法制や日本国憲法についてなどが指摘されたりしています。

 「百聞は一見に如かず」です。まずは自分の目で見て読んで、そして保護者・市民の一人としてアンケートに意見を書いてみませんか。県内各地の会場は、以下の通りです(コロナウイルスの感染状況によっては日程が変更さえることもありますので、事前に確認してから閲覧にお出かけいただくとよいと思います)。

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