6月16日(火)晴れ
〈アイスクリーム〉
暑くなるとアイスクリームのシーズンである。街の通りにはアイスクリーム路地売の店がいたるところに現れる。ピザパイを売る店も劣らずに多く、いい勝負である。各種のアイスクリームがボックスに入って並んでおり、好きなものを注文して丸スプーンでコーンカップに入れてもらう、あのアイスクリームである。日本では店の数も少なく、値段も安くないが、ヨーロッパではどこの国、どこの街角でも、10分も歩けばアイスクリーム屋に当たるほどである。コーンカップは形も大きさもさまざまであるが、アイスクリームの方は不思議に味に差がなく、さわやかさ申し分なしである。多くの店は1 Kugel(玉)1DM(80円)である。観光地ではさすがに高いが、ケルン大学では50pf.(ぺニッヒ、40円)である。たいていの人は違った種類のKugelを2~3個重ねたものを頬張っている。スーパーには必ずアイスクリームコーナーがある。大きな冷凍ケースに1kgや500g入りの箱づめのアイスクリームがいっぱいに並べられている。1kgのパックで6~8 DM。品質はコーンアイスやレストランのものに劣らない。日本のようにメーカーによって価格が違ったり、乳脂肪分〇〇%というような表示はない。乳脂肪が表示されるのは低脂肪の場合のみである。果肉やクルミ、チョコレートがいっぱいに入っていておいしく、夏の必需品である。
6月17日(水)晴れ
〈見ることと聞くこと 1〉
〈Sehen見ること〉と〈Hören聞くこと〉とは人間のもっとも重要な二つの感覚作用であるが、相互に対称的な特徴を有している。それらは人間の性格にも関わっており、「Sehen型」の人と「Hören型」の人との二つのタイプに分けることができるかもしれない。
見ることは自己意識の営みであり、見ることを優先させる人間は自己意識によって支えられている人間である。見ることによって見るものと見られるものとが主観と客観の関係に置かれ、見ることによって私たちは 自分だけを視界(見られた対象)から分離させ、自立させ、切り離すからである。この分離と自立こそ自己意識の働きである。見る人間は絶えず何かを求めている。明瞭になること、はっきりすることを求めているのである。 自立する人間には物事がはっきりしていることが一番重要だからである。しかし世界は謎だらけであり、客観は常に主観よりも大きい。明瞭なもの、確固たるものはどこまでいっても与えられない。自力であるからいつも不満足であり、懐疑的であるから支えを持たない。求めても得られないから不安に襲われるのである。支えを持たない人間は絶えず見回しherumsehen、見つけ出そうとするbeobachten。納得ができ、己れを正当化してくれるものを求めるのである。しかし、本当に納得できるものに出会うことは困難であろう。仮に一時的に安心の地を得たとしても、次の瞬間には別の何かを求めないではいられなくなる。見る人間は好奇心に富むが、欲求不満であり、そのためにつねに苛立たないではおれない。
近代社会に生きる人間の多数はこのようなSehen型の人間である。そしてこの型の優勢は個人の生活の場面にとどまらない。科学や技術は見ることから生まれ、社会のルールや法も見ることによって守られる。商業も見る関係によって成り立つ。売る側も買う側も相手をよく見なければならない。見ることは計ることであり、比較することであり、調べることである。見ることによって人間関係は合理的になるが、同時に各人は自己の利益を通そうとし、相手の力を計算し、相互に疑心暗鬼になる。私たちはものを見ているとき、自己防衛をしながら見ている。見ることによってさまざまなことが理解されていくが、本当のことは何もわからない。見る人間である私たちは安定した大地の上に立つことができない。大地が足元から崩れ去るのではないかという不安に襲われる。
これにたいして、聞く事は受け入れることであって、相手に耳を傾けることである。本当は、耳を傾けるのではなく、心を傾けるのである。私たちは聞いているとき、自己を主張しようとは思わない。聞くという行為は人間を虚心坦懐にする。外から入ってくるものに心を開いて、何ものかによって心が満たされることを期待する行為である。音楽を聴くこと、人の言い分を聞くこと、自然の営みに耳を傾けること、これらは私たちに鎮まることを要求する。効くためには心を静かにたもたなければならない。
ところが現代文明のなかでは静寂の地はなく、いたる所が喧騒にあふれている。私たちは幼い時から聞かないこと(人の言うことを聞かない、不都合なことに耳を閉ざす)に慣れすぎている。おしゃべりはするが相手の言うことをなかなか聞こうとしない。たいていは聞くふりをして逃げている。馬耳東風である。あるいは聞き方にも「現在的な聞き方」というものがあるのかもしれない。しかし、人は本当に聞くことを求めているのである。本音を聞きたいという言葉があるが、聞くということはもともと本音を聞くことであり、それこそ皆が渇望することである。
本当に頷くことができる人は稀であり、心から頷くという行為は美しい。頷き方というものがあり、日本人とドイツ人とでは少し違う。日本人は念を押すようにうんうんún únと語尾を下げるが、ドイツ人は頷くときu- ūnと語尾を上げて伸ばす。そしてやさしそうに、歌うように頷くのが「礼儀」である。彼らはu- ūnを連発し、それによって会話を和らげようとする。よくわかったと言うときはa-hâと強く語尾を上げる。
聞くことは分析することではない。むしろ相手の言うことを丸ごと捉えようとする営みである。そこには対象に没入しようとする姿勢がある。多くの人はそれほど明瞭に語ってくれないので、聞くためには静かに待たなければならない。ちょうど演奏会の始まる前のように。街の騒音は聞く対象ではない。むしろ聞くことを妨げるものである。しかし多くの人は沈黙を恐れる。自己意識が行き先を失い、目の前で渦巻くからである。しかし絶え間のない言葉は騒音に近く、言葉が途絶えたその次にはより静かな音が聞こえてくるはずである。沈黙は高度の聞き方であるということもまた多くの人は知らない。
6月18日(木)曇り一時雨
〈見ることと聞くこと 2〉
私が「聞くこと」に興味を覚えるようになったのは音楽とキリスト教からである。音楽のほうは、数年前のある時からバロック音楽をよく聴くようになり、いわゆるクラシックの世界からほとんどはなれてしまった。自ら意図した「趣味の変更」ではない。沁み透り方が違うのである。19世紀音楽にたいしては感性のフィルターが目詰まりを起こして透りが悪くなってしまった。いまバロック音楽が流れるように沁み込んでくる。ある人はロックなら沁み透ると言うだろう。心の受蓉性がポイントであって、その性格の違いによって透過対象が違ってくるのである。
教会はつねにHör zu !(耳を傾けよ!)ということを要求する。「聞く」ということはキリスト教の教えの中心であり土台である。キリスト教徒にとっては神は見るべきものではなく、聞くことによって捉えられるものである。聖書は神の言葉であり、信仰は神の言葉を聞くことによって成り立つ。信者はGehorsam(よく耳を傾ける、従順)でなければならない。私はあるクリスチャンの人からこのことを教えられたのであるが、従順な人とは、真実なものに心を開き自分自身の理解を背後に押しやることのできる人間である。従順とは無私性であり、愛と同一のものだという。ところが、ニーチェはまさしくこの言葉を攻撃して、「強者」であることを説いた。彼はしかし不可能事を主張したのである。人間は強者であることはできないし、強者であってはならない。人間は本来弱者であり、絶望的なまでに弱い存在である。
信じることと聞くことの距離は近い。むしろ見ることと聞くことの方が距離が遠い。聞く、受け容れる、許す、溶け込む、打ち解ける、一体になる——これらの事柄を私たちは忘れかけている。私たちは信ずべきものを失っており、故郷を喪失している。私たちの心は警戒心に満ちて安住できるところがない。自己疎外の本来の意味はここにあるのだ。自己を主張するあまり、自己が根無し草になってしまうのである。私たちの精神は浮き草のように虚無の海を漂う。
見ることは本来、人間のもっとも本質的な営みであった。そして見ることと聞くこととはもともと矛盾しあうものではない。私に言わせれば、近代人は「ものの見方」が悪いのである。きょろきょろ見回し、比較をし、機を窺うようなことは本来の見ることではない。パスカルやキルケゴールが言うように、私たちは虚ろであろうとする欲望を持っているのであろう。虚ろであることは精神の麻痺の表れであるから快いのである。この麻痺から私たちは容易に逃れることができない。絶えず見ながら見もせず、聞きながら聞きもせず、忙しく振舞いながら心の惰眠を貪っているのが私たちの現実である。
聞くことの原点が「耳を傾けるGehorsam」ことであるとすれば、見ることの原点は「みつめるAnstarren」ことであると思う。一つのものを見据え、凝視し、注視し、洞見することが本当の見ることである。見つめることは呼吸するようにものを見ることである。見つめるとき対象から何者かが流れ込んでくる。能動的な意識の攻撃が失せ、心は受動的になっている。主客が転倒し、主観は従の位置に置かれる。見つめることによって自己のうちの何者かが変わる。私たちは同じもの、すでにわかっているものを見つめはしない。見つめることには新しいものに出会ったときの驚きが伴っている。いままで触れたことがなく知らなかったもの、そして過去の自己を否定するようなものに出会うとき、私たちは見つめる。見つめるという行為は科学的なのではなく、むしろ宗教的である。恋人同士は見つめ合い、母は子を見つめ、看護者は病人を見つめる。そして人間は自分の未来を見つめ、死を見つめる。私たちの知性や経験にとって微かであり通りいっぺんでは見えないから見つめるのである。こうして見つめるという行為は耳を傾けるという行為と一致する。このときに見えてくるもの、聞こえてくるものが真実の存在なのである。
見つめるように聞くこと、そして耳を傾けるように見つめること、 そして見、聞くことによって打たれること、確かにこれらのなかに人生の大きな意味が込められている。
6月19日(金)曇り
昨日は祝日(Fronleichnam聖体の祝日)であった。午後からオーバーハウゼンOberhausenに住んでいるゾンダーマンさんFrau Sondermannの家を訪れた。彼女は来日の折に知り合い、ドイツ語会話の手ほどきをしてくれた人である。オーバーハウゼンはケルンの北方数十キロにある中堅都市である。静かな通り沿いのマンションの1階に彼女の家はあった。ちょうど彼女の友人の一家が来ており、いっしょにおしゃべりの時間を3時間も過ごした。DOMについて話が盛り上がり、帰りに彼女の蔵書であるDOM写真集2巻本を譲り受けた。私の宝物となるだろう。
帰宅後、夜はAltenberger Domでのコンサートに出かけた。ケルン・フィルの若手室内楽団の演奏で、ヴィバルディの四季より夏、ピッコロ協奏曲、チェロ協奏曲、バッハのフルート協奏曲、など多彩なメニューだった。指揮はV. Hartung。前回とは違って超満員で、ホールの片隅に押しやられた。
6月20日(土)雨のち曇りのち晴れ
〈ヴォルムス、マンハイム〉
マンハイムManheim方面への旅行にでかける。ケルンから200kmほど南、フランクフルトからさらに南方にある都市である。近郊のヴォルムスWormsとシュパイアーSpeyerも周る予定。いずれの町にもドイツでももっとも美しいクラスに属するカテドラルがある。例によって、途中のサービス・エリアでぐっすり寝てしまい、ヴォルムスに着いたのはなんと3時過ぎ。ヴォルムスは小さいが、整然とした、落ち着いた町である。ドイツの小都市を馬鹿にしてはならない。小さいながらも構えは立派で、商店はモダンであり、公園は広く、むしろ大都市より静かで快適な居住空間になっているところが多い。旅行で訪れる場合も、大都市よりものんびりできて旅情を味わえる。
ヴォルムスのドームは9世紀にまで遡るという。今日の建物が建てられたのは、11〜13世紀である。ドイツにおけるロマネスク様式を代表するカテドラルの一つである。16〜17世紀には周囲に僧院等が並び、今日よりも壮麗であったという。歴史的な建造物はその悠久の時間を想うだけでも感銘を与えてくれるものであるが、その存在感と美的構成は後世のあらゆる建造物をも凌ぐほどである。堂々とした佇まいは周りの空間までも中世のカラーで染め上げて悠然としている。しかも今日にいたるまで信仰の場そのままの姿で生きている。たんなる観光の対象となったカテドラルは魂の抜けた殻のようであり、面白くない。
5~60mの高さの丸い塔が五つも空に突き上げていて、そのスカイラインは華やかである。しかしこのドームの最大の魅力は左手ファサードにある大きな円形窓であろう。ひまわりの花のような、花火のような放射状の模様とそこに嵌まっているステンドグラスは最高の美的快を放っている。人間の瞳のようでもあり、心を象徴しているようでもある。内部の暗いホールから見るとグラスの部分が赤や青の細かいモザイク模様の光となって宙に輝いているかのようである。
夜はマンハイムの街を散策した。マンハイムは近世になってから建設された都市で、大きな環状道路で囲まれた市街地は京都のように規則正しい格子状の道路によって区切られている。ドイツではまったく珍しい形であり、他に見られないと思う。Luisen Parkルイーゼン・パークの大噴水をしばらく眺めていた。これまで見たなかでも最大の噴水である。プログラミングされて吹き上げる水は次々と驚くほど多様な造形を作り、一巡するまで30分もかかった。
6月21日(日)晴れ
〈シュパイヤー〉
なんと明るくて清々しい町だろう。白をトーンにした明るい家々、赤い屋根、広い石だたみが目の前に広がる。シュパイアーSpeyerも歴史が古く、ローマ時代からの町であり、今年は町の2000年記念にあたるという。町中に「Speyer 2000 Jahre」の飾りつけがされていた。 また以前には27もの城門を持ち、城壁で囲まれた中世都市でもあった。今はドイツでももっとも歴史的なアルトポルテル門を残すだけであるが、中世の街の雰囲気がそのまま残っている。美しいDOMからまっすぐ伸びる広い大通りはそのまま石だたみの広場となって、カフェやレストランのテーブルがいっぱい並べられている。 両側の家々は明るく、屋根は美しく、まるで街全体が音楽を奏でているかのようである。
DOMは他のいかなるDOMとも趣を異にし、軽快で美しい。建物は柔らか味を帯び、飾らない優雅と気品に満ち、見るものの目を楽しませるものがある。ヴォルムスのDOMよりさらにいっそう古く、すでに800年に最初の建築が始まったという。今のDOMは1061年のものであり、規模もヴォルムスより大きく、奥行きは優に150mはある壮大な建物である。しかしそれほどの巨大さを感じさせないのは、建物全体の柔らかい調和のゆえであろう。四つの真四角の鉛筆のような塔がよい。同じ形のとんがり屋根がなんとも言えずかわいいのである。同じロマネスク様式でもヴォルムスのDOMは重厚感、オーソドックスさを持っているが、シュパイアーのDOMは自由にあふれ、質量の柔らかさと形相の明るさを備えていて、その大きさを感じさせない。どこまでも素朴で心にすがすがしさの風を送るDOMである。世界にも数少ない名建造物の一つだと思う(ユネスコの歴史的建造物に指定されている)。もっとも、ウプサラのDOMははるかに新しいが、美しさの点では並ぶものがなく、さすがにこのDOMも及ばないと言わざるを得ない。窓が小さく(初期ロマネスクの特徴)、ステンドグラスも飾り気のない無地であるが、これもまた調和がとれていてすっきりしている。
午前中はDOMでゆっくりと過ごし、アルト・ポルタルの門に登ってシュパイアーの街を眺め、St.Josefkir.とGedächtniskir.に立ち寄る。どちらも今世紀初頭に建てられた建造物で歴史的価値はないが、DOMにもそんなに引けを取らないスケールであり、どうしてこのような小さな町に巨大なカテドラルが、しかも今世紀に建てられたのだろうと不思議になる。今世紀にもこのようなカテドラルを造る気力があることは驚嘆すべきである。
3時から教会音楽祭があるというので聴くことにした。バッハのカンタータ10番だった。カテドラルの内部はむしろ演奏会用ホールにふさわしい建て方をしたのかと思われ、広々とし、響きもよかった。その後1時間余り喫茶店で休憩、久々にゆっくりとした一日を過ごした。
6月22日(月)晴れ
〈言語について1 言語の起源〉
ルソーとヘルダーが言語の起源について論じている。彼らに共通する点は、人間の生活と歴史の中から言語の生誕と本質について考えようとしている点である。哲学者の言語問題への関心は何も今世紀に始まったことではない。哲学にとって、言語の問題は根本的な問いの一つである。人間の人間たるゆえんは人間が言語を話す動物であるという点にもっとも大きく負うているということからも、このことは理解できる。
もし私たちからすべての言語が取りさらわれてしまえば、私たちはもはや人間ではなく、生きていくことさえできなくなるであろう。認識と意識のもっとも大きな部分は言語に負うており、言語がなければ要の外れた扇のように自我が解体してしまうからである。言語は私たちの精神のすべてではないにしても、もっとも核心的な部分であり、他のあらゆる働きの土台である。私たちは言語なしには考えることができない。直接的な感覚は言葉より先に伝わってくるであろうが、もし私たちが言語を持っていないのだとしたら、その感覚はどのようなものであろうか。「痛い!」という言葉を知っていなくても、「あっ!」とか「うっ!」という叫び声をあげるであろう。これらは言語ではないのか。「あ」も「う」もがまんをして、まったく黙っていたとしよう。それでも心の中では「音(ね)」を上げているのである。音もあげないでいるということは、生きている以上不可能である。感覚する、痛みを覚えること自体が反応による「何か」の発出であって、人間の身体のいずれかが「音」を上げているのである。この言葉以前の「音」のレベルでは、人間は動物と異ならない。鳥はなぜさえずり、危害にあった動物はなぜ泣き叫ぶのか。人間はなぜ声を出して泣き、あるいは笑うのか。驚くとなぜ思わず声が出るのか。声こそはそれが有声であろうと無声であろうと、言葉の「現場」である。あえて言えば声は声帯によって発せられるだけではない。感覚の痛みは痛覚の「声」であって、「痛い!」と思うことはその声を聞き取ったことである。何らかの対象に出会って、私たちの心身のいずれかが動揺し反応したとき、その動揺もしくは反応は一つの「表明」=声となって発信される。そして痛みの知覚はこの発信に対する受信に他ならない。このプロセスは身体内部においては神経系が司るが、言語のプロセスはこの神経系のプロセスの延長線上にあって、基本的に同じ性格のものであると思われる。
ここに言語の起源と本質とがある。言語はコミュニケーションから始まるのではなく、その根源に「感覚語」(より一般的にいえば表明語)がある。感覚語は叫びであり、叫びは自己存在の動揺の表現である。コミュニケーション語はこの感覚語より後になって生まれるのである。ヘルダーはすでに18世紀にこのことを洞察していた。私たちは何かについて非常にものが言いたいとき、例えば苦痛を訴えるとき、言葉よりも先に体がしゃべり出す。口元が動き、手が何かを表そうとし、体がよじれ、そして最後に言葉が飛び出す。言葉には身体運動が伴っているというより、身体運動が結晶して言葉になると言ったほうが適切であろう。このことはすでにアウグスティヌスが指摘し、ヴィトゲンシュタインが『探求』の冒頭で引用していることである。私も言語の問題はこの原点から考えるべきであると思う。そのとき、言語論は人間存在論となり、人間理解にとっての要の問題となるであろう。
しかし哲学的言語論は今日なお貧弱であり、哲学の中でも主要な位置を占めていない。ヴィトゲンシュタインがこの道を切り開き、分析哲学がいくつかの議論をしているが、解明のための鍵はなお未知のままである。現代の言語哲学はいささか枝葉末節に流れている観さえある。
言語問題にはどのような可能性があるのだろうか。言語とはそもそも何なのだろうか。なぜ言語は「語」からなるのか。「文」は私たちの生き方とどのような関係があるのか。言語が違えば心も違うのだろうか。絵画や音楽は言語とどのような関係にあるのだろうか。ヴィトゲンシュタインは言語を生活の水準からとらえ直すことを要求した。このことはまったく必要であると思う。論理学や言語学は言語の「上部構造」を追求するであろうが、私たちは言語の土台、それどころか地下の礎石を知りたいのである。 それが、ルソーが言語の起源を問うた本当の動機だと思う。 (太田直道)











