mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより54 ツルアジサイ

 野生のアジサイ 山地の樹木に挑むクライマー

 梅雨の頃、雨にぬれて新緑が美しい森や林を歩くと、あちこちに白い花が目立ちます。そのなかで、樹木全体が真っ白に見えるほど、白い花を咲かせているものがありました。その樹木が花をつけているのではなく、樹木に絡みついたつるから出た細い枝に、白い花が咲いているのです。
 きれいな花は上の方に咲いていて、どんな花かよく見えません。いい具合に崖の下から立つ樹木につるが絡みついているのがあって、尾根道の方から近づくと見ることができました。アジサイの花に似ています。これは野生のアジサイの仲間、ツルアジサイという名のつる植物の花でした。

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       高い木にからみついたツルアジサイの花

 ツルアジサイは 家庭の庭や庭園で普通に見られるアジサイと同じ、アジサイアジサイ属の花です。最初にそのアジサイについてふれておきたいと思います。

 梅雨の季節に似合う花として親しまれているアジサイは、房総半島や伊豆半島などにもともと自生していたガクアジサイを改良してつくられたものです。
 鎌倉時代頃に園芸品種にされたといわれていますが、「あじさい」という名は、古くからあって、日本最古の和歌集『万葉集』では、「味狭藍」「安治佐為」、平安時代の辞典『和名類聚抄』では「阿豆佐為」という表記が見られます。
 その「あじさい」に「紫陽花」の漢字をあてたのは、平安時代中期の歌人・学者の源順(みなもとの したごう)でした。源順は、中国の白楽天の詩に登場する「紫陽花」の花の特徴から日本古来のガクアジサイと同じ花と考えました。
 「紫陽花」のあて字は、その後の学者にも受けつがれていきます。アジサイは日本原産なので、白楽天が詩に詠んだ花ではないというのが現在では有力な説です。
 勘違いとはいえ、「紫陽花」という表記の美しさが、アジサイのイメージと重なるのでしょう。今ではすっかり定着してしまっています。

 日本原産のアジサイは、幕末に長崎に滞在したドイツ人医師シーボルトによって欧州に紹介されます。海外に渡ったアジサイは、やがて華やかに品種改良され、大正時代に日本へ逆輸入されます。そのアジサイは丸く集まった手毬のような花です。白、青、紅、ピンクなど様々な色彩の花も多く、日本固有の「ガクアジサイ」の品種と区別して「西洋アジサイ」と呼ばれています。
 西洋アジサイは、家庭の庭や公園、寺院などに多く植えられ、馴染みの花として広く親しまれています。

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   日本原産のガクアジサイ       庭木として馴染みの西洋アジサイ

 アジサイの1つの花は、4枚の花びらがあるように見えます。でも、これはガク片なのです。その4枚のガク片に囲まれた真ん中に、小さな花があります。
 小さな花はおしべとめしべもあるのですが、花粉をつくり受粉する能力を持っていません。この花は虫たちを誘う「装飾花」と呼ばれています。

 西洋アジサイは花全体が装飾花でできています。目には美しいけれど、実を結ぶことができません。
 日本固有のガクアジサイは、装飾花がまわりをとり囲んでいて、その中に小さな花がびっしり集まっています。この小さな花は、おしべとめしべが花粉をつくり受粉して実を結ぶ能力を持っています。小さな花は両性花です。
 装飾花が小さな両性花をとり囲んで、額縁のように並んでいるので、ガクアジサイ(額紫陽花)と呼ばれているのです。

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     ガクアジサイの花もいろいろな色に改良されています。

 園芸品種のアジサイの原種となっているガクアジサイのほかに、もともと日本の野外に自生するアジサイがありました。
アジサイ科のアジサイ属に属するものは、ヤマアジサイ、エゾアジサイなどがありますが、別名ゴトウヅルともいわれるツルアジサイは、唯一つる植物のアジサイです。

 ツルアジサイは、森や山の高い樹木の幹に、つるを伸ばして「気根」と呼ばれる根を出し絡みつき這い登っていきます。時には高さ10mもこえてよじ登ることもあります。森の高木に挑戦するクライマーなのです。

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   ブナの木にからみつくツルアジサイ     鮮やかに目立つ白い花

 ツルアジサイの花は、ガクアジサイの花と同じように白い装飾花と多数の両性花でできています。花の季節にはよじ登る樹木の幹が見えなくなるほど真っ白に花をつけます。
 白い装飾花に囲まれ真ん中に集まる小さな両性花は、ごく小さな花びらが5枚あるのですが、先端がくっついたままで、花が咲くと同時に帽子を脱ぐように脱落します。おしべとめしべだけが際立って見えてきます。
 おしべは、他のアジサイより長く、数も多いので、近くで見るとパチパチ飛び散る線香花火を見ているようです。両性花は小さな花なのに、多く集まって、野生的で豪快な迫力を感じます。

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    大きな装飾花と小さい両性花(おしべとめしべが際立ちます。)

 ツルアジサイの白い装飾花は、新緑の緑に鮮やかに映えて遠くからでもよく見えます。虫たちをよぶ役割に専念し、小さな両性花が咲く前から咲き終わるまで美しさを保ち続け、花が枯れても散ることなくその姿を残し続けています。

 装飾花に誘われ、よくやってくるのはハナカミキリやハナムグリなどです。ツルアジサイの両性花は平らに集まっているので、飛ぶことの下手な甲虫類でもうまく着地できるのでしょう。
 虫たちのごちそうは花粉です。虫たちが花粉を求めて花の上を歩き回ると、腹や脚に花粉がついて運ばれるので受粉しやすくなります。小さな花がびっしり集まって咲いているのも、一度の虫の訪問のチャンスを逃がさず一気に受粉しようとするもくろみでしょうか。

 ツルアジサイの果実は、直径3mmほどの球体です。花の時期を終えた9~10月に熟します。この果実は「さく果」と呼ばれる形をしていて、乾燥すると果皮が裂けて種子が出てくるようになっています。

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 ツルアジサイの黄葉    花の後の果実の姿    雪原に落ちた枯れた花

 ツルアジサイとよく間違えられるのが、イワガラミという名のつる植物です。
 イワガラミは、山地の岩場に気根を多数出して張り付いて這い登るのでその名がありますが、樹木にも這い上がります。
 どちらもアジサイ科ですが、ツルアジサイアジサイ属で、イワガラミはイワガラミ属です。両者は近い関係にあります。
 ツルアジサイはやや高地に分布し、イワガラミは標高の低いところから分布していて、県内では丘陵地や山地の森や林で同じ時期に咲いているのが見られます。

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  ブナにからみついたイワガラミ       ガク片が一枚の装飾花

 ツルアジサイとイワガラミは、遠くから見ると本当に同じに見えます。
 花が咲いているときは、近くによって装飾花を見れば、すぐ区別できます。ツルアジサイの装飾花のガク片は4枚ですが、イワガラミは装飾花のガク片は1枚だけ(上の写真)です。花が咲いていないときは、葉のギザギザした鋸歯の粗いほうがイワガラミですが、両方の葉を比べないとわからないので、花の季節に見比べて覚えておくといいでしょう。

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  ツルアジサイは、よじ登る樹木の幹まわりに葉を広げて、花を咲かせます。

 山地の森には、樹木の性質を持つ木本性(もくほんせい)のつる植物が多く見られます。これらのつる植物は、幹を太らせる必要がないので、そのエネルギーを細くて長いつるを伸ばすことに注ぎます。自力で立ち上っている樹木に寄りかかり、日の当たるところめざしてすばやくつるを伸ばし、葉を広げて太陽の光を独り占めしていきます。巻きつかれた樹木は負けじと明るい方へと枝を伸ばしても、つる植物にはかなわずしだいに弱っていくのです。

 つる植物の最大の弱点は自分がよじ登っている樹木と運命をともにしなければならないことでしょう。
 したたかなのはヤマフジです。巻きついたつるが樹木の幹に食い込み枯死させて共に地上に倒れても、倒れ落ちた木を足場につるを伸ばして他の木を物色して這い上がっていきます。
 サルナシ、マタタビヤマブドウなどは、巻きついている木全体を覆いつくして枯死させてしまう状況になると、隣の樹木に乗り移って生きていきます。
 それに比べて、ツルアジサイやイワガラミは穏当かもしれません。よじ登ってもできるだけ樹木の幹まわりに葉を広げて樹木全体を覆うことをしません。樹木の倒れるのを防いでいるように見えます。

 その生き方はさまざまですが、つる植物は、よりかかる樹木に依存しなければ生きられません。一方、巻きつかれた樹木の方もなすがままに任せているわけではありません。光を求めて最期まで抵抗し、枯死する前にはたくさん花を咲かせ実を結んで種子を飛ばしています。自力で立つ樹木の仲間を増やしているのです。
 巻きつくものと巻き付かれるものが繰り広げるいのちの営み。それも森の生態系の一つ。そこには、人間が考える損得勘定ではとうてい推測できない自然の摂理が働いていると思われます。(千)

◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花

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