mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより150 ツルアリドオシ

  二輪が対に咲く純白の花  命をつなぐ花の知恵

 初めてこの花を見たのは青葉山の自然観察会に参加したときでした。         
 ヒノキの大木の林床に地面を這うようにして、ひっそりと咲いていた花を、観察会の人が「ツルアリドオシ」という名で、高山植物にも数えられる花と教えてくれました。
 仙台市の中心部に隣接する青葉山は、何万年にもわたり自然度の高い生態系が維持されてきた山です。近年の大規模開発によって生態系が大きく損なわれ、希少種が次々に姿を消していますが、ツルアリドオシはかろうじて生存し続けている種なのでしょう。純白の二つの小花が木もれ日をうけて、光っていました。 


          木もれ日を受けて輝く  ツルアリドオシの花

 ツルアリドオシはアカネ科ツルアリドオシ属の常緑の多年草です。変わった名前ですが、同じ科にアリドオシという低木があって、そのツル性の植物という意味です。名の元となるアリドオシは、水平に広がる枝に垂直に伸びる鋭いトゲがあって、このトゲがアリを刺し通すほど鋭いということが、その名の由来です。
 ツルアリドオシはアリドオシの葉や実によく似ていることからその名をもらっていますが、肝心のトゲがなく、東北にはアリドオシが自生していないので、その名もどこか謎めいているのです。
 また、アリドオシは樹木で、ツルアリドオシは草本です。アリドオシのトゲの枝は固くて丈夫ですが、ツルアリドオシの茎や枝は細くて柔らか、ツルの名がついていても巻きつくことはなく這うだけです。二つはかなり雰囲気が異なります。

 
   鋭いトゲを持つアリドオシ  画像:AC     茎にトゲのないツルアリドオシ

 2度目にツルアリドオシに出会ったのは、栗駒山のブナの森です。木もれ日のさす登山道に、登山者の足元を照らすように咲いていました。場所によっては、足の踏み場もないほど群生しています。樹木の陰や暗いところで咲いていますが、花は眩しいほどの白さです。写真に撮るときは露出補正しないと花の色が飛んでしまいます。


             登山道に群生するツルアリドオシ

 茎は長く地を這って分枝し、節から根が出ています。葉は対生、小さな楕円形からたまご形で、先が短くとがります。葉身は深緑、表面に光沢があり、葉の縁が波打っています。
 分岐して立ちあがった茎の先端に花のつぼみがついていました。

 
     光沢のある深緑の葉が美しい       淡い紅色を帯びたつぼみ  

 つぼみはほのかな紅色を帯びていますが、開いた花は白色でした。花はほっそりした筒の形。先端が4つに裂けて開いているので、4枚の花びらのようです。まれに5つや3つに裂けているのも見つかります。
 花びらに見える裂片の内側は毛むくじゃら、真綿のような毛が密生しています。植物には茎や葉に毛が生えていることが多く、植物によって、防水や防寒、昆虫による食害や紫外線からの防御の役目をしています。
 花の中にびっしり腺毛が生えているヘクソカズラの花(季節のたより129)は、アリの侵入を防いだり、受粉しやすくしたりしていたようです。ツルアリドオシの花の毛も、きっと何らかの役目をしていると思われますが、今のところよく分かっていません。

 
   ほっそりとした筒のかたちの花        内側には毛が密生

 花を見ると、一つだけの花はなく、どの花も二つずつ並んで咲いていました。その二つの花は根元で合体し、短いガクを共有していました。

 
    どれも二つ。対になって咲く花         花の根元で一つに合体  

 ツルアリドオシの花は両性花です。雄しべは4個、雌しべは1個で先が4つに裂けています。花を見ていたら、花の姿が同じではなく、2種類の花があることに気がつきました。雄しべが花から飛び出すほど長く、雌しべが目立たない花と、その逆に雌しべだけが目立って、雄しべが隠れて見えない花がありました。

 
   雄しべだけが出ている花        雌しべだけが出ている花

 最初、雄性期と雌性期の花かと思ったのですが、調べて見るとやはり2種類のタイプの花でした。

 被子植物の花には、雌しべの花柱の長・短による二つのタイプの花があって、これを「二型花柱性」の花といい、さらに中間の長さの雌しべもある、長・中・短の三つの雌しべのタイプのある花を「三型花柱性」の花というそうです。これらを「異型花柱性」の花といい、一般には知られていないことですが、生物学の分野では有名な現象なのだそうです。ツルアリドオシの花は、二つのタイプの花のある「二型花柱性」の花だったのです。

 
            ※  渡邊論文(下記)の図を参考に作成しました(千)

 このように花の雌しべの花柱の長さが違うのは、何か理由があるのでしょうか。
 植物の「異型花柱性」を最初に記載したのは、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンでした。ダーウィンの時代には、植物は主として両性花が自家受粉により種子を作り、繁殖していると考えられていました。しかし、ダーウィンは著書『植物 の受精』(1876)の中で、丁寧な観察と実験に基づき、これは植物の花の自家受粉を避け、他家受粉をめざす巧妙な進化の結果と考えました。
「異型花柱性に関する研究は、これまで多くの研究者を魅了し、生態学や進化生物学等の分野に重要な影響を与えてきた」といいます(渡邊謙太氏論文「『異型花柱性』を巡る生態学と進化生物学の今」沖縄高専紀要・第16号 2022)。

 渡邊氏の論文によると、花のタイプは遺伝型によって決まり、一般に同じ花のなかでの受粉や、同じタイプの花どうしが受粉しても種子をつくることが出来ない性質をもっているそうです。それで、結実するためには花粉を異なるタイプの雌しべの柱頭に届ける必要があるのですが、雌しべの花柱の長短による違いが、その受粉に重要な役割を持つ昆虫たちの口や身体につく花粉の位置を微妙に違えて、異なる花どうしの花粉を効果的にしているというのです。

 生物学の研究者である鷲谷いづみさん(東京大学名誉教授)が、中村桂子さん(JT生命誌研究館館長)との対談の中で、ダーウィンが観察したサクラソウを使って、この仮説を確かめた話を語っておられます。
    
鷲谷:その真似をして、京都大学の加藤真先生と野外のサクラソウマルハナバチ
 が訪花したことをしっかり確認してからハチを捕らえ、走査電子顕微鏡でハチの
 舌のどこに花粉がついているかを調べました。2つ型の花の花粉は大きさが異な
 りますので、どちらの花粉かわかるのです。ダーウィンは花粉がつくかどうかを
 見ただけですが、こちらは定量的に調べました。

中村:ダーウィンの仮説を現代の科学で検証したわけですね。

鷲谷:走査電子顕微鏡の威力です(笑)。ダーウィンの仮説はかなり妥当であった
 ことが確認されました。短花柱型のおしべの葯は高い位置にあるので、花粉はハ
 チの舌の付け根につき、次にハチが長花柱花に舌を差し込むと高い位置のめしべ
 の柱頭に花粉が残ります。逆に長花柱花の短いおしべの花粉はハチの舌の先の方
 につき、 短花柱花の短いめしべの柱頭に運ばれます。 すこし擬人的になりますが、
 サクラソウは花の形によってポリネータ(花粉の運び手)であるマルハナバチ
 舌の適切な位置に花粉をつけわけて、配偶相手にきちんと花粉を送っているわけ
 です。 (季刊「生命誌60」対談「一つ一つの生きものを見つめる眼差し」)

 ツルアリドオシもサクラソウと同じ「二型花柱性」の花です。両性花の花を、雌しべの花柱の長・短による二つのタイプの花に進化させることによって、自家受粉を避け、他家受粉を確実にしているわけです。
 栗駒山周辺では、雪解けとともに咲き出す、ミツガシワやイワイチョウ、そしてサクラソウの仲間のヒナザクラの高山植物も「二型花柱性」の花でした。多様な遺伝子を持つ子孫を残すことで、厳しい高山の環境を生き延びているのです。

   
    ミツガシワ          イワイチョウ        ヒナザクラ  

 ツルアリドオシの花は受粉すると花筒が落下します。しばらくすると花のあとに緑の実ができます。その実の後ろに噴火口のようなくぼみが二つできていました。

   
  受粉を終えて落下する花      緑色の実        大きくなった実

 二つ並んで花を咲かせるスイカズラの花(季節のたより125)は、黒い実も二つ並んでいます。ツルアリドオシの二つの花は、子房が根元で合体しているので、つなぎめのない球形の一つの実になっています。
 実の下にある二つのくぼみは、二つの花のガクの痕跡で、実が熟し赤くなってもそのまま残っています。

 
     ツルアリドオシの赤い実         くぼみが残る成熟した実

 ツルアリドオシの花は雌しべの柱頭は4裂なので種子も4個。二つの花が完全に受粉すると種子が8個できるのですが、実際には4個から6個ぐらいです。
 赤い実は常緑の緑の葉に映えて野鳥たちを誘います。その実は毒性がなく食べられますが、ほとんど無味に近くおいしい味とはいえません。赤い実は遅くまで食べられずに残っています。最終的には餌が不足する冬から春先にかけて野鳥たちが食べてくれるのか、いつの間にか姿を消しています。

 ツルアリドオシは地面を這う茎の節から根を出し、栄養繁殖で同じ環境につよい遺伝子を持つ仲間をふやし群落を形成しています。その一方で、多様な環境に対応できる種子をつくり、野鳥たちの力をかりて新天地の開拓をめざして種子繁殖しています。種の存続をめざす堅実なツルアリドオシの生き方が見えてきます。


           ブナの林床に咲くツルアリドオシ

 ツルアリドオシの花が咲く頃は、ブナの葉が林冠を被い、わずかな点光が林床を照らしています。揺らぐ木もれ日とツルアリドオシの柔らかな花の雰囲気に誘われると、つい山登りの終着点を変更し、その場の雰囲気に浸っていたい衝動に駆られるのです。(千)

◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花