mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより32 ネジバナ

 小さな野生ランの たくましく生きる知恵

 近くの公園の芝生でおもしろい花を見つけました。細い花穂をすっくと伸ばし、下から上へとらせん状にかわいらしい淡紅色の花を咲かせています。ネジバナの花です。

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    芝生に咲いたネジバナ。最も身近に見られる野生ランです。

 ネジバナはラン科の植物で、学名は「Spiranthes sinensis var. amoena」。属名の「Spiranthes(スピランセス)」は、「らせんの花」という意味だそうです。文字どおり小さな花がらせん状に咲き登っています。別名がモジズリ(捩摺)。捩摺とは、現在の福島県信夫地方で行われていた古代の草木染のこと。みだれ模様のある巨石に草木をこすりつけ、布にその色を移し出したという「信夫捩摺(しのぶもじずり)」という染物に由来しています。

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  ネジバナのねじれ方        アサガオのつるの巻き方

 ネジバナのねじれ方は、植物のつるの巻き方に似ています。植物のつるの巻き方には、右巻きと左巻きがあって、植物によって決まっています。アサガオのつるは、昔の教科書や図鑑では確か「左巻き」と図解してあったようです。ところが、アサガオのつるは、支柱に対して上から見ると左巻きですが、根元から上を見上げるように見ると右巻きになります。ですから、ある人はアサガオのつるは左巻き、また他の人は右巻きということで、本によっては全く逆の書き方になっているのもあるのです。
 その混乱を避けるために、日本植物学界が、「つるの出発点から伸長方向を見て、時計回りならば右巻き、反時計廻りならば左巻き」と定義(1956年『文部省・学術用語集・植物学編)しました。この定義は根元から上を見上げる考え方で、アサガオのつるは、今は「右巻き」というのが一般的な表現です。
 判断に迷ったら、「茎の伸びる方向に親指を向けて、右手で握った人さし指から小指までの巻き方と、方向が同じであれば右巻きのつる、反対に左手で握った4本の指の巻く方向と、同じになっていれば左巻きのつる」と覚えておくといいようです。

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  美しき小さなランは、カトレアの花のよう。ねじれ方は、右巻きと左巻き
  両方あります。

 ネジバナのらせん形のねじれ方は、左右のどちら巻きか調べたことがあります。結果は、両方あって、場所にもよりますが、右巻きと左巻きがほぼ同じ割合でした。同じ株の花穂でも右巻きと左巻きが混じっているのもありました。
 
 ネジバナにとってはどちら巻きでもよく、ねじれて花を咲かせることに意味があるようです。花粉を運んでくれるハチを呼ぶには、花はたくさんつけるほうが効果的です。ねじれると小さな花を多くつけられ、下から順番に咲かせると花期を長くすることができます。らせん状に花が咲いていると、ハチがどこから飛んできても見つけやすいでしょう。花が横向きなのも、横にもぐりこむハチの習性にぴったりです。また、花を一方向だけにつけると茎は傾きますが、らせん状だと重心は安定し、細い茎もまっすぐに立てます。まったくうまくできています。

 花がハチに花粉を運ばせる方法も変わっています。ラン科の花では、他の植物の花とは性質が異なり、雌しべと雄しべがひとつになった蕊柱(ずいちゅう)というものがあって、その裏側に全部の花粉を袋に入れて塊にしたような花粉塊(かふんかい)が隠れています。
 ネジバナの花にもぐりこんだハチが蜜を吸ったあとに花から出ようとするとき、この花粉塊がハチの頭に粘着テープのようなものでぴたっとはりつけられるのです。頭に花粉塊をのっけたハチを見つけて見ていると、ハチは何かの異変を感じたらしくしきりに頭や触覚を振りはらうしぐさをしました。でも、そんなことでは、花粉塊は外れないようです。そして、そのまま、別のネジバナの花にとんでいきました。ハチになって、花にそっと待ち針をさしこんでみたら、針の先に花粉塊がついて出てきました。  

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   花の奥の黄色い花粉塊

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   花にもぐるハチ

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   針の先についた花粉塊

 花粉塊を運んでもらった花では、雌しべが露出していて今度は花粉を待ち受けています。雌しべの表面はネバネバの液でぬれていて、花粉塊をつけたハチが花を訪れると、このネバネバに花粉塊がこすりつけられ袋がぼろぼろに破れてしまいます。中から花粉が一気にあふれて雌しべにべったりとへばりつき、受粉が行われます。

 ネジバナの実は、長さ6ミリほどの紡錘形をしています。種子を探して開いてみたら、ふわっとほこりのようなものが舞い立ちました。種子らしいものは何もなかったので、後で調べてみて驚きました。じつはこのほこりのようなものが、種子だったのです。

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  受粉を終えたあとのネジバナ      これから熟すネジバナの実

 ネジバナの種子はものすごく小さく、しかも数が多くて、ひとつの実の中になんと数万個から数十万個もびっしり詰まっているというのです。ひとつの花の中でこれだけの種子をつくるとしたら、、雌しべが受け取る花粉の数はそれ以上多く必要です。そしてそれをばらばらに受粉していたら、どれだけ時間がかかることか。ネジバナが花粉を花粉塊にして丸ごと運び、まとめて受粉してしまうというのは、全く見事な知恵というしかありません。
 ネジバナの種子は、かすかな空気の動きでも浮き上がるほど軽いので、遠くまで飛んでいくことができます。種子の形を極限まで小さくして、そのかわりに数を増やしてこの地上での生き残りをかけているようです。
 ふつうの植物は、タンポポヒメジョオンのように、種子には発芽や成長に必要な栄養分(胚乳)をお弁当のように持たせて旅立たせるのに、ネジバナはそれを節約してしまいました。そのためにネジバナの種子はどんなに遠くの地に行けても、発芽する栄養分がないので発芽することができません。

 この試練をネジバナの種子はどうのりきっているのでしょうか。地面に落ちたネジバナの種子は自然界に広く存在しているラン菌というカビの仲間をよびよせます。そして自分の体に入り込ませてその菌糸から発芽するまでの栄養分をもらい続けます。やっと発芽できて緑の葉を広げるまで育つと、今度はラン菌を分解して自分の栄養分にしてしまうのだそうです。
 ネジバナの小さな種子は一歩間違えると逆にラン菌に侵され亡びてしまう危険もはらんでいます。小さな種子が自力で生きるために選択した道は、かなりたくましく、したたかな生き方であることに驚かされます。

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    ネジバナの茎についた水滴。逆さに映るネジバナの花

 ネジバナの小さな種子が、無事ラン菌と出会って発芽できても、育つ場所に背丈の高い草が伸び出してきたら、日かげになり枯れてしまいます。日当りのいい土手や芝生は草刈りが行われるので、絶えず刈り取られる危険にさらされています。そう考えると、淡紅色の小さな花がそこに咲いているということは、いくつもの小さな奇跡が重なりあった結果のように思えるのです。(千)

◆昨年7月「季節のたより」紹介の草花

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