mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより132 ヤブツルアズキ

  渦巻き状の花  縄文人が食べた古代アズキ

 草むらでヨモギの茎に巻きついたつる性の植物が黄色い花を咲かせていました。花を見ると、花の形が渦巻き状の独特の形をしています。これは餡(あん)の原料となるアズキ(小豆)の祖先といわれるヤブツルアズキの花です。


       ヤブツルアズキの花(背景のピンクの花はタデの仲間)

 ヤブツルアズキマメ科ササゲ属のつる性の一年草です。日本では、本州、四国、九州に分布し、古くから山里に生育している植物です。漢字では「藪蔓小豆」と書いて、その名のとおり、草木、竹などが茂る藪(やぶ)に多く自生しています。
 学名は「Vigna angularis var.nipponensis」。 Vigna(ササゲ属)は17世紀のイタリアの植物学者Domenico Vigna(ドメニコ ヴィーニャ)への献名で、angularis (アンギュラス)は角張ったという意味です。Nipponensis(ニッポンネンシス)は「日本産の」を表し日本の在来種であることを意味しています。

 ヤブツルアズキは5月から6月頃に日当たりのよい草原や藪地で、寄りかかる植物が十分に育ってから芽を出します。茎はつるになって、まわりの植物に絡みついたり覆いかぶさったりして伸びていきます。茎に使う栄養分をつるにまわし、1年で長いものでは3m以上も伸びます。
 つるには茶色のやわらかい毛が逆向きに生えています。茎やつるの毛は強い光に対する防御や小さな害虫が葉の本体に近づきにくくする役割があると言われています。つるの巻きつきやすさも関係しているようです。
 ヤブツルアズキの葉は互い違い(互生)に生えていて、1つの葉が3つの小さな葉に分かれています。小さな葉は卵形で先がとがっているのが特徴ですが、なかには枝先近くで浅く3つに裂けているのも見つかります。
 ヤブツルアズキは8月~10月頃まで黄色い花を咲かせます。


 巻きつく相手を探すつる     逆向きに生える毛     小葉3枚で1つの葉 

 ハギ、フジ、カラスノエンドウなどのマメ科の植物は、蝶のような形の蝶形花と呼ばれる花を咲かせます。花びらは5枚。色や形、大きさはそれぞれ違いますが、どれも左右の形がほぼ同じ、左右相称になるように配分されています。
 ところが同じマメ科ヤブツルアズキの花はどうでしょうか。左右相称ではなく、渦を巻いたような形をしています。


   ハギの花      フジの花     カラスノエンドウの花    ヤブツルアズキの花 

 蝶形花の花びらには、独特の名前がついています。耳慣れない専門用語ですが、花びらの形の特徴をよくとらえてつけられています。
 正面の大きな花びらは、花の背後で旗をたてているように見えるので旗弁(きべん)といいます。中央に2枚の花びらが合わさって船のような形をしているのが竜骨弁(りゅうこつべん)です。「竜骨」とは船の底の中心線で、船首から船尾へ貫く主要部材のことで、花びらの形を舟底の竜骨に見立てて名づけられたものです。竜骨弁は舟弁(ふなべん)といういいかたもされます。
 竜骨弁の左右にある2枚の花びらは、翼のように広がるので、翼弁(よくべん)と名づけられています。

 
        ハギの花              蜜を探すマルハナバチ

 これらの花びらはそれぞれの役割を持って、受粉の効果をあげています。
 正面の大きな旗弁は、昆虫をよびよせる役目。旗弁の下方にあるたてすじ模様は蜜のありかを知らせる蜜標です。
 ハナバチがやってきて、左右の翼片に止まり、花の奥の蜜を吸おうと脚に力をいれて踏み込むと、竜骨弁のなかからおしべとめしべがバネのように跳び出します。そのとき、ハナバチの腹に触れて花粉の授受が行われるしかけになっています。
 左右相称花のマメ科の花はどれも同じ花のしくみを持っています。

 
    龍骨弁に乗るハナバチ         飛び出した状態のめしべとおしべ

 左右相称ではないヤブツルアズキの花は、花びら5枚の数は変わりませんが、竜骨弁、翼弁は変わった位置に配置されています。

 
      ヤブツルアズキの花         右翼片をとってみると。

 旗弁は後ろ正面にありますが、竜骨弁は船の形ではなく、合着して筒になり渦巻き状になっています。筒の先端に穴口があり、下方は閉じています。閉じた筒には突起があります。
 左側の翼弁は筒の上部を保護するように包み、右側の翼弁は筒の下の突起部分をくるんでいます。
 おしべとめしべは筒になった竜骨弁のなかに入っていて、普段は姿を見せません。


   さらに左翼片をとると。   竜骨弁もとってみました。  旗弁もはずしました。

 ハナバチがこの花を訪れたとき、何が起こるのでしょうか。
 ハナバチが足場にするのは、右の翼弁にくるまれた竜骨弁の突起です。ここに止まって、蜜を求めて花の奥に頭を突っ込むと、竜骨弁が押されます。すると、竜骨弁の先端口からめしべとおしべが飛び出し、ハチの背中に花粉をふるい落とすのです。
 ハチはその花粉を背中につけて他の株の花へ運んでいきます。めしべの先はブラシのようなおもしろい形です。このブラシで、おしべの花粉をふるい落としたり、ハチの背中についた他株の花粉を受粉したりしているようです。


 もぐりこむハナバチ   飛び出すめしべとおしべ    頭にこぼれる花粉

 マメ科の花は、普段はおしべとめしべが竜骨弁のなかに収められ、花粉を運んでくれるハナバチたちが来た時だけ現れ出るしくみになっています。
 そのため、おしべやめしべは雨風にさらされたり、花粉をなめるハナアブたちに食べられたりすることはありません。おしべとめしべは鮮度を保ち、そのぶん受粉効果も高くなると考えられます。
 船の形の竜骨弁は、おしべとめしべが跳び出したあと、いったん割れた弁を閉じますが、しだいに開いたままになり風雨にさらされます。その点、ヤブツリアズキの花は、竜骨弁の筒のなかにあるので、より安全で確実な花粉の送受粉が可能になると考えられます。

 マメ科やシソ科などの左右相称の花は、キク科やバラ科などの放射相称の花に比べ、立体的で複雑な構造をしています。それは花粉を運んでくれる昆虫たちとの共進化により生み出されたもので、より進化した花の形と考えられています(湯本貴和「花の形態進化論」ゲーテと自然科学vol.1990, no.12)。
 そのような観点からみると、ヤブツルアズキの花は、マメ科のなかで最も進化した花と言えるのかもしれません。

 ヤブツルアズキの花には、チョウの仲間もやってきます。チョウは脚の力は弱く、長い口で蜜を吸うだけで、花粉の送受粉をしているようには見えません。
 花を見ていたら、シジミチョウの仲間が変わった動きをしていることに気がつきました。咲いている花には目をくれず、花のつぼみを探して飛び回っているのです。つぼみを見つけたチョウは、その上に止まると、しばらく何かをしています。その場所にはアリが集まっています。

 
つぼみに止まって何かしています。     アリが集まっています。

 アリはアブラムシが分泌する甘露を求めて集まっているのではと思い、ルーペでのぞいてみましたが、アブラムシはいません。
 考えられるのは、花外蜜腺です。花外蜜腺とは、その名のとおり、花以外のところにある蜜腺で、これを目当てにアリに来てもらうことで、植物を加害する虫たちをアリに追い払ってもらう効果があると考えられています。
 栽培種のアズキの花に花外蜜腺があることは、すでに知られています(佐藤久泰「調査・試験研究 アズキの特性(3)花外蜜腺」日本豆類協会)。その祖先のヤブツルアズキの花にもあってもいいはずです。探してみると、花のつぼみがつく茎の節目にこぶ状の器官を確認しました。
 なめてみると、かすかな甘みがあります。間違いないようです。アリはここから分泌する蜜をねらって集まっていたのです。そしてシジミチョウも、花の蜜ではなくこの蜜腺の蜜をねらって、飛び回っていたのです。
 ヤブツルアズキの花にとっては、アリはともかく、チョウの仲間は、蜜だけを失敬していく割りに合わない昆虫のようです。

 
  茎の突起は蜜腺のようです。  蜜腺の蜜を吸うアリ    蜜を吸うシジミチョウ

 受粉を終えた花は、しばらくして果実ができます。ヤブツルアズキの果実はサヤの中に種子が入っている豆果(とうか)です。豆果はマメ科の植物に共通してみられる果実です。豆果は長さは4~9cmほどの直線形で、秋になり熟すとサヤは黒くなります。サヤのなかには5~6個の種子が入っています。

 
  緑の若い豆果       熟してきた豆果のサヤ     種子の大きさの比較

 ヤブツルアズキは、日本での歴史は大変古く、縄文土器の表面に刻まれた「圧痕」から、ツルマメ(ダイズの野生種)と共に、縄文時代の早期から食用として採取されていたことがわかってきました。また、「縄文時代早期以降継続的に検出されるアズキ型の種子を比較」すると、「縄文時代中期以降、ヤブツルアズキより大型の種子が混在し、増加」しており、縄文人が野生種の種をまき、改良、栽培していた可能性も新たに明らかになりました(中山誠二「縄文土器に残る圧痕から栽培植物の起源を探る」・化学と教育 66巻8号)。

 これまで、栽培種のアズキやダイズは、稲作が盛んになった弥生時代以降に、中国から日本に入ってきたと考えられていましたが、私たちの祖先が野生種を栽培、改良をくわえて、日本列島独自の栽培穀物として育ててきたものだったようです。

 
    花の時期は長く、豆果も一緒に見られます。     つぼみと花と豆果 

 ヤブツルアズキは、縄文人が食べた古代アズキでした。今でも調理すれば古代アズキの味を味わえますが、現代では種をまき栽培しているところはありません。
 全国で唯一、石川県河北郡津幡町で、このヤブツルアズキを「おまん小豆」の名の特産品として認定し、栽培、加工が行われています。

 ヤブツルアズキは今が花の盛りです。野原を歩くと、籔のなかにちょっと変わった渦巻き状の黄色い花がたくさん咲いています。緑色の豆果も一緒に見られ、しばらくすると、熟して黒くなったサヤも見つかるでしょう。
 花の進化の歴史を花の形にとどめ、栽培穀物の祖先の種子をそのまま残しているこの小さな野花は、季節がくると、今はどこにでも見られますが、もし絶滅の危機にあってもう見られない野花だとしたら、多くの研究者もマスコミも貴重な植物として大騒ぎするでしょうね。(千)

◇昨年9月の「季節のたより」紹介の草花