mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより8 コマクサ

  荒野の 美しき開拓者

 夏山のシーズンがやってきました。今回は身近な植物ではありませんが、高山植物をとりあげてみます。夏山らしい高山植物の代表としては、チングルマミヤマキンバイ、イワカガミなどがあげられますが、その中でも存在感の際立つのが、コマクサ(駒草)の花でしょう。
 コマクサは、ケシ科の花で高山の砂礫地に単独で自生し、淡紅色の花を咲かせます。その花姿の美しさから「高山植物の女王」とよばれて、花を愛する登山者の心をとらえています。

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 東北では岩手山秋田駒ケ岳 蔵王連峰の三山だけに生息、宮城県内の人は、蔵王の駒草平で自然環境そのままで保護されていますので、6月中旬から7月に訪れれば出会うことができるでしょう。もっと上に登って、刈田岳から馬の背を歩き、熊野岳に向かう道と名号峰に向かう道の分岐点近くの斜面では、歩道の両側に野生そのままの姿で見ることができます。蔵王雄大な自然を背景に可憐に咲く姿を見ると疲れも消えてしまいます。
 花をよく見ると、馬の顔に似ています。風にゆれる花の姿は、首を降って野に跳ねる春駒のよう。駒(馬)の顔に似ている花というので、コマクサ(駒草)と名づけられました。

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 コマクサの生息地を訪ねて、まず目につくのは荒涼とした砂礫や溶岩の大地でしょう。コマクサは、高山植物の宝庫といわれる、古い火山の南蔵王では全く見られず、新しい火山である中央蔵王だけに見られます。
 コマクサは、新しい火山によって生じた、強酸性で他の植物が全く育つことのできない、風当たりのつよい砂礫地を自らの生息地にしているのです。

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   砂礫地に咲くコマクサの花。他の植物の姿は全く見られません。

 高山植物の多くは過酷な環境におかれていますが、コマクサの育つ環境はさらに過酷といっていいでしょう。

 夏、高山の砂礫の地は日中40度を越える暑さで、何日も続くと、地面はからからに乾燥してしまいます。コマクサは葉や花で、高山の朝夕冷え込んで発生する霧をつかまえ、その水分を根に送ります。コマクサの葉はパセリの葉のようにたくさんの細い葉でできていて、その先端の一つひとつに水滴のボールをのせて、朝日が昇ると、きらきらと美しく輝きます。

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   朝露をつかまえた コマクサの葉と花。朝日に輝いて美しい。
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 蔵王の登山中、暴風雨になったときがありました。強風が下から吹き上げ、体が吹き飛ばされそうになりました。砂や小石が飛んできます。岩場に避難したとき、足元にコマクサが見えました。あらしの中のコマクサは、花の頭を低くして、葉全体はおわんを伏せたようにして強風をそらし、細かくさけた葉の間からうまく風を逃がして耐えていました。

 砂礫の大地は風雨だけでなく、冬は凍結と融解を繰り返し絶えず動いています。大きな礫は外側に、小さな礫は内側に、まるでふるいをかけたように移動します。砂礫の移動で普通の植物の根は切りとられてしまうのに、コマクサは強くしなやかな根を、体の何倍も長く地下にはりめぐらして、その地に生きています。

 コマクサは、新しい火山の砂礫地で、自分の枯れた葉や根を養分にし、水と太陽の恵みを受けて生育していきます。やがて長い年月を経て、強酸性の砂礫地を中性化し、他の植物が生息できる環境に変えていきます。それは、まるで、大昔、海から地上に上陸した最初の植物が、岩場に根をはり岩を砕きながら、岩を土に変えて、後に続く植物の上陸を助けたような、気の遠くなるような営みに似ています。
 砂礫地が安定し、他の植物が育つことができるようになったとき、コマクサの役目は終わります。そして、その地は、もう、コマクサにとって育つことの出来ない土地になっているのでした。

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 この地が、他の植物が育つ環境になったとき、コマクサは消滅する運命に

 短い夏が終わり、コマクサの実が熟すと、花茎は枯れ、やがて強い寒風が吹き始める頃、その花茎が折れて、風に吹かれるままに砂礫地を転がり、種子をこぼしていきます。
 こぼれ落ちたコマクサの種子は、また、他の植物が育つことの出来ない砂礫地で芽を出し、新たにその地を耕す営みを始めることでしょう。

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     新天地を求め 新たな挑戦を始めるコマクサ
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 自然界のパイオニアとしての役目を淡々と果たしているコマクサの花。
 コマクサの「高山植物の女王」の名は、単なる美しいからではなく、荒地にいどむ開拓者としての気高さに対する畏敬の念をこめた呼び名のように私は思えるのです。(千)