mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより145 コチャルメルソウ

  奇妙な花びら  昆虫に合わせて進化した固有種

 春の山地に咲いていながらあまり気づかれることもない小さな花。もし見つけてその変わった花びらを見たら、これは何?と驚かれるでしょうね。

 水辺に咲く花は 孤独でした。
 小魚の骨のような 花のすがたを 悲しんで
 きれいな花びらが ほしいと
 小さな花は つぶやくのでした。
     (Fotopus:写真絵本「コチャルメルソウ」)


          水しぶきのなかに咲くコチャルメルソウの花

 名前も花の形も変わっているコチャルメルソウ。咲いていたのは、山地の小さな渓流沿いで、水しぶきをあげて流れる水際から少し離れた湿地でした。


       谷川や滝の近く、水しぶきのかかる環境に生息していました。

 最初、何かの実かと思いました。それにしても、4月の上旬に実ができるのは早すぎます。近づいて見れば見るほど奇妙な形です。

 
    コチャルメルソウの全体の姿        コチャルメルソウの花

 中心にあるのは雌しべと雄しべ。するとまわりにある小魚の骨のようなものは、花びらでしょうか。初めて見た草花です。図鑑を開くと「コチャルメルソウ」とありました。

 コチャルメルソウはユキノシタ科チャルメルソウ属の仲間。チャルメルはチャルメラともいい、ラッパのような形をした中国の楽器のことをいいます。
 昔、この楽器の音色を夜の町に響き渡らせて、ラーメンの屋台を引くおじさんがいたものでした。今はなつかしい昭和の風景はもう姿を消していますが、チャルメルソウの名は、花の後にできる実の形がこの楽器に似ているからだそうです。コチャルメルソウはチャルメルソウより小型という意味なのでしょう。

 あらためて独特の花の形をルーペで拡大して見ると、花は5角形に近いお皿のような形。お皿の底にあたる花盤の縁から奇妙な形の花びらが5つ出ています。その根元近くに雄しべが5つ。淡黄色の雄しべの葯が割れて、ここから花粉が出るのでしょう。雄しべに囲まれた真ん中に雌しべがあって、雌しべの花柱が2つに分かれていました。

  
   横から見た花の形     正面から見た花の形    中央に雄しべと雌しべ

 この奇妙な形の花について調べていたら、チャルメルソウ属について長年研究してこられた奥山雄大さん(国立科学博物館植物研究部多様性解析・保全グループ/筑波実験植物園研究員)が、HP「おくやまの研究ページ」でこれまでの研究成果を公開していました。

 チャルメルソウ属は世界に20種あり、日本には12種が自生、うちの11種が日本の固有種とのことです。日本のチャルメルソウの仲間は、日本列島の温暖湿潤な環境で多様な進化を遂げた属のひとつで、山地の小川や渓流、滝のすぐそばなどの水しぶきのかかる場所に好んで生育し、多くの種が限られた地域に生育するなかで、例外的に広範囲に分布しているのがコチャルメルソウなのだそうです。
 東北地方でも多くの場所でコチャルメルソウが自生しているのが見られ、奥羽山脈の東西に沿って局所的に分布しているのがエゾノチャルメルソウという種で、宮城県での分布を調べてみると、この2種の分布が確認されていました(『宮城県野生植物目録2022』宮城植物の会)。

 奥山さんのHPにはチャルメルソウ属のうちの8種の写真が掲載されていました。写真、画像等の使用は商用利用でない限り、可ということなのでお借りして紹介します。

左上から、ミカワチャルメルソウ、コチャルメルソウ、エゾノチャルメルソウ、シコクチャルメルソウ、タイワンチャルメルソウ、オオチャルメルソウ、ツクシチャルメルソウ、マルバチャルメルソウの花

       出典:「おくやまの研究ページ 」(奥山雄大氏:筑波実験植物園)

 こうしてみると、どのチャルメルソウの花も変わった形をしています。花びらが細長く枝分かれしているのが、チャルメルソウ属の特徴のようです。       
 植物にとって、花は色や形を魅力的にして昆虫や鳥などを引き寄せるのが役目ですが、この花に引き寄せられる昆虫はいるのでしょうか。           
 チャルメルソウには雌花をつける株と両性花をつける株があって群れのなかでは一緒に花を咲かせています。奥山さんによると、このチャルメルソウの花には、キノコバエという昆虫の仲間がやって来るというのです。

 チャルメルソウの花には昼間、あるいは夜もほとんど何の昆虫も訪れませんが、夕方になるとふわふわと頼りなげに小さな昆虫が飛んで来るのに気づきます。これがチャルメルソウ専属のパートナー、ミカドシギキノコバエです(下左写真)。ミカドシギキノコバエキノコバエ科に属する昆虫で、ハエといっても、すらりと足が長く、どちらかといえばカに似た姿をしています。長い足の先が必ずあの細長い花弁にかけられていることから、どうやら花弁の奇妙な形には、キノコバエの長い足でも上手くつかまれる足場としての役割がありそうです。ミカドシギキノコバエキノコバエの仲間としては特異な、長い口を持っており、それでしきりにチャルメルソウの花蜜を吸っています。花から花へ飛びうつるミカドシギキノコバエをつかまえると、その口にはぎっしりと花粉がついているので、確かにこの昆虫が受粉を助けていることが分かります。試しに、チャルメルソウの雌花を咲きはじめから網で覆ってしまうと、全く果実をつけないことからもミカドシギキノコバエの働きは一目瞭然です。 
  (奥山雄大「チャルメルソウの仲間とその花粉を運ぶキノコバエの共生系」)

 
 チャルメルソウの花を訪れ、吸蜜する  コチャルメルソウの花を訪れ、吸蜜す
 ミカドシギキノコバエのメス      るクロコエダキノコバエのメス

 チャルメルソウの花の形は、昆虫を引き寄せるためではなく、やって来たキノコバエが長い足で上手くつかまる足場ではないかと奥山さんは推測しています。なるほど、これなら小魚の骨のような花びらであることも納得です。

 日本のチャルメルソウの仲間は生育する地域が限られていても、チャルメルソウとコチャルメルソウのように2種が隣り合って咲く地域があります。チャルメルソウとコチャルメルソウはお互いに近縁で、人工的に交配を行うと簡単に雑種ができてしまうのに、自然界では不思議なことに2種の雑種を見かけることはほとんどないそうです。

 チャルメルソウの花を見ると、開花してもガク片が完全には開かず、花の形はやや釣鐘型。一方、コチャルメルソウの花は、ガク片がそり返り、花びらは平らに開いて、蜜を出す花盤が広く、皿型です。
 奥山さんが、日本に自生するチャルメルソウ属のほとんどの種で調査すると、釣鐘型の花の種には長い口が特徴のミカドシギキノコバエがやって来て花粉を運び、皿型の花の種には主に口の短いキノコバエ類がやって来て花粉を運んでいる(上右写真)ことが明らかになりました。つまり、隣り合って咲くチャルメルソウの仲間の種と種の間では、花粉を運ぶ昆虫の種類が異なっていて、お互いの間で花粉のやり取りが起きないようになっていたのです。

 では、チャルメルソウの仲間は、どうやって昆虫を引き寄せるのでしょうか。
 奥山さんは、チャルメルソウの花から出される奇妙な匂いに注目。実際にチャルメルソウの花の匂い成分を与えて反応を調べる実験をしたところ、その匂い成分が一方のチャルメルソウの種の花粉を運ぶキノコバエには好まれ、もう一方のチャルメルソウの種の花粉を運ぶキノコバエには反対に嫌われる性質があることを発見しました。
 チャルメルソウの仲間は夕方になると、種ごとに花からそれぞれ少しずつ異なった香りを漂わせ、キノコバエの仲間を呼び寄せているそうです。つまり、それぞれの花が、それぞれ異なる送粉者(ポリネーター)を選択し共生していたのです。

 奥山さんは、さらに研究を進め、日本のチャルメルソウの仲間のDNA配列を調べることで、花の香り成分が進化して変わり、それに伴い花粉を運ぶ昆虫が変わることが、日本列島では繰り返し起きていて、チャルメルソウの新しい種の誕生につながっていることを明らかにしました。
 日本でのチャルメルソウの仲間の独自の種分化には、花の香り成分が重要な役割を果たしていたということなのです。
 今後はどのような環境要因が引き金となって花の匂いの進化が起きたのか。その謎を解き明かす研究が進められています(「おくやまのページ」論文紹介(Okamoto, Okuyama, et al. 2015) 花の香りが変わると新種誕生!)。

 
  チャルメラにそっくりな     チャルメルソウ類は、小川や渓流沿いに生育し、
  チャルメルソウ類の果実     その環境を生かして仲間を増やしています。

 花の後、チャルメルソウの仲間に実ができます。花の時は横向きに咲いていますが、実になると上向きに向きを変えています。種子の散布には都合よくできています。雨が降って雨粒が「チャルメラ」のような口に上から落ちると、なかに詰まっている種子ははじき飛ばされ、あたりにばらまかれます。時には沢の水に流されて遥か遠くにも運ばれることもあるでしょう。フデリンドウ季節のたより97)の種子散布のしくみにそっくりですが、チャルメルソウは雨粒だけでなく、滝や小川の水しぶきも巧みに利用しているようです。
 コチャルメルソウを見つけたときは、渓流ぞいの湿地に群落をつくっていました。チャルメルソウの仲間は、種子での繁殖だけでなく、地中を横に這う根茎があって、ランナー(走出枝)を出し仲間を増やしているようです。

 さて、冒頭の写真絵本の物語ですが、じつは初めてコチャルメルソウに出合い、その奇妙な花を撮影しながら、ふと心に浮かんだお話を写真に組んで、写真サイトに投稿したものです。続きは次のように展開しました。

 海から さかのぼってきた 鮭が 教えてくれました。
 おまえさんと そっくりの花が 海の中に 咲いていたよ
 珊瑚といってね きれいな仲間が たくさんいるんだよ
 小さな花は 心が あたたかくなりました。
 青い海の 仲間たちを 想うと 水辺に咲く花は もう 孤独では ありませ
 んでした。                      (Fotopus:同)

 
  小さな花は心があたたかくなりました。   花はもう  孤独では  ありませんでした。

 地上の花たちのなかでは異質で孤独なコチャルメルソウの花は、海のなかに自分と似た形の珊瑚というきれいな仲間がたくさんいると教えられ、心があたたかくなり、安らぎを得たということにしたのですが・・・。

 奇妙な花の姿は、花の香りで昆虫を引き寄せ、花びらには昆虫の足場の役割りをさせるというコチャルメルソウの独自の花の進化の結果でした。姿、形の異なる生きものたちが、互いにつながりあって生きものの世界を豊かにしているわけで、このコチャルメルソウのお話は、これでおしまいにしてはいけないと思ったのです。
 続きは、コチャルメルソウの花の形をした仲間が、海だけでなくこの地上にもいて、その変わった花を何よりも頼りに生きている昆虫の仲間がいるというお話です。そのためには、コチャルメルソウにやって来るキノコバエの仲間をまず撮影しようとねらっているのですが、これが難しいのです。(千)

◇昨年4月の「季節のたより」紹介の草花