mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより108 キバナアキギリ

 日本の野に咲くサルビア  唇形花が持つ受粉のしかけ

 うっそうと茂っていた木々の葉が色づき始めました。散歩道を歩くと、夏の間、静かに養分を蓄えていた秋の野花が、待ちかねたように花を咲かせています。
 小川近くの、やや半日かげの草むら周辺が、明るく彩られています。近づいてみると、淡い黄色い花が群生していました。キバナアキギリの花です。
 春から夏の初めに花を咲かせるキリ(桐)の木に似ていることから、「秋に咲く桐」でアキギリと名づけられたといいます。


         草むらを明るく彩る キバナアキギリの花

 キバナアキギリはシソ科アキギリ属の多年草です。草丈は30cmほどですが、シソ科には珍しい黄色の花で、輪生してよく目立ちます。花は筒状の花びらの先が上下に分かれ、唇のような形をしていて、シソ科、ゴマノハグサ科に多く見られる唇形花(しんけいか)です。
 近縁種に姉妹花のようなアキギリという花があって調べてみると、これはシソ科に多い紫色の唇形花でした。両種は分布がはっきりとすみわけされていて、キバナアキギリは本州から九州にかけて広範囲に分布、アキギリは本州の中部から近畿地方などに限られているということです。

 
  キバナアキギリ:広範囲(本州~九州)に分布    アキギリ:限定分布
                         wikipedia掲載画像CC -継承 4.0

 キバナアキギリは、学名を見るとSalvia nipponica(サルビア ニッポニカ)となっています。これは夏から秋にかけて咲くSalvia(サルビア)の仲間で、nipponica(ニッポニカ)、つまり日本産サルビアということをあらわしています。

 サルビアの仲間は熱帯から亜熱帯に分布していて、セージとも呼ばれます。その品種は900種以上に及び、ハーブや観賞用として幅広く利用されていて、日本には明治時代に渡来し、昭和になってから広く栽培されてきました。
 夏から秋にかけて花壇や公園を彩るサルビアは、多くの品種が作られ、色もさまざまですが、特に鮮やかな赤色のサルビアが人気です。このサルビアはブラジル原産のSalvia splendens(サルビア・スプレンデンス)という品種で、日本ではサルビアといえばこの種を指していて、真っ赤な衣をまとっているように見えるので、緋衣草(ヒゴロモソウ)いう和名でも呼ばれています。
 花の形をみると、キバナアキギリより細長い筒のような花ですが、花びらが上下に分かれていて、やはり唇形花であることがわかります。

   
    サルビア・スプレンデンス(赤)      花は細長い唇形花      青色のサルビア・ガラニチカ

 ほとんどのサルビア多年草ですが、ブラジル原産のサルビアは寒さに弱く、日本では冬を越すことが出来ないので一年草として扱われています。

 キバナアキギリは短い地下茎を持っていて、横に広げ、春になるとそこから芽生えて群生します。葉は対生し、縁にギザギザがあって、三角状のほこ形をしているのが特徴です。田舎の山菜とりの名人は「春から初夏に摘んだ若葉はうまい。塩を少し入れ、茹でて水にさらしてから、あえもの、おひたしにして食べる。また、そのまま天ぷらなどの揚げ物にしてもいい」と教えてくれました。

   
      春先の芽生え      花期(9~10月)   つぼみのようす

 キバナアキギリの茎に触ってみると、四角の形をしています。シソ科の茎は多くは四角で、茎が四角ならまずシソ科の予想ができますが、アカネ科のアカネ、ヤエムグラ、ハナムグラなどやマメ科のソラマメの茎も四角なので、すべてがシソ科と断定できません。おもしろいのはカヤツリグサの仲間です。茎を触ると三角で、断面はほぼ正三角形です。多くの植物は円い茎をしているのに、どうして四角や三角の茎があるのでしょう。茎の形のちがいは茎の丈夫さと関係があるのでしょうか。

 植物の茎は養分や水分の輸送路であるとともに、多くの場合、真っ直ぐに立ち上がり、上部の葉や花を支えています。
 植物の茎の曲げられているときに耐える強さを「剛性」といい、四角や三角の正多面体の断面を持つ植物の茎の剛性を測ってみると、断面のあらゆる方向に対して円形の茎と同じ、一定で変わりがないそうです。
 4や3という数の規則性は、葉のつき方や花びらの数などにも現れていて、植物の多くは、生存のための条件や力学的条件を満たしながら、それぞれ個性的で特徴ある形態を作り出しているといいます。(参考*植物の世界「円い茎と四角い茎」朝日新聞社
 これまで種を存続させてきた植物たちは、一風変わった姿をしていても、それは、自分の生存にもっとも適した形を選択しているということなのでしょう。

 
 最初、 地面に伏していた茎が立ち上がり 花を咲かせます。   花穂を数段つける

 キバナアキギリの唇形花は、ユニークです。上唇と下唇の花びらに分かれ、ワニが大きく口を開いたよう。上唇の先端からは、先が2つにわれた蛇の舌のようなものが伸びていますが、これが雌しべです。
 正面から花をのぞくと、赤紫の小さな蝶ネクタイのようなものが2個見えます。これが退化した雄しべ(仮雄しべ)で、花粉を出しません。花粉を出す本物の雄しべは上唇の花の下に隠れていて、上唇をめくると、雌しべと一緒に出てきます。

   
 ワニ口を開いたような花    仮雄しべと雌しべ    上唇花に隠れていた雄しべ雌しべ

 2個の仮雄しべと本物の雄しべは、それぞれ連結しています。赤紫色の仮雄しべにふれると本物の雄しべが動くようになっていて、仮おしべは本物の雄しべを動かすペダルのような役割をしているのです。

   
    正面からのしべの姿    仮雄しべと雄しべの連結    仮雄しべはペダルの役割

 マルハナバチが花の奥に潜り込むと、これらの雄しべがどんな動きをするのでしょうか。その現場を確かめようと群落地にカメラをかまえて待つことにしました。
 ハナバチがやってきて花のまわりを飛び回りますが、すばやい動きにカメラが追いつけません。めぼしい花に焦点を合わせて待っていると、マルハナバチが花に潜り込みました。仮雄しべのペダルがふみこまれたのか、花粉のついた雄しべがおりてきて、ハチの背中にくっつきました。マルハナバチは蜜を吸うのに夢中です。その間に背中に花粉がつけられ、翅が花粉で白くなっていました。

   
  潜り込むマルハナバチ    背中につく雄しべ  翅には花粉がついています。

 アキギリ属の花は通常、雄性先熟で、先に雄しべが成熟して花粉を出し、その後、雌しべが成熟します。キバナアキギリの花も雄しべが花粉を出したあと、雌しべが上唇から伸びてきて、ハチによって別の花から運ばれてきた花粉を受け取ります。
 雌しべの柱頭の位置は、自分の雄しべよりはるか先に離れていて、自家受粉しないようにしています。

 キバナアキギリの花を包んでいたガク片の中に、小さな種が4つずつ入っていました。種子はその場にこぼれ落ちるようですが、その種子を昆虫たちに運んでもらうしくみがあるのかどうかは、よくわかっていません。

 
    キバナアキギリの実(種子)     分布を広げるキバナアキギリ

 アキギリの名前の由来は、キリに似た花や葉をしているからと多くの図鑑類が解説をしています。似ていると言われれば、そうかと思うのですが、似ていないようにも見えるのです。アキギリは県内に見られないので、同じ仲間のキバナアキギリとキリの葉と花を比べてみました。

 キリの葉は、日本の樹木の葉ではベスト3に入る大きな葉です。春に開いた幼葉が成長し、夏の葉になると、長さ40㎝、最大部の幅が40㎝程度の五角形に近い葉になります。小さい葉でも幅が15㎝ほどあります。一方のキバナアキギリの葉は、幅が6㎝ほどです。キリの幼葉と並べてみた葉が左下の写真です。

   
  キバナアキギリ (左) と キリの葉 (右)           キリの幼木の立ち姿          キバナアキギリの立ち姿

 キリの葉はほぼ五角形で、キバナアキギリの葉は、ほこ形です。葉の形も大きさも似ているようには見えません。ただ、キリの幼木が葉を対生に広げている姿を見たときに、その立ち姿がキバナアキギリの姿と似ていると感じたことがありました。
 花の形はどうでしょうか。キリの花は長い鐘形で、キバナアキギリは唇形花です。似ているというのは、無理があります。花の枝や茎につく並び方(花序)ならどうでしょう。これなら、似ているといってもいいかもしれません。

     
 キリは鐘形の花   キバナアキギリは唇形花    キリの花序    キバナアキギリの花序

 キリとアキギリがもし似ているとするなら、葉や花の形ではなく、草や木の葉を広げるそのたたずまいであり、花をつける枝ぶり(花序)なのではと思います。
 それにしても、小さな野草と大きな木とに共通するものを見るという命名者のセンスが独特です。形の類似点を見るのではなく、草と木の全体を感じてものを見ている、そんな気がするのです。

 キバナアキギリにはもう一つ名前があって、「コトジソウ(琴柱草)」とも呼ばれています。「琴柱(ことじ)」は、「和琴および箏で、胴の上に立てて弦を支え、その位置によって音の高低を調節するもの(デジタル大辞泉)」です。
 これは和楽器を演奏する方でないと耳慣れないことばですが、葉の形がその琴柱に似ているというのです。

   
キバナアキギリの葉  琴柱(画像:写真AC)   琴の弦を支える琴柱(画像:写真AC)

 この葉の形から琴柱を連想し、「琴柱草」と名づけるとは、よほど琴に馴染んでいる人でなければ出てこない発想です。この名には「キバナアキギリ」の名とは異なる詩的な味わい、余韻、情緒があります。

 
季語となる「田村草」の      「秋桐草」や「琴柱草」の名でいつかは季語に
仲間のミヤマタムラソウ

 日本産サルビアキバナアキギリは、日本の古い文献に記録はなく、古典や文学でもとりあげられているものはありません。古くから日本に自生していたにも関わらず、全く関心の持たれない植物であったということなのでしょう。
 園芸種のサルビアは秋の季語になっています。キバナアキギリと同じ仲間のアキノタムラソウは、「田村草」として秋の季語となり、俳句に詠まれています。
 キバナアキギリは、「秋桐草」とでも名づけられそうな風情のある花です。昔から日本に自生するサルビアを、「秋桐草」や「琴柱草」などの名でとりあげてくれる「歳時記」などはないものでしょうか。(千)

◇昨年9月の「季節のたより」紹介の草花