人知れず 葉かげに咲く花 花の簪(かんざし)
樹木のなかには花がきれいなので庭や公園に植えられたり、建築材や生活用具、薪炭などに利用されたりして、人と深いかかわりをもつものが多くあります。しかし、特に人の役に立つわけでもないので雑木として片付けられてしまう樹木も数多くあって、ウリノキもそのひとつかもしれません。でも、森や林を歩いていて、初めてこの花に出会うと、誰もが思わず立ち止まって、これは何だろうと思うようです。カールした白い花びらに黄色いおしべ。小型でシンプルな造型でありながら、ウリノキの花は、どこか工芸職人が作る花の簪(かんざし)を思わせます。
花かんざしを思わせるウリノキの花
ウリノキはミズキ科ウリノキ属に分類される落葉低木で、北海道〜九州の山地の林内に普通に見られる木です。一般にあまりなじみがないのは、人が利用しない木というのもありますが、自然の散策路からはずれた暗い林内に生えていて、花の時期も6月から7月の梅雨どきに重なり、しかも小さい花が大きい葉のかげにかくれて咲くこともあるのでしょう。
ウリノキというと、カキノキ(柿の木)、クリノキ(栗の木)のように、ウリの実がなるのかと誤解されますが、そうではなく、大きな葉の形がウリの葉によく似ているので、そう呼んでいるようです。ウリだけでなくウリ科の植物、例えば、野菜のキュウリや外来植物のオオアレチウリの葉の形にも似ています。ウリノキと名づけた人は、小さな花の形よりも大きな葉が印象深く感じられたのでしょう。
ウリノキの葉 キュウリの葉 オオアレチウリの葉
樹木の葉にもウリノキの葉と似ているものがあります。ウリハダカエデ(カエデ科)やアカメガシワ(トウダイグサ科)の葉がそうです。
ウリハダカエデは、若い木の樹皮がウリの果実の縞模様に似ているのでその名があります。若い葉が成長して大人の葉になり紅葉するまで、ウリノキの葉とそっくりです。
ウリハダカエデの若葉 ウリハダカエデの紅葉
アカメガシワの名は、新芽が美しい紅色をしていて、その葉が柏餅をつくる柏の葉の代用とされたことによります。アカメガシワにはウリノキの葉に似ている葉と、葉の周りが角のない葉の2種類の葉があるようです。
形の似ている3種の葉を並べて比べてみました。
ウリノキ ウリハダカエデ アカメガシワ
ウリノキの葉は、他の2つの葉よりかなり大きく、触るとヒラヒラと薄く感じます。ウリハダカエデとアカメガシワの葉は、どちらもゴワゴワして厚く丈夫です。この違いはどこからきているのでしょうか。
ウリハダカエデは山間の開けた斜面や谷筋に多く見られ、比較的日当たりの良い場所に生えています。アカメガシワも川岸やガケくずれのあった攪乱された環境の、日の当たる明るい場所にいちはやく芽生えます。アカメガシワは生育に光を必要とする典型的な陽樹といわれています。
一方、ウリノキは谷沿いの沢筋や林縁などの暗い場所に生育していて、日かげの環境でも育つことのできる木です。このような木を陰樹といいます。
スギ林の中のウリノキ。大きな葉で木漏れ日を受け止めます。
葉の最も大事な役目は、日の光を受け光合成をして養分をつくることです。
日当たりのよい環境に育つウリハダカエデやアカメガシワの葉は、光の量が多く、葉の裏側まで届くので、葉を厚くして光合成の効率を高めているのでしょう。
一方、日かげに育つ樹木は、光が弱いので葉の表側に吸収されて裏側には届きません。ウリノキは葉を厚くする代わりに薄く広がる大きな葉にし、光合成の効率をあげているようです。樹木の葉の厚さ薄さや大きさの違いは生育環境に影響しているようです
光合成に必要な葉の面積は広い方がいいわけですが、日かげに育つウリノキのように葉が薄いとすぐにちぎれたり、虫に食べられたりしてしまいます。日当たりのいい環境で育つホオノキやトチノキのような大きい葉は、台風などにあうとぼろぼろに破けてしまいます。葉の厚さや大きさをどうするか、風を逃がすためにカエデやモミジのように形を変えたり、ヤマウルシやサンショウのように羽状複葉にしたり、植物たちの試行錯誤が続いたはずです。いまある葉の形は、それぞれの植物が自らの生育環境にあわせて、どうしたら効率よく光合成ができるのか、長い時間をかけて生み出されたものなのでしょう。
ウリノキの大きい葉は、小さい花を雨風から守る役割もしているようです。
ウリノキの花期は5~6月です。花期が近づくと、大きな葉のつけねに緑色の細長い3cmほどのつぼみができます。
緑のつぼみはしだいに乳白色をおびて、ホワイトチョコレートをまぶしたお菓子のようになります。やがてつぼみの先端が割れて、花びらがくるくると巻き上がり、黄色いリボンのようなおしべが出てきます。おしべの真ん中に一本、長く伸びた白いものが、めしべです。
大きな葉の下に伸び出したつぼみ
緑から乳白色へ変化 巻き上がる花びら ウリノキの花姿
図鑑を開くと、ウリノキは「花弁は6個あり、外側にくるりと巻き込み、雄しべの黄色い葯が目立つ」(山渓ポケット図鑑1)とあります。カールした花弁(花びら)を数えてみると、花によって3個だったり5個だったりで、花びらは裂けやすい所から裂けて巻き上がるようです。2枚になるはずの花びらが、裂けずにひとつの花びらになっていたりして、図鑑どおりのきれいな数のものは見つかりません。
おしべの数も数えると、6本から8本が多く、なかには10本のもあって、花によって数が違います。ウリノキの花は意外に細部にこだわらない花のようです。
開いたばかりの花はかすかにいい香りがします。花にハナバチが飛んできました。黄色いリボンにしがみつき、カールした花びらの奥にある蜜のありかを探しています。羽をふるわせおしべにしがみつくと、黄色い花粉が体につきました。
ハナバチたちは花から花へとせわしく飛び回っています。順番に花をめぐるもの。派手に旋回し目立つ花だけ追うもの。ひとつの花で鉢合わせした2匹が派手な喧嘩を始めたかと思うと、散った花の蜜腺近くで粘るハチもいました。ハチの蜜集め行動は一様ではなく、見ていてあきません。
不思議なのは、同じ花にハチが何度もやってくること。花は蜜を一度に出さずに小出しに分泌し、何度もハチを誘って受粉のチャンスを多くしているのでしょうか。
おしべにしがみつくハチ 蜜を探しおしべにもぐるハチ 蜜はあるの?
役目を終えた花 散って崩れた花 緑の果実は、熟すと藍色に
花は葉が変形したもので、その役目は受粉して種子を作ることです。虫媒花といわれる花は、昆虫の好みに合わせて花の形、色、香りや蜜のありかを多様に変化させ、昆虫もまた蜜を得られるよう花にあわせて体を変えて共進化してきました。
花の立場になるなら、花は多くの種類の昆虫を呼び寄せる花の形にするか、特定の昆虫に限って特殊な花の形にするか、その中間あたりにするか、知恵を働かせたことでしょう。その結果がいまある花の形です。
ウリノキのようにカールした花びらの花を探すと、身近のところでトマトの花がありました。ユリの仲間やカタクリ、ホツツジの花もそうです。これらの花は、蜜をカールした花びらの奥に隠し、その蜜を得ようとするチョウやハチがおしべにつかまりもがくときに、花粉をつけて運んでもらうしかけになっています。
植物たちの葉の形も花の形も実にさまざま。その多様なデザインは植物たちがこの地上で生きぬくために長い時間かけて進化させてきたものです。
地上に植物が現れたのは今からおよそ4億2千万年前のこと。この間には、大気や水、気温、地形や土壌、生態系などの自然環境がどれだけ大きく変動したことでしょう。そのたびにたくさんの植物の種類ができ、生き残れたものだけが残ったのです。花や葉のそれぞれの独特の形は、地球の変動の歴史を生きぬいてきて、今日まで受け継がれてきたものです。
暗がりに浮かぶ白い花 美しい花の造形は、約4億年かけて生み出されたもの
直接暮らしの役には立たないウリノキですが、その大きな葉と美しい花の造形を見ていると、時間をかけた自然の手仕事を見ているような気持ちになってきます。(千)
◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花