mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより126 ノアザミ

  春咲きのアザミ  花粉を押し出すみごとなしくみ

 野原で鮮やかな紅紫色のアザミの花を見かけるようになりました。
 アザミの花はどれも似ていて、名前をきめるのは難しい花です。唯一特徴があって分かりやすいのが、このノアザミでしょう。
 多くのアザミ類は、夏から秋にかけて花を咲かせますが、ノアザミだけは晩春から初夏に花を咲かせます。多くのアザミ類は林縁の半日かげの環境で咲いていますが、ノアザミは日当たりのよい明るい草原のようなところに咲いています。野に咲くアザミという意味でノアザミという名がついています。
 5月から6月頃に咲いているアザミの花を見かけたら、ほぼ、ノアザミといっていいでしょう。アザミの花を包む総苞に触ってみて、ネバネバしていたら、まちがいなくノアザミです。


      草原に咲くアザミの群れ。春から夏にかけて花を咲かせます。

 アザミの仲間はキク科アザミ属の多年草です。日本列島には150種を越えるアザミの仲間が生存し、その多くが日本の特産種ということです(国立科学博物館「日本のアザミ」)。
 ノアザミは、本州、四国、九州に分布し、野原や河川敷、田んぼのあぜ道などでよく見られます。学名は「Cirsium japonicum」で、種小名の「japonicum」(日本の~)は、日本の原生種であることを示しています。

 アザミの名を聞いてすぐ思いうかぶのは、鋭いトゲです。きれいな花だと思って近づき、手折ろうとすれば、チクッと刺すような痛みに襲われます。
 羽状に切れ込んだ葉の先に針のようなトゲがあり、葉の縁のギザギザも鋭いトゲに変化しています。葉全体がトゲだらけなのです。
 アザミの名もこのトゲが関係し、古語の「あざむ」に由来するといわれています。「あざむ」は、「欺(あざむ)く」「驚きあきれる」などの意味で、美しい花と思って手を出すと、トゲに刺されて「驚きあきれ」「あざむかれて」しまった。その「あざむ」が転訛し「あざみ」となったといわれています。

 
      深い切れ込みのある葉        先端に針、 エッジも鋭利なトゲ状の葉

 アザミの鋭いトゲは、草食動物から身を守るためのものです。
 牧草地に放牧された牛や馬は、空腹でもアザミを食べることはないそうです。食べればひどい目に合うことを知っているのです。
 古代の人間もまた痛い目に合ったのでしょう。漢字の「薊」(あざみ)は、「草かんむり」+「魚」+「刂(刀)」の字でできています。魚の骨のようなトゲを持ち、刀のように刺す草がアザミだと、その文字に痛みの痕跡を残しています。           
 それでも人間はアザミの若葉を雪解け直後に採取し、天ぷら、おひたしなどにしてトゲを消し食べてきました。旬のアザミの山菜はおいしかったのです。

 キク科の植物は小さな花がたくさん集まって、全体で一つの花のようになっています。小花には舌状花と筒状花の2種類があって、ツワブキ季節のたより39)は舌状花が多数の筒状花を囲んでいる花です。タンポポ季節のたより49)は舌状花のみの花で、アザミは筒状花のみの花です。
 筒状花をまとめて包んでいるものを総苞といいます。ノアザミの総苞は、ネバネバした液体を出すのが特徴です。粘性はかなり強く、小さな昆虫がはりついて、動けなくなっているのを見ます。花を食べる幼虫から身を守っているのでしょうか。

 
     ノアザミの花は筒状花のみの花       粘液を出す総苞  はりつく昆虫

 ノアザミの花全体を正面から見ると、つぼみから開花した筒状花が円形に並んでいるのがわかります。


      ノアザミの筒状花:中心から外側へ花の開く順序に並んでいます。

 中心に集まっているのは、筒状花のつぼみです。そのつぼみを囲んで咲いている筒状花は、中心から外側にむかって、花が開いていく順序に並んでいます。

 ①のつぼみがふくらむと、その先に②の濃紫色の丸い筒のようなものが出てきます。これがおしべです。③は5枚の花びらが開いた筒状花です。おしべの先に花粉が出ています。④はおしべの筒からピンク色のめしべが出て来ています。花全体の一番外側に並んでいるのが④の筒状花です。                              
 アザミの筒状花は、おしべの筒のなかに、花粉とめしべを一緒に包み込んでいるのです。

 開花したばかりの花に、マルハナバチがやってきました。蜜を求めて花の上を動きまわると、不思議なことが起きました。おしべの先から白い花粉が、次々に噴き出してきたのです。


 咲いたばかりのおしべの多い花  おしべを刺激するハチ   噴き出した花粉  

 どうしてこのような現象が起きたのでしょう。
 「NHKミクロワールド:たくみな受粉 アザミの秘密」は、そのしくみをミクロの映像で見せてくれます(netのミクロワールド配信リストで視聴可能です)。
 要約すると次のようなしくみが働いていたのです。

 ノアザミのおしべは5本。そのおしべの葯が全部くっついたものが濃紫色の丸い筒です。筒の下にはおしべの5本の花糸が、白い糸のようにつながっています。
 この花糸がかすかな刺激にとても敏感で、小さな昆虫がおしべの上に乗ったりすると、花糸の細胞が縮んでおしべの筒を引き下げるのです。
 そのときに、筒のなかのめしべと花粉が押し上げられるように出てきます。筒のなかのめしべの下方にはびっしり毛が生えていて、その毛が花粉を押し上げているというからうまくできています。


 筒の下の5本の花糸   筒が下がると出てくる花粉とめしべ 押し上げられる花粉

 花粉の表面はベトベトしていて、すぐ昆虫の体にくっつき運ばれていきます。
 ノアザミの花は昆虫が来たときだけ花粉を出すようにして、花粉を風雨から守り、花粉の無駄を少なくしていると考えられます。

 では、昆虫がやってこなければ花粉はずっと放出しないのでしょうか。
 花粉の出しそうなおしべの多い花を摘んで部屋のなかで一晩おいてみました。翌日の朝に見ると、誰も触れないおしべの先に花粉が押し出されていました。
 昆虫が来ない場合でも、おしべの成熟度が進むと花粉を出して、昆虫たちの訪れを待つしくみのようです。

 数日後、おしべは枯れて、花粉が出てこなくなりました。その頃にめしべが成熟、柱頭が二つにわれて受粉が可能になります。昆虫たちが別のノアザミの花から運んできた花粉で受粉します。ノアザミの筒状花は、おしべとめしべの成熟期をずらしているので、同じ花のめしべと花粉では受粉できないしくみになっています。自家受粉を避けて、確実に他家受粉できるようにしているのです。


   受粉が可能なめしべ     めしべの柱頭   おしべが枯れ、めしべだけの筒状花

 ノアザミの花には、いろんな種類の昆虫が集まってきます。アザミの花は、昆虫たちの集まりやすい形の花なのです。
 小さな昆虫やハナアブの仲間は、花粉がめあてで、小さな口で花粉をそぎ落とすように食べています。動き回る範囲はせまく、花粉を運ぶのにそれほど役立ってもいないようです。
 蜜は筒状花の奥の方にあります。口の長さが足りないマルハナバチは、花全体の              
なかに潜り込んで蜜を探します。毛深い体に花粉をたくさんつけて運ぶので、アザミにとってはありがたい存在です。


    花に集まる昆虫    花粉を食べるハナアブ     蜜を探すハナバチ

 チョウの仲間は脚が長く、ストローのような長い口(口吻)を伸ばして蜜を吸います。体に花粉をつけずに蜜を吸うので、花にとっては密泥棒のようなものです。でも、ノアザミの筒状花は深さ15mmもあるので、口の長いタテハチョウやアゲハチョウも花粉に触れないと蜜を吸えません。ノアザミは飛翔能力の高いチョウたちに花粉をつけて、遠くのノアザミの仲間に花粉を運んでもらうのです。
 さて、スズメガの仲間のホウジャクはどうでしょう。体はずんぐりむっくりで、小さな花や細長い花に止まれないほど重いけれど、ホバリングが得意です。口の長さも、平均32.4mmあり(月刊たくさんのふしぎ:第65号)、花粉に触ることなく蜜を吸います。完全な盗蜜ですが、そのしぐさはリズミカルで、際立って鮮やか、ノアザミは完全にお手上げのようです。


     アカタテハ       クロアゲハ       ホシホウジャク

 ノアザミの花が咲き終わると綿毛を持った種子ができます。タンポポは種子から長い柄が伸びてその先に綿毛をつけますが、ノアザミの種子は綿毛に直接ついています。それでパラシュートのような綿毛でなく、大きな綿毛の塊のようになります。
 アザミの仲間の綿毛は繊細な枝毛があって光の加減によって淡く光って神秘的です。江戸時代からの謎の生物、ケサランパサランの正体ともいわれてきました。
 綿毛の種子は風を受けて遠くまで運ばれて、仲間を増やしていきます。

 
   ケサランパサランの正体とも。      飛び立つノアザミの種子

 ノアザミの花期は8月頃までです。8月になると、春咲きのノアザミと入れ替わるように咲き出すのが、ノハラアザミです。

 ノアザミとノハラアザミは、同じような名で、花もよく似ていますが、ノアザミは春に咲く花、ノハラアザミは秋に咲く花です。総苞に粘りがあればノアザミ、なければノハラアザミで、違いははっきりしています。総苞やトゲの数なども違っているので、見比べる機会があると、より違いがわかってくるでしょう。
 二つのアザミの違い(個性)がわかり、親しみが感じられると、似ている花の名も自然に覚えられます。花の美しさを感じたり、命の不思議さに心打たれたりした思いが、その名と結びつき記憶となって残ります。

 
ノハラアザミ:総苞片が斜め上に伸び、ネバネバしない。秋の野原でよく目にする花

 秋が来ると、ノハラアザミの他にナンブアザミ、サワアザミなどのいろいろなアザミの仲間が花を咲かせます。昆虫がおしべの先に触れると、白い花粉が噴き出でくるのは、どのアザミの花にも見られる現象です。
 野原で開花したアザミの花に出会ったら チョウの代わりにそっと触れて、花粉の出るようすをながめてみませんか。もし、こどもたちと一緒だったら、こどもたちは、きっと驚きの声をあげるでしょう。自然の不思議さにふれて、レイチェル・カーソンのいうセンス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見はる感性)を育むことになるでしょう。ただし、アザミの花が刺激を検知するのは一回きりなのす。チョウたちよりも少し早起きしないといけないかもしれませんね。(千)

◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花