mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより134 カツラ

  英語でもKatura  甘い香りの葉が特徴の日本固有種

 近くの公園を散歩していると、甘い香りが漂ってきました。懐かしい香りです。秋祭りの夜店でねだって買ってもらった綿菓子のような香ばしい香り。
 こどもの頃に秋の林のなかで見つけた甘い香りの落ち葉。名前を調べるとカツラ(桂)でした。香りがその名の記憶を呼び起こします。
 公園で香りのする方向に行ってみると、ハート形のかわいらしい葉が特徴のカツラの木が2本、並んで植樹されていました。黄色やオレンジ色に色づいた葉が頭上で光っていました。


         黄葉するカツラの葉、ハート形の葉が特徴


       場所によって、オレンジ色に紅葉する葉も見られます。

 カツラはカツラ科カツラ属に属する落葉高木樹です。北海道から九州までの冷温帯の渓流沿いに広く分布しています。宮城県内では主にブナ林域等の渓流沿いに多く見られますが、都市周辺の沢沿いでも普通に生育しています。街路樹や公園樹としても植栽されているようです。

 カツラの学名は「Cercidiphyllum Japonicum」。Cercidiphyllum(サーシディフィーラム)は「カツラ属の」で、Japonicum(ジャポニカム )は「日本の」という意味です。
 カツラはほぼ日本の固有種で、英語文化圏に生えていなかったことから、英名も和名そのまま「Katura」と表記されます。
 カツラの語源は、落葉した葉が甘い香りを発する「香出(かづ)る」に由来しカツラになったといわれていますが、京都の葵祭にたずさわる人がカツラの枝を冠の飾りにする習わしがあることから、挿頭(かざし)に用いた鬘(かつら)に由来し、樹木のカツラに転じていったと説く人も多いようです。
 カツラの名は『古事記』(712年)、『万葉集』(783年)、『源氏物語』(1010年頃)など、古い時代から登場しています。古人もこの木の醸し出す気品のようなものを敏感に感じ取っていたのかもしれません。

 カツラは3月下旬頃、葉の展開に先駆けて枝先に花を咲かせます。ヤナギなどと同じ雌雄異株で、雄株の木と雌株の木があり、それぞれの木に雄花と雌花を咲かせます。どちらの花も紅色の花で木全体が赤みを帯びているように見えます。


           全体が赤味を帯びるカツラの開花

 カツラの花は、花が小さく枝も上空にあって、花が咲いていても遠目では雄花と雌花の区別がつきません。たまたま公園で見つけたカツラは、植木職人さんの心づかいか雄株と雌株の木が並んでいました。おかげで近くでその姿を観察することができました。

 雄株の雄花は華やかです。多数のおしべが根元で小さな苞に包まれています。紅赤色をしているのがおしべの葯で、苞のなかで花糸とつながっています。おしべが成熟すると葯が開いて花粉が飛び出します。

 
          雄株の枝                 雄花

 雌株の雌花も色鮮やかです。めしべの根元のふくらんだ子房部分は苞につつまれ、紅色の長い柱頭のみが3~5本外側に飛び出しています。海の小さなイソギンチャクの触手にそっくりです。

 
         雌株の枝                 雌花

 カツラの花は、花びらもガクも蜜もなく、花粉の媒介は風だけが頼りの風媒花です。約一億年前に地球に誕生したカツラは、今も原始的な花の姿のままです。

 花の役目を終える頃に葉芽が展開を始めます。最初の葉は紅色で、葉を広げながら黄色から萌黄色の若葉へと変わっていきます。

 
    雌株の芽吹く葉            雄株の芽吹く葉

 若葉は対生について、小枝の両側にすきまなく並んでいます。葉の縁にはフリルのようななめらかな鋸歯があり、葉脈は葉柄の付け根から5~7本に分かれて放射状に広がってよく目立ちます。新緑の若葉を透過光でながめる美しさは格別です。

 
    新緑のカツラの木          対生するハート形の葉


             透過光に輝く新緑の若葉

 秋になると、葉は黄色から褐色に、ときおりオレンジ色に変化し、やがて甘い香りを漂わせながら落葉します。香りの正体はマルトールという有機化合物で、多糖類(麦芽糖など)を加熱した時に生成される物質とのことです。綿菓子はザラメを加熱してつくられます。どうりで同じ香りをしていたわけです。
 晩秋にカツラの木の生えている林を歩くと、いい香りがあたり一面に漂います。拾った落ち葉を本のしおりにしていたら、1年後もいい香りが残っていました。
 自然の振る舞いにはたいてい理由があるものですが、この香りがカツラにとって何の役目をしているのかはよくわからないそうです。自然が創り出した偶然ということなのでしょうか。

 
    黄葉を始めたカツラ           香り漂う落ち葉

 10月頃、雌花のあった枝にミニバナナのような実がついていました。熟すと黒紫色になり二つに裂けて先端から翼のある種子をとばします。種子は風に乘って散布されます。

 
カツラの実(出典:植木ペディア)   熟して開いた実      実のなかの種子

 風に乗った種子は小さいので遠くまで運ばれますが、その発芽率はかなり低いようです。

 山地に播くと発芽率は2~4%、低い年は1~2%ほどだ。実験室で水も光も温度も十分に与えてもあまり発芽してこない。たぶんシイナが多いためだろう。カツラは渓流沿いでもあまり多く見られる樹ではない。シイナが多いのは多分、オスとメスとが離れていて、風まかせの花粉散布では交配のチャンスが少ないためだろう。(清和研二著『樹に聴く』築地書店)
            ※ シイナ(秕):殻ばかりで発芽能力のない種子

 雌雄異株の植物は自家受粉が避けられ、丈夫な子孫を残すことができますが、近くに異株がいないと受粉できません。カツラの木の場合、山中の沢沿いに分布することが多いので、洪水などが発生すれば、芽生えた幼木も成木もすべておし流されてしまいます。個体数が減少してしまえば受粉のチャンスは少なくなります。風媒花の受粉は風まかせ、受粉効率はさらに低下します。カツラは絶えず種の生存の危険にさらされているのです。

 
樹高20m以上にもなります。   場所によって群生し、林になります。

 カツラが誕生してから一億年後、多くの植物たちは色鮮やかな花びらや香り、蜜などを用意して、受粉効率の高い虫媒花や鳥媒花へと進化していきました。世界の被子植物のうち87.5%の種類が昆虫や鳥の力を借りて送受粉していると考えられています。
 カツラはその波に乗ることなく、頑固に原始的な花の形を残して風媒花であり続けました。本来ならば滅びる運命にあったと思われるカツラは、自らの試練をどうのりきってきたのでしょうか。そのカギとなるのが、カツラの持つすぐれた萌芽能力であることを、次の文章が教えてくれます。

 カツラは絶えず根元から新しい幹を立ち上げている。15歳ほどの稚樹でも根元から新しい萌芽枝を出していた。放っておくとすぐに株立ちになる。コナラ、ミズナラなどは伐採されたときだけ、傷ついた体を修復するために萌芽する。(略)しかし、カツラは切られなくても萌芽してくる。(略)そして最初の幹である中心の幹が死んでしまう頃には、外側で後から萌芽した幹がすでに大きくなっていて置き換わる。どんどん外側に幹をつくり続けカツラは巨大な姿になる。真ん中の太い幹はボロボロになって大きな空洞になり、その周囲をこれもまた太い幹が数本とり囲んでいる。(清和研二著『樹に聴く』築地書店)

 一般に、ほとんどの針葉樹は萌芽能力がなく伐採されたらそれでおしまいですが、広葉樹は萌芽能力が高いものが多く、コナラは伐採されてもすぐに切り株から芽が出てきて元に戻ります。それで、かつては薪や炭を得るためにさかんに利用されていたのですが、それでもその萌芽能力は樹齢30年が限界です。ところが、カツラは「主幹を交代させながら500年以上も生きる」というのです(森と水の郷あきた「樹木シリーズ29」)。
 萌芽による更新を重ねて、巨木となっているカツラを各地で見ることができます。巨木になることで、カツラの原始的な風媒花の欠点を補い、種子による分布のチャンスを増やしてきたと考えられます。

 
  根元から出す萌芽枝     巨木のカツラ(北泉ヶ岳の氾濫原で見たもの)

 カツラの木の仲間は、かつては北半球に広く分布していましたが、今日では中国と日本に残っているだけです。古い系統の樹木のほとんどは地上から姿を消すなかで、すぐれた萌芽能力を発揮し生きてきたカツラですが、それでも他の地域で生存し続けることは難しかったのです。

 カツラが日本で絶滅せずに生存できたのはなぜなのでしょうか。
 日本列島が活発な地殻運動によって生まれた複雑な地質と地形に富む山と森の国であり、四季があり海洋性の温暖湿潤な気候にも恵まれていたということがあげられるでしょう。地形的にも気候的にも日本が多様な生きものが生存できる豊かな自然環境であったことが、カツラのような木の生存を可能にしたのです。

 カツラは樹形が美しく、ハート形の葉の新緑や黄葉の美しさもあって、昨今は街路樹として植樹されていますが、本来は高木になり水辺を好む樹木です。街路樹の植栽地は夏の暑さと乾燥の激しい過酷そのものの環境です。大木になれば伐採され、萌芽能力でひこばえを伸ばしても樹形が悪いと切り捨てられていくでしょう。
 人が人らしく生きたいと願うように、カツラの木もまたカツラらしく生きたいと願っているのでは。日本の自然のなかで生存し続けているカツラが、人間の都合で絶滅することがありませんように。(千)

◇昨年10月の「季節のたより」紹介の草花