mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより122 チゴユリ

 晩春の林床に咲く白い花  木漏れ日を利用して生きる

 雑木林が春の色に染まり始めると、カタクリキクザキイチゲなどの早春植物が姿を消していきます。少し寂しくなった林床に姿を見せる代表的な植物がチゴユリです。白い花が小さく稚児のようにかわいらしいことから、チゴユリ(稚児百合)と名づけられました。
 チゴユリは開花当初、葉かげに小さな白い花を咲かせるので、そのまま気づかずに通り過ぎてしまうことがよくあります。林のなかを歩いていて、優しい色の緑の葉が集まっていたら、少し目線を下げてのぞいてみると、うつむきかげんに咲いている小さな白い花に出合うことができるでしょう。


       チゴユリは葉かげに下向きに花を咲かせています。

 チゴユリの原産地は日本や朝鮮半島、中国、南千島です。日本では北海道~九州に分布、コナラやミズナラの生える雑木林や明るい丘陵地に自生しています。
 チゴユリはその名のとおり、かつてはユリ科のユリ属の植物でした。最新の植物分類体系(APGⅣ分類体系)ではイヌサフランチゴユリ属に分類されます。  
 APG分類体系は、1990年代にDNA解析による分子系統学に基づき新たに構築された被子植物の分類体系です。これまでの外部形態に基づいた分類とは異なり、どの植物がどこで生まれて、どの植物から進化してきたかという系統発生的な見解に基づき分類されます。
 この分類によって、これまで馴染のある多くの科や目が変更されました。特にユリ科は、私たちがこれまでユリ科と覚えていたものはいったい何だったのか、と思うほど解体変更されました。ユリ科であったものが、遺伝子を調べてみたら全然ちがう仲間だったというわけです。
 APG分類体系は現在も研究が進められている分類体系ですが、今後の研究でも大きな変更はなく、分類学の主流になっていくだろうといわれています。現在も国立科学館の標本箱などの分類で採用され始めていて、今後発行される図鑑類にも採用されていくものと思われます。

 チゴユリの芽生えはひそかに始まります。枯れ葉が幾重にも重なった腐葉土の上に真っすぐに芽を出します。芽はさや状の葉にくるまれていて、そのままぐんぐん茎を伸ばし、その葉を展開していきます。


 芽吹くチゴユリ   真っすぐに伸びていきます。   さや状にくるまれている葉 

 真っすぐに伸びて葉を広げていたチゴユリが、ある時期に茎が節のところで折れ曲がるようになって、先端の葉が下向きに垂れ下がります。しおれているように見えますが、そうではないようです


    ある時期に茎の上部が曲がり、先端の葉が垂れるようになります。

 下向きの葉をそっと持ち上げのぞいてみると、葉のなかにもう花ができていました。花の重みがつつんでいる葉を下向きにさせるのでしょうか。
 葉が下向きになる前の、上を向く葉のなかものぞいてみたら、つぼみができていて、葉のすきまから雄しべと雌しべがのぞいていました。
 芽吹いたチゴユリは、茎を伸ばし葉を展開しながら、同時に花の準備もしているのです。ただし、すべての個体が花をつけているかというとそうではないようです。  
 下向きの葉のなかを調べてみると、つぼみのできていない個体が見つかりました。栄養状態によるものなのか、葉だけの個体もかなりあるようです。


 葉からのぞく白い花びら   下向きの葉の中にできている花   葉の中にあるつぼみ  

 下向きの葉のなかで開花しているチゴユリの花は、外から見えないので、まだ花が咲いていないように見えます。花が姿を現したときに、人は初めてチゴユリの花が咲いていると気がつくようです。
 葉のなかに隠れている花の花柄は短く、外から見えるようになった花の花柄は長く伸びて、花を吊り下げています。

 
   花が見える段階で、開花と気づきます。    花の花柄が長く伸びています。

 チゴユリの花はふつう1個ですが、ときどき2個や3個ついているのもあります。花のつくりを見ると、白い花びらが6枚(がくに当たる外花被片3枚と花びらに当たる内花被片3枚)、雄しべが6つ、雌しべが1つで、花の基部に蜜腺が見られます。開花しても花は半開のままで、全開することはありません。
 開き始めの花を見ると、花の雌しべはすでに柱頭が3つにさけていて、雄しべの葯は少し遅れて花粉を出すようです。
 チゴユリの花は、葉のなかに花が隠れている段階から受粉態勢ができていて、昆虫たちを呼び寄せているようです。


    開き始めの花     花粉の出ている雄しべの葯  集まるハナアブの仲間

 チゴユリの葉は茎に互生してつき、先のとがった卵形から長楕円形をしています。葉柄はほとんどなく、平行に入る三本の葉脈がよく目立ちます。
 芽吹きから花の時期は、触ると柔らかく、瑞々しい黄緑色をしています。その後、濃い緑色になっていきます。

 チゴユリの花は開花当初からずっと下向きに咲くものと思っていたら、上向きに咲いている花を見つけました。

 
   下向きに花を咲かせているチゴユリ   上向きに花を咲かせているチゴユリ

 上向きに咲いている花を見ると、花を支えている花柄がやや太く丈夫でした。開花当初の花は、花柄が細く柔らかなので花も下向きになるようです。
 下向きの花のままのものもあれば、花柄を丈夫にし、上向きになる花もあるようです。白い花を上向きにすると、花がよく見えて昆虫たちを呼び寄せる効果があると考えられます。


     この群落は、花を上向きに咲かせているものが多いようです。

 受粉を終える頃、雄しべの葯の先はボロボロになり、花びらもしぼんでいきました。花のあとには小さな実ができていました。初めは緑色ですが、秋に熟して黒くなっていきます。

 
    チゴユリの緑色の実         熟して黒くなっていきます。

 晩秋の雑木林を歩くと、葉の形をそっくり残したまま黒い実をつけているチゴユリをよく見かけます。その姿は秋の風物詩のひとつです。

 黒い実は水分を多く含む液果で、種子が1~6個入っています。鳥たちは食べないのか遅くまで残っていて、そのまま地面に落ちて種子が散布されます。

 
   晩秋の紅葉とチゴユリの実     枯れても葉の形は崩れず残っています。

 チゴユリは群生地でたくさんの花を咲かせますが、秋にその地を訪れても黒い実を見るのはわずかです。花の終わり頃から、森の林床は陽が当たらなくなります。たとえ結実しても、実のなかの種子が1個から6個と違いがあるのは栄養状態が大きく影響しているからでしょう。成熟できない実もかなりあると考えられます。

 チゴユリはそのことを見越しているかのように、種子で仲間を増やすほかに、地下で四方八方に地下茎を伸ばし、その先にラメットという「栄養繁殖体」をつくって繁殖する方法をとっています。地下茎を伸ばした親株の根は、冬に枯れてしまいますが、そのラメットの一つ一つが春になると新しい芽を出し成長していきます。
 根による栄養繁殖は多くの株を増やせる一方で、病気や環境変化に耐えられない弱点を持っています。そんなときに環境変化に対応できる強い遺伝子を持つ種子が、種の生存に力を発揮します。
 チゴユリがたとえ実の結実が少なくても花を咲かせて実を結ぶのは、自然界で絶滅せずに生き抜くための知恵なのでしょう。


       群落は冬にすべて姿を消し、春にあらたな群落が形成されます。

 スプリングエフェメラルと呼ばれるカタクリキクザキイチゲなどの早春植物は、まだ寒さが厳しい雪解けの林床に芽を出します。木々の冬芽が芽吹く前、陽の光が林床に降り注ぐ2~3ケ月の間に、葉を広げ花を咲かせて種子をつくります。
 同時に、根や地下茎や鱗茎に栄養分を蓄え、林床が暗くなる晩春から初夏には、地上部は姿を消して休眠し、翌春の春に備えます。

 その後に地上に姿を見せるのが、チゴユリを代表とする野草たちです。ヒトリシズカ季節のたより26)、ミズヒキ(季節のたより59)、イカリソウホウチャクソウ、センボンヤリ、アマドコロなどのたくさんの野草たちが芽を出します。


  イカリソウ    ホウチャクソウ   センボンヤリ      アマドコロ

 これらの植物は早春植物たちと異なる自然環境で栄養分を作り、花を咲かせて実を結ばなければなりません。
 木々が若葉を広げた林床は陽の光が弱く、早春植物のように直射日光を受け取ることはできませんが、林や森を構成している落葉樹の葉は常緑樹に比べて薄いので透過光や散乱光が林床に届きます。太陽の動きにつれて、直接陽の光が短時間でも木漏れ日となって林床を照らします。
 チゴユリや同時期に芽生えた植物たちは、茎を斜めに伸ばして葉の重なりを避けたり、葉の向きを光の方向に変えたりして、林床に届く光を効率よく葉に受け取る工夫を重ねて秋まで生き続けます。
 チゴユリの葉が、晩秋まで形が崩れず残っているのも、その葉で陽の光が弱くなるまで栄養を作り続けたことを物語るものでしょう。

 季節が移ると、大地を譲り合うかのように別の植物が地上に姿を見せます。新しく芽生えた植物は、その季節の環境に適応する能力を発揮しながら独自の生活史を展開して大地に還ります。
 植物たちは季節のめぐりとともに生きています。そのあり方は、便利で快適な生活を求め続けて、自らの生存を脅かす季節はずれの環境を生み出している私たち人間のありかたに、無言の問いを投げかけてはいないでしょうか。(千)

◇昨年4月の「季節のたより」紹介の草花