mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより76 サンカヨウ

  ひっそりと咲く高山の花  雨にぬれガラス細工の花に 

 サンカヨウとは、初めてその名前を聞く人がいるかもしれません。山歩きの好きな人にとっては憧れの花。本州の中部から北海道あたりまでの亜高山などの林床に自生しているメギ科サンカヨウ属の多年草です。平地で栽培するのが困難な高山植物で、世界でたった3種類しか知られていません。

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      サンカヨウの花。ハスのような大きな2枚の葉が特徴です。

 サンカヨウは「山荷葉」と書きます。荷葉とはハスの葉のこと。葉がハスのように大きく目立ち、山に咲くハスのようなのでこの名になったといわれています。(もともとは、中国のユキノシタ科の「山荷葉」を誤って当てたもののようです。)
 ハスのような広い葉は一本の茎に2枚だけ、大きいものと小さいものがついて、サンカヨウはその小さい葉の上に、白い花を数個から10個ほど寄り添うように咲かせます。
 その花の清楚な美しさはもちろんですが、雨にぬれると花びらが透き通るので、その姿が山好きの人の心をとらえるのです。

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    葉の上に花茎を伸ばす。     花は数個から10個ほど寄り添うようにつける。

 サンカヨウの花が見られるのは5月~7月頃。花の見頃は生育環境によって大きな幅があり、しかも、開花期間が1週間ほどで短く、強い雨や風などで花びらがすぐ落ちてしまうので、よほど幸運でなければ、咲いている花の姿を見ることができません。透明な花びらの姿が見られるのは、開花時期が梅雨と重なったときですが、そのようなチャンスはさらに少なくなります。

 でも、出会いたいと思い込んでいると、突然その機会がやってくるものです。
 初めてサンカヨウを見たのは、6月の終わりごろに蔵王連峰を訪れたときでした。大黒天から刈田岳山頂に向かう登山道でミヤマスミレの群生を見つけカメラを向けていたら、その先の沢沿いの奥の斜面に何か白く咲いているのが見えたのです。気になって低木が絡みあう沢の奥へと足を踏み入れたその先が、サンカヨウの小さな群生地でした。

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    低木林の斜面の林床に咲くサンカヨウ         1本の立ち姿

 サンカヨウは低木の生える急斜面に数株ずつ立ち並んで、白い花を咲かせていました。傍らに腰を下ろしてしばらく見とれていました。ちょうどつぼみがほころび始めた時期です。ふんわり開いた花の花びらは6枚、花の中心に黄緑色のめしべが1本、そのめしべをとり囲むように6本の濃い黄色のおしべが並んでいます。葉の緑と白い花、花びらの白と黄色いおしべ、2つの単純な色の組み合わせなのに目に鮮やか。遠目でもよく見えるのでしょう。見ていると昆虫たちが盛んに集まってきていました。

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    緑の苞につつまれているつぼみ        ほころび始めのようす

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    開いた花。花びらはガクの変形したもののよう。    花にやってきた小さなハチ

 8月、再び群生地を訪ねましたが、群生地はクロヅルなどのつる植物におおわれて暗く、サンカヨウの葉も果実も見つかりませんでした。低木の生える林床が暗くなる前に素早く実をつけ姿を消していったようです。

 それから、何年かあとに栗駒山のブナ林でサンカヨウと出会います。時期は5月末、その年は雪解けが早かったのか、蔵王連峰で見た時より早い時期でした。
 雪解けのあとに咲き出したキクザキイチゲオオバキスミレなどに混じってサンカヨウがその白い花を咲かせていました。

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    ブナ林の林床に咲くサンカヨウオオバキスミレの花がまわりを囲んでいます。

 落ち葉の上に、緑の葉をクシャクシャと丸めたようなものが、にょっきり立っています。葉の間には小さなつぼみ。サンカヨウの芽吹きの姿でした。
 見渡すと、開いた葉の上でつぼみがふくらんでいるもの、満開に花を咲かせているもの、もう花びらを散らして小さな実をつけたものと、サンカヨウの姿はさまざま。同じ群生地に咲いていても、芽を出す地面の雪解けの進みしだいで成長の早さが違うのです。サンカヨウの育つ姿を連続映像で見せてもらったようでした。

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クシャクシャの葉 (芽吹き)      日当たりのよい林床に咲く花

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      散り始めた花          花が散ったあと    初期の果実

 7月の終わりに、再びブナ林の群生地を尋ねました。サンカヨウの果実を見たかったのです。ところが木々が鬱蒼と茂り群生地がわかりません。蔦や藪が絡む道をかき分けてサンカヨウの葉を探しあて、3個の果実を見つけました。
 藍色の美しい果実。白い粉を帯びて熟しています。食べられるはずと、ひとつぶ口に含むと、甘酸っぱい味。山ぶどうのようです。種子が9個入っていました。
 この美味しい果実を山の動物や小鳥たちが見逃すはずはないでしょう。サンカヨウは、果実が食べられて遠くまで運ばれていくのを待っていたのです。

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      多くの実は食べられたもよう      甘酸っぱい山ぶどうのような実

 雨にぬれたサンカヨウの花を見たのは、それからまた何年か過ぎてからでした。
 ブナ林の群生地にサンカヨウの花が咲き出した頃、夕方から夜は雨になり、明け方に晴れるという天気予報を聞いて、早朝に群生地をめざしました。
 予報どおりの昨夜の雨で、晴れの日には真っ白な花びらが、先端からしだいに透明になっていました。たっぷりと雨にぬれた花びらはさらに透明度を増して、ガラス細工の花のよう、触ると砕けてしまいそうです。
 花びらが透明になるのは、水をたくさん含んで、光が吸収されたり、光の屈折や反射が弱まったりするからといわれています。その仕組みについては、まだ解明されていないようです。
 透明になった花びらは、太陽が顔を出し、花びらが乾燥するにつれ、また元の白い色に戻っていきます。
 森や林の奥でひっそりと咲くサンカヨウの花は、誰に知られることもなくこのミステリアスな変化を繰り返しているのです。

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 花びらが水分にぬれただけでは透明にはならないようです。雨や朝露にぬれて、
 花びらがたっぷりと水分をふくんだときに起きる現象のようです。

 蔵王連峰で見たサンカヨウは荒々しい斜面に生えてたくましく、栗駒山のブナ林の林床で見たサンカヨウは、清楚で静かなたたずまいを見せていました。同じ花なのに、その生育地によって、花の印象が違って見えてくるのです。
 『花の百名山』の中で、著者の田中澄江さんはヒグマに会うのを警戒しながら見た北海道の大雪山山麓の湿原「沼の平」のサンカヨウを紹介しています。
 「渓川のほとりの山ぞいにはサンカヨウが群れをなして白い花をつけていた。これも上高地や白山などで見たものよりずっと大きい。」(文春文庫『花の百名山』)
 田中さんは、大雪山の谷筋で見る花々は尾瀬で見る花より大きくたくましく「太古の面影が残っているようだ」と書いています。これは現地を訪れなければ感じられない感覚でしょう。
 同じ花でもその花の表情は、その花が生まれ育った自然が作り出したものです。

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      花の数が10個以上も。           蝶? こんな姿も。 

 サンカヨウが見られる場所として、県内では蔵王連峰栗駒山の他に泉ケ岳の群生地が知られていますが、私が出会った蔵王連峰栗駒山サンカヨウは、ガイドブックには出ていない小さな群生地でした。
 群生地というのは、最初からあったわけではなく、小鳥たちが運んだ種子が、生育環境の適した地面に落ちて芽を出し、大きな葉で根に栄養を蓄えながらしだいに育っていったものでしょう。県内に群生地があるということは、似た環境の他の場所でも、サンカヨウが育っている可能性があるということです。

 蔵王連峰や泉ケ岳、栗駒山の麓には、それぞれ「自然ふれあい館」や「自然の家」があって、多くのこどもたちが野外活動で現地を訪れています。こどもたちが目の前に広がる自然を散策したり、野外活動をしたりする傍らで、サンカヨウがひっそりと白い花を咲かせているかもしれません。
 野外活動といえば、生活訓練や心身の鍛錬をねらいに、ただ自然環境を利用するという活動が多く見られます。こどもがもっと自由に自然に触れて、ふだんは眠っている野生の感覚が呼び起こされるような活動がほしいものです。
 自然につつまれて風や空気、匂いや音を体で感じ、草木や虫や野鳥などの生きものたちに親しみを覚えて嬉しくなる。そんな自然との共感の体験は、長いあいだには、自然界の生態系のしくみを理解することにつながり、将来の生き方に示唆を与えてくれるものになるでしょう。(千)

◆昨年5月「季節のたより」紹介の草花