mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより138 オトコヨウゾメ

  林にひっそり息づく低木  四季に見せる豊かな表情

 冬の雑木林は木の葉が落ちて明るく静かです。足を踏み入れると落ち葉のクッション。歩くとカサカサと乾いた音が響きます。
 裸木となった木の枝先にぶら下がる赤い実が目に入りました。食べごろのようですが、小鳥たちはまだ気がついていません。
 枝にガマズミの葉に似た葉が一枚残っていました。紅葉後の葉が乾燥し黒ずんでいます。この特徴からすると、オトコヨウゾメという名の木の実のようです。


        落葉した低木の枝に残されたオトコヨウゾメの実

 オトコヨウゾメとは変わった名前ですが、一般にはあまり知られていない木かもしれません。ガマズミ科ガマズミ属の落葉低木で日本の固有種です。
 北陸を除く本州、四国、九州の山地に分布し、「宮城県は分布の北限で丘陵地の林内や林縁にやや普通にみられる。特に乾いた所に多い。」(「宮城の樹木」河北新報社)ということです。

 よく散策する青葉山太白山周辺の雑木林は、モミにスギを加えた常緑針葉樹とコナラ、イヌブナ、アカシデなどの多数の落葉広葉樹が混生して見られます。
 雑木林は主にこれらの樹高10mを超える高木が中心ですが、その林縁や林内にはガマズミ季節のたより112、ヤブムラサキ、ウグイスカグラ季節のたより96などの落葉広葉樹の低木が、木漏れ日などの光を巧みに利用して暮らしています。オトコヨウゾメの樹高は1~3mほどです。それ以上に大きくなることのない低木の仲間です。

 1月の真冬の雑木林に入ると、オトコヨウゾメの枝に冬芽がついていました。紅葉の季節の終わりごろから密かに準備されていたものです。枝々についた冬芽は低く差し込む冬日に照らされて、深紅色に光っていました。

 
    冬芽が目立つオトコヨウゾメの枝     冬芽(仮頂芽)  先が丸い花芽

 冬芽は寒さのなかでも春を待って少しずつふくらみを増していきました。
 3月下旬、頬に感じる空気が暖かになると、冬芽は殻を脱ぎ始め、なかから新芽が一斉に伸びてきます。一対の若葉の間から小さなつぼみが顔を見せ、そのつぼみがふくらみ始めると、開花間近です。林のなかは若葉に白いつぼみが点々と目立ってきて明るくなります。


    開く新芽        若葉とつぼみ      ふくらむつぼみ


          若葉に白いつぼみが目立ってくる雑木林

 オトコヨウゾメの花が咲いて見頃になるのが、4月下旬~5月です。対生に開いた葉の間から淡紅色の花柄を伸ばし、その先に数輪ずつ白い花を咲かせます。同属のガマズミと違って花序につく花数は少なく、花と花がバランスよく並んでいます。
 花は5つの花びらがあるように見えますが、根元で1つになった合弁花です。ガク片が5つ、雄しべも5つ、雌しべが1つです。雌しべの先のかすかな紅色が、白い花のアクセントになっています。

 
   花と花はバランスよく並んでいます。       雌しべの先がかすかに紅色

 同属のガマズミは、白い小花をたくさんつけて上向きに花を咲かせますが、オトコヨウゾメは、適度な間隔がとれるほどの花数で、下向き加減に花を咲かせます。
 新緑の林のなかで、オトコヨウゾメの白い花を見ていると心が澄んできます。


          オトコヨウゾメの花は素朴で清楚な花です。

 花を訪れる昆虫にはうまく出会うことはできませんでした。以前に河北新報夕刊に連載された「シリーズ 青葉山」のオトコヨウゾメの紹介では「訪花昆虫はコハナバチ、ハナアブ、オドリバエなどで、コハナバチが最も重要な送粉者になっているようです。」と書かれていました。

 訪花昆虫はたしかにいるようです。開花してしばらく経過した6月に、オトコヨウゾメは小さな実をつけていました。
 当初は痩せて平たくシイナのような実でしたが、その実がしだいにふくらみ、緑の色も徐々に色づいて、やがて光沢のある真っ赤な実になっていきました。
 色づいていく実の一つひとつが、生まれたばかりのようにきれいです。葉の緑も濃くなり、赤い実の引き立て役になっていきました。


  緑の平たい実   しだいにふくらみ   色づきはじめて    赤い実に

 オトコヨウゾメの赤くなった実は、見るからに甘くておいしそうです。ガマズミの仲間なら食べられるはずと思って口にしてみたら、渋さ、苦さ、酸っぱさが口のなかに広がり、思わず吐き出してしまいました。こんな味の木の実を野鳥たちは食べているんですね。
 鳥たちの舌には哺乳類に比べると一般に味を感じる味蕾(みらい)が極端に少ないのだそうです。花の蜜を吸うハチドリは甘さを感じる器官があるという研究がありますが、多くの鳥には歯がなく餌を丸飲みするので、哺乳類のように食べたものを歯で咀嚼(そしゃく)して舌で味わう味覚を発達させてこなかったのでしょう。
 それでも野鳥たちの木の実の好みはあるようで、それをどこで感じているのかはよくわかりません。
 オトコヨウゾメは、野鳥たちの味覚の無さを知っているかのように、実の甘さを省いて種子を運んでもらっています。


      緑の葉は赤い実を引き立て、遠くからでもよく見えます。
 オトコヨウゾメは赤い実をつけたまま、紅葉の季節を迎えます。紅葉が美しくなるのは10月下旬から11月頃です。
 林のなかのオトコヨウゾメの葉は、黄色、淡紅色、橙、赤色などの暖房系の色合いで染まっていました。少し肌寒く感じる林内が、明るく暖かくなったような感じです。葉の間から赤い実がのぞいていました。


          紅葉が林床を明るく暖かい雰囲気にします。

 オトコヨウゾメの紅葉は、見るたびに色合いが変化することに気がつきました。
 最初の葉は黄や紅色などを含む明るい色合いですが、徐々にシソ葉に似た赤紫色から紫色に変わり、散り際には漆黒に近い黒色になります。


    紅葉の季節に見られるオトコヨウゾメの葉の色。散り際に黒色になります。

 明るい色からシックな色まで多彩な紅葉が見られるのは、落葉広葉樹のなかでもオトコヨウゾメだけです。
 葉が黒色になるのは珍しく、これは虫の食害を防ぐ効果のあるタンニンが葉に多く含まれているからということです。
 オトコヨウゾメを標本にしたり、紅葉した葉を押し葉にしたりしていたら、どれも黒色になっていて驚いたことがありました。


紅葉の葉と赤い実に黒色の葉の混じる紅葉。 見られるのはオトコヨウゾメのみです。

 さて、この「オトコヨウゾメ」という名前の由来ですが、定説がなくよくわかっていません。
 「ヨウゾメ」については、深津正著「植物和名の語源探求」によると「ガマズミの方言名」ということです。
 「オトコ・・」と名のつくものに、オトコヨモギやオトコゼリがありますが、これらの「オトコ」は、本来のヨモギやセリと比べて食用にならない不用なものという意味に使われています。
 そこから推測すると、ガマズミの実は食べられますが、オトコヨウゾメの実は、渋くて、苦くて、酸っぱくて食べられません。つまり「不用なガマズミ」だから「オトコヨウゾメ」と名づけられたものなのでしょう。
 人間の側の「用」、「不用」という価値判断で、勝手に名づけられた草木たちが気の毒です。


  赤い実と紅色の葉。 オトコヨウゾメは四季を通して様々な表情を見せてくれます。

 オトコヨウゾメはこれまで歌に詠まれたり文学で取り上げられたりした形跡はありません。人の暮らしに利用されたということもなかったようです。
 人間には関心を持たれず、森や林の半日かげの環境にひっそりと生息する木ですが、これまで見てきたように、芽吹きから落葉まで、四季を通して豊かな表情を見せる個性的な木です。森や林のなかでは生態系を支える大切な一員です。

 地球という星が生み出したいのちの存在は、一切の代替が不可能なものです。自然界に生きるものは互いに関わり、どんないのちも唯一無二のかけがえのない存在として、何らかの役割りを果たしながら生態系を維持しています。
 雑木林のなかでそのいのちを豊かに開花させているオトコヨウゾメの姿がわかると、「不用なガマズミ」だから「オトコヨウゾメ」と名づけてしまう人間のあり方が、何だか哀しく恥ずかしくなります。
 人間も自然界に生を受けた存在ですから、いま生きていることそれ自体に価値があり尊厳があります。経済発展に役立つのか立たないかの価値基準にふりまわされて疲弊している人間は、いのちのあり方としてやはり不自然なのですね。(千)

◇昨年12月の「季節のたより」紹介の草花