mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより120 キクザキイチゲ

  早春の野生のアネモネ  花色豊かな日本の自生種

 近くの里山の土手にキクザキイチゲが咲き出しました。1週間前に訪れたときは影も形もなかったのに、いつの間にか地上に現れています。毎年決まってこの場所で花を咲かせて楽しませてくれます。
 キクザキイチゲは早春に咲き出すスプリング・エフェメラル(春植物)の仲間。咲き出すときは突然のように現れて輝きを見せ、花が終わるといつの間にか地上から姿を消してしまう花です。


     陽光を浴びて咲くキクザキイチゲの花。野生のアネモネの仲間です。

 キクザキイチゲキンポウゲ科イチリンソウ属の多年草。学名が(Anemone pseudoaltaica H. Hara)とあるように、イチリンソウニリンソウ季節のたより73)と同じ野生のアネモネ(Anemone)の仲間で、日本の在来種です。
 イチゲ(一華)は「一輪の花」という意味。キンポウゲ科ですが、菊の花のような花を一本の茎に一輪つけるので、キクザキイチゲ(菊咲一華)と呼ばれます。別名にキクザキイチリンソウ(菊咲一輪草)という名があります。

 キクザキイチゲは3~5月頃に開花。ブナを中心とした落葉広葉樹の森や林の明るい林床や林縁に多く自生しますが、里山の斜面や土手、畑のあぜ道などにも咲いています。
 単独で咲くよりは、小さな群落を作って咲いていることが多いので、花の時期を逃がさなければ誰でも見つけることができます。


            群落を作って咲くキクザキイチゲ

 早春のブナの森では、木々が芽吹く前の雪が解けたばかりの林床に、カタクリ季節のたより2)やエゾエンゴサクなどとともにキクザキイチゲが一斉に芽を出します。早春に咲く植物たちは、まるで日ざしの温かさを感じるセンサーを備えているかのように芽吹きがそろうのが不思議です。
 キクザキイチゲは、芽吹くとすぐに葉を3枚出し、その中心にひとつの花をつけます。最初の葉は茶色や赤紫色をしています。これらの葉の色素は、芽吹いた葉を太陽の紫外線から守る役目をしています。新葉は成長するにつれ光合成のできる緑色に変わっていきます。


 つぼみを守る茶色の葉    葉を横に広げる       つぼみが開く

 早春の森や林では、木々が葉を広げるまでのわずかの間、地表にやわらかな日ざしが届きます。その日ざしを受けて、キクザキイチゲは大きく花を咲かせます。
 里山周辺では白花を中心に、淡い桃色や空色の花が咲いていますが、ブナ帯の森に入ると、驚くほど鮮やかな青色の花が咲いているのに出会います。
 キクザキイチゲの花色は白花だけでなく、薄桃色、空色、淡紫色、青紫色などとバリエーションに富んでいるのが特徴です。


        キクザキイチゲは、いろいろな色の花を咲かせます。

 キクザキイチゲの花には花びらはなく、花びらのように見えるものはガク片です。ガク片の数を数えてみると、8~13個ほどのものが多く、ときにはそれをはるかに超えるものもありました。ガク片の形も細長いものから長楕円形までさまざまです。花の色やガク片の形は、育っている環境によって個体差が大きく、その変異が花の魅力や個性にもなっています。

 
    青色の花        白色の花。カタクリの花も咲いています。

 
       薄空色の花                桃色の花

 キクザキイチゲの花は春の日差しに敏感に反応します。薄暗くなったり雨が降り出したりするとすぐに花を閉じて下を向いてしまいます。
 天候の悪い日は受粉の確率が低いので、花粉を守り、花を開いているエネルギーを節約しているのかもしれません。


         日が陰ると、花はすぐに閉じてしまいます。

 下向きに閉じていた花も、日差しが戻ってくると、すぐに上向きになり花を開きます。ハナバチの仲間も春の日ざしに敏感です。どこからか飛んできて、開いた花の中心に集まります。

 キクザキイチゲの花は両性花です。花の中心に雌しべが複数あって束になっています。その周りをぐるりととり囲んでいるのが雄しべです。雄しべの数は多数あって、その先の葯から白色の花粉が出てきます。


    雄しべと雌しべ      花に集まるハナバチ   ハナバチが去ったあと

 キクザキイチゲの花の中央には人間に見えない紫外線を反射する蜜標があって、ハナバチはこれを目印に集まってきます。ハナバチは活発に動き回り花粉を食べます。ハナバチの去ったあとを見ると、雄しべが倒れ、花粉がこぼれ落ちていました。ハナバチは大量の花粉を体につけたまま、他の花へ移動し、そのときに受粉が行われます。受粉のあとには、コンペイトウに似た実(集合果)ができます。

 キクザキイチゲは森の木々が葉を展開し、地表に光が届かなくなる前に、急いで花を咲かせ実を結びます。その実(種子)を親株の周辺にこぼしたあと、枯れて消えていきます。地下にある根だけは生き残り、翌年も新たに芽生えて仲間を増やし続けます。

 早春の同じ時期に、キクザキイチゲによく似ている花に出会うことがあります。それがアズマイチゲです。アズマイチゲキンポウゲ科イチリンソウ属の多年草で、スプリング・エフェメラルの仲間です。
 アズマイチゲも1本の茎に1輪の花をつけます。東日本の落葉樹林内で発見されたことからアズマイチゲ(東一華)と名づけられました。その後に西日本でも発見され、全国に分布していることがわかってきました。
 花の形も草丈も同じようで、日が陰るとしぼんでしまうので、キクザキイチゲと同じに見えてしまいます。

 キクザキイチゲアズマイチゲを見分ける分かりやすい方法は、葉の形状と生え方を見ることです。葉の形状(下の写真)を比べてみましょう。

 

 キクザキイチゲアズマイチゲも3枚の小さな葉(小葉)が茎を囲むようについていますが、その小葉の形が違っています。
 キクザキイチゲの小葉は鳥の羽のようになっていて深く切れ込んでいますが、アズマイチゲの小葉は、葉の先が丸くわずかに切れ込むだけで、葉全体に見ると深い切れ込みがありません。これで区別できます。

 全体の姿(下の写真)から、葉のつき方を見ても違いがあります。

 

 キクザキイチゲの葉はほぼ水平に展開していますが、アズマイチゲの葉は、ややしんなりと垂れ下がるようについています。アズマイチゲは葉を支える柄や葉脈が柔らかくできているようです。
 その他に、キクザキイチゲは花の色が多様ですが、アズマイチゲはガク片の裏側が赤味を帯びる程度で、花の色はすべて白色です。
 ブナ林や雑木林に生えるアズマイチゲを見ていると、単独か、あるいは数本まとまるかして生えているのが多いようです。キクザキイチゲは小さな群落を作ることが多いので、生息のしかたにも違いが見られます。


      一本立ちのアズマイチゲ。ガク片の裏側が赤味を帯びています。

 キクザキイチゲアズマイチゲが咲いていた場所を後で訪ねてみると、見事なほど痕跡を残していません。普通は枯れたあとが残るのですが、何もないのです。  
 これらの花たちは、早春の林床に光が届くわずかな間に葉を広げ光合成し、花を咲かせて実を結び、翌春の養分まで蓄えるのがやっとで、後に残る植物繊維を作る余裕がないのかもしれません。
 森に光が差し込む夏には地上での姿は消え、地下の根は眠りにつきます。秋のうちに地上に出てくることはなく、地上に芽を出すのは3月頃です。


          ひとときの輝きを見せるキクザキイチゲの花

 キクザキイチゲアズマイチゲは、早春の光を浴び、雪解けの水分を十分に吸い込んでその姿を現し、ひとときのいのちの輝きを見せて、名残雪のように消えていきます。
 春は花たちとの対話に誘われる季節です。人間の住む世界の価値観とは無縁の世界に生きる花たち。その傍らにしばしたたずむと、自然界の生きものどうしの共有する時間が流れます。そして心が開かれ自由になってくるから不思議です。(千)

◇昨年3月の「季節のたより」紹介の草花