mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより26 ヒトリシズカ

  花びらもガクもなく、白いブラシの花が舞う

 「ひとりしずか」、口ずさむと心地よい響きのする名前です。この花と初めて出会ったのは、春の林の崖地の斜面でした。開いた4枚の葉の真ん中にぽつんと1つ白い花をつけて1本咲いていました。瞑想しているような姿がその名にふさわしいと思ったのです。ところが、この花は1本で咲くことは珍しく、何本かまとまって咲くことが多いことに後で気がつきました。

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   家族のようにまとまって咲くヒトリシズカ。葉が開く前に花穂が出てきます。

 ヒトリシズカは、センリョウ科の多年草。沖縄を除く日本全域に分布し、林の中や林縁、湿った木陰に自生しています。4月末から5月上旬頃、赤茶色の小さな芽が地表に顔をのぞかせます。光沢のある葉が花を包むようにして伸びてきて、その葉が完全に開ききる前に、小さな白いブラシのような花穂(かすい)を立ち上げます。

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 伸び出す赤茶色の小さな芽       包む葉が開く頃に、緑色に変わります。

  花穂には小さな花がたくさん集まっていますが、その花は普通の花とちがっています。花びらやガクがなく、雄しべと雌しべだけの不思議な形をした花なのです。白く見えるのは3本の雄しべで、雌しべはその中にうずくまるように隠れています。さらに、花粉を生産する葯は、普通は雄しべの先端につくものなのに、ヒトリシズカは雄しべの根元についています。

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 花は白い雄しべだけが目立ちます。

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 奥の丸い形のものが雌しべ。白い雄しべの根元の黄色い粒が葯です。

 花びらもガクもないヒトリシズカは、一昔前は祖先的な花だと思われていました。最近の遺伝子を用いた研究では、花びらとガクを持った祖先の花から、それらを退化させて進化した花ではないかと言われています。
 多くの植物は、花粉を運んでもらう虫たちをよびよせるために、花びらやガクを大きくしたり色鮮やかにしたりする工夫をこらしていますが、変わり者のヒトリシズカは、雄しべを白く目立たせることで、花びらやガクの代わりにしているということなのでしょう。
 花の後には果実ができます。果実ができると、葉の蔭に隠れるように折れ曲がり、熟すのを待ちます。種が熟すと、その場にこぼれて、翌年芽を出します。秋に葉が枯れても、地下には横に這う根茎が残っているので、根茎からも芽を出すことができます。

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   上から見ても、白い雄しべが目立ちます。

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 葉は2枚対生で2対あり、         花の後の果実
  輪生した4枚葉のようです。

 ヒトリシズカの名前の由来は、ひとり静かに瞑想している様子からではなく、静御前の舞姿からきていました。
 鎌倉時代の歴史書吾妻鏡」などによると、源義経に寵愛されていた舞の名手の静御前は、頼朝による義経討伐の際に、大和の吉野山で捕らえられます。義経の居場所を厳しく尋問されますが答えず、その後、頼朝に舞を命じられて、その舞台で舞い歌ったのは、義経への想いでした。

 吉野山 峰の白雪 踏み分けて 入りにし人の あとぞ恋しき
 ( 山の白雪を踏み分けて山の奥深く入っていってしまった
   あの人が恋しいのです。)
 
 しづやしづ しづのをだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな
 (しず布を織る糸を巻くおだまきのように、
   静、静、と名を呼んだ人との昔の頃に戻りたい。)

 これが、頼朝の激しい怒りをかい処刑されそうになりますが、頼朝の妻、北条政子の温情により命は助かります。時の権力者を前に凛として立つ静御前、その舞姿に見立て名づけられたのが、ヒトリシズカでした。

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     静御前の一人舞う姿を連想させるヒトリシズカ(一人静)

  ヒトリシズカは日本古来の固有種で、万葉集では「つぎね」という古名で詠われています。その後、江戸時代の図説百科事典ともいえる『和漢三才図会』には、静御前を連想するゆえの名とあり、誰がいつ名づけたかは定かではありませんが、ヒトリシズカと名づけられたのは、この物語が人々の心を深くつかんでいたからなのでしょう。

 ヒトリシズカと同じ仲間にフタリシズカがあります。フタリシズカヒトリシズカより葉も草丈も大きく、花は1ヶ月ほど遅れて咲きます。白い花穂は、ヒトリシズカが1本に1つですが、フタリシズカは1本に2つついています。花によっては4つから5つつくときもあります。 
 フタリシズカヒトリシズカと同じセンリョウ科で、花の形はちがっていても、花のつくりは同じで、花びらもガクも持たない雄しべと雌しべだけの花です。

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 フタリシズカ。寄り添う二つの花穂。  白い粒状のものが雄しべ。腹側に葯を
 葉は大きく短い柄があります。     持ち、雌しべを抱くようにしています。

 フタリシズカの名も、能の謡曲二人静」に由来しているといわれています。静御前の霊が若菜摘みに出かけた女にのりうつり、神職に回向(えこう)を願って、若菜摘みの女と静御前の霊が、影に形の添うごとく舞う物語。
 フタリシズカの寄り添うよう2つの白い花穂が、2人の舞姿に見立てられたのでしょう。

 こうしてみると、ヒトリシズカフタリシズカの名には、歴史の波に翻弄された1人の女性の運命を、野の花にたくして語り伝えようとする庶民の思いがあるような気がしてくるのです。

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   ラショウモンカズラの花           クマガイソウの花   

 植物の名前には、ラショウモンカズラ、クマガイソウ、ベンケイソウなど、伝説や歴史上の人物の名をあてたものがあります。歴史のロマンを想像させて、古典への誘いをしてくれる野草たちです。ヒトリシズカと同様に、名前の由来にどんな背景やドラマがあるのか、当時の人々の思いなどに考えをめぐらしてみるのも楽しいものです。(千)

◆昨年4月「季節のたより」紹介の草花

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