mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより73 ニリンソウ

  里山の林床を白く染める 野生のアネモネ

 里山の風景を残す田園地帯の小学校に転勤になったときのことでした。
 3年生を担任した新学期、家庭訪問で地図をたよりにこどもたちの家を訪ねました。近道をするつもりで道に迷い、雑木林の林道に入って偶然見つけたのが、ニリンソウの群生地でした。ニリンソウの白い花が、林床を真っ白に染めるように咲いていたのです。

f:id:mkbkc:20210407184705j:plain
           雑木林の林床に群生するニリンソウ

 翌日、クラスのこどもたちにこの話をしたら、誰もその群生地のことを知りません。自然に囲まれた土地で育ったこどもたちですが、野山をかけめぐる遊びはすでに消えていたようです。放課後、希望者を誘って群生地を探検しました。次の年は雑木林周辺を春の遠足の目的地にして、半日野山を駆けめぐって遊んだあと、春風にゆれるニリンソウの群落につつまれてお弁当を食べたのでした。

f:id:mkbkc:20210407184734j:plain f:id:mkbkc:20210407184747j:plain
北海道から九州までの山地周辺に分布。    花期は4~5月頃、林床を白く染める。

 ニリンソウは、キンポウゲ科イチリンソウ属の多年草です。早春の落葉樹の林床で、いち早く芽を出し葉を広げ、花を開いて実をむすび、林床が木々の緑でおおわれるまでに姿を消してしまいます。それで、カタクリキクザキイチゲなどと同じ、スプリング・エフェメラル(春の妖精)と呼ばれています。

f:id:mkbkc:20210407184822j:plain
  ニリンソウは、初夏が訪れる前に開花、結実を行い、地上から姿を消していきます。

 ニリンソウは、学名が(Anemone flaccida)となっていて、日本に自生する小型のアネモネです。Anemone(アネモネ)は語源の anemos に由来し、ギリシャ語の「風」を意味します。ニリンソウの英名も「Soft windflower」(柔らかな風の花)」と呼ばれます。群生するニリンソウの花が風にゆれると、とても優雅、そのイメージで命名されたものでしょう。
 和名のニリンソウ二輪草)は、二輪ずつ花をつけるのでニリンソウ。同じキンポウゲ科に一輪の花をつけるイチリンソウがあるので、これに対してつけられたものです。いたって単純で分かりやすい命名なので、花は知らなくても名前だけは知っているという人も多いようです。

 ところで、このニリンソウですが、いつも二輪の花をつけるとは限らないようです。探してみると、三輪の花がありました。一輪や四輪もあるというので、探してみたのですが、これは見つかりませんでした。

f:id:mkbkc:20210407184855j:plain f:id:mkbkc:20210407184906j:plain f:id:mkbkc:20210407184919j:plain
   花とつぼみの二輪の花    開花している二輪の花     三輪の花のニリンソウ

 ニリンソウが二輪か三輪の花をつけたとしても、これらの花が同時に咲くことはありません。1つめの花が咲き出したときに、2つめや3つめの花は、花柄も伸びていないつぼみで、1つめの花柄の根元にひっそりついています。花が咲き出すまでに1週間ほどの時間差があるようです。
 上の写真(左)は、1つめの花が見ごろで、2つめがほころび始めています。中の写真は2つの花が開き、後から咲いた花の花柄が短くなっています。右の写真が、三輪の花をつけているニリンソウです。一つめは花の終わりごろ、2つめの花が見ごろで、3つめの花がほころび始めの状態です。

 写真(左)を見ると、白い花が紅色を帯びています。じつはニリンソウの花の花びらのように見えるものは、花びらではなくガク片なのです。ニリンソウのガク片は紅色を帯びることがあり、咲いている花の先をほんのり紅色に染めているのもあります。ガク片は本来花びらを支える役目をしているのですが、ニリンソウの花びらは退化していて、昆虫たちを呼び寄せる役目は、すべてガク片が引き受けているようです。

f:id:mkbkc:20210407185010j:plain f:id:mkbkc:20210407185029j:plain
 ガク片が紅色を帯びたニリンソウ     花の先が紅色に染めています。

 ところで、ニリンソウは、なぜ時間差をつけて花を咲かせるのでしょうか。一度にたくさん花を咲かせた方が、花粉を運んでくれる昆虫たちを惹きつけ、昆虫たちも花から花へと飛び回れるので、受粉の可能性も高くなるはずです。
 でも、万が一気象の変化やその他の条件で昆虫がまったく訪れないことが起きたなら、群生しているすべての花が受粉できずに種子を残せなくなるでしょう。
 ニリンソウは地下茎をのばし栄養繁殖で増えますが、栄養繁殖ではクローンなので環境の変化にもろいのです。他家受粉で種子をつくり、様々な環境に適応できるような丈夫な子孫を残すことが、この地上で生き残るために必要なのです。
 時間差をつけて花を咲かせれば、もし1つ目の花が受粉できなくても、2つ目の花が咲く頃に、事態が改善しているかもしれません。それがダメでも、数は少ないけれど3つ目の花が控えています。ニリンソウの時間差をつけた開花は、起こりうる環境変化に対応し、最悪の事態を避ける備えのための知恵なのでしょう。

 群生するニリンソウを写真に撮っていたら、ニリンソウの花びら(ガク片)の数に違いがあるような気がしました。数えてみると6枚や7枚のもあります。すっかり5枚と思い込んでいたのですが、後で調べると、5枚、6枚がふつうで、まれに4枚や9枚以上のものも見つかるのだそうです。

f:id:mkbkc:20210407185159j:plain
  群生するニリンソウ。花びら(ガク片)の数の違うものも混じっています。

f:id:mkbkc:20210407185221j:plain f:id:mkbkc:20210407185231j:plain f:id:mkbkc:20210407185246j:plain
 花びら(ガク片)が5枚   花びら(ガク片)が6枚  花びら(ガク片)が7枚

 アバウトなのは、ガク片の数だけではありませんでした。真ん中に黄色に見えるのが雄しべ、そのまわりにある先端の白いものが雄しべですが、図鑑には「雄しべは多数あり、雌しべも多数」とあります。多数とは決まっていないということです。

f:id:mkbkc:20210408131347j:plain f:id:mkbkc:20210407185323j:plain f:id:mkbkc:20210407185337j:plain
 中心の黄色が雌しべ     外側に飛び出す雄しべ   受粉のあとにできる果実

 いくつかの花のなかの雌しべと雄しべの数を数えてみました。雌しべが7~10個ほどで、雄しべは30個から50個ほどです。花によって、数にかなり幅があることがわかりました。

 花の役目は、花粉を運んでくれる昆虫を呼び寄せ、受粉を確実に行うことです。その役割を果たせるなら、花びら役のガク片が何枚であろうと、雌しべや雄しべの数が何個あろうとこだわらないということなのでしょう。
 ニリンソウは、花の開花に時間差をつける慎重さを備えながら、一方ではガク片や雌しべ、雄しべの数は、かなりアバウトのまま。ニリンソウの花の一つひとつが個性を持って咲いているように見えてくるから不思議です。

f:id:mkbkc:20210407185427j:plain
 ニリンソウの群生は雑木林の林床だけでなく、小川ぞいにも多く見られます。

 ニリンソウが一斉に咲き始める頃、それに呼応するようにアイコ、シドケなどの山菜が次から次へと生えてきます。もちろん、ニリンソウも食べられるので、山菜採りの方には馴染みのある山菜です。ところが厄介なのは、ニリンソウは同じキンポウゲ科で日本最大級の有毒植物であるトリカブトの葉によく似ていることです。ニリンソウトリカブトは、似た環境に生育し混生しているので見分けが難しく、誤食した中毒例も報告されています。山菜採りは山菜にくわしい人と一緒に行動すべきでしょう。
 山菜が好きなのは、人間だけではありません。二リンソウの群生地でニホンカモシカに出会いました。食事の最中だったようです。じっと不思議そうにこちらを見ていましたが、警戒したのか崖を駆け上っていきました。
 里山の自然は、人と野生動物とがともに利用している場所でもあるようです。

 f:id:mkbkc:20210407185501j:plain f:id:mkbkc:20210407185512j:plain
   野生動物たちの恵みにもなっています。    姿を見せたニホンカモシカ

 カタクリニリンソウなどの、スプリング・エフェメラルともいわれる早春植物たちは、奥山よりも里山に多く見られます。背丈の低い植物は、林床が暗くなるような奥山では生育できないからです。
 里山の雑木林は、薪炭や堆肥、山菜を得るため、人が自然に手を加えることで、早春植物をはじめ、多様な植物を育んできていました。
 ところが、高度経済成長期を通して、化石燃料、石油製品が生活に入り込むようになると、里山は手入れされずに荒れていきます。樹木が繁茂し、林床に光が当たらなくなれば、早春植物も育つことができません。里山に広く見られたニリンソウもその数を減らしています。地域によっては絶滅危惧種に指定されています。

f:id:mkbkc:20210407185537j:plain
      里山にこの光景が見られるのは、いつまででしょうか。

 人の暮らしが自然から遠ざかると、里山の生態系がくずれていくだけではありません。昔から自然を相手に暮らしてきた人々の知恵や技が消えていきます。自然の恵みを受けて人は生きてきたという考え方も消えていくでしょう。
 ニリンソウは絶滅に向ってその数を減らしながら、人の自然との向き合い方について、無言の問いかけをしているようです。(千)

◆昨年4月「季節のたより」紹介の草花