発心の道場 ~お遍路とは何か、徳島を歩いてみる~
【3日目】6月11日(日)~遍路泣かせの最大難所は歩かず~
宿発 8:30 車 ⇒ 11 藤井寺 10:00 ⇒ 吉田邸 10:40 ⇒12 焼山寺 13:00 ⇒ 宿着 16:30
仙台出発前から、この日は雨になることを調べていたので、休養日にしようと考えていた。その旨をご主人に話したら、それもよかろうというわけで、何やらお遍路の先達として有名な方の所に話を聞きに行こうということになった。お宅が藤井寺の近くなので、まずは藤井寺に寄ってからとなった。
今回の目的の一つは、この藤井寺から焼山寺まで、山越え20キロの道のりを歩いてみたかったことだ。8時間をかけて行くつもりだったが、この2日間の自分の脚力からしてここを歩き通せるか不安もあったのでやめにした。それで、心苦しくはあったが車でまわることにした。豆は何とかおさまりそうだが、左膝が少し痛いので、ここで無理すれば明日からの後半戦ができなくなると思った。
12番 焼山寺
車で送ってもらったので楽ちんではあったが、標高約830mにある山門まで細くて急な道をぐねぐねと上っていくのに車でもずいぶん時間がかかった。その間、こんな山奥にお寺を作ったら檀家のじいちゃん、ばあちゃんはおいそれとはお参りに来られないだろうになどと思ってしまった。今は車で来られるけど、昔はどうしていたんだろうか。
余談になるが、境内入り口に「昨日、焼山寺近くの遍路道に熊が出ました」と書かれた掲示板を発見。およよ、車で正解だったかな。
焼山寺参道からの眺め
《吉田邸訪問》
主人が尊敬してやまないお遍路の達人「吉田邸」に連れて行ってくれた。結願(88カ所を一回りすること)100回以上のご老人であるが私からすれば、すでに仏のような悟りを開いているような感じだった。自宅の一室はお遍路に関する資料で埋め尽くされ、まさに資料館のような感じになっていた。おいらには、そのすごさや尊さは全く理解できなかったのが本当のところである。ただ一つ分かったことは、病気を克服できたのも、家族のつながりを深めたのも全て弘法大師の力によるものだと確信して生きているということだった。お土産の中の一つに金色のお札があり、そこに「四国霊場会公認先達」吉田○○と書いてあった。
いずれにしてもご主人は、初めてお遍路をしよういうおいらに、生き仏と出会わせることで仏のありがたさを感じさせたかったのだろうと思う。これもお接待だと思い、黙って受け取っておくことにした。
【4日目】6月12日(月)~徳島市街へ、のどかな里を歩く~
宿発 8:30 車 ⇒ 13 大日寺 9:20 ⇒(3.3km)14 常楽寺 10:30 ⇒(0.7km)15 國分寺 11:00 ⇒(2.2km)16 観音寺 11:40 ⇒(3.8km)17 井戸寺 13:00 ⇒ JRこう駅 ⇒ JR日和佐駅 ⇒(0.6km)23 薬王寺 15:50 ⇒(0.6km)JR日和佐駅 16:58 ⇒ JR板野・宿着 18:30
14番常楽寺への道
田んぼを見ながら歩いていると、頭が空っぽになってくる。暑さのせいもあるだろう。考えるのは次のお寺にたどり着くことだけ。
17番 井戸寺
寺名の由来ともなっている「面影の井戸」を探し覗いてみる。自分の姿が映ると、寿命が3年延びると言われているが、薄暗くて水面も確認できず。残念。
23番 薬王寺 日和佐の海が見える
藤井寺、焼山寺を車で行ったことで徳島全部を終われるという見通しが立った。この日はかなり早く観音寺まで行けたので、急遽日和佐行きを決めた。そうすれば明日の行程が楽になると思った。かなり疲れたがとにかくせっせと歩いた。初心者にとって徳島から入る意味が何となく分かった。他の県に比べて、つないで歩けるお寺が多いのだと感じた。
薬王寺は海が見える高台にあるので、本当は22番平等寺から海沿いの道を歩いてみたかったのだが。~つづく~