mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより112 ガマズミ

 甘酸っぱい赤い実  人の暮らしに密着した木

 晩秋から初冬にかけて赤い木の実が目につくようになります。ガマズミの木の実もその一つです。
 ガマズミの赤い実は、はじめは酸っぱいだけなのに、晩秋に霜が何度か降りると甘みを増して食べごろになります。こどもの頃、その時期が来ると野山を駆け巡って夢中で食べたものでした。口に含んだときのあの甘酸っぱい味の記憶がよみがえってきます。
 先日、ある自然公園でガマズミを見つけ、赤い実をつまんで口にしていたら、野外学習に来ていた小学生が興味深そうに近寄ってきました。それを見ていた付き添いの先生が「マネしちゃダメ」と注意していました。野生の木の実を口にするこどもたちはだんだんいなくなっていくのでしょうね。


       ガマズミの赤い実と黄葉。おいしそうな実はまだ酸っぱい。

 ガマズミはガマズミ科ガマズミ属に分類される日本の雑木林を代表する落葉低木です。北海道から九州まで広く分布、里山の雑木林やアカマツ林などの明るい林床に自生しています。
 背丈はせいぜい3m以下で、幹は直立し、樹皮は黒褐色で、上部で枝を四方に広げています。ガマズミと名のつく木で、ガマズミ、ミヤマガマズミ、オオミヤマガマズミの3種が県内に自生していて、葉の形や大きさ、葉柄の毛のようすなどで区別できます。

 ガマズミの冬芽は茶色の芽鱗に包まれ、春を待ちます。下の写真はミヤマガマズミの冬芽です。ガマズミの冬芽は全体に毛が密生していて、ミヤマガマズミの冬芽は無毛ですが、これは頭頂部に少し毛が見られるようです。
 冬芽の先端につくものを「頂芽」、葉腋につくものを「側芽」と呼ばれていて、これらのなかには葉や花のつぼみが折りたたまれて入っています。春が近づくにつれて、冬芽はふくらみを増し、花芽や葉芽が開いていきます。

     
芽鱗に包まれた冬芽   開く頂芽と側芽   頂芽は花芽に     側芽は葉芽に

 ガマズミは5月〜6月頃にかけて花開きます。枝先に柄のある白い小花がたくさんつき、下部の花ほど柄が長くなるので、花序の上部がほぼ平らになって、遠くから見ると大きな花のようです。山林の新緑に映え、ひときわ美しく爽やかです。


      ガマズミの花。白い小花がたくさん集まって大輪の花のようです。

 ガマズミは雌雄同株です。白い小花は、花びらが5つに分かれた合弁花で、真ん中に雌しべが1本、それを囲んで5本の雄しべが線香花火のように外側へ突き出ています。花は栗の花に似た独特の香りで、昆虫たちを誘います。

   
  長い柄のある小花     花から突き出る雄しべ     雄しべと雌しべ

 受粉を終えた花の後に、直径6ミリほどの楕円形の実ができます。はじめは緑色で、やがて赤く色づき、赤くなってもまだ酸っぱく食べられませんが、早くもその存在を小鳥たちに知らせているようです。
 11月になると、葉は黄葉から紅葉へと姿を変え、赤い実も熟してきます。

   
  できたての実は緑色    しだいに赤い実に      葉が色づき、実も熟す

 晩秋の色づいた葉と赤い実の競演は美しい眺めです。何度か霜が降りると、赤い実は透明になり甘みが出てきます。その頃になると、メジロツグミヒヨドリなどが集まってきます。
 ガマズミの赤い実は、落葉してからも枝についているので、餌の少ない季節の小鳥たちにとってはごちそうです。実のなかには、薄い果肉に包まれた堅い種子が入っています。赤い実は小鳥たちに食べられ、遠くまで旅をします。薄い果肉は消化され、堅い種子だけが糞と一緒に落とされて、やがてその地に芽生えるのです。


         ガマズミの赤い実と紅葉。秋の陽に美しく輝きます。

 ガマズミは、全国各地に方言名が実に多く、ソゾミ、ヨツズミ、ゾウミ、ジュミ、ガナズミ、ヨーゾメ、カメガラなど、「細かい変化を含めると、百四十余りを数える」(湯浅浩史・文「花おりおり」・朝日新聞社)といいます。
 ところが、ガマズミの名の由来はというと、これまた「ガマ」と「ズミ」にそれぞれいくつかの説があって、はっきりしていないのです。
「ガマ」には、
 ・材が固いので鎌の柄として重用され、「カマ」が「ガマ」となった。
 ・古くはガマズミの漢名の「莢蒾」「キョウ(ケフ)メイ」の音に由来し、いつ
  しかキョウメイ→カメ→カマ→ガマと転訛し「カメ」から「ガマ」になった。
 という2説があります。
「ズミ」にも、
 ・赤い実で衣類を摺り染めしていたので、「スミ」は「染め」の転訛である。
 ・実が酸っぱいので、「ズミ」は「酸実(酸っぱい実)」に由来している。
 ・山で薪を縛る藤蔓などを「ソネ」といい、ガマズミも「ソネ」に使われたので
  「ソネ」→「ゾメ」→「ズミ」に転訛されていった。
というような3説があるのです。これらがそれぞれ組み合わせられ、ガマズミの名の由来の諸説が生まれています。
 これらの説とは全く異なる観点から、ガマズミの一群は「神ッ実」を暗示しているのではないか、と考えるのは、植物学者の前川文夫氏です。
 青森県の三戸地方では、その昔、ガマズミは疲労回復の妙薬としてマタギたちに重宝されていたそうです。「獲物を求めて一日中歩き回るマタギたちが、山中でガマズミを見つけると、山の神からの授かり物として大切にし、すりつぶして口にしたのだとか。」(「まるごと青森」HP –「山の神から授かった秘薬果実・ガマズミ」)
 前川氏は、江戸時代の植物図鑑である「本草図譜」では、ガマズミのガは濁音でなく「カマズミ」となっていることをとりあげ、「これがもしも神ッ実の転訛ならば大変面白い。」(岩波新書「日本人と植物」)と述べています。

 方言名が100以上もあり、しかも名前の由来も多数あるという植物も珍しいことです。これにはそれなりの理由があるのでは、と考えるのです。
 ガマズミの熟した実は、そのまま食べられたり、果実酒にされたり、色合いが良いので、漬け物の着色や衣類の染料にも利用されてきました。よく分岐する枝は、柔軟性があり、強靭で折れにくいので、その枝をねじって柴や薪を束ねるのに使われ、また、鎌などの道具の柄、輪かんじきの材料にもなりました。魔除けの杖にしていた地方もあったようです。
 つまり、全国各地に自生していたガマズミは、その地方のそれぞれの人の暮らしに生かされて、多様な使われ方をしていたということです。それが、多くのガマズミの方言名や、その名の由来の諸説を生みだしているのでは。ガマズミが人の暮らしと密着していた木であったということを、その名や諸説が物語っているように思うのです。

   
   晩秋の実       しだいに実が垂れてきます。     霜が降りた後の実

 ガマズミなのに、「金華山ガマズミ」と名づけられたちょっと変わったガマズミがあります。金華山は、宮城県牡鹿半島海上に浮かぶ島。この島に分布するガマズミは、一見別の品種ではないかと思うほど、花や葉が大変小さいのです。このガマズミを島外で育てても変化はなく、盆栽のように仕立てられて「金華山ガマズミ」の名で販売もされています。ガマズミに何が起きているのでしょうか。
 植物生態学者の多田多恵子さんが、あるインタビューで、これは島という閉鎖された空間での鹿の食害による変化であることを、次のように語っています。

多田多恵子さん(以下、 多田) 金華山のガマズミは、葉っぱが小型化しています。
 本州のガマズミの葉っぱと比べると、ほらこんなに違う。
塚村編集長 葉っぱが小型になる?
多田 ええ。ちっちゃくなります。どうしてかというと・・・・・・。庭木を刈り込んで
 立
体的にするトピアリーがあるでしょう。小さい葉っぱだと彫刻みたいに形がで
 きるけど、大きな葉っぱだと造形できないですよね。小さい葉をもつ木は、刈ら
 れても、残った葉の根元から次々に新しい芽が出て、新しい葉っぱがまた生えて
 きます。葉っぱは、刈り込みに対しては、ちっちゃければちっちゃいほど、再生
 する可能性が高い。つまり、葉は小さいほど、鹿に食われても生き残れるという
 わけです。だから、金華山ではガマズミの葉が小さくなって、見た目がツゲみた
 いになっています。葉が小型化したものが生き残ってきたわけです。

 ——へぇ。そうなんですね!
多田 しかも、面白いことに、鹿の口の届く高さまではかなりちっちゃくて、口が
 届かないところの葉はずっと大きいんですね。つまり、本来は小さくしたくない
 ところをすごく無理して小さくしたわけです。小さい葉をちまちまつけること
 は、光合成をおこなう上では、コスト的には損になりますから。それでもこうし
 て小さくしないと、食われて復活できなくて死んじゃうリスクの方が高いから、
 小型化を選んだということなんですね。

     (「花形文化通信」インタビュー・多田多恵子 2021.07.27  3/6)

 陸続きの地では、鹿に究極にまで食い尽くされると、植物は絶滅してしまいますが、金華山のような閉鎖空間では、鹿が増えすぎると餌不足で鹿が減少、植物が復活するというサイクルが繰り返されます。金華山のガマズミは、鹿に対抗した独自の進化を遂げ生き延びています。金華山ではサンショウの木のトゲも鋭く大きく、長い時間の間には、今度はこれらを食べる鹿たちに変化が起きるということもありうるのでしょう。鹿と植物、いのちあるものの互いの緊張関係が、進化の原動力となっているようです。


     落葉後のガマズミ。赤い実は小鳥たちの訪れを待っています。

 1950年代~60年代の「うたごえ喫茶」でよく歌われた曲に「カリンカ」というロシアの愛唱歌がありました。ガマズミ類とその実のことを、ロシア語でカリーナ(калина)といい、「カリンカ」(Калинка)はそのカリーナの愛称形です。訳せば「ガマズミちゃん」という意味になるようです。
 このガマズミ(カリーナ)は、ヨーロッパ大陸に広く分布しているガマズミ属の「セイヨウカンボク」のことを指しています。日本には自然分布していませんが、セイヨウカンボクの変種とされる木が「カンボク」の和名で自生しています。
 セイヨウカンボクは、夏には白い花を、秋から冬にかけては赤い実をつけ、晩秋には寒気に晒され甘くなります。ロシアでは、その季節を待って収穫、ドライフルーツにして冬の蓄えとしたり、ウオッカに漬け込んで果実酒に、ジャム、ジュース、砂糖漬けに利用したりするそうです。カリンカの歌では、カリンカカリンカカリンカマヤと、ガマズミの愛称が何度もコーラスで歌われます。

 
   日本に自生しているカンボクの花    ガマズミと同じ赤い実をつけます。

 このセイヨウカンボクは、ウクライナでは、国の文化や民族の象徴とされる植物になっています。キーウ市街中心部にある独立広場には、2001年に独立10周年を祝って独立記念碑が建立されました。その頂上に立つ女神ベレヒニアの像が両手に掲げているものが、赤い実をたわわにつけたセイヨウカンボクの枝です。
 ウクライナの大国章案の図には小麦とともにセイヨウカンボクが描かれ、第一次世界大戦に際しウクライナの民謡に新たな歌詞を付して生まれた「ああ野の赤いガマズミよ」の歌は、今も人々に広く歌い継がれています。チェルノブイリ原発事故の避難民のこどもたちで構成された民族音楽団の名前が、「チェルボナ・カリーナ」(赤いガマズミ)という名称でした。

 ロシアとウクライナ、同じ大地からの恵みをうけ、共に暮らしてきた人間同士が殺し合う出来事が起きています。力の論理で相手を屈服させようとする権力者の行為が「敵」をつくり、人々を戦争に巻き込むのです。「『敵』をやっつけるのが戦争ですが、壊れるのは自然であり、失われるのは生活であり、死ぬのは人間です。」(長田弘「すべてきみに宛てた手紙」晶文社
 自然の恵みをうけて、家族とともに静かで平和な日常を過ごしたいというのは、人々の共通の願いです。力の論理で人間を屈服させようとする権力に抗する戦いにいっときも目が離せないのは、遠く離れた私たちの願いにも通じていると感じるから。ガマズミの花ことばは「結び合う」。その人たちが孤立することのないよう、連帯の絆を強く結んでいきたいと思うのです。(千)

◇昨年11月の「季節のたより」紹介の草花