mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより96 ウグイスカグラ

  鶯の初音の頃に咲き出す花  赤い実は古代の果物

 3月中旬に朝の散歩道で鶯の初鳴きを聞きました。ケキョ、ケキョ、キョキョとたどたどしいさえずりです。求愛となわばりを守るために、ひときわ高く澄んだホーホケキョという鳴き声めざして、オスの鶯の練習が始まるようです。
 このウグイスのさえずる頃に咲き出す花が、ウグイスカグラです。普段は目に入らない低木ですが、早春の雑木林を歩くと、コナラやイヌシデなどが芽吹く前に、小さな淡紅色の花を咲かせている姿を見ることができます。

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      早春に、葉の展開とともに花ひらくウグイスカグラの花

 ウグイスカグラは、スイカズラスイカズラ属の落葉低木で、北海道南部・本州・四国・九州に分布し、日当たりのよい山野の林縁に自生しています。
 背丈が1mから2m程で、早春に葉が展開するのと同時に花が咲き出します。花は1~2cm程の長さのろうと形をしていて、枝先の葉のわきに1~2個ずつ下向きにつきます。花の先端は5つに裂けて大きく開き、花筒のなかから5本の雄しべと1本の雌しべが突き出ています。
 葉は対生し、春先は長さ1cm程の小さな卵形をしていますが、夏にかけて大きくなります。芽吹きの頃は、花と新葉の大きさはほぼ同じ、互いにほどよいバランスで配置されていて、淡紅色の花が目立って見えます。

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    つぼみは小さなヒョウタンの形      雄しべに黄色い花粉が溢れています

 ウグイスカグラにそっくりの花で、ヤマウグイスカグラ、ミヤマウグイスカグラと呼ばれているものがあります。これらは葉と花と実に毛があるかどうかで区別されます。葉、花、実のどれにも毛がないものをウグイスカグラ、葉、花、実のどれにも毛があるものをミヤマウグイスカグラ、葉だけに毛があればヤマウグイスカグラといいます。
 原種となるのは、ヤマウグイスガグラで、あとの2種はその変種とされていますが、毛の有無は微妙なところがあって見分けが難しいところです。
 「宮城県植物誌」(宮城植物の会2017)を見ると、県内では3種とも分布していて、私が歩く青葉山太白山の林縁で見かけるのは、ミヤマウグイスカグラのようです。ここであつかうウグイスカグラは3種の総称ということにします。

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葉に毛があるのが見えますが、花の毛は微妙です。ミヤマウグイスカグラでしょうか

 早春に咲く花は、動き出したばかりの昆虫たちの蜜源となり、花たちにとっても花粉媒介の貴重なチャンスになります。
 ウグイスカグラの花にもハナバチらしい昆虫がやってきて、花のなかにもぐりこもうとしていました。

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    飛んできたハナバチの仲間      花筒の奥の蜜は吸えるのでしょうか。

 ウグイスカグラには、この花だけ専門にやってくるハナバチがいるというのです。その名はコガタホオナガヒメハナバチといい、別名をウグイスカグラヒメハナバチというそうです。
 このハチは、ウグイスカグラの細長いろうと形の花に適応して、蜜を吸うストローのような口の部分(口吻)が、他のヒメハナバチに比べて長く進化しているそうです。花と昆虫とのこのような関係を共進化といいますが、観察者の記録では、「折りたたみ式の口吻を持っているようです。」とありました。(ブログ「自然観察ガイド」―ウグイスカグラ専門のハナバチ)

 コガタホオナガヒメハナバチが発生するのは春先で、ウグイスカグラの開花時期や生育地域と重なるとのことですが、ネット上で見ると、九州から東京、神奈川方面で観察されているものの、その生息はきわめて稀のようです。福井県では県域絶滅危惧Ⅱ類に指定されていますが、全国での生息分布のデーターはなく、東北地方での観察の記録も見当たりません。
 県内でコガタホオナガヒメハナバチは見られるのでしょうか。どなたか昆虫に詳しく観察されている方がおられましたら、教えて下さい。

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       ウグイスが神楽舞う名の紅の花    三条蕗山

 ウグイスカグラの花に、他のハナバチもやってきます。専門のハチでなくても蜜を吸えるのでしょうか。ハナバチが蜜を得られなくても、花の入り口でもがいてくれれば、花の受粉は可能なのでしょう。雄しべと雌しべが突き出ているのもそのためか、受粉は確かに行われているようです。

 受粉が終ると緑の実ができます。初夏の頃に実は熟して透き通った赤い色になります。こどもの頃に、この実をグミといって好んで食べたものです。全国各地のこどもも同じように食べていたのでしょう。いろんな名前がついています。
 うぐいすかずら、うぐいすぼく、うぐいすぐみなどのウグイス系の名前や、あずきぐみ、なわしろぐみ、たうえぐみ、やまぐみ、なつぐみなどのグミ系の名前が多く見られます。なわしろぐみ、たうえぐみなどは、農繁期のこどもたちのおやつの名残りでしょうか。その他に、あずきいちご、まめいちご、いちごのき、さがりまめいちごなど、普段食べられないイチゴに見立てたものもありました。今の果物と比べれば、あまりにも小さい実ですが、果肉はみずみずしく軟らかで、甘みもあって酸味のないのがこどもたちに好まれ、おやつがわりになったのでしょう。
 実のなかに種子が1~4粒入っています。実を食べても種子は吐き出します。こどもたちはウグイスカグラの分布の手助けをしていたことになります。

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    最初は小さな緑の実        熟して透き通った赤い実

 ウグイスカグラは、昔から自生していた日本の固有種です。
 平安時代に作られたと言われる「和名類聚抄」(わみょうるいじゅうしょう)という舌のかみそうな名の辞書があります。略称「和名抄」ともいう百科事典的な辞書ですが、その辞書の項目に「鸎實」というのがあって、「漢語抄云鸎實」「俗阿宇之智」「云宇久比須乃岐乃美」という文字が見られます。(左下の図)

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和名類聚抄       ウグイスノキはウグイスカグラの古名です。

 「漢語抄云鸎實」は(漢語抄に鸎實と云う)ということです。「漢語抄」は奈良時代に編纂されたと記録に残る最初の辞書で現存しませんが、その辞書に「鸎實」とあって、一般(俗)に「阿宇之智」(あうしち)と云われていたと書かれています。「鸎」は万葉集で「うぐいす」に使用されている鶯、鴬、鸎の3つの漢字の一つでした。
 「云宇久比須乃岐乃美」は、万葉仮名で(ウクイスノキノミと云う)と読めます。つまり、「鸎實」は「うぐいすの木」の「実」であると説明されています。
「食が充分ではなかった古代人は、空腹を感じると野生の『古能美』(木の実)や『久多毛能』(果物)を採って食べていました。この間食が『果子』と呼ばれるものになったと考えられています。」(全国和菓子協会「和菓子の歴史」)
この「鸎實」も「和名抄」では菓類(果実)」に分類されて記載されています。
 こうしてみると、飛鳥・奈良時代にウグイスノキという木が存在していたということ、そして、その実は果物の一つとして食べられていたことがわかります。

 ウグイスノキと呼ばれるわけについては、江戸時代の貝原益軒本草書「大和本草」に、鶯が鳴き始める時期に咲くので名づけられたものであろうと書かれています。ウグイスノキの呼び名は、「物品識名 坤」(1809年)では「ウグヒスカグラ」となっていて、ウグイスカグラと呼ばれるようになったのは、江戸時代後期頃からと考えられます。
 ウグイスカグラの由来について、「原色牧野日本植物図鑑」(北隆館)では「和名および別名は鳥のウグイスに関係があるのだろうがはっきりしていない。」とあります。それもあってか、ウグイスカグラという風雅な名前に興味を持つ人も多く、その由来についていろんな説が主張されています。

 日本の微生物学者である中村浩氏は、ウグイスカグラの古名に語源の手掛かりを求め、次のような「鶯隠れ」説を展開しています。
「数多いウグイスカグラの古名のうち、わたしの注意をひいたのはウグイスガクレという名であった。
 ウグイスガクレという名は、この木の幹に小枝が多くしげり、ウグイスが隠れるのにつごうがよいので “ 鶯が隠れる木 ” という意味でこの名がつけられたものであろう。
 わたしの山荘では、春から初夏にかけて鶯がよく鳴くが、いつもその姿を見ることはできない。おそらくこうした低木の木陰に身をひそめて鳴いているのであろう。
 このウグイスガクレが、いつしかウグイスカグラに変転したものと思われる。ガクレがカグラになることは決して不自然ではない。」(中村浩著「植物名の由来」 東京書籍)

「植物和名の語源」の研究で著作の多い深津正氏は、後でふれる「神楽踊り」説や中村浩氏の「鶯隠れ」説などを紹介しながら、自説の「ウグイス狩り座」説を次のように主張しています。
「私はこれらの説とは別の考えを持っている。すなわち、ウグイスカグラは、『ウグイスかくら(狩座)』の転じたものではないかという解釈である。『かくら』は、狩をする場所、つまり『狩り座』(かりくら)の訛ったものである。この木には、花のころに限らず、実のなるころにもいろいろな小鳥が寄ってくる。ウグイスジョウゴの異名もあるくらいだから、とくにウグイスがこれを好んだらしい。だから、もち竿や網を使ってウグイスを捕らえるには、この木はもってこいの場所になる。したがって、猟場を意味する『かくら』の語を添えウグイスカクラと称したのが、転じてウグイスカグラとなったのではないだろうか。このように考えると、この木の別の方言名であるゴリョウゲも『御猟木』と解され、つじつまが合うような気がする。」(深津正著「植物和名の語源探求」八坂書房

 「万葉集」には鶯が枝から枝へ飛び跳ねる振舞いが特徴のひとつとして歌に詠まれています。そのようすを神楽を舞う姿と見立てた説もあります。
「Webサイト・広島の植物ノート」の管理人である垰田宏氏は、その「神楽踊り」説を次のように主張しています。
「なぜ、カグラという修飾語が着いたのか、『狩り座』の転訛とか、いくつかの説がある。しかし、中国山地で普通に上演されている農村神楽を見慣れた者から見れば、細い枝が入り組んだ場所で足を使って跳びはねるウグイスの動きと、神楽のクライマックスである立ち廻りの動きは実に良く似ている。何しろ、せいぜい2~3間の狭い舞台の上で敵味方2名、時には4・5名が戦うのだから、刀や体がぶつかってしまう。そこで、各々がその場でくるくる回ることで、激しく戦っているという「お約束」になっている。フィギュアスケートに負けないほど速く回れば、拍手喝さい。つまり、『神楽』を見慣れたものにとって、ウグイスカグラの名は、理屈抜きに納得できるのだ。」(広島の植物ノート別冊「ウグイスカグラの由来」)

 その他の説もあり、今のところ定説はありませんが、いろんな説が出されているということは、それだけ「ウグイスカグラ」の名が謎に満ち不思議な魅力を持っているということなのでしょう。

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       春の陽をあび、次々と花を咲かせるウグイスカグラ

 春先に咲く花は、黄色の花が多かったのですが、ウグイスカグラの花は淡紅色です。小さな花の独自の色合いも味わいがあります。ウグイスカグラの木にウグイスが飛び交う様子はまだ目にしたことはありませんが、もしその機会が訪れたなら、自分の目で見て感じて、名前の由来の説をどう思うのか愉しみです。
 秋に透明な赤い実を口に含むと、野山を駆け回ったこども時代の感覚がよみがえります。万葉人の味わいを体験しているという、時代を越える不思議な感覚を覚えます。ウグイスカグラという木の個性や魅力が感じられるようになって、野山での散策の楽しみがまたひとつ増えたのでした。(千)

◇昨年3月の「季節のたより」紹介の草花