mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより94 キブシ

  春を知らせる花房  夏の葉かげのパイオニア

 寒い日が続くかと思えば、急に暖かい日がきたり、また寒さがぶり返したりするうちに、吹く風が暖かさを運んでくるようになります。
 先日までは裸木だったのに、気がつくと、黄色い花房が枝先に並んで髪飾りのようにゆれていることがあります。黄色い花房はキブシの花です。この花が咲き出すと、木々の冬芽もたちまちほころび始めて、枯れ葉色の野原や雑木林に色彩がもどってきます。

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         春の訪れを知らせてくれるキブシの花房

 キブシはキブシ科キブシ属の仲間で、北海道南部から本州、四国、九州に分布し、山野の比較的明るい場所に多く見られる落葉低木です。高さは2~5mほどで、上に真っすぐ伸びる感じではなく、よく分枝した長い枝が垂れ下がるように伸びています。
 早春に若い枝を見ると、枝から 細長く垂れる花の軸に、秋に準備された茶色のつぼみがついています。                    

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    枝から細く垂れる花の軸           花の軸につくつぼみ

 この季節は冬と春が何度か攻防を繰り返し、春が冬を押しのけるにつれ、枝の近くのつぼみから徐々にふくらみを増して、黄色に色づいていきます。
 冬が後退し、暖かな日が2、3日続いたある日、キブシは褐色の衣を脱ぎ捨て、全身美しい花房の姿をあらわします。

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         キブシの花が咲き出し、明るくなる冬の雑木林

 花房はほんのり淡く香ります。花房につくひとつの花は、細長いつぼ型をしています。気温の低い季節は虫の数も少ないので、花の寿命が短いと受粉が行われないこともあります。下向きのつぼ型の花は、雌しべや雄しべを守って花の寿命を長くしたり、虫が内部で動き回るので受粉の効果をあげたりしているようです。

 図鑑を見るとキブシは雌雄異株(しゆういしゅ)とありました。雌花だけが咲く雌株(めかぶ)と雄花だけが咲く雄株(おかぶ)に分かれているということです。
 雌花は緑がかった黄色で花房が短く、雄花は黄色い花で花房は長い特徴があるというので、観察してみたのですが、見た目での判別は難しいようです。

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    雌花と思われる花           雄花と思われる花

 雌花と雄花を確かめるために、異なる株の花を探しては、その株につく花をルーペでのぞいてみました。調べたところ、雌しべだけある雌花と雄しべだけある雄花が見つからないのです。あるのは、雌しべと小さな雄しべのある花(これが雌花か)と両性花と思われる花(これが、雄花?)のどちらかでした。キブシは完全な雌雄異株ではないのでは、と思ったのです。

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  小さな雄しべと柱頭のある花(雌花か)   両性花に見える花(雄花か?)

 完全な雌花と雄花なら、確実に他家受粉が行われるので、環境変化に強い多様な遺伝子を持つ種子ができます。でも、他家受粉だけでは、自家受粉より受粉の確率が低くなるので、子孫を残せなくなる不安が出てきます。
 キブシの花が両性花の姿を残しているのは、絶滅を避けようとして自家受粉の可能性を残しているためでしょうか。

 ところが、淡黄色の両性花に見える花(雄花?)は、やがて色あせて、花房ごと落ちていきました。りっぱな雌しべがあるのに、これは実を結ばないのでしょうか。
 疑問に思って調べたら、筑波山でキブシの林縁個体群を2年間調査してまとめた論文があって、次のように結論(抄録)づけていました。
「両性花には胚珠(種子になる部分)があるものの、結実は非常に稀(ほぼ0.0%)であり、強制受粉を施しても結実しなかった。このため、キブシの両性花はほとんど雄として機能しており、本種は機能的にほぼ雌雄異株であると考えられた。」(安部哲人「キブシ(キブシ科)の性表現と繁殖特性」・森林総合研究所研究報告. 6巻3号)
 キブシの花は両性花の姿を残していますが、片方の雄しべや雌しべを退化させて、雌花、雄花としてのみ機能するよう進化していたのです。

 雄花が落下すると、覆い隠すようにキブシは若葉を広げていきますが、いつしか他の木々の緑に覆われて見えなくなります。そのかげで雌花はひっそりと実を結んでいきます。

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  葉が開いても残る雌花     膨らむ子房(実)     最初の実は緑色

 初夏の頃に緑色をしていたキブシの実は、夏から秋にかけてオレンジ色に変わっていきます。さらに晩秋になると、その実は熟して黒くなります。黒い実が割れると、なかにたくさんの種子が入っているのが見られます。

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    葡萄のように連なる実            秋に色づく実

 キブシはフジの花のように房になるので、花屋さんでは「木藤」と名づけているようです。でもフジ(マメ科)の仲間ではなく、それはいわゆる当て字です。
 キブシは「木五倍子」と書きます。「木五倍子」の文字の「五倍子」(ごばいし)は、「フシ」とも呼びます。
 五倍子(フシ)とは、ヌルデ(ウルシ科)という木の若葉に寄生するアブラムシの刺激でできた虫コブのことです。その虫コブの部分がもとの五倍の大きさになることからこの名になったといわれています。

 この虫コブには、渋の成分であるタンニンが豊富に含まれているので、これを乾燥させて粉(五倍子粉)にし、平安時代から江戸時頃まで、主にお歯黒の染料として利用されていました。お歯黒の他にも、薬用、染料に用いられ、現在も漢方の生薬、草木染(五倍子染・ふしぞめ)などに使われています。

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  ヌルデの芽吹き    ヌルデの花のつぼみ      ヌルデの葉の虫コブ(五倍子)  

 この五倍子(フシ)の代用になったのが、ヌルデの虫コブ同様に豊富なタンニンが含まれているキブシの実でした。それで、キブシの木は「五倍子の実がなる木」という意味の(木+五倍子)の名が当てられたのです。
 日本語には「茶」と「畑」(はたけ)が複合語になると、「茶畑」(ちゃばたけ)というように連濁が起きる現象があって、同じように「木+五倍子」(キフシ)は「木五倍子」(キブシ)と呼ばれます。

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     キブシの葉の芽が、芽吹き始める頃       若葉とキブシの雌花

 自然や人の影響で破壊された土地にいち早く芽を出し、緑を回復していく植物をパイオニア植物(先駆植物)といいます。パイオニア植物は、乾燥に強く、やせた土地でも育ち、成長が早いという性質があります。
 裸地になった土地の、年中日当たりの強いひなた側で活躍するパイオニアの低木が、アカメガシワクサギなどで、夏には樹木の陰になる日かげ側で活躍する低木が、ニワトコやキブシなどです。キブシはその日かげ側の代表的なパイオニア植物といわれています。

 秋にキブシが紅葉したあと、黒い実の多くは落葉前に地上に落ちてしまいます。その種子の発芽特性を調べた論文があって、発芽実験の結果をもとに、次のように考察していました。
「湿保存した種子では処理条件に関わらず全ての種子が速やかに発芽した。」「種子の生理的寿命は少なくとも 2 年以上あるものと思われる。」「当年生種子では、硫酸処理が発芽促進に最も有効であり、鳥の消化管を通過することで発芽が促進される可能性が示唆された。」(安部哲人. 松永道雄「キブシ(キブシ科)の種子発芽特性」森林総合研究所研究報告. 第6巻3号)
 キブシの種子は優れた発芽能力を持っているようです。これなら、どんな崩壊地であっても、種子は適切なタイミングで発芽することできます。パイオニア植物としての役割も十分に果たしながら、そのいのちをつないでいくこともできます。
 キブシの種子の優れた発芽特性は、種子の持つ環境変化に強い遺伝子によるものでしょう。雌雄異株の他家受粉のみでつくられる種子の優位性を示しているのではないでしょうか。

 ところで、キブシの実は誰に運ばれ、種子はどのように分布を広げているのでしょうか。論文は「鳥の消化管を通過することで発芽が促進される」とありますが、タンニンを含む苦い実を好んで食べる野鳥がいるのかどうか、まだ目にしたことはなく、他の人の観察の記録もないようです。今のところ謎です。
 キブシの種子は、タヌキの溜め糞のなかからたくさん見つかっていて、雑食性のタヌキが他の木の実と一緒によく食べていると考えられます。(「丹沢の動椊物についての日々の記録」HP・福田史男の世界)実を食べ、種子を運んで糞の栄養分までおいていくタヌキは、キブシの分布に一役買っています。タヌキ以外にも他の動物や昆虫がいるのかどうかは、まだよく分かっていません。

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   花の準備は、すでに紅葉の頃        早春に伸び出す花房

 早春を表すことばに、「春のきざし」、「春浅し」、「春淡し」というのがあります。
 枯れ葉色の冬景色に最初の一筆をおいて黄色に染め「春のきざし」を感じさせてくれるのがキブシの花です。
 風が冷たく「春は名のみ」のころは「春浅し」、やがて、冬芽の芽吹きが点描のように色を添えて、コブシや山桜の色が加わり、野山が日一日と淡い春の色に染まるころを「春淡し」というのでしょう。

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      柔らかな春の光をうけて、黄の花もやさしい色をしています。

 野山が淡い色彩から鮮やかさを増しくっきりと姿を見せるころ、キブシは花房を落とし若葉を開きますが、他の木々が次々と花を咲かせ葉を開いていくなかに埋もれていきます。花のあとは、一体どこに消えたのかと思うほど影のうすいのは、夏の葉かげで姿が見えない日かげ側のパイオニアの木であったからです。

 見える世界はほんのわずか、キブシに限らず他の樹木や草花たちも見えない世界で互いにつながり、自然のなかで自分の役割をはたしています。
 大自然を支える無数のものたちがいて、かれらに支えられて人の生もまたあることに気づかされるのです。(千)

◇昨年2月の「季節のたより」紹介の草花