mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより99 ウワミズザクラ

  ブラシの花は異色の桜  親元離れた種子のみ育つ

 桜の花の季節が終わり、まわりの緑が急に濃くなる季節に咲き出す異色の桜が、ウワミズザクラです。
 ブラシのような白い穂の花がいくつも咲いて、樹木全体を真っ白に包んでいきます。季節になると一斉に咲き出すので、自然公園やあちらこちらの野山で白さが目立ち、開花していることがよくわかります。
 白い穂の花は、若葉の間から上に伸び出し目に鮮やかです。それぞれの花穂が自由奔放に踊っているように見えます。


    ウワミズザクラの花。花だけでは桜の花の仲間とは思えませんね。

 ウワミズザクラは、北海道の西南部から九州まで分布し、高さ10~20mになる落葉高木です。明るいところを好み、やや土壌水分が多い場所に生えています。  
 宮城県内では、丘陵地の雑木林や山地のブナ林に普通に見られます。
 以前はバラ科サクラ属でしたが、今はウワミズザクラ属に分類されています。

 
     花穂はブラシのようです。    見上げると花穂が若葉の間から覗いています。

 ウワミズザクラは古くから日本に自生していました。
古事記」(712年)の天の岩屋戸の段に「天の香具山の鹿の骨とハハカの木で太占をした」とあって、そのハハカ(波波迦)の木が、ウワミズザクラの古名といわれています。「太占」(ふとまに)とは上代の占いのことで、シカの肩甲骨の裏に溝を彫り、炎にかざして骨の表面の割れ目の模様で占ったとされています。その後、中国から亀の甲羅のひび割れで占う亀卜(きぼく)も伝わってきて、この太占や亀卜の占いの際に ハハカの木に火をつけあぶったとされています。
 ウワミズザクラ(上溝桜)の由来には諸説あって、木に溝を彫ったとしたウワミゾが訛ったという説や、鹿の肩甲骨の裏に溝を彫り占ったことから裏溝・占溝(ウラミゾ)が転じてウワミズザクラとなったという説などがあるようです。

 ウワミズザクラの冬芽の芽吹きは3月末から4月、ちょうど桜の花が満開の頃に始まります。桜の仲間では最も遅咲きで、派手に咲く他の桜との競争を避けて時期をずらしているように見えます。

   
   冬芽の芽吹き      葉の間から花穂が伸びてきます。   花穂のつぼみ

 桜は花を咲かせてから葉を開きますが、ウワミズザクラは葉が開き終わった枝先から、ゆっくりと花穂が現れます。穂状に集まった小さなつぼみがしだいに膨らみ、花穂の下のほうから順番に白い花を咲かせていきます。

 
   膨らみ始めたつぼみ        花穂の下から小さな花が咲き出しました。

 花穂は長さ10㎝前後で、花穂に集まる小さな花は、直径6~8㎜ほどです。花びらが5枚、雌しべは1本、雄しべが30本を超えるほどあります。花のしくみは桜の花とおなじですが、雌しべも雄しべも花びらよりもはるかに長く、特にたくさんある雄しべが目立って、これがブラシのように見えるのです。
 ふだんはあまり目につかないウワミズザクラですが、花期には樹木全体が花に包まれ真っ白です。花の香りも “ 桜餅 ” の香り(クマリンの匂い)ようで、蜜も多く、アブの仲間、カミキリムシの仲間、チョウの仲間など、多くの昆虫が集まってきます。

   
 花は下から咲き出     花穂は小さな花の集まり。        しべの長さが目立ち
 します。                          ちます。

 受粉を終えて、6月頃に緑色の実が見られます。緑色の実は黄色から橙色に変わり、しだいに赤色から黒紫色へ変化していきます。
 一つの枝に熟成度の違う実が一緒につくので色彩豊かです。ウワミズザクラの実は、花とは別に実の色の変化でも目をひきます。

 
     初めの頃の緑の実         熟すにつれて実の色が変化します。

 ウワミズザクラの花のつぼみや実は、昔から食用として利用されてきました。
 新潟県などでは、ウワミズザクラの若い花穂(未熟果)を塩漬けにしたものをアンニンゴ(杏仁子・杏仁香)と呼んで、酒の肴や料理に使われています。
 杏仁は杏子(あんず)の種子の白い胚乳のところで、その香りとウワミズザクラの花芽や実の香りが似ているので、アンニンゴと呼ばれているのです。熟した実は、果実酒にしてアンニンゴ酒(杏仁子酒)と名づけられ利用されています。

 人間以上にこの実を好むのは鳥たちです。ヒヨドリムクドリオナガキジバトアカゲラアオバトなどが集まってきます。鳥だけでなく、サルやツキノワグマにとっても夏の季節のご馳走です。クマはこの木の上にクマ棚をつくるそうです。
 ウワミズザクラのたくさんの実は、森の生きものたちの恵みの食べものになっています。もちろん、ただ食べられるだけではありません。鳥やクマたちがこの実を食べても、種子は糞とともに散布されるので、ウワミズザクラは、動き回らずに新しい土地に生育する範囲を広げているのです。


晩夏(8~9月)の白川村周辺に生息するツキノワグマの糞からウワミズザクラの
果実が96.84%見られたと報告されています。(08年日本生態学会第58回全国大会)

 1本の樹になる実はかなりの数です。これらの実は全部発芽できるのでしょうか。
 1970年に熱帯雨林の種子を調べた二人の研究者が提唱したジャンゼン・コンネル仮説(Janzen-Connell hypothesis)というのがあります。
 それは「親木から散布された種子は親木の近くでは数は多いものの、そのほとんどが昆虫や病原菌などの天敵によって死亡してしまう。しかし遠くに散布された種子や実生は生き残る。・・・親木の下では自分の子供の代わりに他種が生き残り、種の多様性が作られる」というものです。
 清和研二氏(東北大学名誉教授)の著書「樹は語る」(築地書店)には、この仮説が熱帯雨林だけでなく、温帯林でも同じしくみであることを、栗駒の森に咲くウワミズザクラの調査で確かめていった様子が語られています。

「雪解けを待って栗駒の森に調査に出かけた。・・・5本の太いウワズザクラを探し出した。それぞれの親木の下で芽生えを数えて見ると1平方メートルあたり平均280個あった。・・・まるで芽生えの絨毯である。しかし、梅雨期に入ると・・次々に死にはじめた。いわゆる『立ち枯れ病』だ。・・・芽生えの4割がこの病気で死んでしまった。・・・」

「このように親木の下ではたくさんの芽生えが発生するが、生き残るのは翌春までに2割、翌々年までは1割以下となる。・・・親木の下では大きくなれずに早く死んでしまうようである。」「しかし、親木から離れると、大きな稚樹がちらほらと現われはじめる。数はグンと減るものの遠くへ行くほど大きな稚樹が見られるようになる。・・・」(清和研二著「樹は語る」第3章―ウワズザクラ)  

 調査から、ウワミズザクラは遠くに散布された種子だけがすくすく成長するというのです。逆にいえばウワミズザクラの種子は鳥や森の生きものたちに運んでもらわなければ、生き延びることができないということになります。また、ウワミズザクラの種子が親元で育たないため、一種のみが同じ空間を独占することはありません。そこには他の木々の種子が芽生え、しだいに多くの樹種が共存する森の多様性が作られていきます。これは、ジャンゼン・コンネル仮説のとおりです。

 
林緑の一本立ちのウワミズザクラ   天を向く花穂が、ウワミズザクラの特徴です。

 栗駒山での森の観察では、親木から遠くに運ばれた種子が芽を出し、やっと育った稚樹も、森の中では暗すぎて2~3m以上には育つことができないそうです。
 その暗い林内で生き延びるために、ウワミズザクラは、上から降り注ぐ光をなるべく多く受け取ろうとして、幹を少し斜めに傾け、お互いの葉が重ならないようにしたり、古くなった幹は枯らしたりするそうです。もう一つ、ウワミズザクラは樹木とは思えないようなふるまいをするというのです。それは、春に作った新しい枝、つまり当年生の枝(シュート)のほとんどを、その年の秋に落としてしまうというのです。
 冬芽のついたウワミズザクラの枝を見たときに、枝を落とした脱落痕がたくさんあったので不思議でしたが、そういう意味があったのでした。

 台風や暴風雨で突然大木が倒れることがあって、周りが明るくなるチャンスが訪れると、日かげに耐えていたウワミズザクラの稚樹は、今度は枝を落とすことなく、毎年前にできた枝に新しい枝を伸ばしてぐんぐん伸びていくそうです。
 仙台の青葉山を歩いてウワミズザクラを観察してみると、樹齢の若い樹は暗い森でも光の届く隙間を見つけては、葉を広げ花を咲かせていました。
 ほぼ15mはあるかと思われる大木を見つけて見上げると、周りのモミやホウノキの大木を追い越して、太陽の光がさんさんと届く林冠まで到達して見事に花を咲かせていました。

 
   隙間の光を利用     モミ、ホオノキを追い越し林冠に達したウワミズザクラ

 いったん林冠に到達し太陽の恵みを受けたウワミズザクラですが、いつまでも花を咲かせ続けられるわけではないようです。隣接する樹々が枝を伸ばし葉を茂らせてきて、また日かげになってしまうからです。

「ウワズザクラのような背のそんなに高くならない木が暗い森の中で長く生き延びるのは大変なことだ。周囲の樹々との激しい競争に晒され、枝は枯れ上がり、樹冠は小さくなる。そうすると光合成して炭素を吸収する葉の量が減ってしまう。

 ところが、幹が太っていると、幹の重さ(表面積)に比例するといわれる呼吸量が増えるばかりだ。このままでは、葉による炭素の収入よりも幹の呼吸による支出がオーバーしてしまう。炭素収支のバランスを崩すと樹木は生きていけない。そこで、ウワミズザクラは、幹をへらすことにしたのである。太い幹を枯らし、そのかわりに細い萌芽幹を出し、まずは呼吸量を減らして生き延びようとしているのである。」(同著)

 ウワミズザクラは生命の危機を察知すると、太い幹を枯らして新しく細い幹を出し始めるというのです。ウワミズザクラは、たえず変化する環境に逆らうことなく、自分を変えて生き続けようとしています。
 ウワミズザクラの生き方を見てくると、たくましいというよりはしなやかな強さを感じます。森に生える多くの樹々たちにも、ウワミズザクラとはまた違う独自の生き方があるのでしょう。


        初夏の野山で 花を全開させるウワミズザクラ

 自然の摂理に従って、多様な樹木たちの多様な生き方が展開されているのが森の姿です。人間は同じ種類の桜を一ヶ所に集めて花見を楽しんでいますが、桜の名所といわれる姿は自然のしくみからすれば、異質なのかもしれません。
 早春の森の若葉の緑が様々な色合いを帯びているのは、それだけ多様な樹木が生存し共存しているからでしょう。多様な樹木が生存している森では、その樹木を利用して多様な生物が生きています。地球の自然環境を支えているものの一つが、この多様性のある森のしくみであることにあらためて気づかされるのです。(千)

◇昨年5月の「季節のたより」紹介の草花