mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより100 ホオノキ

  空中に咲く蓮の花  太古からいのちをつなぐ

 5月も後半、近くの森に入ると、草木や土壌の吐き出す呼気のような匂いのなかに、くっきりとした清清しい香りが漂ってきます。香りの源をたどっていくと、大きな葉、大きな花のホオノキでした。
 梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』の物語で、主人公まいは、この花を「空中に咲く蓮の花」と呼んでいました。

 ふと、急に空が明るくなって陽が微かに射し込んだ。同時に何かとても甘やかな匂いがして、まいはその方角に瞳を凝らした。
 沢の向こう側の山の斜面に、二、三十メートルはあろうかと思われる大きな木が、これもまた、二、三十センチはありそうな白い大きな花を、幾つも幾つもまるでぼんぼりを灯すようにしてつけているのが目に入った。花は泰山木を一回り大きくしたようでもあり、蓮の花のようでもあった。
 そうだ、あれは空中に咲く蓮の花だ。おばあちゃんは、蓮の花は空中には咲かないと言っていたけれど、霧の中で夢のように咲いている。まいはすっかり魅了されて動けなかった。ああ、おばあちゃんの言うとおり、人間に魂があるのなら、その魂だけになってあの花の廻りをふわふわと飛遊していられたらどんなに素敵だろう。
                (梨木香歩著「西の魔女が死んだ新潮文庫


 甘やかな匂いがして、ぼんぼりを灯すような白い花。まいを魅了したホオノキの花。

 ホオノキはモクレンモクレン属の落葉高木で、日本各地の山地に自生しています。枝が少なくまっすぐな樹形が好まれ、公園や庭園にもよく植えられています。
 葉も花も大きく、育つと高さ30mもの大木になります。特に葉の大きさは桐の葉と並んで日本の樹木のなかでは最大級でしょう。

 芽吹きの季節に存在感のあるのは冬芽です。縦の長さは3〜5cmほどあって、細長い冬芽とやや幅広い冬芽の2種類がありますが、どちらも芽鱗という革質のコートに包まれています。細長い冬芽は葉の芽で、幅広い冬芽は葉の芽と花の芽の入った混芽と呼ばれるものです。
 多く見られる冬芽は葉の芽で、暖かくなるとコートをぬぐように芽鱗をぬいで、新葉が展開していきます。その様子はまるで蝶が羽化するようです。

     
  ホオノキの冬芽     芽鱗のコートをぬいでいます。   托葉に包まれた若葉

 冬芽の内部では薄桃色の膜のような托葉(たくよう)が、新葉を一枚ずつラッピングするかのように包んでいます。芽吹くときに新葉と一緒に花開くように姿を現します。この托葉は紫外線などから新葉を保護する役割をしているのです。
 托葉はやがて落下しますが、その直前まで色鮮やかさを残して、新葉がもえぎ色の若葉に変わる姿を美しく引き立てます。

 
 花のように若葉が開いていきます。    托葉を残し、冬芽(葉の芽)が展開しました。

 ホオノキの展開した若葉は、7、8枚前後あって車輪状についています。しだいに緑色を濃くし、一枚の葉でも長さ20~50㎝、幅10~25㎝ほどの、フチが波打つ大きな葉になります。
 見上げると、車輪状の葉は互いに重ならないようについています。明るいところではたくさん葉をつけ、暗いところではやや少なめにと光の条件に合わせて調節しているようです。効率よく光合成を行おうとする葉は合理的に配置されていて、しかもそれが美しく見えます。

 ホオノキの葉は、燃えにくく芳香があり、殺菌力もあることから、昔から食べ物の皿代わりになったり、包むのに使われたりしてきました。現代でも朴葉味噌、朴葉包み焼き、朴葉餅などに利用されています。
 ホオノキの「ホオ」は、「包」(ほう)の意味で、大きな葉で食べ物などを包むことに由来しています。

 
    葉は車輪状についています。     光合成するための葉の配置はみごとです。

 ホオノキは高木なので、花やつぼみの観察や撮影はなかなかできません。森の中を歩き回って、谷の斜面に根を張り伸びている木を1本見つけました。崖を登って尾根近くに立つと、ちょうど目線の高さで花のつぼみを見ることができました。

 花のつぼみは開いた若葉の中心にあって、紫褐色の芽鱗に包まれています。外側の芽鱗が落ちて、淡紫色の3枚のガク片が開くと、ふっくらとした白いつぼみが顔をのぞかせました。つぼみは何枚かの花びらが重なりあって白い珠のようになっています。

   
   ホオノキの花の芽    開くガク片     花びらが重なり珠のようなつぼみ

 つぼみが2、3個開花しました。花びらは大きく開かず、遠慮がちに開いています。いい匂いがしています。この香りに誘われ虫たちが集まってくるのでしょう。
 花のなかをのぞいてみると、どの花も中心の軸の上部にある雌しべの柱頭が開いて、いつでも受粉できる状態になっていました(写真AとB)。
 軸の下部にある雄しべを見ると、堅く閉じたままでした(写真B)。自家受粉を避けるしくみになっています。
 花はこのままの状態で、夕方になると閉じてしまいました。

   
  1日目の花    下部の雄しべは閉じたまま(A) 受粉できる雌しべ(B) 

 2日目の朝、昨日閉じた花が、再び開いていました。花びらは6~9枚、昨日より大きく開いています。
 1日目に受粉態勢を取っていた雌しべの柱頭は、軸に張り付くように閉じています(写真C)。どの花も受粉の役目は終えてしまっているようです。
 雄しべを見ると、今度はそり返るように開いて大量に花粉を出しています。(写真C)。すでに虫たちがやってきたようです。花粉が食べられたのか、雄しべがぽろぽろと脱落している花がありました(写真D)。

   
    2日目の花    花粉の出ている雄しべと閉じた雌しべ(C)    脱落した雄しべ(D)

 ホオノキの花は雌性先熟タイプの両性花でした。雌しべと雄しべの成熟期をずらし、開花1日目は雌花、2日目は雄花の役割をしています。
 2日目に雄しべが花粉を出すと、雄しべはもろくわずかな力で脱落し、そのあとは大きな花びらも落下して、中心の軸には雌しべだけが残ります。
 それにしてもホオノキの花のいのちはなんと短いのでしょう。2日ほど花を華やかに咲かせることにエネルギーを注ぎ込み、あっという間に1つの花のいのちを終えてしまいます。

 花の咲いているホオノキを見ていると、サクラやモクレンのように花を一斉に咲かせて、木全体が満開になることはありません。1本の木には堅いつぼみのものから、花開いたもの、花びらを落下させたものなど、成長過程の違う花がついていて、そのような姿が約1ヶ月間続きます。
 ホオノキは1つの花のなかで雌花と雄花の時期をつくり、さらに木全体でも花開く時期をずらすことで、自家受粉ではなく、他家受粉で丈夫な子孫を残そうとしているのです。


  咲く花は、あちらでぽつん、こちらでぽつんと、木全体で1ケ月間続きます。

 ホオノキは虫媒花ですが、じつは蜜を持っていません。広葉樹の中でも、原始的な種であるといわれ、花の構造に広葉樹の初期の姿の一面を残しています。広葉樹が出現し始めた頃は、虫を誘う蜜は使われていなかったようです。
 ホオノキには蜜がないので、ミツバチやマルハナバチなどはあまり寄りつかず、花粉を運んでくれる昆虫が少ないのです。甘い芳香に誘われ寄ってくるのは、花粉を食べに来る甲虫類です。
 京都大学大学院生の松木悠さんらの調査で、甲虫のなかのハナムグリは最大1100mもの離れた個体に花粉を運んでいることを明らかにしました(清和研二著「樹は語る」築地書店)。他家受粉を願うホオノキにとっては、遠くから花粉を運んでくれる甲虫類は何よりも頼りになる存在です。
 それでも、ホオノキの他家受粉率は低く、自分の花粉を受け取ってしまう確率が高いということです。

 ホオノキの果実は小さな袋果(たいか)と呼ばれる袋の集合体になっています。その袋には種子が1、2個入っているのですが、できた果実を見ると、ほとんどの袋は空っぽです。受粉に失敗しているものが多いのでしょう。
 果実は熟すと赤く染まり、できた種子は袋のなかから飛び出します。種子の色は鳥が好む赤色で、鳥たちを誘い、遠くまで運んでもらおうとしています。でも、そのまま地上に落ちてしまうものも多いのです。

   
 花後、雌しべだけが残ります。   果実から飛び出した種子      地上に落ちた種子

 ホオノキの親は、鳥に運ばれた種子たちが、無事に育ってくれるようにと、特別な能力を持たせて送り出しています。
 ホオノキは明るいところに育つ陽樹です。暗い森のなかに散布された種子は、周りの木々が倒れて暗い林床に光が届くまで発芽できません。でも、ホオノキの種子には発芽のチャンスが来るまで20年以上も休眠できる能力を持っているといいます。(森と水の郷あきた樹木シリーズ・ホオノキ)。
 また、林床に光が射しても、種子が地中深く潜り込んでいては光が届かず発芽のチャンスを失ってしまいます。そのチャンスを逃がしたら、次は100年後になるかもしれません。そこでホオノキの親は、種子が寝過ごしてしまわないようにと、光に反応して発芽するのではなく、土の温度の変化を感じて発芽できる能力(変温応答性)を持たせているというのです。種子には深い土の中で発芽しても地上に出て来るまでの養分が十分に蓄えられていて、他の木の種子より重いということです。
 これらのことは、東北大学大学院生の安藤真理子さんや夏青青さんの、若き研究者の丁寧な実験で明らかにされたことでした(清和研二著「樹は語る」築地書店)。
 また、ホオノキの下は、大きな枯れ葉が堆積して他の植物が育っていませんが、ホオノキには、他感作用(アレロパシー)という、他の植物の成長を妨げる物質を出す作用があることが知られています。発芽したホオノキの稚樹や若木は、他の植物に邪魔されずに育っていくことができるのです。


     ホオノキの花は、人間が地上に誕生する前から咲き続けてきました。

 ホオノキの花は、地球に広葉樹が初めて誕生した頃の原始的な種であることを先にふれましたが、一億年前からといえば、この地上に人間は誕生せず、恐竜が闊歩していた時代です。この地上で滅びることなく生きてこられたのは、地球上の様々な環境変化にしなやかに対応し続けてきたからでしょう。
 ホオノキの一粒の種子には、太古からいのちを受け継いできた潜在能力がこめられています。その能力を発揮できる種子を育てるために、ホオノキは他家受粉にこだわっているように思います。

西の魔女が死んだ』の主人公のまいは、中学に進んでまもなく学校に行けなくなって、季節が初夏へ移りゆくひと月あまりを、西の魔女とよぶ田舎の大好きなおばあちゃんのもとで過ごし、この花と出会います。長い歴史を生き抜いてきたホオノキのいのちの美しさが、まいを魅了しました。
 まいは、自然の生きものたちと、自然に教わり生きてきたおばあちゃんの生活の知恵や暮らし方に触れて、自らの自然の生きものとしての生命力を取り戻してゆくのでした。(千)

◇昨年5月の「季節のたより」紹介の草花