湧き出る雲のような白い花 黒い実と紅色の果軸
5月から6月にかけて、森には白い花をつける樹木が多く見られます。なかでもミズキの花が咲き出すと、遠くからでもはっきりと見分けられます。
ミズキの枝は幹から横に出て水平に広げ、階段状になっています。その上に純白の花を大量に、上向きに咲かせるので、遠くからみると、緑の葉の層の間から白い雲が湧き出ているように見えるのです。
湧き出る夏の雲のようなミズキの花
ミズキはミズキ科ミズキ属の落葉高木で、北海道から九州までの各地に分布しています。主に低山や原野の水辺に自生しますが、緑陰樹として公園や街路に植栽されることも多いようです。根から水を吸い上げる力が強く、春先に枝を切ると水が滴り落ちることからミズキ(水木)と呼ばれるそうです。実際に試してみると、「滴り落ちる」は大げさで、水がにじみ出る程度です。時期にもよるのでしょうか。
ミズキの若枝は冬に色鮮やかな紅色を帯びてとても美しく、芽吹きの頃までその色を残しています。成木でも、冬は枝の先端の新枝部分は紅色を帯びていて、冬芽も紅色なので、他の樹木に紛れていてもミズキとすぐ見分けられるでしょう。
ミズキの若い枝は紅色を帯びています。 冬芽も紅色です。
こどもの頃、田舎ではこのミズキの若枝を切って来て、小正月(1月15日)に枝に米粉の団子や切り餅をさして飾る行事があって楽しみでした。
それぞれの地方で新たな年の豊作を願って、「餅花」や「繭玉飾り」などの名で同じような行事が行われていました。秋田県大館市で行われる「アメッコ市」の飴の枝にもミズキの枝が使われています。
春が来ると、冬芽の外側の赤い芽鱗の内側から緑黄色の芽鱗が伸びてきて、その芽鱗を押し分けるように若緑色の葉芽が出てきます。伸び出した小さな葉芽にはミズキの葉の特徴である葉脈がはっきりと見えます。
葉芽はたちまち若葉となり、目いっぱい光を浴びるようになります。ミズキの葉は水平の段々になった枝々にすき間なく並んで、空間を無駄なく占めているので、無駄なく光合成ができるようになっています。
冬芽の芽吹き 枝に並んだ若葉は空間を無駄なく使い、光を浴びています。
ミズキの冬芽には三枚の葉芽と多数の花芽が含まれています。若葉を十分に広げると、その間から花芽が伸び出し、密集した小さなつぼみが姿をあらわします。開花の準備が整ったつぼみから1つひとつ開いていきます。
花芽が伸びて、つぼみをつけました 一つひとつ開いていきます。
5月下旬、枝先に丸く集まったつぼみが全部開いて満開になりました。ミズキの白い花は、大量の小さな花の集まりです。白い小さな花は、花びら4枚、雄しべが4本、雌しべは1本。花の形は十字形。その小さな花が密集して、白いブーケのようになっていくつもいくつも並んでいます。
小さな花の集まり(散形花序) 花のつくり(拡大)
ミズキの樹形は独特です。中心の幹がすっくと伸び上がり、先端が水平に枝を展開しています。枝は横に伸び、これが繰り返されるので、階段のような枝になります。何段にも並ぶ枝の上面にミズキの白い花が枝いっぱい花を咲かせるので、花の時期は、ふだんは他の樹木に紛れていたミズキが、あちらでもこちらでも姿を見せるようになります。
山の中に育つ一本のミズキ 谷間に生えていたミズキの木
満開の花のミズキに近寄ってみました。白い花が緑の葉の上にじゅうたんのように広がっています。枝が水平に広がるようすから、ミズキはテーブル・ツリーとも呼ばれています。蜜を求めてやって来る昆虫たちには着地しやすく、多くの種類の昆虫の仲間が集まってきます。ミズキの花はできるだけたくさんの花が受粉できることをねらっています。
昆虫たちには着地しやすいミズキの花 花に集まる昆虫たち
花の後には実ができました。最初の未熟な実は薄緑色ですが、やがて薄紅色に変わり、成熟すると光沢のある黒色になります。実を支えているのは珊瑚のような果軸ですが、これも薄紅色から紅く色づき、鮮やかな紅色と黒のツートンカラーで、野鳥たちに実の食べ頃を知らせます。
薄緑色の未熟な実 紅色を帯びてくる珊瑚のような果軸
成熟した黒い実と鮮やかな紅色の果軸
黒く熟した実を食べに集まって来るのは、ジョウビタキ、ヒヨドリ、キビタキ、ルリビタキ、ツグミ類などのいろんな種類の野鳥たちです。どの野鳥たちもミズキの実を好んで食べます。野鳥だけでなく、ツキノワグマもこの実が大好きで、クマ棚を作って食べることもあるそうです。たくさんの実が野鳥やけものたちによって食べられ、消化しきれない種子が糞に交じって遠くで落とされ、ミズキは分布を広げます。
ミズキの親木が多くの実を実らせて、主に野鳥に食べてもらい、遠くまで運んでもらう努力を惜しまないのにはわけがあります。
じつはミズキもウワミズザクラ(季節のたより99)と同じように「実生は親木の下では生き残れない。しかし親木から離れると大きくなれる!」というジャンゼン・コンネル仮説(Janzen-Connell hypothesis)がそのままあてはまる樹木なのです(清和研二著『樹は語る』築地書店)。
ミズキの稚樹は親木の下では一本も見られません。親木の下では育たない稚樹が、15m以上離れると高さ2mほどに成長しています。ウワミズザクラと同じように野鳥に遠くまで運んでもらった種子だけが生き延びることができるのです。でも、暗い森の中ではこれ以上大きくなりません。幹が大きくなると、自ら枯らし、根元からまた新しい幹を出して株立ちします。また葉を重ならないように並べて、弱い光を少しでも利用しながら、鬱蒼とした森の中で大きな木などが倒れて陽が差し込む状態(ギャップgap)になるまで耐え忍び、一旦ギャップができると、稚樹は急伸長し、親木として成長していきます(同著)。
また、ミズキの種子がたとえ遠くまで運ばれ散布されたとしても、そこが日当たりが悪いと発芽できません。そんなときのために、ミズキの親木は種子に「10年以上土の中に埋まっていても発芽」できる能力を持たせているというのです(森と水の郷あきた・樹木シリーズ・ミズキ)。
一粒の種子が発芽して稚樹になり、親木として成長するまでにはいくつかの幸運なチャンスが訪れなければなりません。ミズキの種子はその偶然のチャンスを気長に待ち続けて今を生きているのです。
大きく育ったミズキは、秋になるときれいな紅葉を見せてくれます。 日当たりや風あたりの環境によっても紅葉の姿は異なりますが、ミズキの葉は緑から濃い赤色になり、それから明るい黄色に変わっていきます。黄葉したミズキの枝先を見ると、もう冬芽の準備が始まっていました。
ミズキの紅葉(濃い赤色) 黄色に変化 冬芽の準備
ミズキの材は白くきめが細かく削りやすいため、古くからさまざまな郷土玩具や工芸品に広く用いられてきました。年輪も目立たず、絵づけもきれいにできるので東北地方の 伝統工芸品「こけし」の製作にも適しています。 宮城県の「鳴子こけし」や「遠刈田こけし」の材料としてよく使われています。
ミズキの花が咲き終えてから、約一ケ月ほど過ぎた頃、同じような花を咲かせている木を見つけて驚いたことがあります。ミズキが2度咲きしているのではないかと思ったのです。ところが、これは近縁種の「クマノミズキ」という木の花でした。
クマノミズキの名は三重県熊野地方で発見されたことに由来しますが、県内でも普通に見られるので、ミズキとよく混同されてしまうのです。
大きな違いは開花期です。ミズキは5月から6月、クマノミズキは6月から7月頃で、クマノミズキはミズキより約一ケ月ほど遅い開花となります。
そのほか、ミズキの葉は中央部がふくらんだ楕円形で先が尖りませんが、クマノミズキは幅の狭い長楕円形で先が尖ります。また、ミズキの葉は枝に交互につきます(互生)が、クマノミズキは葉が2枚向き合ってつきます(対生)。しかもそれが上下で90度ずつ移動して十字対生でつくというおもしろい特徴を持っています。
葉に丸みを帯びて、互生につきます。 葉は細長く、対生につきます。
ミズキ:枝は水平に伸び、階段状 クマノミズキ:樹形がやや丸みを帯びる。
クマノミズキもミズキ同様に、たくさんの花を咲かせ、多くの実を実らせて、昆虫や、野鳥やけものたちの生存を支える食糧を与えてくれています。ミズキやクマノミズキの姿は、これまで見てきたウワミズザクラ、冬に赤い実をつけるイイギリ(季節のたより116)などの木々の姿と重なって見えてきます。
動けない植物が花を咲かせ実を豊かに実らせるのは、受粉を手伝う昆虫や種子を遠くへ運んでくれる鳥やけものたちを効果的に呼び寄せるのが目的ですが、結果的に受粉や種子の散布に直接かかわらない多くの生き物たちを養う役目をしています。
一次生産者としての植物が、太陽エネルギーを使って光合成し過剰なまでに花を咲かせて実をならせ、惜しみなく他の生きものに与えてくれるから、多くの生きものは長い進化の歴史をたどりながら、現在まで生き延びることができています。人もまた例外ではありません。(千)
◇昨年5月の「季節のたより」紹介の草花