mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより123 カラスノエンドウ

  紅色の蝶形花 小さな野花の生存の知恵

 歩道の植え込みの上に、カラスノエンドウが花を咲かせていました。スイートピーを小さくしたような蝶形花で、花の色は赤系の2色。上の花びらが薄紅色で、下の花びらが濃紅色です。明るい陽射しの透過光が、花の色をきれいに見せています。葉の先端の小さな巻きひげが、風にゆらいでいました。


      カラスノエンドウの花。葉の脇に1~3個ほど花を咲かせます。

 カラスノエンドウマメ科ソラマメ属の越年草です。越年草とは、秋に発芽し、越冬して翌春に開花する植物のことで、サイクルとしては一年草なので、冬型一年草ともいいます。
 日本では本州から四国、九州、沖縄に分布、平地や山沿いの野原や道端、土手などのいたるところに生育しているので、こどもたちには馴染みの花です。

 カラスノエンドウは、漢字で書くと「烏野豌豆」です。音節の区切りは「カラスノ・エンドウ」ではなく、「カラス・ノエンドウ」になります。その名は、真っ黒な実をつける(カラス)の「野豌豆」という意味で、カラス(烏)のための(好む)「豌豆」という意味ではないようです。
 標準和名はヤハズエンドウといい、学術的にはこちらで統一されているようです。ヤハズ(矢筈)とは、矢のお尻にある、弓に掛けるためのくぼみのことをいい、その葉が矢筈に似ていることに由来します。

 
 カラスノエンドウの実(黒くなる)   小葉(先のくぼみが矢筈に似ている)

 植物たちは生存のためにさまざまな知恵と能力を働かせています。カラスノエンドウは小さな野花ですが、植物たちがそれぞれ持っている知恵と能力を、まとめていくつも身につけていることに驚かされます。

 秋に芽生えたカラスノエンドウの小葉は、成長したときの葉と違い、数は少なく細長い葉です。一見頼りなさそうな葉ですが、その葉で秋の陽を効率よく受けて光合成し、作られた栄養分を使って根を深く伸ばしています。
 根を掘ってみると、地上部の草丈の長さの2倍から3倍近くありました。
 カラスノエンドウは秋から冬の間、自分の体に見合った草丈と葉の姿で、根を伸ばすことに集中し、春の準備をしているのです。

 
芽生え。 根を深く伸ばします。  小葉は細長く、成長すると形が変わります。

 春が来ると、カラスノエンドウは小葉の形を平たく変えて数も増やします。光合成を活発にし、長い根で地中からも養分を吸いぐんぐん成長していきます。
 茎は四角柱でふつうは自力で直立できる程度ですが、葉の一部を変形した巻きひげを伸ばして、近くの植物に絡みついたり、仲間どうしで互いに絡みあったりして、上へ伸びていきます。
 巻きひげはふつう先端が3つに分かれているので、巻き付く相手をすぐ見つけられます。ふつう草丈は20㎝ほどなのに、労せず60〜90㎝ほどまで直立し、他の植物より高く伸びて、花を咲かせ実を実らせます。                                                                          

 
     巻きひげ     ハコベに絡みつく。   互いに絡んで支え合う。

 カラスノエンドウの花は、蝶花形と呼ばれる美しい形をしています。
 花びらは5枚。正面から見て一番後ろに大きな花びらが1枚、中央に2枚の花びらが袋のように合わさっていて、さらにその内側に小さな花びらが2枚あります。雄しべと雌しべは一体になって、内側の小さな2枚の花びらに包まれています。


  正面の花びら(薄紅色)     中央の花びら(濃紅色)       内側の小さな花びら(白)

 蝶形花は、ハチたちを誘い花粉を送受粉してもらう工夫をこらしています。
 正面から見て後ろの大きい花びらは、上向きに立ち、ハチに花の存在を知らせているのでしょう。紅色の模様は蜜のありかを知らせる蜜標です。蜜を吸おうとハチが中央の花びらの上に乗ると、その重みで内側の小さな花びらが開き、雌しべと雄しべの先が飛び出します。そのときハチの体に花粉がついて、花粉の授受が行なわれるというしくみです。

 
  ハチが小さい花にしがみつき       雄しべの先から花粉    雌しべと雄しべは一体
  蜜を吸っています。        が出ています。    になっています。

 マメ科の多くの花は蝶形花です。フジ、ソラマメ、ハギなど、花びらの大きさや色合いはそれぞれ多様で花の姿も個性的ですが、花のしくみは同じです。

 蜜はふつう花のなかにあります。花粉を運んでくれる昆虫を甘い蜜で呼び寄せるためです。ところが、カラスノエンドウは、花のほかに葉の付け根からも蜜を出します。葉の付け根にある托葉(たくよう)の、黒褐色に見えるところに分泌している液をなめてみると、ほんのり甘く、花の蜜と同じです。ここが蜜腺で、花の外にあるので花外蜜腺とも呼んでいます。

 この蜜を求めてアリたちが集まっていました。アリは昆虫界ではなかなか強い存在なので、そのアリに蜜を与えるかわりに、葉を食べに来る昆虫を撃退してもらおうとしているのです。
 虫食いの葉が少ないので効果があるようですが、大敵はアブラムシです。茎から液を吸うアブラムシは、負けじと蜜を出してアリを味方にしてしまうし、そのアブラムシの天敵であるテントウムシやヒラタアブの幼虫を、アリが追い払ってしまうので、カラスノエンドウの思惑どおりにはいかないようです。

 
 托葉にある花外蜜腺       分泌している蜜      蜜をなめるアリ

 受粉に成功すると、マメのさやがぐっと伸びてきます。少し膨らんた若い実の細いサヤの先端を斜めにちぎり、緑の豆を取り出して、そのサヤを口にくわえて息を吹き込むと、ブーブーッと音が出ます。こどもの頃に鳴らして遊んだ遊びです。その頃はカラスノエンドウをピーピーグサと呼んでいました。楽しい草花遊びの一つで、こどもたちに教えると夢中になります。

 若い実はサヤエンドウそっくりです。もともとカラスノエンドウの原産地はオリエントから地中海にかけての地方で、昔は栽培されていたという歴史があります。
 実際に若芽や若い豆果は食べてみると食べられます。

 
  カラスノエンドウ若いサヤ       太った棒のようになり色も黒々

 カラスノエンドウの実は、最初はぺしゃんこです。やがて、はちきれそうに太くなり、色も黒々してきます。カラスノエンドウはこの実が成熟して真っ黒になることから「カラス」の名がついたといわれています。

 実が完熟すると、サヤは勢いよく破裂して、なかに入っている豆(種子)を弾き飛ばします。サヤが反転するときの瞬発力を使って、できるだけ遠くに、豆(種子)を飛ばそうとしています。生育地を広げて、子孫を残そうとするカラスノエンドウの種子散布の知恵です。

 
  黒いサヤを割ると豆が出てきます。  ねじれたサヤ。豆が一個残っています。

 カラスノエンドウの最もすごい知恵は、なんといっても微生物と共生していることでしょう。
 カラスノエンドウの根を抜いて見てみると、根にこぶのようなものがくっついています。カラスノエンドウだけでなく、マメ科の植物には共通して同じようなこぶが根にあって、このなかには「根粒菌」(こんりゅうきん)というバクテリアの一種の特殊な微生物が住んでいます。

 根粒菌は大気中の窒素をアンモニアに変換(窒素固定といいます)し、植物の生育に欠かすことのできない窒素をマメ科の植物に供給してくれます。
 代わりにマメ科の植物は、光合成で作られた栄養(炭水化物)を根粒菌に供給して、互いに利益を分け合い、相利共生(そうりきょうせい)の関係を結んで生育しています。

 
カラスノエンドウ根粒菌    カラスノエンドウ根粒菌から窒素をもらう。

 窒素はタンパク質などの構成元素の一つとして生命現象を支えていますが、ほとんどの生きものは、大気中に存在している窒素を直接取り込むことができません。
 人間を含め、動物は、動植物に含まれるたんぱく質アミノ酸)を、食事として口にし、間接的に窒素を体内に取り入れることで生命活動を維持しています。
 マメ科以外の植物は、自身や他の植物の落ち葉や倒木、根などが微生物に分解されるときに出る窒素を取り入れています。植物が生えていない環境では、窒素不足に陥り生育が困難になります。


      カラスノエンドウ根粒菌と互いに助け合って生きています。

 農業では作物を大きく長期間育てるために、窒素肥料が使われます。その原料となるアンモニアを、人間は、1000気圧という超高圧、500℃という高温のもとで、窒素と水素を化学反応させて、莫大なエネルギーを費やして作っています。
 根粒菌は、この反応を、常温と常圧のもとでいとも簡単にやってしまいます。自然は何と不思議なすごい力を持っているのでしょう。


    カラスノエンドウはやせた土地でも育ち、肥えた土地にしていきます。

 マメ科植物の1つであるカラスノエンドウは、根粒菌と共生しているおかげで、土地を選ばず生育し分布を広げています。
 枯れて土に還るときには、空気中の窒素を植物が使える形にして土壌に蓄積していきます。痩せた土地に生育しても、やがてその土地を豊かな土壌に変えて、次世代の植物たちに残していきます。

 カラスノエンドウを、たかが雑草と侮ることなかれ。小さな野花の自然環境に適応して生きる知恵と能力は、もしかすると、自然に対する人間の適応能力より、はるかに優れているのではないかという気がしてくるのです。(千)

◇昨年5月の「季節のたより」紹介の草花