mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより127 タケニグサ

  日本で最大級の野草  花びらをおしべに変えた花

 野山で、広い葉と白い花穂で目立つようになった大型の野草は、タケニグサです。
 タケニグサは7月頃に咲き出し、標高の高いところでは8月頃まで咲き続けています。まわりの野草と比べても群を抜いて大きく、その高さは2mをはるかに超えて育ちます。国内の野草では最大級のものです。

  竹煮草あをじろき葉の広き葉のつゆをさけつつ小蟻あそべり  若山牧水


        花が咲くと目立つようになるタケニグサの群落

 タケニグサはケシ科タケニグサ属の多年草です。本州、四国、九州に自生し、草原や空き地、林道わきや鉄道路線の敷地わきなどのわりとやせた土地に生えています。ゴミや有機質の多い都市汚染環境ではまったく育たず、ほかの植物が生育していない崩壊地や裸地などにいち早く芽を出し、その地に緑が回復すると、自然に姿を消していくパイオニア植物(先駆植物)のひとつです。

 タケニグサは種子で発芽したあと、晩秋に地上部が枯れても地中の根(根茎)は生き続けます。春にその根から芽を出し、太い茎を伸ばして大きい葉をたくさんつけて、痩せた土地にも関わらず、驚くほどの速さで成長します。


  草丈1m(5月)    草丈約1.5m(6月)    草丈約2m(7月)

 タケニグサの大きな葉は成長する養分を作り出しています。草刈りで切り倒された茎を見ると中空でした。茎の構造を中空にし、茎を作る資材を節約したその分、養分は速やかに高く伸びることに使われているのでしょう。

 切断された切口からはオレンジ色の乳液が出ていました。タケニグサの表面に触れても人体に影響が及ぶわけではありませんが、この乳液には、プロトピン、ヘレリトリンなどの成分が含まれていて人間にとっては有毒成分です。皮膚につくと体質によってかぶれたり、間違って大量に口に入れると嘔吐や眠気などの症状が現れたりして、最悪の場合は死に至る恐れもあるといいます。中国ではタケニグサの根・茎・葉を乾燥させ、この成分を生かして生薬が作られています。    
 タケニグサは有毒な物質を体内に持つことで、動物に食べられることから身を守っています。


   茎は銀白色         広く大きい葉       茎からでる乳液(毒性)

「タケニグサ」という名前の由来は、主に2つの説が語られています。ひとつは竹と一緒に煮ると竹が柔らかくなって細工しやすくなるから「竹煮草」という説。もうひとつは、茎が中空で冬枯れの様子が竹や笹とよく似ているので「竹似草」という説です。実際の実験で竹を一緒に煮ても柔らかくなることはなく、竹細工の現場でこの草を利用している話も聞かないことから、「竹に似ている」説が広く支持を得ているようです。

 タケニグサの大きくて広い葉は、葉縁に切れ込みがあり、裏面は白色を帯びて、風に揺れると優雅です。                               
 このタケニグサをかなり気に入っていたのは、民間の植物学者で著名な牧野富太郎でした。彼は植物画を緻密に描いていたので、この異形の大型植物の葉形にはとても興味があったと思われ、次のような文章を残しています。

 またその葉縁の分裂片がとても美術的な姿であまり他草に類がなく、これがもしギリシャかローマにでもあったら、とっくの昔かのアカンタスの葉のように彫刻の原模にでもなり、また画の中へ大分這入っていたことと思う。コトホドさように雅趣のある面白い分裂である。(牧野富太郎花物語―続植物記」ちくま学芸文庫

 西洋には自生しないこの植物が珍重され、庭園に持ち込まれたこともあったようです。にぎやかな白花、緑の葉と葉裏の微妙な白さのコントラスト、高く真っすぐに立つその姿が、西洋の大きな庭には似合っていたのでしょう。
 タケニグサの英名「Plume poppy」は、直訳すると「羽毛ケシ」で、開花したときの姿を羽毛のダウンに見立てています。
 タケニグサは、今でも欧米では人気のある植物で、イングリッシュガーデンに欠かせない花として植栽されています。


      タケニグサは、現在もイギリス庭園で植栽される園芸植物です。

 タケニグサの花期は7月から8月です。茎の先に大きな円錐形に並んだ花を咲かせます。つぼみのときは2個の白色のガク片に包まれていて、特に普通の花と変わりませんが、開花するとこのガク片は見当たらなくなり、綿毛のようなものが姿を現します。一見花がどこにあるのかわからなくなります。

 
      円錐形に並んだタケニグサの花        つぼみ(上)と 花(下) 

 でも、よく見ると、中央にあるのはめしべです。そのまわりをとりまいてる20~30本はあるかと思われる糸のようなものがおしべです。おしべには葯があって花粉がついています。綿毛のように見えるものが花でした。
 タケニグサの花には、花びらはなく、ガク片も花が開くと同時に落下して、おしべとめしべだけでできています。

 
   正面から見るタケニグサの花      横から見るタケニグサの花

 一般的に花びらのない植物は風媒花が多く、樹木ではスギなどの針葉樹、草本ではイネ科に多く存在しています。植物はもともと風媒花であったものが、昆虫を利用する虫媒花に進化したといわれています。ところが、イネやブタクサなどのように花びらを退化させ、再び風媒花に進化しなおしているものもあります。
 タケニグサの場合は、本来花びらを作る仕組みであった遺伝子が、おしべをつくるものに転換、遺伝子の変異によって「花びら」が「おしべ」になったものだといいます(池田健一「花の生態がわかる写真図鑑53種」インプレスR&D)。

 タケニグサは昆虫にアピールする花びらをなくして、おしべと花粉を増やしています。おしべの葯も花糸も細長く放射状に広がり、風を通りやすくしています。崩壊地や裸地に生えて草丈が高く、揺れやすい大きな花序であることも風を利用するのに効果的で、タケニグサは風のある環境に適応して進化したものと考えられます。実際、空中花粉のモニタリングでも、スギやマツなどの花粉に混じって、タケニグサの花粉が検出されることが知られています。


     タケニグサは、風で花粉を飛ばすのにふさわしい姿をしています。

 ところが、この風媒花と思われるタケニグサの花に、頻繁にハナバチの仲間がやってくるのを目にしました。花に蜜はなく、ハナバチは花粉を集めたり、食べたりしているようです。見るとその体には花粉がついています。
 タケニグサは風媒花でありながら、昆虫たちも利用して花粉の送受粉をしているのでしょうか。これについての詳しい研究は今のところ見当たりません。

 
     タケニグサの花に集まる昆虫        体に花粉も付いています。

 タケニグサの花は1日花です。開花当日の夕方にはおしべは脱落し、めしべだけが残ります。                                
 受粉のできためしべの子房はふくらみ、秋になると長さ2~3センチの黄褐色の実ができます。実は風をうけて飛ばされ、各地に分散。実のなかには黒色の種子が数個入っていて、実が割れて四方に弾き飛ばされます。
 種子にはアリの好きなエライオソームがついています。アリはエライオソームを餌にするため種子を自分の巣に持ち帰りますが、餌を食べてしまうと種子を巣の外に捨ててしまいます。こうしてタケニグサの種子は遠くへ運ばれ散布されます。

 
        受粉しためしべ       一つの実に黒い種子が数個入っています。

 タケニグサの花は、一度に全てが開花するのではなく、下部より順に開花を始めていきます。そのため、タケニグサは1本についている花を見ると、つぼみから花が開いて実になるまでの状況のすべてを見ることができます。
 下の花から見ていくと、すでに若い実が見られ、その上に当日に開花した花が咲いています。その花の上に翌日に咲く成熟したつぼみが準備され、さらにその上には翌日以降に咲いていくつぼみが続いています。先端にあるのが伸びつつある花芽です。
 花芽から実まで変化するそれぞれの時期によって、タケニグサの花姿はさまざまな表情を見せてくれます。季節の変化に伴うその姿を楽しみたいものです。


   花芽が生育する時期    つぼみと花の時期      子房が膨らむ時期


   実ができ始めの時期    若い実が育つ時期     実の成熟してきた時期

 牧野富太郎と同じように、このタケニグサを気にいっていたもう一人が、民俗学者柳田国男でした。
 彼の著書である「野草雑記・野鳥雑記」には、いくつか章立てされた最初の章で「タケニグサもこの土地へ来てから、始めて気心のよくわかった野草である。」と述べて、その後、かなりのページに渡ってタケニグサについてふれています。
 民俗学者らしく、植物の科学的な特徴だけでなく、名前の成り立ち、地方名での呼び名、人間とのかかわりにふれ、タケニグサの一生を人間の一生に重ねて、その思いをめぐらしています。そして最後に次のようにしめくくっています。

 しかしタケニ草の世もまた開けた。人と交渉する言葉は多くなり、それがまた追々と耳に快いものとなろうとしている。この落莫(らくばく)たる生活があわれを認められ、終(つい)に人間の詩の中に入って来るのも、そう遠い未来ではないように思われる。       (柳田国男「野草雑記・野鳥雑記」岩波文庫

 柳田国男の思いにもかかわらず、タケニグサは日本では今でも雑草扱いですが、俳句の世界では季語とされ、短歌や詩にも詠まれ、絵の世界でも古来より屏風や襖絵のモデルにされてきました。
 近代の日本画家である川端龍子の《草炎》(1930年制作・東京近代美術館蔵)は、炎のように萌えたつ雑草たちへの賛歌です。そのなかのタケニグサは、生命力あふれる逞しい姿で見るものを圧倒してきます。
 タケニグサは日本の野草の中でも特異な存在で、この野草に特別の思いを持つ人も少なくないのです。(千)

◇昨年7月の「季節のたより」紹介の草花