mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより61 アケボノソウ

 夜明けの空を想像させる花  黄緑色の斑点は蜜腺

 「春はあけぼの・・・」とは『枕草子』の出だしですが、「アケボノソウ」は秋に咲く花、リンドウ科のセンブリの仲間です。
 一般にはあまり知られていない野草なのでしょうか。『宮城の野草』(河北新報社刊)には、「センブリ」はあっても「アケボノソウ」はのっていませんでした。
 でも、この花の端正な美しさは、他の野草にはないもの。自然の創造主がいるとすれば、よほど気をいれてつくられたと思うほど、見ていても清清しさを感じさせる花です。その名もふさわしく「アケボノソウ」と名づけられています。

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  アケボノソウ。名前の由来は、花びらの模様を夜明けの星空に例えたという人も

 アケボノソウの名の由来は、「花びらの模様をほのぼのと明ける夜明けの星空に例えたもの。」(『秋の野草』・永田芳男)と言い切る人もいますが、「白い花弁の上部に、赤紫色の斑点が散らばるのを曙に見立てたのだという。」(『花おりおり』・湯浅浩史)という人もいて、微妙に違っています。
 牧野富太郎博士も、「この草をアケボノソウと言うのは、その花穂に群集して白く満開せる花を見て、曙草と号(なづ)けたものであるのか、或いはまたその花弁面の白地へ散布せられている細点を暁天のまだ消えやらぬ星に喩えたものであるのか。どちらだろうか。どちらでもなかろうか。」と思いあぐねて、そして「これは多分群がって白く咲いている点を、夜明けて四方が白むと、この花群れが白く見えだすので、それでその花群れを暁天に喩えたものではなかろうかと思うことができんでもない。」とまわりくどい文章を書き残しています。(『植物一家言』・北隆館刊)

 これはしかたのないこと。命名者不明の花の名の由来は、想像するほかはないのですから。ただ、「アケボノソウ」と名づけられたおかげで、後世の人々があれこれと花の名の由来を想像し楽しんでいることは確かです。

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名前の由来は、夜明けに白く見え出す花群れを 明け行く空に例えたものという人も

 アケボノソウは、花の時期は9月から10月。北海道から九州までの広い範囲に生育しています。宮城県内でも花の季節に野山を歩けば見つかります。平地よりやや山地で、木かげの直射日光のあたらない湿地や小川のほとりなどに咲いています。

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アケボノソウの立ち姿。中心の茎が直立。    花は白く、群れて咲きます。

 アケボノソウは、中心の茎が地面から真っすぐに伸びていて、立ち姿がすっきりしています。直立した茎は葉の脇から枝分かれして斜め上に広がり、分かれた茎から花茎が伸びてその先に一つの花をつけます。つぼみの頃は目立ちませんが、小さな花が群がって咲き出すと、白く浮かび上がってあたりが明るく見えます。

 アケボノソウの花の美しさは、近くに寄ってのぞいてみて初めてわかります。
 かすかにクリームがかった白い花。先端のとがった花びらには暗紫色の細点が散らばり、その下にはくっきりと目立つ黄緑色の2つの斑点。花の中央にはとっくり形の花柱の雌しべがあって、それをとり囲むよう5本の雄しべが並んでいます。この花の造形の美しさはセンブリ属の花のなかでは群を抜いています。

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    アケボノソウのつぼみ          開き始めの花

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 端正な花の造形美。花びらはふつうは5枚。4枚や8枚、
 ときには7枚のもあります。

 花びらの先にある黄緑色の2つの斑点は「蜜腺」です。ここから甘い蜜が出ています。多くの植物は蜜のありかを花びらの奥の方に隠して、昆虫を花の奥に潜り込ませてその体に花粉をつけようとしています。アケボノソウは全く逆です。蜜は昆虫がすぐ手にはいる位置に見えています。

 アケボノソウの花にやってくるのはハエやアブの仲間です。蜜にいつも群がっているのはアリです。小型のチョウやスズメガの仲間はやってきません。ハエやアブは、モップのような口で蜜をなめていますが、アケボノソウの蜜腺は、ストローのようにして蜜を吸うチョウやスズメガには苦手のようなのです。

 アブやハエが蜜を求めて花びらの上を動きまわると、ほどよい高さにある雄しべの葯にふれて花粉が体につきます。アケボノソウの蜜腺は、花びらの先にあるので、なめる口を持つアブやハエには好都合です。花の雄しべが虫の体に花粉をつけるのにも最適の位置にありました。なるほど、これではアケボノソウの花が蜜腺を隠しておく必要は全くないですね。

 蜜に群がっているアリの方は、花びらの上をしきりに動いていますが、受粉の役にたっているようには見えません。アケボノソウにとって、蜜は取られ損のように思えるのですが。
 そういえば花以外の場所に蜜腺を持つものがいます。サクラの仲間やアカメガシワは葉の柄のところに蜜腺があって、その蜜腺にも必ずといっていいほどアリが集まっています。植物がなぜ花以外の所に蜜を出すのかよくわかっていないそうですが、考えられるのは、アリは小さくても集団で活動する強力な肉食動物なので、昆虫の幼虫などには恐ろしい存在です。サクラやアカメガシワの葉の蜜腺は、アリを引き寄せ、他の昆虫や幼虫による葉や花の食害を防いでいるのではないかということです。

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        アケボノソウの蜜腺にやってきて、蜜をなめるアリ。

 アケボノソウは、蜜を求めて集まるアブやハエの仲間には花粉の送受粉を手伝ってもらい、アリたちには花や葉を食べる他の昆虫や幼虫を追い払ってもらっているのではないでしょうか。
 アケボノソウの花の美しい造形には、いのちをつなぐために生み出された自然のしくみが備わっているようです。

 一株のアケボノソウの花の数は多く、100個ほどつけます。花の後に実となり、実のなかにたくさんの小さな種子ができて、時期が来ると実が割れて地面にその種子をこぼします。

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花びらは散らないで子房を   実が熟すと茶色に変化   実の先が開いてこぼれる
包みます。(花では稀)                 種子

 アケボノソウはたくさん種子をこぼしますが、その場所で大きな群落をつくっているのを見たことがありません。
 アケボノソウは2年草です。1年目は、春に発芽し育つと小さなロゼットを形成して冬をこします。2年目の夏頃に茎を伸ばして花を咲かせますが、それまでの間に、競争相手が少なく地表まで十分な光が当たる立地でないと生きられないのです。せっかく芽生えても、大きく育つ前に消えていきます。一株の花がそこに咲いているということは、いくつか奇跡のような幸運が重なった結果なのです。

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     種子が芽生えて2年目の秋に、アケボノソウは花を咲かせます。

 アケボノソウより少し遅れて、これからセンブリの花も咲き出します。センブリは千回振り出しても苦いのでセンブリ(千振)といわれる薬草です。日当たりのいい山野の崖の斜面や山道に、星型の清楚な花を咲かせます。花の蜜腺はアケボノソウと違って、花びらの中心にあって毛でおおわれています。草全体が苦く他の虫の食害の心配はないので、花の奥に隠れて受粉のための役割に専念しているのでしょうか。

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  日当たりのいい場所に咲く  花びらに紫色の線状が縦に走っています。蜜腺は
  センブリの花        花の中心に毛に包まれているのが見られます。

 アケボノソウもセンブリも、現在個体数が少なくなって、絶滅危惧種に指定する都道府県も出てきました。
 2014年に日本の植物学者による研究で、日本の植物の絶滅速度は世界の2~3倍と報告されています。日本の絶滅危惧種のうちで55%が植物というデーターも示されています。(「日本の絶滅危惧植物図鑑」・創元社・2020刊)

 経済優先の自然開発と植物たちの生育環境の破壊は、とどまることなく進んでいます。路傍や山野に生育する植物のいのちが人間の都合で消えていくということは、自然界での生きものの生存がおびやかされているということです。そして、それは人間のいのちそのものを危うくしているのだということに想像力を働かせなければと思うのです。(千) 

◇昨年10月の「季節のたより」紹介の草花