mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより57 クズ

 旺盛な生命力 秋の七草 根は葛粉や漢方薬

 夏の盛りになると野や山に勢いよく生い茂るクズの葉が目につきます。
 クズは「葛」と書きます。これは中国での漢字をあてたもの。クズの名は、日本がまだ大和国と呼ばれた時代に、奈良県の国栖(くず)地方の人が葛粉(くずこ)を全国に売り歩いていたのが由来といわれています。クズは古くから日本に自生していて、私たちが今見ている光景は、昔も変わりなく見られたのでしょう。
 万葉の歌人山上憶良は、その生い茂る葉のかげに咲く花をとりあげて、秋の七草の一つに数えて詠んでいます。

 秋の野に咲きたる花を指(および)折り かき数ふれば七種(ななくさ)の花
 萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花
                      (万葉集 1537・1538 巻八)

 クズの花は赤紫色の色合いが美しく、ワインに似た香りもするので、古人にも心惹かれる花だったようです。

f:id:mkbkc:20200805095918j:plain
  赤紫色の花びらに中央が黄色のクズの花。甘い香りはワインのようです。

 クズは、マメ科クズ属の多年生のつる植物です。他の植物と比べて、その旺盛な生命力には驚かされます。
 クズは春の終わりころに遅れて生長を始めますが、他の植物が生長してまきつく相手ができるのを待っているようです。先端のつるを伸ばし、首をまわすように風にゆらして相手を探し、つるの先が他のものにふれると急いでまきつきます。それからは、一気につるを伸ばし、急速に葉を広げて、覆いかぶさるようにして、光を独り占めしていきます。
 晴れた日に、つるの先の2か所を選びリボンを結んで調べてみると、1日に20cmから30cmも伸びています。大きな株の四方八方に伸びたつるをつなぎ合わせると1kmにもなるということ。その生長ぶりは他の植物をはるかに圧倒して速いのです。

 f:id:mkbkc:20200805100059j:plain f:id:mkbkc:20200805100112j:plain
   まきつく相手を探すクズ    いつの間にか、光を独り占めしてしまいます。

 クズはどうしてそんなに早く生長できるのでしょうか。
 クズはつる植物なので、自分の体を支える太くて丈夫な幹は必要ありません。そのエネルギーをぜんぶつるを伸ばすために使えます。
 地下には前年にたっぷり栄養を蓄えた太い根があるので、その栄養を使って生長します。それに、クズはマメ科特有の根粒菌と共生しているので、固定した窒素を使って栄養不足の土地でも生長できます。
 さらに、クズはつるを伸ばしながら、どんどん広い葉を広げて盛んに光合成し、生長しながら栄養を作り出しています。そのクズの葉は夏の盛りは効率が悪いので、葉を上に立てて閉じて昼寝をし、夜は水分の逃げ出すのを防ぐため、葉を下に垂らして眠り、よけいなエネルギーを使わないようにしています。
 驚くほど巧みに準備されたクズの生長戦略です。これでは、覆いかぶされた植物は太刀打ちできないでしょう。まったくの災難ですが、そのまま、光を奪われて、枯れてしまうこともあるのです。

f:id:mkbkc:20200805100427j:plain   f:id:mkbkc:20200805100438j:plain
    朝 3枚の葉が開いています。      暑い日、一枚の葉は立って休眠中です。

 クズの花は、大きな葉に隠れがちですが、暑い日差しから葉に守られているのでしょう。甘い香りが漂い、隠れていても赤紫色の花びらと中央の黄色が目立つので、多くの虫たちがやってきて受粉を助けてくれます。

f:id:mkbkc:20200805100629j:plain f:id:mkbkc:20200805100642j:plain
花穂は下から上へ咲きのぼっていきます。  花はマメ科特有の蝶形花です。

 開花後には、マメ科特有の果実であるサヤの中に種子が入った豆果(とうか)ができます。10月頃に探すと、サヤは褐色なので、枯葉にまぎれて目立ちませんが、注意して見ると、小さな鯉のぼりのようについています。一本の軸についている豆果は10~20房位。一つのサヤには、種子が10個ほど入っています。サヤは乾燥するとはじけて、種子を遠くへとばします。クズは太い根でも、種子でも仲間をふやすことのできる繁殖力の強い植物です。

f:id:mkbkc:20200805100959j:plain f:id:mkbkc:20200805101009j:plain f:id:mkbkc:20200805101020j:plain
    花の後にできる豆果      茶色になった豆果      サヤの中の豆(種子)

 クズは古くから私たちの生活に欠かせない有用な植物でした。
 こどもの頃、おなかをこわしたときなど、母が作ってくれたのが葛湯です。葛湯は、クズの根からとれる葛粉でつくります。葛粉を水にとかし、お湯を注ぎ、お砂糖も少し入れて、おなかに優しい味が大好きでした。
 葛粉は、秋から冬にかけて掘り起こされたクズの根をつぶして、水のなかでもみだし、さらして、こしたものです。葛粉は、くずきり、くず餅、くず桜などの和菓子の材料にもなりました。
 クズの根からとれる葛粉はわずかで、その精製にかなりの手間がかかることから、今使われている葛粉はサツマイモなどのデンプンも加えられています。混じり気のない葛粉100%のものは本葛(ほんくず)と呼び、高級和菓子に使われています。
 また、風邪をひいたときによく飲まされたのが葛根湯です。葛根湯は漢方薬で、クズの根からつくられた生薬「葛根」が入っています。
 そのほかに、クズのつるの繊維は、くず布として、昔は庶民の衣料の材料になり、ふすま紙やかべ紙としても使われました。
 クズの葉はこどもの頃に飼っていたウサギの餌でした。クズはマメ科植物なので葉に良質のタンパク質を含んでいます。農家では、早朝にクズの葉を大量に刈り取って牛や馬の飼料にしていたことを覚えています。

 ウサギの餌にするため、いつもクズの葉採りに出かけたところは、道ぞいの日あたりのいい場所で、林や森との境界になっている藪地でした。その藪は緑の布を広げたようにクズに覆われていて、いくらでも手にはいりました。ついでに藪の中に生えているクワの実や、アケビキイチゴの実を採ってよく食べたものです。

 藪地はクワ、モミジイチゴ、ウツギ、ノイバラのような低木と、アケビヤマブドウヤマノイモなどのつる植物が混然と生えていて、森や林のまわりをとり囲んでいます。藪を構成している植物群は、ちょうど森林がマントを着ているようなのでマント群落といいます。そのマント群落の中心になっているのが、クズでした。

f:id:mkbkc:20200805101437j:plain
    クズが主役のマント群落。森や林のまわりをとり囲むように生えています。

 藪をかきわけ、一歩森林の中に入ると、からりとしています。土はやわらかく、水分をふくんで、暑い夏でも涼しくひんやりしています。
 マント群落があることで、森の中は急激な乾燥や温度変化をまぬがれ、安定した環境が維持され、森林が守られています。森林に育つ樹木、そこに住む動物たち、光をあまり必要としない植物や土の中の微生物たちなど、多くの生きものたちの生存が守られています。
 自然界では、台風による大水や雪崩など絶えず起きています。そんなとき、マント群落の植物たちは、栄養分豊かな土壌の流失を防いだり、裸地になった森林の周辺をおおって、破壊された植生を回復したりする役割もしています。

f:id:mkbkc:20200805101516j:plain
    マント群落で花を咲かせるクズ。花や葉に多くの虫たちが集まります。

 日本のクズの旺盛な繁殖力を知り、興味をもって、緑化植物として導入したのが、アメリカの政府です。
 1930年代に、ルーズベルト大統領のニューディール政策によるテネシー河のダム工事の際に、土砂の流出を防いで緑化するために大量のクズが堤防に植えられました。クズは見事にその期待に答えたのですが、その後、その強い繁殖力でたちまちアメリカの大地に広がり、今では「ジャパニーズグリーンモンスター」と呼ばれて、「侵略的外来種」に指定され、駆逐すべき帰化植物にされてしまいました。アメリカにはクズの天敵になるものがいなかったのです。

 日本には、古来よりクズの天敵となるような、虫や動物、病気などが様々に存在していました。これらの天敵が、食物連鎖の過程でクズを食べて淘汰していました。それだけでなく、人々はクズの葉を牛馬の飼料にし、太い根を掘り起こしては葛粉をとったり漢方薬の材料にしたり、クズつるの繊維は衣服に利用するなどしていたのです。
 日本ではクズを取り巻く自然環境と、人々がクズを暮らしに利用してきた長い歴史が、アメリカのような爆発的なクズの繁殖を抑制し、他の植物とのバランスを保っていたのです。
 一つの種は単独で生きているわけではなく、その種が生存する自然環境や動植物のとのつながりの中にあるということ。生態系を無視した種の移入がどんな結果になるのかをアメリカに渡ったクズは教えてくれています。

 f:id:mkbkc:20200805101619p:plain f:id:mkbkc:20200805101633j:plain
     広い葉は、花を守る日傘の役割    葉の緑に、鮮やかに映える花の色

 日本では、かつては里山や森林は人の生きるための大切な場として、絶えず手入れされ管理されていました。あまりに繁殖しすぎたつる植物のつるは、人の手によって刈り払われ、他の草木を守っていました。
 日本は国土面積の67%を森林が占める森林大国ですが、供給されている木材の8割は外国からの輸入に頼り、今は、多くの森林は放置されたままです。野山の植物を利用する人の暮らしもなくなり、里山も荒れています。これまで保たれてきた自然環境のバランスがくずれ、クズの繁殖も広がっています。
 驚異の生命力と繁殖力をもつクズと、私たちがどう向き合っていくか、近い将来、試されるときが来るようです。(千)

◇昨年8月の「季節のたより」紹介の草花