mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより118 ネコヤナギ

  川辺で春を告げるヤナギ  銀白色の花穂

 河原のネコヤナギの冬芽が ふくらみはじめました。
 まど みちおさんの「ねこやなぎ」は、こどもたちと一緒に声に出して読むと、一度で覚えてしまうようなリズミカルな詩です。


         早春、渓流の反射を受けて花穂が輝きます。

 ネコヤナギはヤナギ科ヤナギ属の落葉低木です。北海道から九州までの山間部の渓流から市街地を流れる河川まで、広く川辺に自生しています。
 ネコヤナギは日本のヤナギ属のなかでは、春早く開花するもののひとつで、暖かい日が続くと赤い皮のぼうしをぬいで、なかからやわらかな銀白色の毛玉が姿を現します。これが花穂で、その形が猫の尻尾に似ていることからネコヤナギ(猫柳)という名になりました。別名の川柳(かわやなぎ)は、川辺に自生していることによるものです。

 ネコヤナギの冬芽は、陽当たりの良い南側の方からふくらみ、皮のぼうしを押し上げるように脱いでいきます。ちょこんとぼうしをかぶった姿がかわいらしく、ふわっとした毛玉の感触があたたかです。

   
  ネコヤナギの冬芽      綿毛がふくらみ    ぼうしを押し上げて

 動くことが出来ない植物は、冬の寒さや乾燥から身を守るため、あらゆる工夫をしていますが、ネコヤナギの赤い皮のぼうしもそのひとつです。これは、芽鱗といって芽を保護するために発達した特殊な葉と考えられています。
 ぼうしを脱ぐと出てくるふさふさの綿毛は、防寒のための2重の対策です。アウトドアのファッションでは、ダウンはインナーとして着て、その上に風を通さないジャケットを着るのが最新のトレンドとか、ネコヤナギは大昔から、最新の着こなしをしていたわけです。

   
  ちょこんとのせて    もう少しでぬげそう   ぬげたてほやほやです。 

 ヤナギ科の植物はすべて雌雄異株で、雄株と雌株があり、それぞれに雄花と雌花を咲かせます。ネコヤナギも雌雄異株ですが、芽鱗を脱ぎ始めた頃は、どれも銀白色で同じように見えます。しばらくすると、花穂にちがいが出てきます。

 
   ネコヤナギの雄株の枝についた雄花      雌株の枝についた雌花

 ネコヤナギの雄花は、花穂の所々が紅色に染まっています。やがて、銀白色の綿毛の間から、先端が紅色の長い糸のようなものが伸びてきます。これが雄しべです。


   雄花の花穂。雄しべが飛び出す場所がさまざまなので、変化に富んでいます。

 雄しべの先端の紅色のものは葯で、葯を支える糸のようなものが花糸です。
 雄しべが成熟すると、葯が開いて黄色い花粉が出てきます。花穂のなかの雄しべの成熟度がそれぞれ異なるので、雄花のついている枝は、銀白、紅色、黄色のさまざまなバリエーションの花穂があってにぎやかです。

   
  雄しべの紅色の葯  葯から出る黄色い花粉 花粉を出す前と後の雄しべのようす

 花粉を出し終えた雄花は、伸びきった雄しべの花糸で毛虫のようになり、やがて地面に落ちます。新葉は開花とともに動き出し葉を広げていきます。

 雌花は雄花に比べると少し小さく見えます。銀白色の花穂から雌しべが伸びてきて、その先が黄緑色になります。
 ネコヤナギは枝ぶりがいいので、生け花の花材として利用されますが、雌花は華やかさに欠けるのか、使われるのは雄花の方です。

 
       ネコヤナギの雌株の枝          雌花の雌しべ(黄緑色)

 ネコヤナギの花は、花びらもガク片も持たない花です。それで風媒花のように思われますが、雄しべや雌しべの根元に蜜腺があって蜜を出して虫たちを誘う虫媒花です。雄花が咲き出すと、ハナアブ、ミツバチなどの昆虫が集まってきて受粉のなかだちをしてくれます。
 受粉を終えると綿毛を密生させた灰色の実ができます。実は熟すと弾けて、なかから柳絮(りゅうじょ)と呼ばれる綿毛に包まれた種子が出てきます。柳絮は5月~6月の天気の良い日に風に乗って飛んでいきます。

 
   雄花にやってきたハナアブ      種子を飛ばし終え、葉を広げるネコヤナギ

 ヤナギ類の種子は寿命が非常に短く、湿った地面に落ちるとただちに発芽することが知られています。ネコヤナギの種子も1~2週間ほどで発芽しますが、種子の多くは増水や洪水などで流されてしまうことが多いそうです(長坂有『河畔に生えるヤナギ類』光珠内季報 No.101 )。
 一方で長野県の木曽川水系では、ネコヤナギが「種子が水際に自然に流れ着いて発芽・成長し」「帯状の群落を形成し」「あたかも、自然低水護岸のような機能を果たしている状況」も観察されています(環境科学年報―信州大学 第14巻)。
 ネコヤナギを挿し木にするとすぐ発根して根づきます。その生命力がすぐれた護岸機能を持つことがわかって、河川の護岸緑化工事に生かされ、氾濫、洪水を防ぐことに役立てられています。水辺の環境も良くなり、魚類や水生昆虫などが集まってくるという効果もあげています。

 ネコヤナギが細工物として利用されることはありませんが、同じ仲間のコリヤナギは、細工し編まれて「柳行李(やなぎごうり)」の材料となりました。
「柳行李」を知る人は少なく、江戸から明治、大正を時代背景にした映画や舞台で見るだけですが、四季があり湿度の高い日本で、当時は、衣類や書物などを入れて持ち運びする入れ物として広く利用されていました。その後、合成皮革によるスーツケースや旅行バックの普及ですっかり姿を消していきました。
 その衰退した柳行李の技を守り続ける職人が一人、兵庫県豊岡市出石の城下町にいることを「神戸新聞」が伝えています(「柳行李を編む職人・寺内卓己さん 国内唯一、技守り抜き30年」神戸新聞NEXT 2021/10/26 )。
 寺内さんは現在も「柳行李―たくみ工芸」という工房で、材料となるコリヤナギの栽培、加工して、伝統の技で編み上げて、現代風製品を作り続けています。

 
   コリヤナギ:関東以西から    昔、使われた「やなぎこうり(柳行李)」
   近畿地方に分布します。       出典:山形大学木ノ内研究室HP

 ヤナギとは「矢の木」のことで、ヤナギ類を矢の材料としていたことに由来します。漢字で書くと「柳」または「楊」という字に書きますが、ヤナギは古代から親しまれ、『万葉集』を見ると、「柳」と「楊」の字が明確に区別して詠まれていることがわかります。次の一首は「柳」が使われているものです。

  春の日に張れる柳を取り持ちて見れば都の大道し思ほゆ
                     大伴家持万葉集巻19-4142) 

(春の日に、美しく芽吹いた柳を手に持ってみると、都の大路が思い出されます。)
 この歌は、越中の国に在任中の大伴家持が、都を懐かしんで詠んだ歌で、歌に詠まれている大道は奈良の都の大路です。家持は平城京の街路樹のシダレヤナギの美しい光景を思いうかべているのでしょう。平城宮の東院庭園の発掘調査ではヤナギの花粉も見つかり、それがシダレヤナギと推定されています(飛田範夫『奈良時代までの庭園植栽』1998)。
 一方「楊」が使われているのが次の一首です。

  山の際に雪は降りつつしかすがにこの川楊は萌えにけるかも
                     作者未詳(万葉集巻10-1848)

 (山のあたりはまだ雪が降り続いているのに川楊がもう芽吹いています。もう春ですよ。)「しかすがに」は季節の変わり目の矛盾した現象を詠う言葉で「それなのに」という意味です。「楊」は「川楊」と詠まれていますので、ネコヤナギを詠んだものと考えられます。
 『万葉集』のヤナギを詠み込んだ歌の原文の表記を見ると、「柳」の字を使ったものが19首、「楊」の字を使ったものが14首見られます。
 『万葉集』では、「柳」と「楊」はどのように使い分けられていたのでしょうか。研究者は次のように考えているようです。

 万葉の時代には、「柳」と表記した場合には春の到来の喜びやヤナギの姿かたちを表現し、「楊」と表記した場合にはヤナギから連想される生命力を詠み込む、といった使い分けがある程度なされていたと考えられる。種類について「柳」の方は、おそらく大半がシダレヤナギを指しているとみてよいであろう。一方「楊」については、シダレヤナギも含まれている可能性はあるが「川楊」という表記があるように、古名の「かはやなぎ」、つまり、ネコヤナギなどの自生種を詠んでいる場合も多いのではないだろうか。
     (恵泉 樹の文化史(11)ヤナギ 宮内 泰之)(園芸文化12号)

 辞典でも「柳」は「しだれやなぎ」で、「楊」は「かわやなぎ。ねこやなぎ。枝はたれない」(『角川漢和中辞典』)と説明されています。今日ではこの「楊」での表現は見られなくなり、どちらのヤナギも「柳」か「ヤナギ」で表現されます。
 カタカナ表記は、分類、整理に有効ですが、それ以上のことは伝えませんから、「楊」の漢字が消えていくとしたら、この文字にこめられた古人の植物への思いや詩的情感のようなものも消えていくのでしょう。古代の人が丁寧に自然を見つめ、精神を豊かにしてきたもののひとつを失うことになります。

 
  春のシダレヤナギ       岸辺に根をおろし若葉を広げるネコヤナギ

 ネコヤナギは川沿いに生えるヤナギの代表的な種類ですが、同じく県内の川沿いに見られるのが、イヌコリヤナギです。イヌがつくのでコリヤナギのような柳行李の材料にはなりません。山地や丘陵地の日当たりの良い場所ではバッコヤナギ(別名ヤマネコヤナギ)が、平地の湿地では比較的大木になるタチヤナギなどが観察されます。
 東北大学植物園(仙台市川内)には、国内外から集めたヤナギ科植物190種、約1,000点が栽培されている世界的な「ヤナギ園」があります。3月(春分の日~開園)から4月に訪れると、いろんな種類の花穂がながめられます。

 
    いくたびも  出てみる川辺  猫柳   稲畑汀子      はじける花穂

 いち早く春を知らせてくれるネコヤナギが、川面にきらめく光を受けて輝いています。水の流れもどこか穏やかです。暖かい日の一日、河原を訪れて、かわいい銀白色の花穂たちを探してみませんか。(千)

◇昨年2月の「季節のたより」紹介の草花