mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより110 トチノキ

「モチモチの木」の実  あく抜きは縄文人の知恵

 トチノキというと、すぐ思い浮かぶのは「モチモチの木」のお話です。

 モチモチの木ってのはな、豆太がつけた名前だ。小屋のすぐ前に立っているでっかいでっかい木だ。

 
樹齢300年を超えると推測される巨木。とれる実は数百から数千個(栗駒山原生林)

 秋になると、茶色いぴかぴか光った実をいっぱいふり落としてくれる。その実をじさまが木うすでついて、石うすでひいて、粉にする。粉にしたやつをもちにこねあげて、ふかして食べると、ほっぺたが落っこちるほどうまいんだ。
「やい、木ぃ、モチモチの木ぃ!実ぃ落とせぇ!」
なんて、昼間は木の下に立って、かた足で足ぶみして、いばってさいそくしたりするくせに、夜になると豆太は、もうだめなんだ。木がおこって、両手で、「お化けぇ!」って、上からおどかすんだ。夜のモチモチの木は、そっちを見ただけで、もうしょんべんなんか出なくなっちまう。・・・」
                                             (斎藤隆介・文「モチモチの木」東京書籍国語3年)

「モチモチの木」は、峠の猟師小屋で暮らすおくびょう豆太と孫を見守るじさまのお話。斎藤隆介さんの文章と滝平二郎さんの切り絵による絵本(岩崎書店)が出版されたのは1971年。その後、小学校3年生の国語教科書に採用され、授業に取り組んだことがありました。「まったく、豆太ほどおくびょうなやつはない」との核心を突く書き出しから始まる物語は、テンポのよい語り口と臨場感ある描写で、最後までこどもたちの心をとらえて離しませんでした。
 文中にトチノキの名は出てきませんが、大木になり実をつけ、その実がモチになるものといえば、トチノキ(栃の木)です。授業後に、こどもたちと近くの農家の庭にあるトチノキの大木と対面し、それぞれの思いを巡らしました。こどもたちにとって、トチノキは「モチモチの木」であり「豆太の木」となりました。

 トチノキの実は、栗をひとまわり大きくしたような実です。ところが、栗に似ているからと、ちょっとかじってみようものなら大変。あわてて吐き出してももう遅く、渋くて、苦くて、口のなかはヒリヒリ、うがいをしてもその触覚はしばらく続きます。トチの実は、サポニン、タンニンを多く含み、とても食べられる実ではありません。これらの成分はトチの実の外敵から身を守る手段でもあるのです。
「モチモチの木」では、じさまがこの実を粉にしてモチにしてくれますが、じつはそれまでに、大変な手間ひまかけて、実のあくを抜くという作業をしているのです。

 
      黒く光沢のあるトチの実     日本の落葉広葉樹では 最も重い木の実

 トチの実のあく抜きの方法は、今でも日本の一部の地方の暮らしに残っていて、それぞれ独自の方法が伝えられています。一般的にはおよそ次のような工程をふんでいるようです。

① 収穫したトチの実は虫を取り除くため、すぐに数日~1週間ほど水につける。
② 水からあげて2週間から1ケ月、カラカラになるまで天日干しで乾燥させる。

 こうすることで、何年も保存が可能になり、いつまでも貯蔵しておくことができます。実際に使用するときに、あく抜きの作業をするのです。以下その工程を見てみると、

① 保存しておいたトチの実を1週間ほど水につけ、十分に吸水させる。
② 今度は、お湯につけ実をあたためて、皮をむきやすくし、鬼皮と渋皮をむく。
③ 皮をむいたものをザルや袋に入れ、数日~1週間、流水にさらしておく。
④ 流水にさらした後、トチの実を鍋で1時間~2時間、煮沸する。
⑤ 木灰と熱湯をあわせた木灰液の中に、煮たトチの実を入れ混ぜて、冷めない状
    態を保って、一昼夜~数日間置いておく。
⑥ ひとかけらを洗って食べてみて、あくの抜け具合をみて、まだならそのまま。
⑦ あくが抜けていたら、ドロドロの灰汁からトチの実を取り出し、水洗いしなが
 ら灰や渋皮を取り除く。この段階で、トチの実はきれいな黄金色になる。
⑧ このトチの実を石臼でひいて粉にする。または、そのままもち米と一緒に蒸し
 て杵でつき、もちをつくる。

 トチの実を採取してから、じつに1ケ月以上もかける工程を経て、トチ餅が作られます。こうしてできたトチ餅は、柔らかく普通の餅のようにすぐに堅くはならないので、マタギの漁師たちは冬山の携帯食にしていたということです。

  
    杤餅(とちもち)郷土料理(鳥取)      マタギの人々(秋田)
  出典:農林水産省Webサイト      出典:打当温泉マタギ資料館 

 縄文遺跡の発掘調査によって、当時の炭化した植物の種子や土の中の花粉化石などから、縄文初期にはクリやクルミを多く食べ、縄文中期になると、あく抜きを必要とするドングリやトチの実を食べていたことがわかってきました。人口の増加にともない、しだいに食べ物の確保が必要になっていったと考えられます。
 トチノキはクリよりも大きい実を大量につけます。その実はデンプンも豊富です。縄文の人々は、何とかクリ同様の食べ物にできないものかと考えたのでしょう。
 トチの実のあく抜きは特別に困難なものです。乾燥して長期に保存、あく抜きの工程を確立するまでに、どれだけ多くの困難と試行錯誤があったことでしょう。
 縄文遺跡の各地の住居跡からは、大量の灰を加えて煮るという作業でトチの実のあく抜きをしていたと考えられる集灰炉が発見されています。あく抜き技術は、大陸から伝わったものではなく、東北のブナ帯の森で暮らす縄文人の知恵から生み出されたものでした。(平成14年度縄文講座「縄文人の台所・水さらし場遺構を考える」青森市教育委員会)

 私たちは、野生の植物を乾燥して保存し、料理するときはあく抜きの手順をふみますが、トチの実のあく抜き技術を活用するなら、ほとんどの野外植物を食料にすることができます。私たちの暮らしには、かつて縄文の人々が生み出した食文化の知恵が今も連綿と受け継がれていることにあらためて気づかされるのです。

 トチノキは、ムクロジトチノキ属の落葉広葉樹です。北海道、本州、四国、九州に分布、特に東北地方に顕著に見られます。宮城県では山地の肥沃で水気の多い地に巨木となって育っています。市街地では街路樹や大学構内の樹木としても広く植樹されています。

   
 トチノキの冬芽  高さ20~30mの高木になる  長い葉柄、大きい掌状複葉の葉

 トチノキの花期は5月から6月です。天に向かって立ち上るような円錐形の花穂(花序)をしていて、たくさんの花を一斉に咲かせます。遠くからでもよく目立ち、近づくと、ほのかな甘い香りが漂い、多くの昆虫たちが集まっています。


     一斉に咲き出すトチノキの花。遠くからでもよく目立ちます。

 トチノキの花は高いところで咲いているので、花を見るには双眼鏡があると便利です。葉の間を探すと穂状についたつぼみが見られます。花が咲くと、花穂は花でいっぱいになります。よく見ると、1つひとつの花がおしあうようについています。

   
   花穂につくつぼみ      咲き出した花      花穂は花でいっぱい

 花穂には、雄しべと雌しべの両方を持つ両性花と、雄しべだけの雄花が、混じった状態で咲いています。両性花は1つの花穂に5個ほど、あとはすべて雄花です。
 両性花には雌しべ1個、雄しべ7個あって、雌しべは、雄しべより太く、長く、淡桃色をしていますが、よく探さないと見つかりません。
 花数の多い雄花は雌しべが退化していて、雄しべが7個。下の写真に見られる、花から突き出て曲がっている多くのものが、雄花の雄しべです。

 
      黄色い花と赤いしるしの花が混同しています。   雄花(上)と両性花(下)

 花には黄色いしるしと赤いしるしのついている花があります。色のしるしは花の中央にあって、蜜のありかを知らせる蜜標です。
 開花した花は、両性花も雄花も3日間ほど花粉と蜜をつくり、その後はやめてしまいます。蜜を出している間、花の蜜標は黄色い色をしていますが、蜜の生産を止めると、赤い蜜標に変わります。この色の変化を見分けられるのは、ハナバチの仲間だけなのだそうです。
 トチノキの花は、効果的に花粉を運び受粉を助けてくれるハナバチの仲間だけに蜜を提供し、見分けのつかない盗蜜者には、蜜の出ない赤い花へ行ってもらおうと仕向けているのでしょう。
 ミツバチはハナバチの仲間です。トチノキの花は、大木からは1年で24kgものハチミツを生産できるといわれるほど大量の蜜を準備しています。ミツバチは花に優遇されて、花の受粉を助けながら、大量の蜜をもらっています。人はその恩恵に預かっているということになります。

 
トチノキの下に置かれたミツバチの巣箱栗駒山     蜜を集めるミツバチ

 秋になるとトチの実は、果皮のまま落ちてきます。山地の渓流沿いに落ちた実は、流水に流されて遠くへ運ばれます(流水散布)。時にはリスやアカネズミに運ばれて斜面をのぼっていきます(動物散布)。
 採食する野生動物たちには、人と違って、タンニンやサポニンといった成分を制御したり、無害化したりする能力を備えていることが分かっています。
 巣穴や土の下に貯蔵されたトチの実のほとんどは食べられてしまいます。それでも食べ残される実は必ずあって、発芽のチャンスを得ると、大きい種子の栄養を使って、2,3週間後には30~40㎝ほどの高さに育ちます。大きな葉を重ならないように広げると、さらに成長が進みます。根には翌年の栄養分もたっぷり蓄え、年々同じようなテンポで成長を続けていくことができます。

 
   トチノキの黄葉         グラデーションが美しい 枝々の葉  

 秋、トチノキの葉はブナやミズナラと同じく黄色に色づきます。大きい葉は縁からしだいに黄色に変化して、トチノキの森は「黄葉」に染まっていきます。
 縄文の人々は、クリやクルミトチノキの実を採取するために、これらの木々を集落のまわりに栽培していました。
 トチノキの花の季節にはその花をながめ、秋になると家族総出でその実を拾い集めていたことでしょう。たくさんの豆太たちが、「やい、木ぃ、実ぃ落とせぇ!」と巨木に向かって、元気に叫んでいる姿が浮かんできます。
 縄文の里が黄色く染まる頃、あく抜きを終えて、冬に備えた食料を保存し、ほっと一息つく縄文人の思いは、今の農家の人々の、収穫の喜びを味わう思いと少しも変わらないものであったにちがいありません。(千)

◇昨年10月の「季節のたより」紹介の草花