mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより101 ヘラオオバコ

 土星の環のような花 ヨーロッパの古くからの薬草

 道路端や空地で、土星の環のようなちょっと面白い恰好をした花を見かけたことはないでしょうか。風が吹くと、環がゆらゆら回転して愛嬌のある花です。
 この草花は、日本の在来種であるオオバコ(季節のたより11 オオバコ)と同じオオバコ科に属しているヘラオオバコです。葉を見ると楕円形のオオバコの葉と違って、細長くヘラのような形をしているのでそう呼ばれています。
 ヘラオオバコはヨーロッパが原産地の帰化植物で、日本には江戸時代末期に他の植物の種子に紛れて渡来したと考えられています。


     ヘラオオバコの花。天体望遠鏡でのぞく土星の環のようです。

 ヘラオオバコの花は、一本の花茎に小さな花が穂状にたくさん集まった集合花です。土星の環のような白いものは、咲いている花の花びらではなく雄しべです。
 白い環を観察してみると、下の写真のように下から上へと移動していくので、花は下から上へ順番に咲き上がっていくように見えます。

   
白い環は最初下にあります。  中程まで移動しました。  先端に届いています。

 ところが、白い雄しべの出ている花の上の方をよく見ると、半透明の糸のようなものが出ていますね。じつはこれはヘラオオバコの雌しべなのです。まったく目立ちませんが、これもヘラオオバコの咲いている花です。さらに上部に雄しべも雌しべも出ていないものがありますが、これが花のつぼみです。

 ヘラオオバコの花は、下から順番に咲き上がっていくように見えるのですが、じつは先に雌しべを出して他の株の花粉を受け取って受粉し、それから雄しべを出しています。雌しべだけの花は雌花、雄しべだけの花を雄花といいますが、ヘラオオバコの1つの花は、雌しべと雄しべの成熟時期をずらして雌花から雄花に変身しているのです。土星の環のように見える花は、すでに雌花の役目を終えて、雄花の働きをしている花の姿です。

 下の写真は在来種のオオバコです。在来種のオオバコも穂状に小さな花をたくさんつけますが、その咲き方はヘラオオバコと同じです。

   
     在来種のオオバコ      上が雌花、下が雄花  カプセル状の実

 最初に、花の中にまず雌しべが現れます。その雌しべが受粉を終えて萎えた頃に、雄しべが現れて花粉を作ります。
 オオバコもヘラオオバコも、雌性先熟タイプの両性花で、自分の花粉が自分の雌しべにつかないようにしているのです。自家受粉を避けるのは、他家受粉で多様な遺伝子を持つ丈夫な子孫を残すためです。
 ヘラオオバコの土星の環のような花が、花穂の下から上へと移動しているように見えるのは、雌花から雄花へ変身しているからで、ヘラオオバコの種を存続させる知恵が、ちょっと面白い花の恰好を作り出しているのです。

 ヘラオオバコの花が咲き終わると、茶色の糸くずをまとったような姿となって、そのあとにオオバコと同じようなカプセル状の実ができます。
 カプセル状の実は中央で横に割れて、上の蓋がはずれるようにとれて種がこぼれます。なかには種子が2個入っています。

 
  花が咲き終わる頃のようす    野田市HPの植物図鑑「ヘラオオバコ」より

 野に咲く草花の特徴をまとめたユニークな「植物図鑑」を、千葉県野田市のホームページ上で見つけました。上右の図は、図鑑の「ヘラオオバコ」の特徴を紹介した一部です。
 この「植物図鑑」は「野田市の魅力発信事業」の一つとして、市内の草花を紹介する企画として作られたもの。著者は、宮城県出身で同市在住の自然科学系ライターの「わぴちゃん」こと岩槻秀明さん。現在342種類掲載されていて、そのうち116種を選んで書籍化されたものが、野田市の小中学校の理科の副読本として利用されているそうです。
「植物図鑑」の写真はオールカラーで、草花の特徴がやさしい言葉で書かれています。「植物図鑑」とPDF化された「本」の内容を誰でも見ることができ、身近な自然観察にとても役立ちます。のぞいてみてはどうでしょうか。
             草花図鑑|野田市ホームページ (city.noda.chiba.jp)

 ヘラオオバコの種子は、1株で2000~1万個もできるといいます。種子の多くはその場にこぼれ落ち、風に吹かれて散布されていくようです。雨に濡れるとゼリー状の液を出すので、動物の足やヒトの靴について運ばれることもあります。

 地面に落ちたり運ばれたりした種子は、まもなく発芽しロゼットの姿で越冬し翌年に花を咲かせます。土の中に埋まった種子は発芽できませんが、光があたるまで5年程度は休眠でき、なかには16年も休眠という報告もあるそうです。(Webサイト「北海道の耕地雑草」)
 古い株は地下に太い根茎を蓄えていて、そこからも芽を出し花を咲かせます。
 種子でも根茎からも花を咲かせて種子をつくり、耐乾性もあって痩せた土地でも育つので、ヘラオオバコは日本各地に分布を広げることができるのです。

 
   ヘラオオバコは、ロゼット化して越冬します。    花期に葉は立ち上がります。

 オオバコとヘラオオバコは同じ仲間ですが、その生育場所も分布のしかたも違っていて、上手に棲み分けしているようです。

 在来種のオオバコは、公園や空き地、田舎の道から山地の山道まで、人が適度に踏みつけて歩く場所に分布しています。多くの草花は人や車に踏まれると消えていきますが、オオバコの葉は葉脈部分の維管束がとても丈夫なので、踏みつけに強いのです。
 オオバコの種子は濡れると強くてねばねばした液を出し、靴や車輪にくっつき、どこまでも運ばれます。山野で道に迷ったら、オオバコを目印に行けば里にたどり着くといわれるほど人の移動と結びついて分布を広げています。
 オオバコの唯一の弱点は、背丈を大きく伸ばすことができないことでしょう。人の踏みつけがない場所では他の草花が大きくなるので光合成に負けてしまい、その場で生きていけなくなるからです。

 
踏みつけに強いオオバコの葉  人の移動する場所に沿って分布していきます。

 一方ヘラオオバコの長い葉は、オオバコのように強くはありません。それで、ヘラオオバコは、比較的人が踏みつけない場所を選んで生育しています。
 ヘラオオバコの葉は、ロゼットで冬を過ごしたあと、やがて真っすぐか斜め上に長く伸びあがります。ヘラオオバコはオオバコより草丈が高くなります。また、地上部が草刈りなどで刈り取られても、根茎から新しい葉を出し再生できるので、河川敷、牧草地、堤防、荒地などに生える草丈の高い植物たちと対等に競争しても負けません。ヘラオオバコはオオバコがもっとも苦手とする環境で分布を広げているのです。

 
  踏まれない所で育ちます。     草刈りには強く、他の草にも負けません。

 ヘラオオバコが日本全土に分布すると、花粉を風の力で運んでもらう風媒花なので、花粉症の原因植物として騒がれたり、在来種の生態系に悪影響を与えるということで、環境省の「要注意外来生物」に指定されたりしてきました。
要注意外来生物」は2015年には廃止、新しく作成された「生態系被害防止外来種リスト」にはリストアップされていませんが、これまでの経過もあってか、今でも国内では悪者扱いにされることが多いのです。

 ヨーロッパでは、ヘラオオバコは家畜用飼料として栽培されたり、ハーブとして食用や薬用に利用されたりしているそうです。

 ヘラオオバコの国内の「家畜用飼料」に関する研究論文を調べてみると、「ヘラオオバコの育成子牛への給与効果」(2003)という論文には「黒毛和種育成子牛へヘラオオバコの乾草を一日当たり200g給与することにより、日増体量と飼料要求率は向上する」とありました。また、「ヘラオオバコの給与が比内地鶏の肉質に及ぼす影響」(2010)の論文は「鶏にへラオオバコを給与することにより、健康的で保存性が高く、食味の良い鶏肉生産が期待できることが示唆された」とまとめられています。(農林水産研究に関する国内の論文・情報が探せるデータベース「AgriKnowledgeアグリナレッジ」より)。
 ヘラオオバコの家畜飼料としての価値が確かめられつつあるようですが、国内での研究はこれからのようです。

 ハンガリー在住の鷲尾亜子さん、武田友里さんのお二人が管理する「ハンガリー暮らしの健康手帖」というWebサイトには、ヘラオオバコのハーブについての記事がありました。サイト管理人の鷲尾さんにメールで問い合わせ了解を得てその記事の一部と写真を紹介します。

「・・・ヨーロッパ原産のヘラオオバコは、当地で薬草として重宝されてきました。
ハーブとしての日本語名は、プランタゴ。ハンガリー語では、Lándzsás útifű(ラーンジャーシュ・ウティフゥー)と呼びます。
 その殺菌作用、抗炎症作用から、ラーンジャーシュ・ウティフゥーは優れた咳止めハーブとして知られているのです。肺や気管支の炎症にも効果を発揮するといわれています。


ドラックストアの咳止めシロップ。1000Ft(約400円)~1600Ft(約640円)ほど。

 ハンガリーでは昔から、長引く咳には、このラーンジャーシュ・ウティフゥーのシロップなのだそう。当地のドラックストアを見ると、いくつかのメーカーの製品が並んでいます。3歳以上の子どもから飲めるもの、夜のつらい咳用など、年齢や症状に合わせて選びます。これらは処方箋なしで購入OK。・・・」(「長引く咳にハーブのちから」文・武田友里(2019,03,01)
http://health-note-hu.net/2019/03/01/plantago_herb-for-cough/

 写真の並んだ咳止めシロップのパッケージを見ると、日本でもなじみのヘラオオバコの絵が描かれています。これらはハンガリーでは広く知られている喉のハーブシロップで、管理人の鷲尾さんのお子さんもかつてよく飲んでおられたそうです。オオバコの評価が、日本とはずいぶん違っていることに驚きます。

 
  とんがり帽子に白い花の環    夜空の打ち上げ花火のようにも見えます。

 はるか海をわたりヨーロッパからやってきたヘラオオバコは、日本では雑草扱いですが、ヘラオオバコの家畜飼料や薬草としての研究が進めば、その価値が見直される日がやって来るのでしょう。また、在来種の生態系をこわすといわれていますが、在来のオオバコとは棲み分け共存の道を歩んでいるようです。在来種とのせめぎあいや葛藤がしばらく続き、長い時間をかけて風土になじみ、やがて日本の植物の生態系のなかに位置づくときが来るのかもしれません。(千)

◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花