mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより105 ヤブガラシ

 巻きつく相手を選ぶつる  蜜は昆虫のオアシス

 夏本番の暑い日ざしがジリジリと照りつけてきます。
 近くの雑木林の周りを囲む藪原で、ヤブガラシが花をつけていました。オレンジ色の小さな花です。花の周りには小さな黄緑色のつぼみがたくさんついていて、咲き出す準備をしています。


       ヤブガラシの花(オレンジ色)とつぼみ(黄緑色)

 ヤブガラシブドウ科ヤブガラシ属のつる性の多年草です。北海道西南部から沖縄に自生して日当たりの良い道端や林縁、藪の周り、庭先、荒れ地などに生えています。
 ヤブガラシとは「藪枯らし」の意味です。図鑑によっては「ヤブカラシ」としているのもあり、表記がゆれているようですが、「広辞苑」や「大辞林」を見ると「ヤブガラシ」とあるので、ここでは「ヤブガラシ」でとおしたいと思います。
 この名は、すごく茂って他の植物を覆い、藪を枯らしつくしてしまうほど高い繁殖力を持っていることに由来します。ちなみに英語名はBush killer(ブッシュ キラー)。直訳すれば「籔の殺し屋」というぶっそうな名前。西欧でもその行動はかわらず、警戒されているということなのでしょう。
 別名はビンボウカズラ。茂って山林が荒れ果てて家が貧乏になるとか、痩せた土地に生えるつる草という意味で、これも歓迎されている名ではありません。

 ヤブガラシが地上に姿を出すのは4月。茎が急速に伸びてつる性の茎となり、その茎から二又に分かれた巻きひげを出し、周囲の植物にコイルのように絡まって成長していきます。
 つる植物は自分の重さを支える茎を立ち上げるかわりに、つるを長く伸ばすことにそのエネルギーをかけますが、ヤブガラシも巻きつく相手を探して上に伸び、どれだけ早く光を独占するかにすべてをかけています。

   
      芽吹く新芽      二又に分かれた巻きひげ    巻き付く巻きひげ   

 近くの雑木林の林縁で観察したつるの長さは2~3mほどありました。ササ竹やイタドリ、幼木のオニグルミやヤナギの木の上によじ登って葉を広げています。
 この時期はクズも大きな葉を広げていますが、そのクズに巻きつき、張り合うように覆いかぶさっているのがヤブガラシです。その旺盛な繁殖力に圧倒されます。

 
 茎の長さ2~3m     クズと張り合うように葉を広げるヤブガラシ

 このヤブガラシの巻きひげは、手当たりしだいに巻きついているように見えますが、じつは、巻きつく相手を識別し、選択しているといいます。
 この性質を明らかにしたのは深野祐也氏(東京農工大学)と山尾僚氏(弘前大学)の2人の研究者でした。2人が所属する大学が共同で報道機関向けに「つる植物における自他識別能力の発見」(2015年8月26日リリース)として紹介、その後、深野祐也氏(東京大学大学院へ移籍)によって研究が深められ、その内容を2017年発信の東京大学プレスリリースで次のように伝えています。
 
 東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構の深野祐也助教は、ブドウ科つる植物であるヤブガラシの巻きひげが、接触によって同種の葉を識別し、巻きつきを忌避する能力を持っていることを発見しました。また、その識別に関与する物質は、ヤブガラシの葉中に高濃度に含まれるシュウ酸化合物であることを特定しました。
 巻きひげの素早い運動はダーウィンの時代から世界中で研究されてきましたが、巻きひげが接触した物体を化学的に識別し、巻きつき相手を選択できるということは、今回初めて明らかにされた現象です。つる植物は、自らだけでは上に成長することができず、安定した物体に巻き付いて登っていく必要があります。高い密度で繁茂することの多いヤブガラシにとって、同種を適切に避ける能力は、他種の植物など安定な物体に巻きつく上で必須な能力だと考えられます。それゆえ、同種かどうか葉を識別し、強く避けるという性質が進化したのだろうと考えられます。 (略)
           (東京大学大学院農学生命科学研究科 プレスリリース)

 ヤブカラシのつるには、自分とそれ以外を区別するセンサーがあって、自分には巻きつかず、他の植物を選んで巻きつき、高く伸び上がっていくというのです。ヤブガラシのつるにこんな能力があったとは。驚きました。

 ヤブガラシの繁殖力の強さは、つるの能力に加えて、葉の形にもあるようです。
 植物の葉の形には、葉が1枚 からできている単葉と複数の小葉が集まってできている複葉とがあります。ヤブガラシの葉は、写真(下左)のように側らの小葉からもう一つの小葉が分かれて、全体が5つの小葉でできている複葉です。鳥の足の形に似ているので鳥足状複葉と呼ばれています。

 
  小葉が分岐する鳥足状複葉    小葉は巧みに角度を変化させ光を吸収しています。

 複葉は同じサイズの単葉と比べて、低エネルギーで速くつくれて、軽量で耐風性にすぐれ、二酸化炭素の取り込みも勝っているといわれています。
 ヤブガラシの成長が早く、あたりの植物を覆いつくしてしまうほど勢力を拡大できるのは、優れたセンサーを持つつると、夏の暑い時期に効率よく光合成する葉を備えているからなのでしょう。

 ヤブガラシの花の時期は6月~8月頃です。小さな花は、4枚の花びら、4本の雄しべ、1本の雌しべ、花盤で構成されています。ガク片は退化したのか見られません。花盤とは花のオレンジ色の部分です。ガク片や花びらがついている茎の先端の花床(花托)の一部が大きく突き出たものです。
 花粉と雄しべは黄色、花盤はオレンジ色で、その真ん中に黄色い雌しべが小さなローソクのように立っています。地味で控えめな緑色の花びらは、これらの引き立て役です。

 
  花全体の姿     花のつくり(花びら4、 雄しべ4、 雌しべ1、 花盤、 ガクなし) 

 前日に開きそうなつぼみに目をつけておいたら、早朝に花開きました。花の姿を1時間置きに撮影し、変化のあった時間を選んで並べてみたのが下の写真です。

        ヤブガラシの花・朝から夕方までの変化
     

     

 早朝に開いた花は、昼までには花びらと雄しべを落としていました。一方、雌しべは、花びらと雄しべの落下後、午後に急に伸びて長くなっています。
 ヤブガラシの花は、午前の数時間に雄しべが成熟して花粉を出し、花びらと雄しべの落下後、雌しべが成熟して受粉体制に入っています。午前中は雄性期で、午後は雌性期と、一つの花の役割を変えていました。こうすることで、ヤブガラシの花は、自家受粉を避けて他家受粉で丈夫な子孫を残そうとしています。

 花盤の色の変化もきれいです。初めの雄性期はオレンジ色で、雌性期にはピンク色に変わっていきますが、再度オレンジ色に変わり、またピンク色に変わっています。図鑑類には「はじめ橙色、後に淡紅色に変わる」としか書かれていませんが、その変化を繰り返していることがわかります。
 この花盤の鮮やかな色の変化は、早く落下する緑の花びらに変わって、花を目立たせ、昆虫をひきつける役目を果たしています。

 ヤブガラシの花は小さい花なのに、多くの昆虫が集まってきます。
 花盤は昆虫たちが着地して蜜を吸うのに最適な形です。また、花盤には葉の気孔と同じようなつくりの開口部があって、そこから蜜がたっぷり出ています。
 花は雄性期でも雌性期でも、昆虫たちに来てもらわなくては受粉できません。午前も午後も蜜はあふれるように出ていました。

   
 雄しべのある時期の蜜      雌しべの周りの蜜     時間が経っても蜜は出ています

 蜜を目的にやってくる昆虫たちは。蟻や蝶、テントウムシ、ハエ、コガネムシなど多種多様です。いろんなハチも飛来してきて、アシナガバチもよく見られます。
 蜜がたっぷりでる時間帯が決まっていて、ニホンミツバチはその時間帯を把握し、良いタイミングで訪問するということです。

   
  雄性期と雌性期のどちらにもやってきます。   蜜を吸うアシナガバチの仲間

 ヤブガラシは花を多くつけるわりには、まったく実がついていないものが多いのです。調べると、ヤブガラシには2倍体と3倍体のものがあって、種子をつける2倍体は主に西日本に分布、東日本では実が実らない3倍体が分布するとありました。実がつかないのは3倍体だからでしょうか。下の写真は仙台市内で見つけた実です。これは2倍体のヤブガラシです。道路建設や植物の植栽などの人為的な行動が、2倍体の分布を広げている可能性も考えられます。
 この実はやがて黒く熟し、なかに4mmほどの種子が一つだけ入っていました。

   
   初めは  青い実        熟して  黒い実      なかに  種子が一つ

 ヤブガラシは種子でも増えますが、長く伸びる地下茎(根茎)が強い繁殖力を持っています。地表に近い根は細長く、簡単にちぎれてしまう頼りない根ですが、地下50cmあたりには太い根が張り巡らされています。この根が少しでも地中に残っていると、ヤブガラシはそこから再生し、どんどん繁殖していきます。耕作地や植木畑などに入り込まれると大変な困りものになってしまいます。


         地下に張り巡らされている ヤブガラシの地下茎

 困りもののヤブガラシを「厄介な雑草」として目の敵にし、除草剤で駆除することも行われていますが、それでは他の生きものを殺してしまいます。
 ヤブガラシの撤退方法として「巻きつくヤブガラシをほどき、くるくると丸く束ねて、地面に置いておく」ことを、「中央園芸のブログ」(2015-09-24)で、押田さんという方が体験談として紹介していました。こうすると自然に枯れるのだそうです。これはヤブガラシのつるの自他識別能力を逆手にとった方法で、くるくると束ねられると自分の葉や茎に接触、ヤブカラシは自分だけを認識し、巻きつく相手を失い成長を止めてしまうということでしょうか。これなら土に戻すことができます。

 嫌われるヤブガラシですが、新芽はアク抜きをすれば食べられ、独特の辛みを楽しんでいる人もいます。また、中国ではウレンボ(烏斂苺)の名で利尿・解毒・鎮痛などに薬効のある生薬として利用されてきました。
 特に地下に張り巡らされた根茎は、虫刺されの際に患部に生の根の汁をつけると効果があるとの報告もされています。(熊本大学薬学部・今月の薬用植物)


     昼頃の花盤の色は美しく、それぞれの花の成熟段階を示しています。

 ヤブガラシが実際に藪を枯らした場面を見ることはありません。逆に在来種であるヤブガラシは、他の植物たちとマント群落をつくり、森林内の環境保全の役割をしていることも考えられます。
 どんな植物も自然の生態系のなかで何らかの役割を果たしていて、全体として絶妙なバランスが保たれています。
 ヤブガラシが人には厄介な植物であっても、昆虫たちにとってはオアシス的な存在です。荒れ地に多く生えるということは、長いサイクルで大地を耕していることになるでしょう。
 自然は人間のためにあるわけではないので、草木や生きものたちとこの大地でどう共生していくのか、私たち人間の側の知恵がいつも試されています。(千)

◇昨年8月の「季節のたより」紹介の草花