mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより109 ホトトギス

  鳥の名と同じ名  ハチの形に合わせて進化した花

 ホトトギスと言えば、初夏を代表する鳥ですが、その鳥の名とまったく同じ名前で呼ばれるのが植物のホトトギスです。ホトトギスの花は、赤紫色の斑紋を持ち、凝ったつくりの独特の形が目をひきます。
「どんな草花にも小さな物語がひそんでいる」と語るのは、ドイツ文学者の池内紀さん。その池内さんのエッセイと画家の外山康雄さんのスケッチによる大人のための草花絵本のような美しい本のなかで、池内さんがホトトギス(杜鵑草)について綴るこんな文章がありました。

「開花すると斑点のある花弁が大きく反り返り、花火が一点に留まったようだ。ホトトギスの腹に横斑があることから、ホトトギスの名がついたそうだが、かつては動物と植物とが天地の呼吸をともに、おなじような意匠を競っていたらしい。」
    (文・池内紀 画・外山康雄『野の花だより365日・上』技術評論社


      花びらの斑紋が、鳥のホトトギスの胸の斑紋と似ているホトトギス

 杜鵑、不如帰、子規、時鳥、杜宇、郭公、・・・・さまざまに書き表されるホトトギスですが、花の場合は、杜鵑草と書くことが多いようです。
「鵑」だけでもホトトギスをあらわす漢字ですが、「杜鵑」には、中国にこんな伝説があるそうです。

「中国の戦国時代のころ、四川省は中華天下の中心部から離れた別天地であった。竹や米のよく育つ牧歌的なこの地に、杜宇(とう)(望帝)というおとなしい王様がいた。やり手の宰相開明の妻君に思いをかけたが、その恋がかなわず、宰相に国を譲って西山に隠れた。この山には鵑(けん)が鳴く。そこで国人が『あれは杜宇さまの生まれかわりだ』というので、杜鵑と呼ぶようになったという。これは四川省の古い伝説である。」(藤堂明保著『漢字の話 上』 朝日選書)

「杜鵑」という表記は、読みが同じホトトギスなので、鳥と植物の区別がつきません。そこで、植物のホトトギスは「草」をつけ「杜鵑草」と書き表して、区別するようになったようです。
 ホトトギスの別名に “油点草” というのがあります。これは若葉が展開した頃に、葉の表面に油が垂れたような模様が見られます。その模様に由来したものです。

 
    葉のわきに花を1~3個ほどつけます。       花みこしのような花の形

 植物名の「ホトトギス」は、広い意味ではユリ科ホトトギス属の総称として用いられます。ホトトギス属植物は、現在19種知られており、いずれも東アジアに生育し、日本には12種分布していて、この内の10種は日本だけに生育する日本固有種です。この分布のようすから、日本はホトトギス属の分化の中心地と考えられています。(「国立科学博物館」のHP・標本・資料「日本産ホトトギス属植物」)
 ふつう、ホトトギスという場合には、日本に自生する、この10種のなかの一種、学名Tricyrtis hirta(トリキルティス・ヒルタ)のことを指します。

 ホトトギス(Tricyrtis hirta)は、花期は9月下旬から10月中旬で、本州の関東より西の太平洋側、四国や九州の山野に自生しています。
宮城県植物誌2017』によると、県内の一部地域で見られるようですが、これは鑑賞のため県内に持ち込まれたものが野生化したものとの解説があり、東北地方での自生はないと考えられています。

 今回のホトトギスの写真は、仙台市野草園で撮影したものです。山地の岩場に似た環境で栽培されていて、草丈は1mほどで、花を葉のわきに1~3個ずつつけて豪華に垂れ下がるように咲いていました。茎や葉に毛が多く、茎の毛は上向きに生えているのが特徴です。


     1つの花は数日咲き続け、次々とつぼみが開くので華やかです。

 宮城県内の山地や里山ではホトトギスの花を見ることはできませんが、別の日本産ホトトギスに出会うことができます。山路によく似合う花で、その名も「ヤマジノホトトギス」(山路の杜鵑草)と呼ばれています。
 花期は、8〜10月頃。ホトトギスと違って全体が小型で、葉のわきにふつうは1個ずつ、たまに2個、花を咲かせています。
 花びらの白色につく赤紫色の斑点が少なく、花柱や花糸(雄しべの葯を支えているもの)には斑点がありません。ホトトギスの花の華やかさとは対照的な、秋の静けさに似合う花です。

 
 ヤマジノホトトギス。花はふつう1個つきます。  2個の花がついています。

 ヤマジノホトトギスは、春に芽生えます。新緑の時期になると、葉の表面に濃緑色の斑紋(油のような模様)がはっきりしてきます。見慣れてくると、花がまだでも見分けられます。夏の盛りがすぎると、葉のわきに小さなつぼみをつけ始め、やがて花を咲かせていきます。

   
   芽生え。葉には斑紋が見える。  ふくらむ  つぼみ     咲き出す  花

 咲き出した花を、真上から見てみました(写真①)。花びらと6個の雄しべ、6個の雌しべが重なりあって、きれいな図形をつくっています。六方向放射状形とでもいうような、まるで雪の結晶のようです。生物と無生物、ミクロとマクロの世界に見られる不思議な共通性は、どこから生まれてくるのでしょうか。自然が意志を持って設計しているかのような錯覚にとらわれます。

 花を横から見ると、花みこしのように華やかです(写真②)。花柱の上部から、花飾りのように飛び出しているのが、雄しべと雌しべです。雄しべの先の薄黄色のものが、花粉の出す葯です。雌しべは赤紫色の斑紋があり、先が二つに分かれています。
 その雌しべを拡大すると、何かキラキラした透明の円い粒々がついていました(写真③)。これは「腺毛状突起」といって、他のホトトギス属の花の雌しべにもよく見られるものですが、何のためにあるのか、今のところはっきり分からないそうです。

   
  ①花の形と文様     ②雄しべと雌しべ     ③雌しべにある腺毛状突起

 ヤマジノホトトギスの花は雄性先熟です。
 咲いたばかりの若い花は、雄しべの葯から花粉が出ていても、雌しべは花粉を受け取る状態ではなく、雄しべの上に水平に開いています(写真④―花の雄性期)。

 マルハナバチがやってきました。蜜は花びらのつけ根のふくらみの中にあるので、ハチは、花びらと雄しべ、雌しべの間にすっぽりはさみこまれて、蜜を吸います。このとき、雄しべの葯がハチの背中にふれて花粉がつき、ハチはその花粉を他の花へ運んでいきます(写真⑤)。

 花粉が持ち去られた頃に、雌しべが成熟してきます(写真⑥―花の雌性期)。すると、これまで水平だった雌しべの先が、曲がり始めて雄しべの下に潜り込みます。そして、曲がり込んだ雌しべの先(柱頭)が、ハチの背中にふれ、運んできた別の花の花粉を受けとります。
 独特の花の形と雄性先熟は、自家受粉を避けるためのしくみ。丈夫な子孫を残していのちをつなぐ花の知恵はみごとです。

   
 ④雌しべが水平(雄性期)   ⑤潜り込むハチ   ⑥曲がる雌しべ(雌性期)

 ヤマジノホトトギスの花とマルハナバチの関係もとても興味深いものです。
 蜜を求めてハチが花に潜るとき、ハチの体が大きくては潜り込めず、小さすぎては雄しべ、雌しべの先に足らず、花とハチとがちょうどいい大きさである必要があります。
 研究者の観察では、ホトトギス属の多くは、マルハナバチの仲間の、特にトラマルハナバチが多くやってきて、花粉の送受粉が行われているそうです。
 ホトトギス属の独特な花の形は、トラマルハナバチの体型にフィットし、ハチの背がちょうど雄しべ、雌しべの位置にふれるようになっているということです。
 ハチの背中に花粉をつければ、脚で払いのけることができないことを花が知っているかのようです。花がハチに合わせて花の形を変えたのか、それとも蜜を求めるハチが花に合わせて体型を変えたのか、いずれにせよ、花とハチが互いに特化するよう進化してきたものと思われ、植物の花と昆虫の長い時間をかけた共進化の関係をそこに見ることができます。

 11月、野山を歩くと、先のとがったサヤを持つヤマジノホトトギスの実を見つけました。内部に種子が残っていたので、白い紙の上に逆さに振ってみると、長さ2mm程で楕円形の薄く軽い種子がこぼれ落ちました。実は上部が3つにさけて開き、風にふかれサヤが揺られて種子を散布していくようです。

   
  ヤマジノホトトギスの実    さやの中の種子   こぼれ落ちる種子   

 宮城県の山野に自生するもう一つのホトトギスが、タマガワホトトギスです。
 冷涼湿潤な環境を好む植物で、夏に県北の山野を歩いて、山奥の沢沿いで偶然出会いしばらく見とれていました。ちょうど開花期で、黄色い花びらに斑点の茶色がちりばめられ、ホトトギス特有の美しさに渋さを加えていました。
 名づけ親は、植物学者の牧野富太郎博士で、花の色が山吹に似ていることから、山吹の名所である京都府井手町の玉川の名を借り、名づけたと言われています。
 名前に地名が入るときは、発見した自生地が多いのですが、この地にタマガワホトトギスは自生していないそうです。

 
     沢沿いに咲くタマガワホトトギス         山吹色の花姿

 ホトトギス属の花は、いくつもの園芸品種が生まれています。
 古くから栽培されているのがシロホトトギスです。花に紅色の斑点が多数目立つタイワンホトトギスホトトギスとの交配種が、ホトトギスとして一般に流通していて、各家庭の庭先や公園で目にするのはこちらのホトトギスでしょう。
 ホトトギス属の花の特徴をそのまま残しているので、マルハナバチがやってきて蜜を吸う姿が見られます。ホトトギスを食草とするルリタテハの幼虫も見られるので驚かれるかもしれません。

 
    シロバナホトトギス           ホトトギス(園芸種)

 私たちの先人は、鳥のホトトギスがたいそう好きだったようです。『万葉集』には153首もの歌が収載され、『枕草子』にもホトトギス(郭公)の初音を誰よりも早く聞こうと夜を徹して待つ様子が描かれています。植物のホトトギスは、取り上げられることはなく一首の歌も詠われていません。

俳諧歳時記』(改造社1933年)の「時鳥草」の項には「キバナホトトギス、タマガワホトトギスヤマホトトギスなどの種類ありて、その花愛すべしといえども、この草の名は鳥の名に紛らわしければ、句に草の花なることの確かなるようにありたし。」との記述があります。植物のホトトギスは鳥と同じ名なので、詩歌の世界では敬遠されていたようです。
 現在の『俳句歳時記』(角川書店)を見ると、杜鵑草、時鳥草、油点草、いずれも「ほととぎす」として、秋の季語に取り上げられています。

  むらさきを粋にあしらひ杜鵑草   渡部節郎
  幾度も雨に倒れし油点草      稲畑汀子 
                                (千)

◇昨年10月の「季節のたより」紹介の草花