mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより140 ハハコグサ

  春の七草の「ごぎょう」 小さな綿毛の種子の旅立ち

 1月7日、春の七草がゆをいただきました。七草がゆは中国の唐の時代の風習が、平安時代の若菜を摘む習慣と結びついたもののようです。
 七草がゆに入っているのは、「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞななくさ」と歌に詠まれた春の七草です。
 新暦の正月の七草は全部は揃えられず、結局、店に並んだ七草の詰め合わせで季節を味わいました。昔はそんな手軽なものはなかったので、寒い雪のなか、若菜を探して摘んでいたのでしょう。百人一首(15番)に次のような歌があります。
 
  君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ
                            (光孝天皇

 真っ白なおかゆと緑の七草は、白い雪と若菜のようにきれいでした。


      雪のなかのハハコグサ。円内は春に咲くハハコグサの花

 春の七草では、ハハコグサは「ごぎょう」または「おぎょう」(御形)と呼ばれています。この呼び名は、今でも地方によって見られる「流し雛」の風習からきたものといわれています。昔、3月の節句には、白い紙や布や綿毛に覆われた草(ハハコグサ)で人形(御形)を作り、身のけがれや災いをその人形に移して川に流していた風習があったのです。
 この人形がしだいに家の中に保存され飾られるようになったのが、現在の「雛人形」です。

 また、桃の節句に草餅を食べる風習が平安時代に中国から伝わっていました。この草餅にはハハコグサがつなぎとして使われ、「母子餅」とよばれていました。
 ところが、母子を杵でつくのは縁起が悪いということから、いつしかヨモギにとって代わられました。ヨモギは、ハハコグサより多く手に入り、香りもよいということもあって、現在の草餅にも使われています。

 ハハコグサは、キク科ハハコグサ属の越年草です。アジアの特産で中国を中心に分布し、麦類の栽培と共に有史前に朝鮮半島を経て渡来したと考えられています。日本では、北海道から九州にかけて全国に分布し、畑はもちろん、春の水田や都市の道ばたなどにも普通に見られる植物です。

 ハハコグサの芽生えは秋です。夏から秋の草花たちが種子を残して枯れてゆき、日当たりのよくなった地面に芽を出します。左下の写真は秋に空き地で見つけたハハコグサの芽生えです。右下の写真は冬の姿です。新暦の七草の頃はまだ小さく、つみ取って食べるにはかわいそうな姿です。

 
  秋の芽生え。すでに本葉が出ています。   冬はロゼット状の姿ですごします。

 秋に芽生えて冬を過ごす植物は、葉を地面すれすれに放射状に広げています。その姿がバラの花の形に似ているのでロゼットと呼ばれています。
 ロゼットの姿でいると、踏みつけられても平気です。冬の間、風当たりが少なく、光もあたるので光合成も続けられます。根まわりの地温も暖かく凍ることもないので、寒い冬を過ごすには最適の姿なのでしょう。

 ハハコグサは、葉も茎も白く柔らかな毛で覆われています。冬は防寒、暑い日は乾燥から身を守る役目をしています。また、食害を防いでいるようで、虫食いの葉がありません。ただアカタテハの幼虫は、競争相手のいないこの葉に目をつけ食草の一つにしています。

 春が来ると、ロゼットの姿で冬をのり越えてきたハハコグサは、生き生きしてきます。短かった茎は株元から何本も分かれて立ちあがり、新しい葉を互生につけていきます。葉は、先が丸いヘラのような形。表は緑色で裏は白い毛が生えています。茎にも白い毛が密生し、全体がやや白っぽく見えます。
 春先まで過ごしてきたロゼットの葉は、根から直接出ている根出葉です。根出葉は新しい葉が出た後、花が咲く頃に姿を消していきます。

 
   春に茎を伸ばして葉をつけます。      小さなつぼみができています。

 ハハコグサは春から初夏にかけて花を咲かせます。茎を伸ばしたその頂きにフェルト細工のような花の塊をつけます。


       ハハコグサの花。細長い葉の中心にある黄色い塊が花です。

 花の塊は黄色い小さな粒々でできています。その粒々の一つひとつは頭花と呼ばれています。花の塊は頭花がたくさん集まったものです。

 
   黄色い塊は頭花がたくさん集まったもの      頭花の拡大。約100個の小花で構成

 さらに頭花は筒状の小花が集まってできています。小花はとても小さく、カメラのマクロレンズで拡大して、やっと見えるほどです(上右写真)。
 図鑑では「中央に両性花、周囲に雌花がつく」とあります。写真の中央に見えるのが両性花で、開いた花びらのなかに、雄しべと雌しべらしきものが見えます。まわりを囲んでいる多くの小花が雄しべのない雌花です。

 頭花の受粉はどうしているのでしょう。キク科の花の多くは虫媒花で、昆虫たちを呼び寄せ受粉をしていますが、ハハコグサの小花は小さくて目立ちません。花の香りも蜜もなく、やって来るのは何かを探すアリがときどき、花に群がる昆虫を見ることはないのです。
 それでも、時期がくると、両性花と雌花のどちらの小花も結実し、綿毛のある種子ができます。頭花に集まる小花は自家受粉で種子をつくっていると考えられます。

 
   綿ほこりのような種子の集まり     飛び立つ綿毛のついた種子(拡大)

 花の後には綿毛の塊ができていました。このなかにはタンポポの綿毛に似た種子がたくさんできているのですが、目視ではよく見えません。
 種子は長さ0.5mmほどで、約2mmの綿毛がついています。非常に微細で、種子が集まった塊は綿ほこりに見えてしまいます。
 内藤俊彦氏の論文「種子」によると、野生植物種457種の種子の重さを測定した結果、ハハコグサは千粒で6.5mg。6番目に軽い種子ということでした(内藤俊彦「種子」弘前大学教育学部紀要19-B)。

 この微細な種子は一株でどれくらい生産されるのか、およその数を計算してみました。
 一つの頭花を構成する小花を数えてみると、両性花が5個前後、雌花が90個ほどありました。つまり1つの頭花に約100個の小花が集まっていることになります。
 一本の茎の先につく一つの花の塊が約100個の頭花でできているとすると、花の塊は約10.000個の小花をつける計算になります。
 一株から伸ばす茎の数は約50本とし、その先につける花の塊を約50個とすると、ハハコグサ一株には約500.000個もの種子が生産されることになります。
 田畑や道ばたのハハコグサの株を数えるのは不可能ですが、膨大な数の種子が生産されていることは想像できます。

 
    種子を飛ばしているハハコグサの姿       種子が飛んだあとの花床の姿

 動くことのできない植物にとって、種子の散布は次の世代に子孫をつなぐ手段です。そのため植物は、種子の数、重さ、形などを微妙に調整し、変化させて、独自のしかたで種子散布を実現させています。
 大きな重い種子は、栄養分がたっぷりあるので、確実に発芽し成長できますが、種子の数を多くは生産できません。
 ハハコグサは小さな軽い種子を大量に生産し、広く遠くに種子を旅立たせて、発芽のチャンスを増やしています。でも、栄養分がわずかなので発芽後は自分で栄養をつくらないと枯れてしまいます。
 ハハコグサは発芽できた種子たちが自力で光合成し成長していくことに望みをかけたのです。種子たちは期待に応えて自然界を生き延び、今日までそのいのちをつないできています。


       すき間に入った種子が育ち、花を咲かせています。

 ハハコグサの名の由来については、いろいろな説があるようです。
 葉や茎は白い毛に覆われていて、黄色い花をやさしく抱いているようなので「母子草」の名がついたという説が一般的です。
 これは当て字だとするのが、牧野富太郎博士の説です。茎の綿毛や種子の冠毛が「ほおけだつ」(けばだつの意)様子を、かつて書き言葉で「ハハケル」と書いたことから、これが転化して「ははこ」となったものとしています(『新牧野植物図鑑』)。
 他にも、ハハコグサは縁起の良い花で、葉は草餅や薬草にも使われる大事な葉だから、葉が強調されてハハ(葉々)となり、それに接辞のコをつけ、「葉々子草」になったという説(吉田金彦『語源辞典』)など、多数あるのです。

 定説はなく、ただ、平安時代に作られた『文徳天皇実録』(879年)という書物には「田野に草有り。俗に母子草と名づく」と書かれており、同じ平安時代の『本草和名』(918年頃)には「波々古久佐」という名が見られます。古くから「ハハコグサ」は「母子草」として記されていたことがわかります。
 名前の由来が諸説あったとしても、人々の間では「母子草」の名に親しさを感じてその名を受け入れ、しだいに定着してきたように思われます。

 
   チチコグサの花            ハハコグサの花

 ハハコグサの同じ仲間にチチコグサというのがあります。日当たりがよく乾いた山野に生える多年草ですが、ある図鑑で「ハハコグサに似た草でやや貧弱。・・全体がうす汚れ、栄養失調の男がボロをまとったようなあわれな姿」(野草ハンドブック「春の花」山と渓谷社)とありました。何だか気の毒な扱われ方です。
「母子草」に対して名づけられた「父子草」は、確かに地味な花ですが、基部から出る星形の苞葉などの特徴はエーデルワイスと共通していて、無口ながらも我が子思いの父親を思わせる花です。
 客観俳句の俳人、高野素十に「父子草 母子草 その話せん 」という句があります。「父子草も母子草もそれぞれ風情があっていいもの。その話をしませんか。それを契機に父や母の話にもふくらんでいくのでは。」と深読みしてみたのですが、「母子草」や「父子草」の花をながめ、その名を口にする人は「親と子」についてのさまざまな感慨や思いを巡らせるのではないかと想像してみるのです。(千)

◇昨年1月の「季節のたより」紹介の草花