mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより129 ヘクソカズラ

  白いベル状の愛らしい花  花に似合わぬ臭(にお)い

 いい匂いを香らせる植物といえば、クチナシキンモクセイの花などを思いうかべますが、ヘクソカズラ(屁糞葛)はまさにその名の通りの臭いを放つ植物です。
 こどもの頃、庭に伸びてきたこの花がかわいいので手に取ろうとして、ツルをひっぱったときの臭いに驚き、慌てて手を離し、後でその名を知って、一度でその名を覚えたのがヘクソカズラでした。


               ヘクソカズラの花

 ヘクソカズラは、アカネ科ヘクソカズラ属のつる性の多年草です。山林、野原、道端などに自生し、市街地でも生垣や空き地の金網などに巻きついているのをよく見かけます。

 ヘクソカズラの学名は「Paederia scandensx」。種小名の「scandens(スカンデンス)」は「よじ登る」という意味でつる性の植物をあらわしていますが、属名の「Paederia(パエデリア)」は、ラテン語の「paidor(悪臭)」という言葉に由来します。ヘクソカズラは、漢名では鶏屎藤(けいしとう=鶏糞のようなつる植物)といい、英名も「Skunkvine」(スカンクの臭いの草)」と呼ばれて、とにかくそのくさい臭いの印象は他の国の人も同じように感じていることがわかります。

 
     小さなつぼみをたくさんつけます。   大きくなったつぼみと花(横から)

 ヘクソカズラという和名はいつごろ誰がつけたのでしょう。7世紀から8世紀にかけて編まれた『万葉集』(783年)には、植物を詠んだ歌が約 1500 首ほどありますが、そのなかにただ一首だけ、ヘクソカズラが「屎葛(くそかずら)」という名で詠まれています。

 蓙筴(ざふけふ)に  延(は)ひおほとれる屎葛  絶ゆることなく宮仕えせむ
                     高宮王(万葉集 巻16-3855)

 菎莢(ざふけふ)は「かわらふじ」ともよまれ、マメ科のジャケツイバラといわれています。ジャケツイバラは、幹や枝にトゲがあり、夏に鮮やかな黄色い花を咲かせます。「延(は)ひおほとれる」は長く絡みながら延びてゆく様子をいいあらわしています。
 歌は「ジャケツイバラに絡みつくクソカズラのように、私も途絶えることなく宮仕えをいたしましょう」という意味。ジャケツイバラを朝廷に、クソカズラを自分になぞらえ、朝廷に忠誠を誓う意味か、もしくは宮仕えを自嘲気味に詠んだものか、その真意ははかりかねますが、この歌はある座興の席で「蓙筴」、「屎葛」、「宮仕」の三つの言葉を折り込み歌を詠むように言われ、それに応えて高宮王が詠んだ歌です。本来歌に詠まれることのない「屎葛」が、たまたま座興の席で詠まれたおかげで後世に残り、この植物が学名をつけられる以前に、日本では「クソカズラ」という和名で呼ばれていたことが分かります。
「クソカズラ」が「ヘクソカズラ」となったのがいつからなのかは、はっきりしていません。貝原益軒の「大和本草」(1709年)には「女青(この草の漢方の生薬名)ハ俗名ヘクソカツラト云」とあることから、江戸時代前半にはヘクソカズラと呼ばれていました。ですからそれ以前に、誰かが「クソカズラ」に悪乗りして「へ」を加え、バージョンアップ?されたものが、そのまま伝えられていったものと思われます。だれが加えたのかは、これも不明です。

 
明るい日差しを好みツルを伸ばします。  炎天下にも負けずに花を咲かせます。

 ヘクソカズラの咲かせる花は、その名とはまったく反対の愛らしく清潔感のある花です。有川浩(ひろ)さんの小説『植物図鑑』(幻冬舎文庫)では、重要な小道具として登場し「中心が上品なえんじでふわりと染まった、フリルのようなカッティングの入ったベル形の小花」と表現されています。
 中心の紅紫色の部分が花のポイントで、これは昆虫をひきつける役割をしています。この部分をよく見ると、おもしろい発見がありました。
 紅紫色の形が、星型多角形、五角形、星型、円形に近い形など、株によってさまざまな形が見られるのです。こどもたちとの散歩や野外学習などで、ヘクソカズラを見かけたら、どんな形があるのか探してみるとおもしろいでしょう。


  中心が星型多角形      五角形        星の形      ほぼ円形

 ヘクソカズラの花の中心の紅紫色のところは、めしべらしいものが飛び出していますが、腺毛が密集していて花の内部がよく見えません(下写真 中央)。
 ひとつの花を開いてみました(下写真 右)。内側全体も紅紫色に染まり腺毛でびっしりでした。花の根元から2本に分かれて花の入り口に向かって伸びているのはやはりめしべです。おしべは5本、花糸が短く、花びらの内側にはりつくようについています。 
 蜜は花の根元の部分から出ています。花のなかの腺毛は粘りけがあって、蜜を求めて花にもぐりこんだハナバチなどが簡単には出られず、その間に虫に花粉を擦り付け、受粉するしくみのようです。 
 アリもしきりにやってきますが(下写真 左)、花の甘い蜜だけ盗んでいくので、いたるところに貼りめぐらされている腺毛は、アリの侵入を防ぐ役割りもはたしているようです。


   蜜を探すアリ      入り口の腺毛とめしべ    めしべとおしべ  

 ヘクソカズラの花には嫌な臭いはありません。ヘクソカズラが悪臭といわれる臭いを放つのは、葉や茎をちぎったり切ったりしたときだけです。傷つけられると、細胞内に蓄積した「ペデロシド」という成分が分解、メルカブタンという悪臭を放つガスを発生させます。ヘクソカズラは、虫たちによる食害から自分の身を守るため、悪臭を放つ成分を体内に蓄えるという方法を選択しました。進化の過程であえて身につけた自己防衛のしくみです。

 その効果は抜群でした。ヘクソカズラを食草とする昆虫はほとんどなく、馬も悪臭をきらって食べないので「馬食わず」という別名があるほどです。
 ところが、この防御システムも完ぺきではなく、この悪臭成分を好んで吸い込んで、体内に蓄える虫が出てきたのです。それがヘクソカズラヒゲナガアブラムシです。このアブラムシは他のアブラムシと違い多量のペデロシドを含んでいてまずいのか、天敵のテントウムシも食べようとしません。
 他にもスズメガ科のホシホウジャクの幼虫は、ヘクソカズラの葉を食草としています。誰も手を出さない植物を選択したことで、ホシホウジャクの幼虫は食草を独占して食べ放題です。
 ヘクソカズラも小さな虫たちも自然界で生存するための知恵比べが行われています。それが進化の要因なのでしょうか。いのちと進化の不思議さは興味がつきません。


  葉の腋から出る花序はよく枝分かれして、数個から数十個の花をつけます。

 ヘクソカズラは花の後、青い実をつけます。この青い実はつぶすと強く臭うのは、熟すまでの間、茎や葉と同じ自己防衛力を働かせているのでしょう。
 稔り始めると黄褐色になり、冬の訪れの頃には光沢のある茶褐色の実になります。実の直径は6mmほど、中には二つの種が入っています。この頃には臭気はほとんど無くなるので、ジョウビタキメジロヒヨドリなどに食べられ、遠くまで運ばれ分布を広げていきます。
 ヘクソカズラは他の樹木や草に絡みついて上に伸びますが、絡んだ植物を枯らすほど上を覆うことはなく、冬に枯れてしまいます。根っこは生きており、翌春に再び芽生えます。長い間に茎の元の部分が木質化しているものが見られます。
 ヘクソカズラには薬効があり、便利な民間薬として利用されてきました。ひび、あかぎれのときは実をつぶして患部にぬったり、虫刺されには生の葉を揉んでその汁をつけたりしていたようです。漢方では「女青」とよばれ、さまざまな薬効をもつ生薬として調合されています。
 色づいた実は冬の光に照らされると美しく、枯れた茎やツルはしなやかで丈夫です。ドライフラワーやリース飾り、フラワーアレンジメントなどの素材として使用されることも多くなっています。

 
     ヘクソカズラの若い実       成熟した実は、工芸品のようです。

 ヘクソカズラの名については、ひどい、かわいそうという同情論があって、以前から改名運動が行われてきました。その花を早乙女(田植えをする娘)の笠に見立ててサオトメカズラ、花をふせた形をお灸のもぐさにし花の内側の紅紫色をその火に見たててヤイトバナ(灸花)など、今は別名で呼ばれる名のほかにもさまざまな新名の提案があって、「結局、環境省は、民俗学的な言い伝えのほうを重視し、お灸の古名であるヤイトバナを正式な和名」としたのだそうです(花の歳時記NO58ヤイトバナ)。
 標準和名については、今日まで命名についての明文化された規則がなく、新しい名称の提唱、同名や異名の処理、改称といった行為は、それぞれの分野の研究者達の間で慣習的に行われてきたのが実情のようです(日本魚類学会「魚類の標準和名の命名ガイドライン」)。したがって、環境省による改名の権限はなく、改名の音頭をとってきたということになるようです。


   花の印象とその名の落差が、またこの草花の印象を強くしています。

 それにもかかわらず、ヘクソカズラの名は残り続けています。それはその名の「臭い」が、歴史的にも世界的にも共通して、本種の花の特徴を最もわかりやすく示しているからなのでしょう。悪臭ゆえに大変ユニークに名づけられた名前は一度聞いたら忘れられない名となり、その名と花の愛らしさの落差も強く印象づけられます。どんなに花の美しさや形などを由来とする名を候補にあげたとしても、これほどインパクトのある名に代わる名を定着させることは至難の業でしょう。
 こどもたちの受けとめる感覚はとても素直です。その名のいわれが分かると納得し、植物が自分の身を守るために知恵を働かせていることを理解します。
 こどもたちにとって、ウンチやオナラはきわめて自然な生命現象でむしろ興味があります。「『うんち』は、現在の生き物の『いのち』と『いのち』のつなぐ架け橋」であり、「さらに、『生き物』とそれを取り巻く『生態系』とをつなぐ架け橋にもなっています(増田隆一「うんち学入門」講談社)。」
 この植物の名をきっかけに、こどもたちの興味や関心を広げるなら、生きもののいのちのしくみについてのさまざまな学びができるでしょう。ヘクソカズラは単なる植物の観察にとどまらないおもしろい教材になる可能性を持っています。(千)

◇昨年8月の「季節のたより」紹介の草花