mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより77 ニッコウキスゲ(ゼンテイカ)

  初夏を知らせる橙黄色の花  山野の湿原に群生

 「星の並び方を音符に見立てて、星座のメロディーを作った人がいるそうである。」そんな図鑑らしくない書き出しで「ニッコウキスゲ」を紹介している植物図鑑がありました。
「・・・ラッパのような花をのぞくと、6個のおしべの先の黒い葯がメロディーを奏でているように見える。夕方になると葯の色や形もぼやけて、花はやがてしぼんでしまうが、翌日には新しい花がまた橙黄色の譜面にすっきりとした形の黒い音符を並べる。高原や湿原を飾る花として人気があるが、海岸や低地にも生え、意外に身近にある植物である。」(『宮城の高山植物』宮城植物の会編・河北新報社発行)

 季節が訪れニッコウキスゲの花が咲き出すと、ふとこの文章が浮かんできて、橙黄色の花びらの譜面に黒い音符を探してしまうのです。

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           初夏を知らせるニッコウキスゲの花

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    おしべは音符  橙黄色の譜面に並ぶ    メロディーを奏でるのは  虫の音

 現在、一般には「ニッコウキスゲ」という名前で知られていますが、標準和名は「ゼンテイカ」といいます。キスゲ亜科のワスレグサ属の多年草で、漢字で「禅庭花」と書きますが、その由来は不明のようです。
 ニッコウキスゲの名は、栃木県の日光に大きな群生地があって、橙黄色の花の葉がカサスゲ(笠萓)に似ているのでそう呼ばれるようになったものです。
 多くの図鑑では標準和名のゼンテイカの名で掲載され、ニッコウキスゲはその別名と記載されていますが、一般にはゼンテイカの名前を知る人は少なく、ニッコウキスゲの方が多くの人に親しまれています。別名が標準和名よりもこれほど知名度が高いという花も珍しく、最近では「ニッコウキスゲゼンテイカ)」の名で掲載する図鑑も出てきました。

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      花の季節、群生地は一面華やかな橙黄色の世界になります。

 ニッコウキスゲは、「日光」の地名がついているので、日光に行かなければ見られない日光地方固有の高山植物のように思っている人も多いようです。それほど特別の花ではなく、本州の高原に普通に見られる花です。東北地方や北海道では低地の湿原や海岸近くにも自生しています。
 県内でも高山にいかなくても身近なところで見られます。仙台市青葉山では散策路の所々に小さな群落をつくっています。気仙沼や唐桑半島の海岸沿いの遊歩道を歩くと、青い海を背景に美しく咲き誇る群落をながめることができます。もし、湿原に群れて咲くニッコウキスゲの花に出会いたいと思ったら、栗駒山の中腹に位置する「世界谷地」を訪れてみてはどうでしょう。

 私が世界谷地を訪れたのは6月末、梅雨のさなかで、湿原は霧に覆われていました。時々太陽が顔を出しては隠れ、湿原は幻想的な雰囲気を醸し出していました。
 世界谷地というのは、「広い湿地」ということから名づけられた地名です。栗駒山の南麓の標高669から707m地帯に広がる細長い湿原は、比較的花の多い第1湿原と樹木が茂る第2湿原に木道が整備されていて、誰もが気軽に散策できるようになっています。

 第1湿原に入ると霧の中にニッコウキスゲの群落が広がっていました。朝露にしっとりとぬれて、黄色や橙色の花が浮き立つようにして揺れています。咲き終えた花もまだ色鮮やかで、表面には小さな水玉が光っていました。

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      朝霧のなかに咲くニッコウキスゲの群れ(世界谷地湿原)     

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       開いた花              咲き終えた花

 湿原の地面をうめつくしているニッコウキスゲの葉は、細長く根元から2列に出ています。葉の間からは長い花茎が伸びて、その2つに分かれた枝の先には、今咲いたと思われる花が2,3個、どの株にも申し合わせたように一斉に咲いていました。

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         湿原をうめる細長い葉、花茎の長さが目立ちます。

 開いた花はやや横向きで、6枚の花びらが根元でつながり、先端がそり返っているので金管楽器のようです。おしべは6個で花筒の上端につき、花びらより短く、葯は紫黒色。めしべはおしべより長く突き出ています。おしべもめしべも上方に曲がって、やって来るチョウやハナバチたちを待ち構えているようです。
 開いた花の脇にはつぼみが2個から4個、花開く準備をしていました。ニッコウキスゲの1つの株には5個から7個ほど花を咲かせるようです。

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    つぼみ、開き始めた花        開いた花は金管楽器のよう

 ニッコウキスゲの花は、朝咲いて夕方にはしぼんでしまう「一日花」といわれています。学名のHemerocallis(ヘメロカリス)は、ギリシャ語のhemera(1日)とcallos(美しい)を語源とし、ニッコウキスゲが1日だけ美しい花を咲かせることに由来しています。英名でもday lily(1日ゆり)と呼ばれています。

 ところが、実際に観察した人によると、意外な事実が語られていました。
「さてニッコウキスゲはよく『朝咲いて夕方には閉じる1日花』といわれる。私もその話しを鵜呑みにして、過去に何度かそう書いたこともあるが、以前ある自生地でひとつの花を観察したところ、朝咲いて翌日の夕方閉じることが判明。調べてみると、確かにそのように書いてある本もある。ただすべての花がそうなのかはわからない。ひょっとすると1日花と2日花、両方あって何らかの条件で変わるとか、株によって変わるとか、そんな可能性もないとはいえない。一方で1日花説というのが、完全な間違いの可能性も否定できない。」(Nature Log植物記 日野東)
 さらに、「花おりおり」(湯浅浩史著・朝日新聞社刊)の「ニッコウキスゲ」では、「花は一日だけ開くといわれていたが、実際は二日花で、朝咲いてそのまま夜を越し、翌日の夕方しぼむ。」と解説しています。

 さて、どうなのでしょうか。多くの図鑑やブログの花の紹介では、「花は1日でしぼんでしまう」と解説しています。どうも一般に言われていることを鵜呑みにしてはいけないようです。もしニッコウキスゲを身近で観察できる環境がありましたら確かめてみませんか。もしかすると、日本だけでなく世界での「一日花」という思い込みを覆す結果が出てくるかもしれません。

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   「一日花」といわれていますが・・・      咲いている花  咲き終えた花

 はるか遠くまで広がるニッコウキスゲのお花畑は、静かでした。花の群れは、湿原を渡る風にかすかに揺れ、時折カッコウの鳴く声が聞こえてきます。せわしい人の日常とは異なる自然の生きものたちの時間がゆっくりと流れていきます。
 人も自然の生きもの。自然のなかに身をおくことで、それぞれが何か忘れていた大切なものに気づかせてもらうことができるようです。
 ふと足元を見たらふだん見ることのない湿原に咲く花たちが顔を見せていました。

   咲き終えたもの、これから咲き出すもの 湿原を彩る高山植物たち

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  ワタスゲ       サワラン      トキソウ     キンコウカ

 植物はふつう枯れると腐って土に帰ります。枯れた植物が腐るのは、土の中にいる微生物によって分解されるからです。寒くて水浸しで酸素の少ない場所では、微生物は働けず、枯れた植物は分解されないまま残ります。これが「泥炭」で、その泥炭が積み重なって凝縮してできたものが湿原です。
 湿原の表面が地下水位より低く、おもにヨシやスゲの泥炭でできている湿原は「低層湿原」といい、泥炭がさらに多量に蓄積されて地下水位より高く盛り上がって、ミズゴケを主とした泥炭でできた湿原は「高層湿原」と呼ばれています。
 世界谷地は深さ1.3メートルの泥炭層の上をミズゴケ類の厚い層が覆っていて、一部は高層湿原化している、低層湿原から高層湿原への中間湿原の状態にあるということです。湿原は今も遷移し続けています。

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     静かな静寂の時間、ときおり  カッコウの鳴き声が聞こえました。

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     ニッコウキスゲは太古からの湿原に花を咲かせて湿原に還ります。    

 観光スポットや公園などで見られるポピーやネモフィラのようなお花畑は、人手によって作られた土地に栽培された1年限りのもの。高山や平原に咲くお花畑は、自然の草花たちが季節のめぐりを待ちかねて毎年花を咲かせ続けているものです。
 人工的に作られた「自然」はいっときの満足を与えてくれますが、本物の自然が織りなす多様ないのちの輝きを感じさせてはくれないでしょう。
 お花畑の舞台となる湿原の泥炭の形成は、1年にわずか1〜3mmほどといわれています。太古からの湿原に花を咲かせているニッコウキスゲの花たちは、やがて枯れて湿原に還っていきます。気が遠くなるような長い自然の営みの、今という一瞬に立ち会っている思いがするのでした。(千)

◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花