mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより117 ミミナグサ

  ハコベに似た花  枕草子の「若菜摘み」に登場

 平安時代には「若菜摘み」という習慣がありました。春の野に出て若菜を摘んで、正月七日に若菜を食べるという行事です。旧暦のお正月ですから、新暦の1月下旬から2月上旬にあたります。萌え出る新しい生命力を自然界からいただき、若菜を「摘む」ことと年を「積む」(老いる)ことを掛けて長寿を祈願したものと思われます。今も七草粥という行事として残っています。
 清少納言の『枕草子』には当時の「若菜摘み」の話があって、ミミナグサが登場してきます。


        ミミナグサの花。ハコベの花に混じって咲きます。

 宮廷では正月七日の若菜の準備に、六日からひと騒ぎしていますと、見も知らぬ草をこどもが摘んできました。

 七日の日の若菜を、六日、人の持て来騒ぎ、とり散らしなどするに、見も知らぬ草を、子どもの取り持て来たるを、「何とか、これをばいふ」と問へば、頓(とみ)にもいはず、「いさ」など、これかれ見あはせて、「『耳無草』となむいふ」といふ者のあれば、「むべなりけり。きかぬ顔なるは」と、笑ふに、また、いとをかしげなる菊の、生ひ出でたるを持て来たれば、
  つめどなほ耳無草こそあはれなれ  あまたしあればきくもありけり
 と、いはまほしけれど、また、これもきき入るべうもあらず。
              (新潮日本古典集成 「枕草子」 第125段)

 話の前段は、正月七日の若菜を、六日に持ってきた者もいて、騒ぎ取り散らかしたりしていると、見慣れない草をこどもがとってきたので、清少納言が「何と言う草なの」と尋ねました。すぐには答えられないでいると、誰かが「耳無草(みみなぐさ)じゃないかしら」と言ったので、それで「道理で話が聞こえないような顔をしているのね」と大笑いになった、という内容です。
 実際には、ミミナグサは「耳無草」ではなく、葉に短く柔らかな毛が生えていることから、ネズミの耳に似た食べられる菜という意味の「耳菜草」なのですが、清少納言は「耳菜」を「耳無」に掛けた会話でその場の雰囲気を笑いに包んでいます。
 続いて、別の子が風情ある菊を持ってきたので、清少納言は「菊」と「聞く」を掛けて、「つめどなほ耳無草こそつれなけれ あまたしあれば菊もありけり」(いくら草花を摘んでみても、耳無草はかわいそう、たくさんの中には、菊(聞く)もあるのにね)と歌を詠んでみたけれど、相手がまだこどもなので聞く耳ない(わかりそうもない)と思いやめたと、この段を結んでいます。
 清少納言の当意即妙な言葉遊びに取り上げられたミミナグサは、平安時代の人々には広く知られていた野の草だったようです。

 
 ミミナグサの葉は対生で短毛が生えています。    ネズミの耳に例えられました。

 ミミナグサはナデシコ科ミミナグサ属に分類され越年草(冬型一年草)です。古くからの日本の在来種で、ハコベ季節のたより70)と似たような場所に生えているので、ハコベと一緒にされて間違えられることが多いようです。

 ハコベナデシコハコベ属の越年草です。日当たりの良いところでは2月頃から花が見られ、9月頃まで咲き続けています。
 ハコベと呼ばれて、ふだんよく目にするのは、コハコベ、ミドリハコベ、ウシハコベですが、ハコベ類の分類には混乱が指摘されていて、ハコベの和名がどの種をさしているのかの見解もわかれはっきりしていません。またコハコベは明治以後に日本にやってきた帰化植物で、ミドリハコベとウシハコベは在来種とされていますが、コハコベも在来種(史前帰化植物)とする見解もあって、これからの研究でよりはっきりしていくと思われます。

       ハコベ               ミドリハコベ
 
   茎が緑色。雄しべ1~5本。雌しべの    茎が紫色。雄しべ8~10本。雌しべ
   柱頭が3つに分かれる。          の柱頭が3つに分かれる。

       ウシハコベ

 茎は紫色。雄しべの数は10本。雌しべの
 柱頭が5つに分かれる。

 ミミナグサは、『枕草子』(1001年頃)に登場していますが、ハコベは、日本最古の本草書『本草和名』(918年)に、「波久部良(はくべら)」として登場しています。「ハコベ」は「はくべら」が転訛したもので、この「はくべら」はミドリハコベと考えられています。
 平安時代にすでにミミナグサとハコベの2つの言葉が使われているので、「若菜摘み」のときには、人々はこの2つを見分けて摘んでいたと思われます。どのようにして見分けていたのでしょうか。

 ミミナグサとハコベとは、よく見ると葉や茎にも違いがありますが、花の姿を見比べるのがいいようです。2つの花を拡大してみました(下の写真)。
 ミミナグサ(左)の白い花は、花びらが5枚です。花びらの先が少し裂けています。ガク片も5枚で、短毛が生え、縁まわりが濃い紫褐色になっています。
 ハコベ(右)の花も、ガク片が5枚です。短毛があって緑色をしています。
 それでは、白い花びらは何枚でしょうか。

 

 10枚に見えますね。それで「ハコベの花びらの数は10枚」と言いたいところですが、じつはハコベの花びらの数も5枚です。ハコベの花びらは基部まで真二つに深く裂けているので、あたかも10枚のように見えるだけです。花びらの元の方をよく見ると、2つずつまとまったⅤ型の花びらが、5枚あるのがわかるかと思います。

 ミミナグサとハコベの違いは、花びらの数ではなく、花びらの切れ込みの浅いか深いかで判断します。とは言っても、ぱっと見て、花びらの数が多いなと思ったらハコベ、少なかったらミミナグサと、直観で判断しても間違うことはありません。平安時代の「若菜摘み」でも、そんな直観がいつも働いていたのではないでしょうか。

 ミミナグサはやや湿り気のある有機質に富んだ土質を好み、山よりの農道や田畑、耕作地に分布しています。有史前にまたは初期に農耕文化と共に渡来し、それから少なくても二千年にわたり、日本の自然に適応して、そのいのちをつないできました。今見られるのはその子孫です。

 
  ミミナグサの花      田畑や耕作地に見られる。 茎やガクは赤紫色です。

 その在来種のミミナグサが、自然開発、宅地造成などの生育環境の変化によって、しだいにその姿が見られなくなりました。代わりに多く目につくのが、オランダミミナグサです。
 オランダミミナグサは、原産地がヨーロッパで、ミミナグサと同じナデシコ科ミミナグサ属の越年草です。草丈は10~60cm、在来種のミミナグサに比べると、全体が毛深く茎やガク片は緑色をしています。
 1910年代に横浜で最初の帰化が確認されたあと、現在は本州から沖縄までの市街地の道ばたや造成地、空き地などに、在来のミミナグサを駆逐するような勢いで増えています。

 
オランダミミナグサの花   市街地や芝地、 道路や空き地に多い。 茎やガクは緑色。

ミミナグサとオランダミミナグサはよく似ています。先に挙げたような色や毛深さの差異は変化があって見分ける決め手にならないので、ガク片と花柄(かへい)の長さの対比で見分けるのがいいかと思います。下の写真で比べてみましょう。

        ミミナグサ             オランダミミナグサ
 

 わかるでしょうか。在来種のミミナグサは花柄がガク片と比べてずっと長くなっています。オランダミミナグサは、花柄が短く、ガク片と同じか、それよりも短くなっていますね。そのため、つぼみや花のついているところを見ると、ミミナグサはゆったりと余裕があり、オランダミミナグサは、密集してどこか窮屈そうです。
 また、花びらとガク片の長さを対比してみると、下の写真のようにミミナグサの花(左)は、花びらとガク片の長さがほとんど同じなので、花が閉じた時に花びらが隠れています。オランダミミナグサの花(右)は、ガク片が花びらより短いので、花びらがはみ出ています。これも見分けるポイントになるかと思います。

        ミミナグサ              オランダミミナグサ
 

 ミミナグサとオランダミミナグサは、一年の生活サイクルにも違いがみられます。
 在来種のミミナグサは、秋に種子が発芽し、オランダミミナグサよりも大型に成長して越冬します。暖かくなると花を咲かせ、6月頃に種子をこぼし枯れていきます。一部栄養繁殖に入る個体もありますが、多くは6月に枯死してしまいます。種子は暑い夏は休眠し、秋にまた芽生えます。
 一方、帰化植物のオランダミミナグサも秋に一斉に発芽しミミナグサに似たサイクルを繰り返しますが、ミミナグサより低温でも発芽、乾燥に強く、場所によっては季節に関係なく1年じゅう発芽する状態にあります。
 開いた花(開放花)だけでなく、閉じたままの花(閉鎖花)もつけて、ミミナグサより軽い種子をたくさん作り、市街地や住居地域、空地などの絶えず攪乱される不安定な環境に生育し分布を広げています。

 分布を広げるときに、多くの植物は丈夫な子孫を残そうと、他家受粉を重視しています。ところが、その他家受粉をやめて、自家受粉だけで種子を残すよう進化している植物があるといいます。
「ツメクサやクサやシロイヌナズナのように小さな花の植物は、昆虫や風に頼る送粉を止めた同花受粉花の典型的な例」。「ナズナタネツケバナ、オランダミミナグサ、スズメノエンドウなど小さくて白っぽい花を付けるものは、同花受粉花と考えてよい」。(『朝日百科・植物の世界』(1997年)のコラム「受粉の合理化を極めた花たち」)同花受粉花とは、同じ花のなかの雄しべの花粉と雌しべで受粉する花のことで、自家受粉で種子をつくることになります。

 オランダミミナグサも、同花受粉花へと進化した植物のひとつということですが、なぜ他家受粉をやめ、リスクのあまりにも多い自家受粉だけの道を選んでいったのでしょうか。
 オランダミミナグサが異国にやってきて、その地に根をおろし生き延びるために、競争相手の少ない都会の造成地や空き地が好都合でした。でも、そこはいつ攪乱されてもおかしくない、生存が脅かされる危険な場所だったわけです。
 オランダミミナグサは短い期間に大量に種子をつけなければ、次世代を残せない環境におかれて、同花受粉花へ進化する選択をしていったと思われます。花を咲かせず種子をつける閉鎖花は、確実に世代をつなぐための究極の同花受粉花なのかもしれません。
 人間の暮らしは、植物たちの生存に絶えず影響を与えていますが、植物たちは与えられた環境に対応できるように自らを変え生き抜こうとしています。

 冬の日の一日、田んぼのあぜ道を歩いていたら、フワフワした毛に包まれたロゼット状の葉を見つけました。葉の姿からオランダミミナグサのようです。寒い朝は防寒用の毛の部分に霜がついて朝日に光っています。その近くでは、まだ短い背丈なのに、もう花をつけているものもいました。
 オランダミミナグサは今を生きることに必死のようでした。在来種のミミナグサを探し、人里の路傍、畑地を歩いてみましたが、この日は見つかりませんでした。

 
   オランダミミナグサの冬越し        霜の朝には  こんな光景も。


  花をつけていました。

 見渡すと、庭や道路、田畑の陽だまりにはオランダミミナグサだけでなく、冬越しの植物たちが、寒さに抗したそれぞれの姿で春を待っていました。

 
      キュウリグサ             ミチタネツケバナ

 
        ハハコグサ               ナズナ

 これらの植物たちの種子は、何らかの方法でそこにたどりついたのでしょう。そして芽生えて、寒さに耐えて、これから大きく育っていきます。花を咲かせ実をつける頃になると、小さな昆虫や動物たちが集まってきて、自然界の小さなドラマが繰り広げられます。漠然と眺めていたら、何のこともないありふれた野原の光景ですが、そこが自然のドラマの舞台であることがわかると、違う世界に見えてくるから不思議です。(千)

◇昨年2月の「季節のたより」紹介の草花