mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより62 ワレモコウ

 味わい深い秋の花  小さい花が集まる花穂

 草原で暗紅色の花穂が風にゆれています。
 ワレモコウ・・・・、どこか優しい響きのする花の名前です。

                     ワレモコウ           まど みちお

 

やあ!/ と 思わずぼくは / 笑いかけたような気がする
やあ! / と ひびくように きみも/ 笑いかえしてきたような気がする

 

どこもかしこも / しらない草ばかり ぼうぼうの
高原に ことしもきて / やっと見つけた顔なじみ/ワレモコウ!

 

やまびこの子どもが忘れていった / ボンボンのように 
雲のハンカチの上にちらばって / 五つ六つ

 

いまごろ/どこで どうしているだろう
「ワレモコウっていうのよ」 / と 教えてくれた
あの去年の/ リスのような目の女の子は

 

                                                         (「まど みちお 全詩集」理論社刊)

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     暗紅色のワレモコウの花、わきに立つ黄色い花はオミナエシ

 ワレモコウはユーラシアの草原に分布する植物で古くから日本にも自生し、平安時代にはすでにワレモコウという名でよばれていました。
 最初に登場するのは「源氏物語」。第42帖「匂宮」に「ものとなきわれもかうなど」と、あまり見映えはしないけれど香りのする植物の一つとして取り上げられています。実際には香りのする植物ではありませんが、「吾木香」という漢字をあてるのもあって、「香」という文字を含むが故に親しまれていたと思われます。

 「徒然草」では第139段に、家におきたい木や草の名を列挙しています。そのなかで、「秋の草は荻、薄、桔梗、萩、女郎花、藤袴、紫苑、われもかう…」とあって、これらの草花は「いと高からずささやかなる垣に、繁からぬよし。」と書かれています。
 ワレモコウは花らしくない花なのに、古の人々はその独特の姿に風情を感じていたようです。

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     長い花茎の立体構成がおもしろい         暗紅色の花がアクセントに

 ワレモコウは、バラ科ワレモコウ属の植物です。バラ科とは意外な感じがするのは、華やかさとは縁遠い素朴な花だからでしょう。
 ワレモコウの魅力は、その素朴な花の味わいと、花を支えているのびやかな花茎にあるようです。いくつかの株がまとまって咲くと、おもしろい立体構成を見せてくれます。暗紅色の花もアクセントとなって、他の草花には見られない野趣の雰囲気が生まれてくるのです。

 ワレモコウの花のように見える部分は、正確には、2mmほどの小さい花がたくさん集まって花穂になったものです。野原や花屋さんで見かけるワレモコウは、小さな花が咲き終わったものが多いのですが、ルーペで見るとつぼみや開いた花が見つかります。一度のぞいて見ることをおすすめします。

 ワレモコウのつぼみは緑色です。膨らみながら色づいていきます。花は先端から咲き出し、咲きながらだんだん下へと移っていきます。ふつう穂状になっている花は下から上へとしだいに咲き上がるものが多いのですが、ワレモコウの花は反対の咲き方をするのです。

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   花穂につぼみが多い時期のワレモコウの姿      先端から色づくつぼみ

 ルーペでのぞいているうちに、初めてわかったことがありました。私はワレモコウの花は最初から暗紅色と思っていたのですが、開き始めは白い花だったのです。
 暗紅色の花穂のなかに、なかほどが白く帯になったものが見つかります。よく見ると、それは白い花の集まりでした。咲き始めの花は白く、その花がしだいに淡紅色から暗紅色へと変化していたのです。

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 先端から咲き出す花    真ん中の咲き始めの白い花   葯から出る黄色い花粉

 ワレモコウの花は花びらが退化していてありません。花びらのように見えるのはガク片です。ワレモコウの花穂には、つぼみと開いた花と開き終わった花がいつも一緒についたままになっています。全部のつぼみが咲き終わってからも色づいた4枚のガク片は散らずに残るので、ワレモコウの花は、夏から秋と季節をまたいでいつまでも咲き続いているように見えるのでした。

 ワレモコウの一つの小さな花を見ると、雌しべが一本、そのまわりを4本の雄しべが囲んでいました。雄しべの黒い葯から黄色い花粉が飛び出しています。拡大してみると、花穂はずいぶんカラフルです。
 ふつうバラ科の花といえば、ガク片と花びらは各5枚あって、花びらも目立ち、雄しべは多数、雌しべも多くは多数、というのが共通した特徴です。ところが、ワレモコウは、雌しべ、雄しべの数も少なく、ガク片4枚だけの花です。バラ科の植物では異色な存在の花のようです。

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ハエの脚に黄色い花粉が。  ハエとアブの仲間      カメムシの仲間

 ワレモコウは虫媒花です。目立たない花に見えますが、暗紅色の花穂をめざして、小さな昆虫が集まってきます。見ていると、ハエやアブの仲間がやってきました。しきりに蜜をなめています。蜜は雌しべの花柱の下部をとりまく花盤から分泌されて、4個のがく片が蜜の受け皿となっています。蜜のありかは、蜜をなめる口の形の昆虫には都合がよく、蜜をすう口のチョウやスズメガの仲間には適していません。ワレモコウの花は、受粉に役立つ昆虫を選んで呼び寄せているのです。

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     ワレモコウにとまるトンボ           花穂に脚をかけるトンボ

 おもしろいのは、ワレモコウの花穂にトンボがやってくることです。蜜がめあてではありません。トンボは肉食。小さな虫が飛んでくると花穂からとびあがって狩りをしているのです。ワレモコウの花穂は、トンボの脚でつかみやすく、狩りの待ち伏せの格好の場所のよう、一匹が飛び去ると、別のトンボがやってきます。とまる場所をめぐって争いもします。そのときふと思ったのは、トンボの脚にワレモコウの花粉が付着し、トンボもワレモコウの花粉の送粉者になっている可能性はないのかと。研究論文を探してみましたが、見当たりませんでした。

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    枯れ始めるガク片    種子ができる頃の花穂   晩秋のワレモコウ

 ワレモコウは多年草です。冬に地上部は枯れますが、根は残っていて、春にまた芽吹いて初秋から花を咲かせます。野原でワレモコウを見つけたらその場所を覚えておいて、毎年そこに行くと、まどさんの詩のように、ワレモコウに出会えます。
 秋の終わり、茶色のなったガク片につつまれた果実ができます。そのまま地面に落下、種子でも仲間をふやしています。 

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      日かげを背景として 浮かび上がる ワレモコウの花姿

 ワレモコウを漢字で書くと、吾亦紅、吾木香、我毛紅、我吾紅、割木瓜、吾妹紅など、いろんな漢字があてられています。いくつかの別名を持つ野草はありますが、これほど同じ名前で違う漢字があてられている野草は他にありません。
 名前の由来もまた、あてられた漢字によりさまざまな説があるのです。例えば、
 線香の原料となる「木香」に似ていることから、わが国の木香という意味で「吾木香」とか。織田信長の家紋といわれる木瓜紋(モッコウモン)を割った形に似ていることから「割木瓜」など。どれも確証に乏しく、現在もその由来については、はっきりしていません。

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         秋の野を背景にした ワレモコウの花姿

 現在は「吾亦紅」が一般的に使われますが、これについてはこんな話があります。
 ある日、神様が野に咲く赤い花たちを呼び集めたのだそうです。そのとき呼び忘れられたのが、この花でした。花は自ら申し出て「吾もまた紅なり」と言ったとか。また別の話では、この花の色が珍しいので「何色か」と議論になって、茶色、こげ茶、紫などとそれぞれが言い張っていたら、「わたしは、紅ですよ」という声が聞こえ、選者の神様は「花が自分で言っているのだから間違いない。われも紅とする。」と言ったとか。いずれも自己を静かに主張しているようなワレモコウの花に、花の由来を重ねた後世の創作なのでしょうが、この話が意外に人気があって、名前の由来の一説にしている本もあるのでした。

     吾も亦  紅(くれない)なりと  ひそやかに    虚子

 高浜虚子のこの一句も、この話をふまえたような句です。

 ワレモコウは秋の七草にはとりあげられていませんが、秋の雰囲気を十分に感じさせる花です。侘び、寂びの世界を重んじる茶の湯の席では茶花として活けられます。バラ科のなかでは華やかさのない異質な存在の花ですが、秋の野にあっては、素朴なそのたたずまいが味わい深く、心惹かれる人も少なくないようです。(千)  

◇昨年10月の「季節のたより」紹介の草花