mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより103 ヒルガオ

  万葉人も愛でた花  古代からクローンで同じ「顔」

 道端にうす桃色のヒルガオの花が咲き出しました。ホタルブクロ、ウツボグサなどと一緒に雨降花と呼ばれているのは、梅雨の頃に咲き出し濡れて咲いているようすがひときわ美しく見えるからでしょうか。そうかと思えば日照草という異名もあって、日照りのなかでもたくましく咲いています。
 雨にも似合うけれど、炎天下でも堂々と花を咲かせて、どちらにも似合う顔を見せているのがヒルガオです。


   ヒルガオの花。夏のつよい日差しの下でも元気に花を咲かせています。

 ヒルガオは、アサガオに似ている花です。アサガオが夏の風物詩として広く親しまれているのに比べ、ヒルガオははるかに影のうすい存在ですが、アサガオヒルガオではどちらが本家なのでしょうか。
 ヒルガオの学名をみると「Calystegia japonica」( 日本のヒルガオ属)とあります。ヒルガオは古くから日本に自生していた花でした。

 万葉集の歌に《容花》(かほはな)という名前の花が登場します。

  高円の 野辺の容花 面影に 見えつつ妹は 忘れかねつも
                    大伴家持万葉集巻8-1630) 

 万葉名の《容花》はカキツバタ(杜若)、ムクゲ木槿)など諸説ありますが、ヒルガオ(昼顔)が通説になっています。(片岡寧豊著「万葉の花」青幻舎)
《容花》の「容」とは「美しい」という意味です。万葉の人々は、ヒルガオを恋しい人の美しさに喩えて愛でていたようです。


        ヒルガオは朝方に花を開いて、日中長く咲き続けます。

 ところが、しばらくしてライバルが現れます。奈良時代に朝廷が派遣した遣唐使が、中国(唐)よりヒルガオによく似たアサガオを持ち帰ってきたのです。
 やがて、アサガオは江戸時代には品種改良され、一大ブームを巻き起こすほど人気が高まりました。今も夏には朝顔まつり、朝顔市などが開かれ大勢の人が訪れて賑わいを見せています。

 アサガオは朝に咲いて昼にはしぼんでしまうのに、《容花》は日中も長く咲き続けているのでヒルガオ(昼顔)と呼ばれるようになってしまいました。似ている花があって、これらは咲く時間によってユウガオ(夕顔)やヨルガオ(夜顔)と名づけられました。ヨルガオは、本当は夕方に花開くのですが、すでに古くからユウガオの名があったので、ヨルガオの名で我慢させられています。
 図鑑では、アサガオヒルガオ、ヨルガオは、ヒルガオ科の植物に分類されています。アサガオヒルガオの仲間に位置づけられています。ユウガオはウリ科で、カンピョウの原料となる野菜です。

        ヒ ル ガ オ 科 の 花 た ち             ウリ科
     
  アサガオ       ヒルガオ      ヨルガオ     ユウガオ(野菜)

 アサガオヒルガオの花はどちらもラッパのような形をしています。花は5枚の花びらが根元から先まで完全につながっている合弁花です。ガクが5枚、雄しべが5本、雌しべが1本あって、花のしくみも同じです。

   
   アサガオ(朝に咲く)  ヒルガオ(昼も咲き続ける) ヒルガオの花のしくみ

 ところが、花のしくみは同じでも、花の咲いた後、アサガオには種子がたくさんできるのに、ヒルガオの種子を見たことがありません。ヒルガオにもチョウやハチが多く訪れ、受粉しているはずですが、花の後に実と種子を探してみても見つからないのです。
 図鑑を見ると、「ふつう結実しない。」(「野に咲く花」山と渓谷社)とありました。種子ができないわけではなく、見つかるのはきわめて稀なことだというのです。

 
アサガオは(なかに種子)ができます。   ヒルガオは虫が来るのに結実しません。

 では、どのようにして仲間を増やしているのでしょうか。その秘密は根茎にありました。
 アサガオは夏が過ぎるとすべて枯れて死んでしまいますが、ヒルガオは地中深く張り巡らせた根茎が冬の間も生きています。翌春にその根茎から芽を出して、再び成長を始めます。

 ヒルガオの根茎を掘ってみると、細い根茎が地中に伸びています。鍬やスコップで、かなり深堀りして引き抜こうとしましたが、根茎は少しの力でもポロッと折れてしまい、先端はどうしても地中に残ってしまいました。
 すぐちぎれてしまうこの根茎が、じつはすごい再生能力を持っているというのです。稲垣栄洋氏はその著のなかで、次のように語っています。

増え方も尋常ではない。学究心に富んだ研究者が丹念に追跡調査した結果、ちぎれた根茎の1つの芽が、わずか2年後には5メートル四方を覆うくらいの根茎を張り巡らせ、5万5千個の芽を持ったという。切断された怪物の1本の腕が再生して5万5千匹の怪物になってしまったのだ。
(稲垣栄洋著「身近な雑草の愉快な生き方」ちくま文庫

 その繁殖力は半端ではないようです。これでは根茎が地下に残っているかぎり、いくら地上部が引きぬかれたり、刈られたりしても生き残ることができます。

 
ヒルガオの地中の根茎  ヒルガオは根茎から芽生え、つるを伸ばしていきます。

 アサガオヒルガオの違いは、それだけではありませんでした。
 アサガオの種をまくと、双葉のあとに本葉が出てきます。それからツルが伸び出し支柱にまきついていきます。ヒルガオアサガオの発芽と同じように進むと思っていたところ、全く違うというのです。

ヒルガオは)双葉が出た後は本葉が出るよりも先に、つるを伸ばしてしまうのだ。雑草として生きるためには、ライバルの植物よりも少しでも早く伸びる必要がある。(略)まだ本葉が出ていないから栄養は決して十分ではない。伸ばすのはひょろひょろした、ごく細いつるである。しかし、ヒルガオの茎は自分の力で立つ必要はない。ほかの植物にまきついて寄りかかればいいので、茎は細くて十分なのだ。茎を太くするよりも、少しでも茎を伸ばす方がいいのである。そして、ほかの植物に抜きん出て光を独占してしまうのだ。(同ちくま文庫

 アサガオは栽培種だから人の手で支柱を立ててもらえるけれど、野生種のヒルガオはまずツルを出し他の植物に巻き付くことなしに生きられないのです。野生の世界を生き抜くために発芽のしかたを変えてきたヒルガオの生き方に驚かされます。

 同一の遺伝資質をもった個体群をクローンといいますが、ヒルガオは根茎で芽を出し、一気にツルを伸ばして全国に仲間を増やしてきたクローン植物です。「もとをただせばたった3本の茎に由来するとも、半ば伝説的に語られている」(同ちくま文庫)とのこと。クローンであるヒルガオは、古代の「顔」そのもので、私たちは万葉人が愛でた花と同じものを見ていることになるわけです。

 
    草むらに咲くヒルガオの花は、古代とそっくり同じ「顔」をしてまま。

 繁殖力の強いヒルガオですが、どんな環境でも生きられるわけではありません。草原には少なく、暗い林内の林床ではまったく見られません。山奥にも生えていません。よく目にする環境は、日当たりがよく、巻き付く相手があって、適度の草刈りなどが行われる里山の道端やあぜ道、都会の道路の緑地帯などです。
 定期的な草刈りは、植物にとっては災難ですが、特別の種類の植物だけとびぬけて育つことはなく、いつもいろいろな植物が一緒に生え得る条件を作っています。
 ヒルガオの見られる場所には、ヨモギ、イタドリ、フキ、ヒメジョオンなども生えていて、これらの植物に巻き付いて花を咲かせています。早く成長するためにツルを急いで伸ばしますが、高くからみあうことはなく、まきつく植物全体を覆いつくすこともありません。
 ヒルガオは道端や緑地帯などの環境に生える植物たちと競争しながらも、その植物たちに依拠しなければ生きられない植物でもあるのです。


  ヨモギに絡んでいるヒルガオ。 競争しながらも他の植物に依拠して生きています。

 ヒルガオはクローンで分布を広げていますが、一般に、クローンで増える生物は、雌雄の遺伝子が混じらないため、遺伝的な多様性がなくなってしまい、急激な環境の変化に弱く、絶滅しやすいと考えられています。

 ところが、ヒルガオのほかにもクローンで増えている植物は珍しくありません。秋の畦道を赤く染めるヒガンバナ季節のたより12)は種子をつけずに球根でふえます。日本全国の春を彩るソメイヨシノは全部が挿し木で育てられたものです。つまりヒガンバナソメイヨシノもすべて同じ遺伝子のクローンなのです。

 クローンは植物の世界だけではありません。信州大学理学部の小野里坦(ひろし)教授は、1970年代に、日本の川や沼にごく普通にいるフナ(ギンブナ)が、メスのゲノムだけで増えるという「雌性(しせい)発生」について研究。その後、私たちの身近にいるドジョウが、雌性発生で増えており、クローンの集団を作っていることを発見しました。その小野教授も参加して行われたセミナーの報告が季刊「生命誌29号」に掲載されています。以下はその一節です。

フナやドジョウは、どれくらいの期間、クローンで増えてきたのだろう。小野里教授によると、フナとドジョウについてはまだ研究中だが、ポエキリア・フォルモーサという海外の魚で少なくとも10万年以上、雌性発生が続いていることが知られているらしい。フナでも、かなり長い年月にわたって生き続けていることを示すデータも出始めている。なぜ、そんなに長く雌性発生を続けられるのか、今は不明だ。確かなことは、人間が頭で考えるよりも自然はずっと不思議なことをやっているということだ。
JT生命研究館・Seminar Report「自然はクローンでいっぱい」佐藤和人)


    人間が頭で考えるより自然はずっと不思議なことをやっているのです。

 植物には自家不稔性(じかふねんせい)と云う性質があって、同じ個体の花粉では受粉してもできない性質を持っています。ヒルガオに種子ができないのは、まわりがすべてクローンで育った花だからでしょう。たまたま種子ができるのは、違った個体に花粉が飛んできて受粉したものと考えられます。
 それにしても、絶滅の危機がありながらなぜクローンで増え続けるのでしょうか。今後研究が深められ、その謎がどのように解き明かされていくのか注目されます。(千)

◇昨年7月の「季節のたより」紹介の草花