mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより71 アセビ

  大和路に多い早春の花  花の準備は夏の頃から

 東北の春先は、突風をともなう猛吹雪が起こります。宮沢賢治の童話「水仙月の四日」は、その猛吹雪をモチーフに、自然の厳しさと優しさを描いています。
 嵐を引き起こす雪婆んご(ゆきばんご)に仕える雪童子(ゆきわらす)は、真っ青な空を見上げて、見えない星に向ってさけびます。

  カシオピイア、/ もう水仙が咲き出すぞ
  おまへのガラスの水車 / きつきとまはせ。

  アンドロメダ、/ あぜみの花がもう咲くぞ、
  おまへのラムプのアルコホル、/ しゅうしゅと噴かせ。

            (宮沢賢治全集 第11巻・筑摩書房

 天空は北極星を軸として1日1回転するガラスの水車。カシオペア座が水車を回すと、天の川も他の星々も一気に回転を始めます。
 「あぜみ」は賢治の故郷の方言で、アセビのこと。アセビの英名は Japanese Andromeda(ジャパニーズ・アンドロメダ)ということから、賢治には、群がって咲くアセビの花は小さなランプで、ランプが灯すアルコールの淡い焔はアンドロメダ座の大星雲に見えているのでしょう。

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      賢治によって、銀河系の星々に見たてられたアセビの花

 アセビツツジアセビ属の常緑低木です。世界では約10種あるといわれ、日本にも古くから固有種が自生していました。奈良時代の頃は人気の花で、万葉集に詠まれた歌が10首あります。
 現在も、本州、四国及び九州の、やや乾燥した林地や山の尾根などに群生しています。花が美しいので、庭や庭園に鑑賞用としても植栽されることも多く、ピンク色の花をつけるアケボノアセビのような園芸品種もつくられています。

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     白い色が基本のアセビの花      ピンク色の園芸種、アケボノアセビ

 アセビの花は3月頃から咲き始め、枝先に小さなランプのような花を群がるようにつけて春の到来を知らせます。
 アセビのつぼみは9月頃にはもう房のように並んでいて、今にも咲き出しそうに見えますが、そこから半年以上かけて開花の準備をするのです。
 ツツジの仲間は前年の夏頃に花芽を形成しますが、アセビは7月頃から花の準備を始めていて、これほど早期に花序を伸ばす花も珍しいようです。
 早春になると房状に並んでいたつぼみは、待ちかねたように順番に咲き出し、5月頃まで咲き続けます。

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     開花を待つつぼみ(12月)       開花間近のつぼみ(3月)

 アセビの花は遠目にもよく目立ちます。花の香りもつよく、独特の匂いで虫たちをよびよせます。花は花びらが合着した「つぼ型」と呼ばれる独特の形をしていて、5つに開いた花の入り口はせまく、花のなかがよく見えません。ルーペでのぞくと真ん中に雌しべの花柱が飛び出しています。奥に10本の雄しべが並んでいて、雄しべの先の葯の背面に何やら細く糸状のものがついています。
 アセビは下向きに花を咲かせています。虫たちを呼びよせても、花のせまい入り口を下から入って、うまく受粉の手伝いをしてくれるのでしょうか。

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    つぼ型の花が  下向きに咲く     花の口から見える  雌しべと雄しべ

 アセビの花は、花粉を運んでくれるパートナーを特別に選んでいるのでした。
 ストローのような口で蜜を吸うチョウの仲間は、花粉に触れないので受粉の役には立ちません。いろんな種類の花を渡り飛ぶハエやハナアブの仲間は、気まぐれなので頼りになりません。アセビの花は、これらの虫たちがやってきても、花の奥にある蜜を得られない花の形をしているのです。
 アセビの花がパートナーに選んだのは、ハナバチの仲間です。ハナバチは、記憶力があって個体ごとに巡回するコースを持っています。自分が訪れた花を覚えていて、アセビの花を訪れる可能性が高いのです。
 花の形もハナバチの仲間の体形にあうようにできています。やってきたハナバチは、下向きの花の入り口から潜り込めます。力があるので蜜腺にたどりつこうと這い上がると、雄しべの葯の背後の糸に触れ、糸とつながる雄しべが振動、花粉がこぼれてハナバチの体につくしかけになっています。

 アセビは房に並んだ花を順番に咲かせ、長い期間をかけて受粉しています。全部の花が咲き終わるのを待つことなく、新しい葉の芽が伸び出し、若葉色の葉を広げていきます。花と若葉が一緒に見られるのも、アセビの特徴です

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       花が咲き終わらないうちに、新芽が伸びて若葉を広げます。

 6月上旬になると、若い実が育って、秋に向って成熟していきます。若い実が熟していくのと並行して、翌春の花となるつぼみの準備も始まります。
 花は下向きに咲きますが、褐色に熟した実は、上向きに向きを変えています。その方が種子の散布に都合がいいからです。熟した実は、冬から春にかけて、少しずつ開口部を広げ、長さ2ミリほどの細かい種子を順次散布していくのです。

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    実ができると上向きになる。   5裂した実と種子    実は遅くまで残る

 アセビは漢字では「馬酔木」と書きます。アセビの葉や茎には毒性があって神経に作用し、馬が食べると足がしびれて酔ったようになるからというのが語源です。
 でも、アセビは古来日本に自生していた樹木です。他の草食動物がアセビを食べても馬と同じになったはず。なぜ「馬」なのでしょうか。
 これについて、植物学者の前川文夫博士が、その著『植物の名前の話』(八坂書房)で研究者の立場から興味深い話を書いています。結論だけを要約してみます。

 日本で普通に見られていたアセビは中国では深い山に生える珍しい植物でした。
 かつて中国黄河流域で栄えた大陸文化をもった人たちが馬を携えて大和の国に移住してきたときのこと。中国では全くアセビを知らなかった馬たちは、アセビを有毒とする本能に欠けていて、盛んに食べて中毒する騒ぎが何度も起きたのだそうです。大切な馬の中毒に驚き、日本人に植物の名を聞くと、アセミとかアシミということ。そこで、この木に「馬酔木」の文字をあて注意をするようにしたというのです。前川博士は、「馬酔木」は「中国人が日本の土の上で作り出した、いわゆる漢字名」なのだと述べています。(アセビと馬酔木の名の話)

 春になると、奈良の春日大社奈良公園では、みごとなアセビの風景が見られます。前川博士によると、奈良にアセビが多いのは、昔から神の使いとして大事にされてきた鹿が、他の樹木は食べても、アセビだけはその有毒さを知っていて食べ残した結果だといいます。春の大和路の美しい風景は、長い歴史の中で鹿たちによって仕立てられたもののようです。

 鹿は4つの胃を使って食べ物を反芻して消化する草食動物です。葉っぱはもちろんのこと茎、花、実、根、枯葉から樹皮まで食べます。植物ならほとんど何でも食べますが、さすがにアセビだけは避けて残します。ですから、もともとは多様な植物が混生していた山地でも、鹿が増えるとアセビだけの風景が生まれます。

 広島の宮島の散策遊歩道の至るところに見られるアセビは、鹿が食べないで残ったものです。静岡の天城山には、山の稜線に400mも連なるアセビが群生し、頭上を覆うように枝がからみあうアセビのトンネルが見られます。現地では、年々増える鹿の食害でさらにアセビが増えているそうです。

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   自然のままだと5mを超えることも。   大きな木になると  花も豪華です。

 アセビは体内に毒成分を持つことで自己防衛しているわけですが、じつは鹿も食べないアセビの葉を好んで食べる昆虫もいるのです。
 ヒョウモンエダシャクという蛾の幼虫は、アセビレンゲツツジなどのツツジ科の有毒植物を食草にし、体に毒を蓄積して、毒は成虫になっても残るそうです。毒ありとは知らない鳥がこの蛾を食べてひどい目に遭うと、次は食べないでしょう。
 ヒョウモンエダシャクの成虫は、夜活動する蛾の仲間なのに、目立つ姿で昼に堂々と活動しています。このままなら、ヒョウモンエダシャクの大発生が起きるのでは。でもその様子はありません。ひそかにこの蛾を平気で食べる生きものがいるのでしょうか。ヒョウモンエダシャクの数を抑え、自然界のバランスを保っているのは何なのでしょう。多様な生きものたちが関わりあう自然界はまだまだ謎のままです。

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 ヒョウモンエダシャクを除いては、虫がつかないので庭園に好まれる理由かも。

 国内の鹿は年々数を増やしています。農林業への被害、生態系への影響もあるからと、数を減らして管理する取り組みも関係者によって行われています。
 野生動物を見つめ続けてきた動物写真家の宮崎学さんは、道路にまかれた凍結防止剤で塩分をとる鹿や猿を目撃、撮影してきました。「全国的なシカの激増と塩化カルシウムの散布は(時間的に)ぴたりと一致している」と感じるそうです。
 手入れされない森林に鹿が増えて、そのシカの死骸を食べてクマが増え、70年代に無人カメラにほとんど写ることのなかったツキノワグマが、今では「バンバン写る」ようになったといいます。(宮崎学・小原真史共著『森の探偵』亜紀書房
 環境破壊が進むと野生動物が減少すると思っていたのですが、現実には増加していてそう単純なことではないようです。
 「現実の自然というのは、人間が考えるほど弱くもろいものではなく、あくまでも人間の心理とは関係なく自然界の摂理にそって淡々と動いているのですよね。」(同著)と語る宮崎さん。地球上でわがもの顔にふるまっている人間という生きものも、所詮、自然界の摂理のなかにあることに気づかなければいけないのですね。
                                 (千)
◇昨年3月の「季節のたより」紹介の草花