mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

小森さん、村上春樹作品で高校生たちと授業!

 思い起こせば、去年もこの時期だった。今年も小牛田農林の先生から小森さんが授業にくるとの話をいただき参観に行ってきた。今回授業で取り上げたのは、村上春樹の『青が消える』だ。

 村上春樹の代表作は幾つか読んではいるものの『青が消える』は知らなかった。さっそく図書館で本を借りて読んでみたが「青って何? 何が言いたいの?」と、ちょっとキツネにつままれたような感じがした。だからまた《これで小森さんが授業、どんな授業になるんだろう?》と、大いに興味も持った。

 「アイロンをかけているときに、青が消えた。青はだんだんかすんで薄くなっていって、それからすっかり消えてしまった」、こんな書き出しで話は始まる。主人公の僕(岡田)が、アイロンをかけていたのは青とオレンジのストライプのシャツ。そのシャツから青が消えてオレンジと白のストライプのシャツに。最初は自分の目がどうかしてしまったのだろうと思ってみるが、どうもそうではない。去年ハワイに旅行したとき撮ったガールフレンドとの写真にも青い海はない。あるのは氷原のような茫漠とした白い広野だ。青が消えてしまった。そしてそれは1999年の大晦日の夜だった。

 青が消えた事態に当惑した僕は、この事態を理解し掌握しようと友人や別れたガールフレンドに電話をかけたり、外に出て確かめようとしたりするが、誰も彼の戸惑いや疑問にまともに応えてはくれない。

  内閣総理府広報室に電話をかけると、ある会社が開発した国民の疑問や苦情に応えるコンピュータシステムの総理大臣の声が、僕の問いかけに答えた。「かたちのあるものは、必ずなくなるのです、岡田さん」「それが歴史なのですよ」と言い、石油、ウラニウムコミュニズムオゾン層、二十世紀、神様などなど、なくなるものを挙げた。そして「明るい面に目を向けなさい。何かがひとつなくなったら、また新しいものをひとつ作ればいいじゃありませんか。それが経済的だし、それが経済なのですよ」と説諭するのだった。

 やがて町中の時計が12時を打ち、みな一斉に歓声をあげて新しいミレニアムを祝った。誰も消えた青の事は気にしてはいなかった。「でも青がないんだ、と僕は小さな声で言った。そしてそれは、僕が好きな色だったのだ。」、こうして話は終わる。

 授業は、教科書(大修館書店『現代文A改訂版』)の「学習のポイント」にある「『総理大臣の声』が『僕』に語りかける言葉の内容には、どのような特色があるか、考えてみよう」をもとに進められた。具体的には総理大臣がなくなるものとして挙げた石油やウラニウムオゾン層コミュニズム等々が、どういうことを意味しているのかを一つずつ生徒に問いかけ確認していった。授業は、ほぼそれらの確認で終わってしまった。

 授業後の検討会の冒頭、小森さんは時間配分を間違って最後まで展開することができなかったと述べた。授業の続きは見られなかったものの、今回の授業のねらいに関わって小森さんは、①総理大臣の声で述べられている一つ一つの背後にミレニアムに向けての国連などの国際的な議論や取り組みがあり、2000年に中途の総括会議があって現在に至っている。作品の総理大臣の声は、そういうことを十分意識しながら作られている。②それを生徒たちに分かってもらえると、そこには地球環境そのものの問題が見えてくるのではないか。③また村上春樹がこの間、どういうことを言っていたのかにもつながっていく、と語った。また世界初の有人宇宙飛行をしたガガーリンの言葉「地球は青かった」にも触れた。

 これらを踏まえると、小森さんがなぜあれほどまでに総理大臣の語る一つ一つの事柄にしつこくこだわり授業展開したのか。また消えた青をどんなイメージのもとに理解し、作品全体をとらえていたのかが見えてくる。それは教科書にある次の「学習のポイント4」、「『青が消える』ことには、どのようなことが暗示されているか。」につながっていくのだろう。授業は筋書き通りにいかないものとはわかりつつ、それでも今日の授業の続きが見てみたかったなあと思った。

 私たちのような一日限りの参観者と違い、小牛田の先生方にとって小森さんの授業は、単なる国語教育の研修という以上のものがある。検討会や懇親の場では、しばしば先生たちの口から「〇〇は、小森さんの問いかけによく応えていた」「1年のときには、ああいう姿は考えられなかった」「小森さんが、あの子を最初に指名したのは正解だ。緊張してたクラスの雰囲気ががらっと変わった」等々が語られた。日々生徒と接している先生方は、小森さんの授業を通じて生徒たちの新たな姿や側面を授業のやり取りの端々に感じ取るとともに、その姿に生徒たちの確かな成長を感じているのだと思った。

 ところで今回も昨年以上に多くの先生方が来られていることにびっくりした。もっと驚いたのは、実はこの1年足らずの間に、小森さんは小牛田だけではなく県内の他の高校からも招かれて授業をずいぶんしているようなのだ。今年度もすでに小牛田の前に1校、これから3校で授業することが決まっているという。小牛田での小森さんの授業をきっかけに、新たな先生方のネットワークが形成されつつあるのだろう。とても貴重なことだ。
 そんな先生方の姿を見て知って、研究センターとして新たにどんな楽しいことができるか? 妄想しながら家路についた。(キヨ)