mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

東大教授の小森さん、小牛田農林に突然あらわる

 みやぎ教育のつどいが終わり、これまでの疲れがどっと出たのか日曜日から風邪でダウン。ところが週初めの月曜の夜、小牛田農林高校のS先生から突然の電話。どうしたのだろう?と思いながら枕もとの携帯をとると、「つどいで会ったときに言い忘れたんだけど、水曜日に小森さんが授業をしに来ます」との話。一瞬小森さんってどこの…?と思いましたが、言わずもがな東大の国文学を教える小森陽一教授です。

 小森教授と小牛田農林高校は、これまでも小森さんが直々に授業をしにきたり、はたまた小牛田農林の国語科と英語科の先生が一緒に取り組むユニークな『100万回生きたねこ』の国語の文法と英作文の授業を参観・助言に来たりと、ずいぶん親しく交流する関係ができていました。そして私たち研究センターも、毎回そこに参加させていただいてきました。
 そんなこんなで、今回も小牛田農林に来るとの連絡。もちろん、小森さんが来るなら「ぜひ行きます!」と二つ返事したいところですが、あまりに急で誰も行けそうにない。わたしも風邪が治りそうもなくお断りしたものの、当日居てもたってもいられず「いざ鎌倉」ならぬ、「いざ小牛田」の思いでついぞ行ってきました。以下、一参加者としての感想です。

 今回、小森さんが授業で取り上げた教材は、宮澤賢治の詩「永訣の朝」です。1コマ50分の授業時間では、残念ながらこの詩を読み深めるというところまで進むことは厳しかったようです。それでもこれまで同様、高校生たちに「なぜそう思うの?」「その心は?」などとしぶとく食らいついていました。そのように、なかなか答えを言わない寡黙な恥じらいを見せる高校生たちを前に、すぐに「はい、じゃあ次の人」と、話を他の生徒に振らない、逸らさないところが実は小森さんのすごさ、真骨頂ではないかと密かに思っています。君(生徒)に応えてほしいという愛がほとばしっていると言ってもいいかもしれません。しかし、今回はその愛がちょっと届かなかったようです。でも、がっかりしないでください小森さん。そういうこと、いくらでもありますから。

 授業後には合評会も行われました。とても楽しかったです。詳しくは書きませんが、合評会の話し合いの中では、作品の中にある【みぞれ(あめゆじゆ)】から【雪】、そして【アイスクリーム】へと変化していくことをどう解釈したらいいのだろうかとか、「わたくしはまがつたてつぽうだまのように」の「まがった」から「わたしもまつすぐにすすんでいくから」の「まっすぐ」へと変わるところに、死に行く妹に対する賢治の思いの変化、あるいは賢治自身の決意のようなものがあるのではないかなど。さらには生徒たちが文学作品(物語)を読むとはどういうことかとの大変大きなテーマに至っては、3歳児のトイレ・トレーニングの話からアーサー王物語、ギリシャ悲劇、フロイトなども飛び出して壮大な話の展開となっていきました。私自身も先生方のやり取りを全部わかって書いているわけではありませんが、とにもかくにも小森さんと参加した先生方のやり取りを聞いていると、国語ど素人の私なりに、改めて「そうなんだ!」という発見が幾つもあり、ちょっとは賢くなった気になりました。

 今回驚いたことは、他の高校の先生たちがずいぶん参観しに来ていたことや(20名以上いたかなあ)、また授業後の合評会にも多くの先生方が残られていたことでした。小森さんを学校に招くことも含め、地道にこれまで授業づくりに取り組んできたことが、こうした広がりにつながってきているのだろうと思いました。改めて小牛田の先生方の日々の努力と、そして学校現場からの熱い思いに一肌も二肌も脱ごうという小森さんの心意気と誠実さを感じる一日となりました。みなさん、ありがとうございました。

 そして、これからもこれまで以上に、私たち研究センターも一緒になって創造的な仕事ができるといいなあと思いました。(キヨ)