パソコンで調べると、おとなり山形では何度か講演会などが持たれているようなのですが、仙台では未だない?内田樹さんの講演会(あったらゴメンなさい)。
「仙台の子どもと教育をともに考える市民の会」では、これまで何回か講演依頼をしてきましたが、お忙しい内田さんとの日程調整がうまくいかず実現してきませんでした。今回とうとう、待ちに待った講演会が実現します。県内津々浦々の内田樹ファン!のみなさんはもちろん、そうでなかった方も、ぜひ足を運んでください。お待ちしています。
これまで以上に世界や社会の見方・考え方がぐ~んと広がると思いますよ。
【講演会】
内田樹のおせっかいで行こう!
~ 時代の閉塞を超えて ~
日 時:11月16日(土)13:30~16:00
会 場:フォレスト仙台ビル2F 第1・2会議室
内田さんの著書と言えば、すぐ浮かぶのは「街場の〇〇」シリーズです。ネットで『街場の』で検索をすると「共同体論」「文体論」「アメリカ論」「読書論」「平成論」「教育論」「現代思想」と、専門の哲学だけでなく、ありとあらゆる分野・領域についてのタイトルが出てきます。書かれる文章はどれも力みがなくて軽快なうえ、その内容や意味するものは、ときにしばしば辛口のピリリとした指摘や毒気もあったり・・・。それゆえ多くの人が中毒にもなるのでしょう。
今読んでいるのは、『AERA』の巻頭コラムとして書かれたものをまとめた『常識的で何か問題でも』です。チラシ(裏)は、その中の「『道徳』的問題に出合うとき」を紹介しています。すでに学校で教科化された『道徳』の話を入口に、内田さんの考える道徳とは何かが短いながら端的に語られています。
内田さんは、道徳の肝としてアルベール・カミュの名をあげながら「法律が命じても、国家権力が命じても、あるいは神が命じても、『いやなものは嫌だ』と抗命できる人間の直感のうちに道徳性の最初の、そして最後の拠点」があると言います。なぜアルベール・カミュを引きながら道徳を語るのか、その思いと背景をもっと知りたいなあと思う方は、内田さんの著書『昭和のエートス』にある「アルジェリアの影」を読まれることをお勧めします。カミュという一人の作家を語ることを通して、内田さんがどんな方なのか、その片鱗が見えるように思います。(キヨ)