mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

映画『PERFECT DAYS』から、妄想列車のゆく年くる年

  ポスター画像

 年の瀬の気忙しいときじゃなくて、年明け新年の静かでゆったりした気分のときに見た方が、この映画のなかの時の流れとは相性がよさそうだけど、行けるときに行っておかないと見逃してしまうと思って、仕事納めも目前の27日に映画館に足を運んだ。

 映画は、広告や宣伝にあるように公衆トイレの清掃員として働く役所広司さん演じる平山の日常を淡々と描き出す。それは「朝起きて、ごはん食べて夜寝た」という単調な日々のようだが、映画はその中で起こる幾つかの小さな出来事を描き出しながら私を触発し、映画を超えた妄想の世界へと導く。

 映画を見はじめてすぐ、この男を知っていると思う。そうだ! 映画『すばらしき世界』の三上だ。三上は、人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯で、刑期を終えて今度こそまっとうに生きていこうと悪戦苦闘する。その三上と『PERFECT DAYS』の平山が同じ人間として見えてくる。いや、どちらも役所広司が演じているんだから同じだよ! と言われればその通りだけど、それだけではなくて、この二人の生きる世界、生きようとする世界が地続きの同じ世界として見えてくるのだ。平山はちょっと古風なひと昔前の世界を引きずり生きる人間として、三上は極道の世界(これも一昔前の世界と言えるだろうか)を引きずり生きる男として、それぞれに生きてきた世界は異なるかもしれないけれど、二人ともまっとうに生きようともがいている。それだけではない、『すばらしき世界』の三上の住むアパートと、平山の住むアパートの佇まいもダブって見えてくる。平山のアパートにはたくさんの本や時代物の貴重なカセットテープの類があって暴力の世界を生きてきた三上とは異なり、質素だが文化的な世界を生きてきたことを感じさせるはするのだが。

 平山は、平凡な淡々とした日々の繰り返しを生きているように見えるが、決してそうでないだろうことが妹の登場によって示唆される。同時に、映画『レナードの朝』について語った友人の言葉を思い出した。『レナードの朝』は、30年あまり昏睡状態でまったくの無反応無感情だったレナードが、医師セイヤーが投与した試験的な新薬によって奇跡的に目覚め、この世を謳歌し生きる姿を描いている。友人は《レナードは、実は無反応無感情ではないのではないか。激しく震撼しているのではないか。高速振動すると振動しているかどうかわからないように。彼の心は激しく震撼していて、そのために身体的には無反応無表情の昏睡状態に見えるだけなのではないか》と。物静かで、あまり感情を表に出さない平山が妹の登場でみせる姿と重なった。映画では語られない彼の心のうちには、いまだ過去の出来事として語ることのできない、癒えることのない傷が疼き渦巻いているのでは。それゆえに彼は、また変わることのない日常を生きなければならないのではないか。反復することでしか保つことのできない精神の在り処。それが、彼に今日も変わらず「生きた」ということを告げる。彼のその生きづらさが、映画の中では自然(いのち)へのまなざしともなっている。『PERFECT DAYS』とは、そういうことなのではないか。映画は、そんなことを想像させ妄想させた。
 妄想は、上記のチラシにある「こんなふうに生きていけたなら」とは言えないようなもう一つの彼の世界を私に想像させるが、それもまた見た者の自由としてお許しを。

  

 それから、トイレ掃除ということが、今年6月に見たもう一つの映画『せかいのおきく』思い出させる。モノクロの映像で、江戸時代末期を舞台に、貧乏長屋で暮らす武家育ちで声を失った娘おきく(黒木華)と、社会の底辺で汚わい屋として生きる青年・中次(寛一郎)と矢亮(池松壮亮)の厳しくもひたむきに生きる姿を描く。この映画も、とてもすてきです。機会があったら、ぜひご覧ください。
 最後に、映画にふさわしい?詩をどうぞ。(キヨ)

   便所掃除
         濱口國雄

 扉をあけます
 頭のしんまでくさくなります
 まともに見ることが出来ません
 神経までしびれる悲しいよごしかたです
 澄んだ夜明けの空気もくさくします
 掃除がいっぺんにいやになります
 むかつくようなババ糞がかけてあります

 どうして落着いてしてくれないのでしょう
 けつの穴でも曲がっているのでしょう
 それともよっぽどあわてたのでしょう
 おこったところで美しくなりません
 美しくするのが僕らの務めです
 美しい世の中も こんな処から出発するのでしょう

 くちびるを噛みしめ 戸のさんに足をかけます
 静かに水を流します
 ババ糞に おそるおそる箒をあてます
 ポトン ポトン 便壺に落ちます
 ガス弾が 鼻の頭で破裂したほど 苦しい空気が発散します
 心臓 爪の先までくさくします
 落とすたびに糞がはね上がって弱ります

 かわいた糞はなかなかとれません
 たわしに砂をつけます
 手を突き入れて磨きます
 汚水が顔にかかります
 くちびるにもつきます
 そんな事にかまっていられません
 ゴリゴリ美しくするのが目的です
 その手でエロ文 ぬりつけた糞も落とします
 大きな性器も落とします

 朝風が壺から顔をなぜ上げます
 心も糞になれて来ます
 水を流します
 心に しみた臭みを流すほど 流します
 雑巾でふきます
 キンカクシのうらまで丁寧にふきます
 社会悪をふきとる思いで力いっぱいふきます

 もう一度水をかけます
 雑巾で仕上げをいたします
 クレゾール液をまきます
 白い乳液から新鮮な一瞬が流れます
 静かな うれしい気持ちですわって見ます
 朝の光が便器に反射します
 クレゾール液が 糞壺の中から七色の光で照らします

 便所を美しくする娘は
 美しい子供をうむ といった母を思い出します
 僕は男です
 美しい妻に会えるかも知れません