mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより・特別編(2)

  読んでびっくり! こんな 「指導書」 があったのか
  教師用としてつくられた『自然の観察』(昭和16年:文部省著作・発行

 前回の特別編の「こどもたちの季節感が失われていく」を『センターつうしん』101号で読んで下さった大沼敏幸先生から丁寧な感想をいただいた。そのなかに、戦前(昭和16年)に文部省が著作、発行した教師用『自然の観察』についての紹介があった。

 調べると、文部省著作、発行の教師用『自然の観察』は、戦前の国民学校初等科の1年生から3年生までの理科の教師用「指導書」として使用されたもの。終戦後の昭和21年(1946年)に、CIE(民間教育情報局)の指令で焼却処分され、実物はほとんど残らず、長い間、知る人ぞ知る本だったようだ。
 その後、復刊を望む声があがり、昭和50年(1975年)に広島大出版研究会、昭和57年(1982年)にほるぶ出版より復刻版が出版され、平成21年(2009年)には、関係者の努力で、教師用『自然の観察』(巻1~ 巻5)を1冊にまとめ、文章も当用漢字、現代仮名づかいに改められて、新たに『復刊・自然の観察』として農文協から発行されていた。

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昭和16年・文部省発行『自然の観察』(巻1~巻5)  農文協『復刊・自然の観察』

  紹介していただくまで、私はこの本についてはまったく知らなかった。
 『復刊・自然の観察』(平成21年・農文協発行)を読むと、「指導書」と感じさせない文章で、つい読み進めてしまう。例えば、昆虫を教材にした学習で、「バッタとり」に出かけるとき、目的地の野原まで歩く「途中の指導」を、次のような文章で書き出している。

 野道に出て、まず気のつくことは大空の様子である。日の光はやわらぎ、空はようやく秋らしく澄んできて、野山を歩くのが気持ちのよい季節になった。頭の上にはたくさんのアカトンボが入り乱れて飛んでいる。ツバメが電線に行儀よく並んでとまっていたり、鳴きながら高く低く飛び交わしたりしている。稲田には黄ばんだ穂が垂れ始めて、時にスズメがパッと飛び立ち、その羽の音に驚かされることもある。どこからか、キイキイというモズのかん高い声がひびいてくる。道端に咲くうす紫のノギクの花や赤いタデの花など、児童の親しみやすい秋草も美しく咲いている。これらに注意を促し、初秋の特徴を感じさせる。(「自然の観察」第一巻15課「バッタとり」)

 目の前に野道の情景が広がってくるようだ。季節ごとの草花、虫、鳥、動物などをとりあげた他の「課」の「指導」も、このような文章で自然へ誘うのだ。
 教師が子どもに「教える」ということについて、次のような文章もある。

 5月の特徴を感得させようとして、「野山の有り様は、4月に見たときと、どこが違っていますか。」というような指導をすることは控えたほうがよい。まず、教師自らこういう環境に身をおいて、季節の特徴を感じたり知ったりすることに、この上もない喜びを感じ、児童に先んじて自然より直接学ぶ態度をとるならば、児童も5月の野山を、そのまま素直にみるようになるであろう。(「自然の観察」第1巻 第8課 草花とり)

 レイチェル・カーソンのことばが思いうかんだ。その言葉と共鳴している。
 カーソンの『センス・オブ・ワンダー』では、情緒や感受性は知識を育くむ土壌だから、子どもは「知る」ことより「感じる」ことがはるかに重要。子どもの感性を新鮮に保つために、自然への感動を分かち合ってくれる大人が少なくともひとりそばにいる必要があると語っている。
 『復刊・自然の観察』の本の帯には、「レイチェル・カーソンに先立つこと約20年、奇跡のように生まれた日本のセンス・オブ・ワンダー」とあった。

 表紙カバー裏折りには、この本の特徴を伝える数行の文がある。
 「『自然の観察に教科書は不要。強いてつくれば教師は教科書で指導して、子どもを野外に連れ出すことをしなくなる』という趣旨から、教師用書のみを作成」と書かれていた。
 「自然の観察」に教科書はなく、“自然そのもの”を教科書に、子どもが直接自然に親しみ、自然から学ぶことをめざして、この「教師用書」は作られたのだ。
 指導のための「総説」には、「教師用書」の指導例は、あくまでも参考で、「地方によって教材を適当に取捨し、補充し、あるいは順序を変更して」学校独自のカリキュラム編成をしなければならないとしている。(「教師用・取り扱いの注意事項」)
 学習指導についても、今ある教科書の知識はやがて古くなるのだから、「既成の学問を前提とした知識・技能を教えこむことを避け、・・・(ものごとの)真実の姿をつかもうとする精神を涵養する」と書かれていた。(「理科指導上の注意事項」)
 この本を読んでいると、今日進められている教育が、戦前の教育より進んでいるのか、それともはるかに後退しているのか、どちらなのかと考えこんでしまう。

 この本が発行された昭和16年(1941年)は、国じゅうが戦時体制に向かい、日本が真珠湾を攻撃、一気に太平洋戦争に突入していった年である。この本も、その時代の影響は感じられるが、その内容に軍国主義、道徳主義精神の涵養に自然を利用する発想はない。ひたすら子どもが自然に親しみ、自ら学んで、自然のことわりを感じられることをめざすものになっている。
 なぜ、国のために命を捧げよと教えた時代に、このような本が生まれたのか、歴史のなかのどんな偶然、必然の要因があったのか、その解明はこれからのようだ。

 先日のサークルの例会で、この本の内容の一部をみんなで読んだ。文章の良さについて共通して語られた。現場教師のYさんが、この文章が気にいったと話してくれたのは、ページの欄外のメモのような文章だった。

 教師は多忙であるが、安全上から下見はかかせない。下見が自分の楽しみとして
 とらえられる教師になりたい。(第一課・「校庭の庭」)

「下見が自分の楽しみ」は、教材研究にも通じる。Yさんのいい感覚が欄外の文章に目をとめさせたと思うし、その感覚を引き出すことばが、欄外に書かれていたのだとも思う。
 教師用指導書『自然の観察』には、片隅の文章にも、自然と子どもと教育への深い洞察があり、それがことばの力となって伝わってくるようだ。
 とにかく、この本は読んでびっくり、こんな「指導書」があったのかと、目を見開かされる体験をさせてくれること、まちがいない。(千)