mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

西からの風36 ~ 私の遊歩手帖15 ~

  ハイデガーの「故郷喪失」論1

 最近、ハイデガーを読み直している。今取り組んでいる『格闘者 ショーペンハウアーニーチェ』を完成させるためだ。その予定する下巻『様々な照明の下に』の冒頭を飾る「ニーチェ主義者としてのハイデガー」を書き上げるために。

 「故郷(ハイマート)Heimat」という独語が私のなかに飛び込んできた。「故郷喪失(ハイマートロージッヒカイト) Heimatlosogkeit」というテーマとともに。

 途端に、私の思考は遊歩しだす。

 一方では、まがりなりにも哲学研究者である私は、ハイデガーがどういう思考の文脈のなかで、如何なる意味の連なりのなかで「故郷」を語り、その「喪失」を問題にしようとしているか、まずそれを彼に即して精確に理解しようと試みる。だが、他方では、たちどころに自分が次の問いに食らいつかれたことを知る。

 いったいそもそもお前には「故郷」という時空、存在があるのか? 「故郷喪失」を問うほどの「故郷」がそもそもあるのか? お前の親は転勤族の草分けだった。お前は父が職を得た大阪で1949年に生まれ、2年半、そこに暮らしたが、そこは両親にとってももはや故郷ではなかった。次いで、お前は東京に親とともに移った。まず2年近く北区の小さなアパートにいて、次に幼稚園児から小学校を卒業するまで目黒区の団地のなかで暮らし、中学生の3年間は杉並区の団地、高校生は中野区の団地、つまりもともとお前は「故郷喪失者」である。とすれば、かかるお前にとって、そもそもハイデガーの問いはお前には無縁ではないのか?と。

 1966年、彼は、彼の哲学者としての健在ぶりを世間に焼き付けたドイツの雑誌『シュピーゲル』の編集部との長時間対談のなかでこう語った。

技術が人間を大地からもぎ離して無根にしてしまうということ、これこそまさに無気味なことなのです。(中略)人間を無根化するためにべつに原子爆弾などはいりません。人間の無根化はすでに存在しているのですから。われわれはかろうじてただ全く技術的な諸関係だけを持っています。(中略)ここで進行している無根化は、もし思惟と詩作とがもう一度暴力なき威力に達するということがないならば、もうおしまいです[1]。(太字、清)

 右の一節にいう「無根」とは「無故郷」と同義である。つまり、「無根化」とは「故郷喪失」のことにほかならない。だからまた、「故郷」といっても、人間各自の経験のなかに息づく経験的「故郷」のことではなくて(しかし、その経験こそはそこに通じるかけがえのない精神的通路になるにせよ)、ここでの「故郷」とは、彼にいわせれば〈存在〉の形而上学的「故郷」であり、別な表現では、「思惟と詩作」だけが立ち会える「〈存在〉の開けゆく明るみ」とも名づけられる時空のことだ。

 とはいえ、あらゆる哲学者において形而上学は常に経験論へと通じ、往還の絆を生きる。あるいは、一切の経験論は形而上学的超越を生き、そして己へと帰る。両者のあいだの、それこそ往きて還る「遊歩」が「哲学的思索」の冥利である。だから、上の一節に関しては、まさに「今とここ」において、当然、次の解釈の提案が成り立つ。

 すなわち、まさにこのコロナ・パンデミックの只中にある21世紀の20年代の視点からいえば、ここで彼の言う「技術」とは、まさにこれまで自然の奥に秘かなる彼ら自身の生を営んでいたコロナウイルスを、無理やり人間の最新文明地の只中へと引きずり出し、なおかつ劇的な地球温暖化と、それによる未曽有の気候変動に人類を投げ込んだところの、20世紀から今日に至る「現代技術」の――やみくもなる資本主義的営利追求によって盲目化に陥った――自縄自縛的在りようを指し、「〈存在〉の故郷」とは、一言でいえば、それを毀損しては、人類の生存そのものが立ちゆかなくなる最深部の「エコロジー的存在連関」のことだ、と。かつおそらく、それと最深部では連結しているところの、人類の生意欲そのものを支える人間的実存の最深部に宿る「精神的=身体的な存在連関」(自然との、そして人間の他者との)を指すにちがいない、と。

 実は、この「無根化」=「故郷喪失」との対決者として、ハイデガーは戦後まもなく公刊した書簡『「ヒューマニズム」について』のなかで、マルクスをこう評してもいた。(戦前、1933年にフライブルク大学学長に就任した際の就任演説で公然とナチスを賛美した彼が!)。

マルクスが、ある本質的でまた重要な意味において、ヘーゲルを継承しながら、人間の疎外として認識した事柄は、その根を辿れば、近代的人間の故郷喪失のうちにまで遡るのである。(中略)それゆえに、歴史に関するマルクスの主義的な見方は、その他のあらゆる歴史学よりも優れているのである[2]。(太字、清)

 さらにまた、ハイデガーはこう続けもした。

 彼は、「唯物論の本質は、技術のうちに秘め隠されている」と指摘したうえで、その「本質」を、古代ギリシアの「技術(テクネ―)tecné」の意味での「技術」、すなわち「忘却のうちに眠る〈存在〉の真理」を「覆いを取り除いて」、人間たちの前に「現前化」せしむることで、同時に人間たちを「〈存在〉の開けた明るみに住まわせる」ところの技術、そのなかに見る、つまり、そのようにして近・現代が運命的に抱え込む「存在忘却・故郷喪失」と対決し、まさに「〈存在〉の真理」たるかの「故郷」(「〈存在〉の開けた明るみ」)への人間の帰還を導く「技術」、これを提示しようとすることこそマルクスの真の意図である、と[3]。まさに「疎外」を克服し、真の自己実現、つまり己の〈存在〉実現へと導く「技術」なのだ、と。

 実にこの点で、ハイデガーは次のように念を押しさえする。――多くの人はマルクス共産主義を「ただ『党派』としてのみ、あるいは『世界観』としてのみ受け取り」、これまで自分が指摘してきた「〈存在〉の真理」の開闢ないしそこへの帰還に仕えようとする思想としては評価しない誤りに陥っている、と[4]

 ここで、遊歩者たる私は、先の自問自答に戻る。そして呟く。

 ――なるほど、ハイデガーは俺を見越していたのかもしれぬ。然り、もはやお前は既に根っからの「故郷喪失者」である。戦後まもなく、1949年に生まれたお前は。そしてその幼年期の片足を既にかの高度経済成長期に突っ込ませていたお前は! いうまでもない、お前の子供たちも、そのまた子供たちも、お前よりもいっそう「故郷喪失者」であるほかないことは!

 そして私は、私の思考に「遊歩」を誘う寄り道への指示を現今の流行りのキーワード、「三密」のなかに発見する。
 そしてこう自問自答しだす。近しく集まる空間、人間が親しく集まることそれ自体、そこでの会話の親密さ、もしそれを、生存の必要上、つまりコロナ感染を回避するために、われわれが失わなければならないとしたら、まさにそれはハイデガーにいわせれば「故郷喪失」という形而上学的事態そのものへと通じる通路が通貫した、開け放たれた! ということではないのか?

 実は、ハイデガーにあって、この「故郷喪失」というキーワードにはもう一つのキーワードが重なる。それはほとんどの邦訳文献では「不気味さ」と訳される言葉だが、ドイツ語原語は「Unheimlichkeit」であり、直訳的に訳せば「無故郷的・没故郷的」である。
 最初に紹介した一節の冒頭に、こうあった。「技術が人間を大地からもぎ離して無根にしてしまうということ、これこそまさに無気味なことなのです」と。そこにいう「不気味なこと」とはこの「Unheimlichkeit」である。

 私は先にこう言った。私は根っからの「故郷喪失者」である、と。ただし、こうは言わなかった。「私は家族喪失者である」とは。独語「故郷 Heimat」の語源をなすHeimは英語のhomeに等しく、「我が家」の意味である。私には、「故郷」と呼ぶべき時空はもはやなかったが、まだ「家族」は生きて存在している。父と母と妹は既に鬼籍に入っているとはいえ。また幼少期、思春期、青年期を「共に」した「友人」たちの〈存在〉も私の〈存在〉のなかに埋め込まれ、今も生きている。彼らとは〈存在〉と絆が今も結ばれている。

 今朝の朝刊に出ていた。
 或る女子中学生がラインでの仲間外しと苛めを苦に自殺を図った、と。学校での「三密」自粛、友達との「三密」自粛は彼女にスマホのラインの世界だけを残した。だが、その友との唯一の「関係性」となったラインで彼女は仲間外しと苛めの刑に処せられた。
 毎日の新聞が伝えている。学校での、また友達との「三密」自粛は多くの少年少女に帰宅を強いた。実は或る者たちにとっては、「家族」・「我が家」の時空から逃げることが唯一の生の活路であった。そこからの逃げ場が閉ざされ彼らは帰宅へと追い詰められた。毎日出会わされる親の夫婦喧嘩の修羅場、あるいは親からの虐待、ネグレクトの只中へと。しかも今では通説となっている。子を虐待する親はかつて親に虐待された子供であったこと、そういう虐待の連鎖が親と子とをその暗黒な無意識の層において支配していることは。「故郷喪失」ならぬ「我が家喪失」が既にして「故郷喪失者」となった我々を襲いだしたのである。

 この喪失は「無故郷性・没我が家性」としての「無気味」さの「深淵」の口を開けることである。これがハイデガーの洞察である。

 今では、都会ではもう闇というものがない。外灯のみならず様々なイルミネーションの洪水が都会の夜を貫く。だが、昔は、否、大昔はというべきか⁉闇夜があった。山の峠から、海岸の縁から遠くに視線を放てば、ほのかに明るむ「我が家」が、また同胞たちの家々とが共にする明るみが見える。「開けゆく明るみ」はこの「共に存在する Mit-sein」ことを照らし出す明るみにほかならなかった。ところが、道を一段下れば、あるいは半回りするや、その明るみが消える。世界は暗夜のなかに沈む。すると「物の怪」が蠢く。一挙に「不気味さ」が闇の奥底から湧き出す。「無故郷・没故郷」とは「物の怪」の蠢く闇の到来である。

 実は、ハイデガーのかの〈存在〉の「故郷」には、思いもかけないことだが、この闇夜の深淵の側面が潜む。かの「近代的技術」とは全く異なる古代ギリシアの「技術(テクネ―)techné」、まさに〈存在〉の「故郷」・「開けゆく明るみ」に我々を帰還せしめるとされたそれについて、しかし、彼の『形而上学入門』には次の思いもかけぬ一節がある。いわく、 

芸術は一つの特異な意味で、<存在>を作品の中で登場人物として存立と現前とへともたらすゆえに、(中略)芸術は知であり、そしてそのゆえにtechnéである。芸術がtechnéであるのは、それを成し遂げるのに「技術的」な熟練や仕事の道具や仕事の材料が必要だからなのではない。そうしてみると、なるほどtechnéはdeimon(デイモン、鬼神、悪魔、清)すなわち暴力‐行為的なものの特徴を、それの決定的な根本の動向において言い表している[5]。(太字、清)

 右の一節に出てくる「deimon」についてはこうある。 

deimonは暴力Gewaltを使用する者という意味で暴力的なgewaltigものを意味する。その暴力的なものとは(中略)その者の行為のみならず、その者の現存在の根本の動向であるという意味で暴力‐行為的であるような、そんな暴力的なものなのである。(中略)人間は特別の意味で暴力‐行為的なものであるゆえにdeimonである[6]

 今、ハイデガーに向かう私の「遊歩」は始まったばかりである。「今と、ここ」、このコロナ禍の下で。(清眞人)

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 [1]シュピーゲル対談」所収、ハイデガー形而上学入門』川原栄峰訳、平凡社
  ライブラリー、1994年、386~387頁。

[2] ハイデガー『「ヒューマニズム」について』、渡邊二郎訳、ちくま学芸文庫
   1997年、80~81頁。

[3] 同前、80~81頁。

[4] 同前、82頁。

[5] 同前、262~263頁。

[6] 同前、246~247頁。