ヨーロッパ生まれ、春待つ踊り子 厳冬に咲く
おや、もうこんなところに、咲き出している。雪野原の氷の下からヒメオドリコソウの花が、顔をのぞかせています。あたたかな日差しに誘われ、つい花を咲かせてしまったのでしょう。寒さに耐えて、じっと雪解けを待っています。
氷の下で ピンクの花をのぞかせているヒメオドリコソウ
ヒメオドリコソウは、秋に発芽し、幼い葉のまま越冬します。でも、気温が上昇すると、すぐに花を咲かせてしまいます。咲き出したあとで、霜や雪にあたることがあっても、少しの寒さは平気のようです。
葉に触ると、しわしわで細かい毛がびっしり。ふわふわして暖かです。
冬の間は、この葉で背を低くして、いくつかの株がかたまって、寒さに耐えているのでしょう。日の光が増してきたら、真っ先に花を咲かそうと待ち構えているかのようです。
温暖な地方では、年間を通じて開花しています。他の花が少ない冬には、ミツバチやハナアブたちの貴重な蜜源となっています。
ヒメオドリコソウの 秋の芽生え 花が咲いてから 霜にあたることも多い
ヒメオドリコソウは、ヨーロッパ原産のシソ科の帰化植物です。
明治26年(1893)に東京の駒場で確認され、当初は関東地方を中心にひっそり生育していましたが、しだいに日本の新しい環境に適応し、ここ100年あまりの間に全国の野原や道端に広がっています。
同じシソ科で日本にはもともと自生していたオドリコソウがありました。笠をかぶった踊り子に似た花をつけるので、その名があります。ヒメオドリコソウは、そのオドリコソウと花の形や花のつき方が似ていて、小型なので、小さいという意味のヒメ(姫)をつけて名づけられたものです。
ヒメオドリコソウの花がいっせいに咲き出すのは、3月から5月にかけてです。
同じ時期に咲き出すのが、同じシソ科のホトケノザです(季節のたより50)。
ヒメオドリコソウとホトケノザは、同じようなピンクの花を咲かせるので、遠目からは同じように見えます。近くによって、花を比べてみましょう。(下の写真)
葉の下に花をつけるヒメオドリコソウ 葉の上に花を咲かせるホトケノザ
ヒメオドリコソウの花は、重なり合う葉の下からのぞくようにしています。ホトケノザの花は、頂点の丸い葉の上に飛び出しています。ここが大きな違いです。
ヒメオドリコソウの葉の形は、トランプカードのスペードの形に見えます。ホトケノザの葉は円形です。葉のつきかたも、ヒメオドリコソウの葉は4枚が対生して下向きに茎の周りを囲んでいますが、ホトケノザの葉は、茎のまわりをえりまき状に囲んでいます。その姿がちょうど仏さまの座るハスの花の台座のようなので、ホトケノザと名づけられたのです。
遠くから見て、群生している葉が赤紫色だったら、それはヒメオドリコソウと思っていいでしょう。ヒメオドリコソウの葉は、半日かげでは緑色か薄紫色ですが、日当たりのいいところほど、赤紫色が濃くなっています。
赤紫色になるのは、赤い色素が、強すぎる光、特に紫外線などを、サングラスのように吸収して、葉の内部に透過させない役割をしているのではないかと考えられています。
野原に群生するヒメオドリコソウ。赤紫と緑のグラデーションカラーの葉。
ヒメオドリコソウやホトケノザの花を、スポッと引き抜き、根元を吸うと、ほんのり甘い味がします。これは、ハチたちにとっては魅力的なごちそうです。
ヒメオドリコソウの花は、ホトケノザの花と同じ形で、花の唇を持つ筒状の花で、唇形花(しんけいか)と呼ばれています。花の蜜は筒状の花の根元にあって、雄しべ4個、雌しべ1個は、ともに上唇の花びらのかげに隠れています。
下唇の花びらは、着地しやすいヘリポートになっていて、美しい模様でハチたちを呼び寄せます。上唇の花びらは、蜜のありかを知らせ、細い管に潜り込んだハチの背中にうまく花粉をつけてしまうのが、この唇形花のしくみなのです。
唇形花とよばれる花姿 下の唇はハチのヘリポート 上の唇の下にある雄しべ
ヒメオドリコソウの種子は、ガクのなかにできています。種子には、エライオソームがついています。エライオソームは、脂肪酸やアミノ酸、糖などを含んでいて、アリの大好物。アリはこの種子を地中に運び、エライオソームだけ食べて、種子はそのまま捨ててしまいます。ヒメオドリコソウは、好物のエライオソームで、アリを誘って種子を運ばせ、分布を広げているのです。
帰化植物のヒメオドリコソウが、100年ほどの間にその生息地を全国に広げていった理由を、「アリによる種子散布」の観点から明らかにしようと取り組んだ中学生がいました。福島県の福島市立福島第一中学校の自然科学部のメンバーです。
「アリが運ぶ紫色の絨毯の謎」という題の研究で、次のような報告がなされています。(「第52回自然観察コンクール」・中学校の部1等賞・主催 毎日新聞社・自然科学観察研究会「研究報告」一部抜粋・2012年)
・学校周辺の河川敷で植物の種子を採取し、実体顕微鏡で、エライオソーム種
子の識別を行った。ヒメオドリコソウと同時期に生息する植物は10科36
種あり、同時期に開花、結実する植物は12種類あった。そのうち種子にエ
ライオソームを確認できたのはヒメオドリコソウとホトケノザ、オオイヌノ
フグリの3種類だった。
・種子100個の長径・短径を測定し、扁平率を計算。質量を電子天秤で計量し
た。(略)エライオソームの種子(表面積)に占める割合は、ヒメオドリコ
ソウが最も大きく(20.0%~22.0%)、ホトケノザ、オオイヌノフグリの2
倍に近い。
・アリの飼育と実験:植物生息域のアリの巣を土壌と一緒に採取し、ポリバケ
ツで飼育した。ペットボトルのキャップに入れた種子をアリが運搬する実
験。アリは2亜科5属6種が確認できた。トビイロシワアリ・オオシワア
リ・クロヤマアリが特に種子散布に関係する。
・エライオソームが付着した種子と除去した種子では、付着した種子の方が運
ばれる数は多い。エライオソームをろ紙に付着させると、付着したろ紙のみ
を運ぶことから、種子散布にはエライオソームが大きく影響している。
研究のまとめでは、ヒメオドリコソウは、ホトケノザなどと比べて「種子を長期間(2~6月)形成し、単位面積あたりの密集性も高いので、多くの種子を散布できる。」とあります。ヒメオドリコソウは他の植物と比べて、多くの種子をアリに運んでもらい、その生息地域を広げてきたことを裏付ける研究になっています。
3・11の震災と原発事故で、ホットスポットとの関係で野外調査を断念しなければならない期間もあったということ。不安定な状況の中、生徒たちは自分たちができることは何かを問い続けながらの調査研究だったと、指導された先生が話していました。
石垣やコンクリートの壁のすき間などの、なぜこんなところにと思う場所に、花を咲かせているヒメオドリコソウを見かけます。これらの種子もアリによって運ばれたものなのでしょう。
コンクリートのすきまの芽生え しっかり花を咲かせています。
昨年の4月のことでした。県北のある農家の道端で、ホトケノザに似た変わったヒメオドリコソウを見つけ、写真に撮ったままにしていました。つい最近、それが、ヒメオドリコソウの近縁種の新しい帰化植物だと知りました。
その近縁種とは、「モミジバヒメオドリコソウ」(別名:キレハヒメオドリコソウ)という植物です。植物図鑑での掲載は少なく、ネット上で検索すると出てきます。
日本で最初に見つかったのは横浜市で1992年。今から29年前ですが、その後、関東地方から九州地方にかけて市街地や畑地に広がり、10年ほど前から東北地方でも見られるということでした。宮城県内でも分布していたのでした。
モミジバヒメオドリコソウは、ホトケノザとヒメオドリコソウの両方の性質をもった雑種起源の種といわれています。
モミジバヒメオドリコソウの花のつき方はホトケノザに似ていますが、大きな違いは葉の形です。ヒメオドリコソウより切れこみがずっと深く、それで、キレハヒメオドリコソウという別名がついたのでしょう。(下の写真で比べてみて下さい)
モミジバヒメオドリコソウ ヒメオドリコソウ ホトケノザ(円形の葉)
(ギザギザの葉) (スペード形の葉)
これから暖かくなると、公園・空き地・河川敷・道端・野原などのあちらこちらに、ピンク色の花が群生しているのが見られるようになるでしょう。
多くの花はヒメオドリコソウかホトケノザですが、なかには、モミジバオドリコソウが姿を見せているかもしれません。葉を手がかりに探してみて下さい。
春、野原に群生するヒメオドリコソウ。自然が生み出す お花畑です。
ヒメオドリコソウが日本に帰化する100年あまり前は、同じ環境に、日本の在来種のホトケノザが生育していました。今は、どちらが優勢か判断できないほど、ヒメオドリコソウが分布を広げています。そこに新たに登場してきたのが、モミジバヒメオドリコソウです。29年前に帰化植物として確認されたときは、少数だったのに、その後愛知県三河地域では大群生が見られ、各地でヒメオドリコソウより多くなっているところもあるそうです。県内での分布はどう広がるのでしょうか。
ホトケノザ、ヒメオドリコソウ、モミジバヒメオドリコソウの3種は、同じ生育環境を好むので、競合は避けられません。それぞれが、小さなピンクの花を咲かせながら、どんな生き方で、他の種とかかわり、分布を広げていくのか、観察や研究はこれからです。(千)
◆昨年2月「季節のたより」紹介の草花